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何處へ

Chapter 12: (九)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

(八)

まだ月初つきはじめであれば、健次けんじも五六まい紙幣さつはポツケツトにひそませてゐるので、「櫻木さくらぎ」へでもかうかとおもつたが、おゆきかほも、もう見飽みあいてはなにつく。かたつたきま文句もんくならべるが、キヤツ〳〵とさわほかにはのうがなく、あたまからあしうらまで何處どこしたつて、ろく一つさぬくせに、二三にちつゞけてあしけると、此方こちら思召おぼしめしでもあるやうに自分じぶんめに自惚うぬぼれたがる女中ぢよちうども相手あひてにして、拜顏料はいがんれうすのも馬鹿ばか々々しいと今夜こんやおもまつた。で、かれ西洋せいやう料理店れうりてんでウヰスキーをかたむけ、二三ぴん洋食やうしよくむさぼり、それからまぐれに神田かんだ西洋せいやう書店しよてん立寄たちよつた。なに自分じぶん刺激しげきして、あたらしい生命いのち惹起ひきおこものはないかと、新着しんちやく文學ぶんがく政治せいぢ宗敎しうけうから工業こうげふ銃獵じうれふ書類しよるゐまで、のこくまなくのぞいたが、どれにも自分じぶんするやうな破天荒はてんくわう文字もじひそんでるもする。で、あれかれかと撰擇せんたくかさねた揚句あげくつひある露國ろこく革命家かくめいか自傳じでんと、偶然ぐうぜんについたたなすみある冒險家ばうけんか北極ほくきよく紀行きかうとをあがなつた、書物しよもつかゝえて上野うへの電車でんしやりたが、ひはまだめず、うちかへるのもいやであれば、ふら〳〵公園こうゑんあるいて銅像どうぞうそばのベンチにこしけた。うしろへもたれてつぶつてると居睡ゐねむりをしさうで、足元あしもとちからがなく、ぐるみなかまれさうながする。電車でんしやおととほ世界せかいひゞいてゐるごとく、自分じぶんこのまゝうごけなくなるやうにかんぜられる。をベンチのし、帽子ぼうしちさうなのもかまはず、こゝろ夢現むげんさかひまよはせてゐたが、書物しよもつひざからすべちるので、パツチリひらくと、かほれ、ほこりふくまぬんだ空氣くうきみ、自分じぶん周圍しゆうゐのみは薄暗うすくらいが、そらにはほしおほく、したには燈火あかりきらめいてゐる。四五けんまへにはくろ人影ひとかげが二つ。深沈しめやかはなしをしてゐたが、やがて暗闇くらやみなかえてしまつた。

れは孤獨こどくかんえぬ、さびしく心細こゝろぼそくてならぬ。少年せうねん時代じだい自分じぶんよりつよやつせいたかやつにぶつかつて喧嘩けんくわをしてゐたころは、身體からだぢう生命いのち滿ちて、張合はりあひのあるおくつてゐたのだ。近松ちかまつ透谷とうこくさくんでき、華々はな〴〵しいナポレヲンの生涯しやうがいむねをどらせた時分じぶんは、ほしやさしい音樂をんがくそうし、とりあいうたでもんでゐたのだ。しかし不幸ふかうにもかはつた。なに動機どうきいくつのとしにか、自分じぶんにもさらわからぬが、ほし音樂おんがくとりうため、先祖せんぞ傳來でんらい星冑ほしかぶと白金しろかねづくりのたちも、威光ゐくわうせて、自分じぶんには古道具屋ふるだうぐや賣物うりものかはらなくなつた。いまからおもふと、子供こどもをりによく自分じぶん喧嘩けんくわふきかけたとなり鐵藏てつざうなんかゞなつかしい。彼奴あいつのおかげでどのくらゐ元氣げんきよくりきんでゐたことか。いま自分じぶんはどちらかとへばあいされておくつてゐる。箕浦みのうら織田おだ桂田かつらだも、いやそればかりぢやない、桂田かつらだ夫人ふじんにも織田おだいもとにも櫻木さくらぎのおゆきにもあいせられてこそゐれ、さしてきらはれてはゐない。何處いづこにも鐵藏てつざうないのだ。「あいせらるゝはさいはひなり、あいするものさいはひなり」、聖人せいじんだの詩人しじんだのは勝手かつて定義ていぎつてやがる。すくなくもおれにや適用てきよう出來できぬことだ。あいせられゝばあいせられるほど自分じぶんにはさびしくてちからけて孤獨こどくかんへぬ。いつそのこと、四はうから自分じぶんにくんでめてれば、すこ張合はりあひ出來でき面白おもしろいが、でられてめられて、そして生命いのちのない生涯しやうがいそれがなんにならう。「迫害はくがいされるものさいはひなり」、ていふ此奴こいつあたつてる言葉ことばだ。くるしめられやうとかされやうと、きずけてたほれやうと、生命いのち滿ちた生涯しやうがい自分じぶんはそれがしいのだ。

健次けんじ立上たちあがるのも物憂ものうさうに、かうかんがへてゐるうちに、さけめて夜風よかぜつめたくなつた。れは主義しゆぎえず讀書どくしよえず、さけえず、をんなえず、をのれの才智さいちにもえぬを、ひとりであはれにかんじた。自分じぶん自分じぶん不憫ふびんになつて睫毛まつげに一てんなみだたゝへた。

しづかなかぜ足許あしもと落葉おちばきころがし、樹上じゆじやうよりも二ひらひらあたまかすめてぶ。

巡査じゆんさ橫目よこめ健次けんじ見返みかへりながら、悠然いうぜんとしてあるいてゐる。

健次けんじ無意識むいしきにベンチをはなれ、帽子ぼうしかぶなほして、暗闇くらやみみち辿たどつて新坂しんざかた。

結婚マリエーヂ?」と、おもはずくちしたが、その瞬間しゆんかん口元くちもと皮肉ひにくわらひをらした。

「ノンセンス!、結婚けつこんして家庭かていつくる、開闢かいびやく以來いらい億萬人をくまんにん人間にんげん爲古しふるしたことだ。桂田かつらだ家庭かてい織田おだ家庭かてい家庭かてい實例じつれいはもう見飽みあいてゐる」とむねそこからこたへる。

(九)

翌日よくじつ日曜にちえうであれば、一をそくまでねむり、九時頃じごろちやそろつて朝食あさげぜんについた。近來きんらい健次けんじ家族かぞくと一しよ食事しよくじをするのは、ほとんど日曜にちえうあさのみである。年齡とし割合わりあひ老人としよりめいてもゐないがひげには白髮しらがおほく、上目葢うはまぶたのたるんでるちゝと、肉付にくつきのよくくちにはひんのある姉娘あねむすめ千代ちよと、健次けんじによく小柄こがら愛嬌あいけうのある末娘すゑむすめみつとが健次けんじはさんですわり、はゝ下女げぢよ兼帶けんたい甲斐々々かひ〴〵しく立働たちはたらいてゐる。

ちゝ出勤しゆつきん時刻じこくにせかれぬため役所やくしよはなしなどをして、ゆる〳〵めしくらひ、んなのかほて、ひとりでほく〳〵よろこんでゐたが、もうぜんはなれて煙草たばこひながら新聞しんぶんんでる健次けんじむかつて、

なに面白おもしろいことがあるかい、なんとか中將ちうじやう姦通かんつう事件じけんはどうなつた」

今日けふなにてゐませんよ」

「どうも軍人ぐんじん腐敗ふはいしちやこまるな、武士道ぶしだう精神せいしんおとろへるとそんなことが出來できるんさ、いまうち社會しやくわい士氣しき鼓吹こすゐしなければ、日本にほん國家こくか將來しやうらいあんじられるて」

と、ちゝ鼻水はなみづひざおとして、「いまぢや學校がくかう敎育けういく柔弱にゆうじやくかたむいてるからよくない、それに家庭かていちいさ時分じぶんから武士ぶしたましひたゝまんから、堅固けんご人間にんげん出來できないんだ、東京とうきやうでもいま素町人すちやうにんばかり跋扈ばつこするから、風儀ふうぎみだれるのさ」と、くちには慷慨こうがいめいたことをつたが、かほ如何いかにも呑氣のんきで、これまで苦勞くらうかさねてかげ何處どこにもない。そして素町人すしやうにんよばはりはこのひと口癖くちぐせで、自分じぶんでもそれが愉快ゆくわいでならぬとえる。

素町人すちやうにんでもなんでもはやくお金持かねもちになることさ」と、はゝ橫合よこあひから疳走かんばしつたこゑはつした。

本當ほんたうだわ、おかねがあるはうがいゝわ」と、おみつは一も二もなくはゝ加勢かせいする。

「せめて男爵だんしやくにでもなれるといゝけど、むかし旗下はたもとだつて武士ぶしだつてつまらないわね」

と、姉娘あねむすめ眞面目まじめかんじた。で、しばらく父子おやこで、武士ぶしたましひだの素町人すちやうにん根性こんじやうだのと言合いひあつて、ては無邪氣むじやきわらつた。

わらつてしまつて、ぜん片付かたづくと、姉娘あねむすめ今迄いままでだまつてゐたあにむかつて、

にいさん、今日けふ上野うへの音樂會おんがくゝわいがあつて、ソロの上手じやうづ西洋人せいやうじんるんですつてね、新聞しんぶんにやてゐなくつて」

「さうだね、てるかもれんよ」

にいさんもきに被入いらつしやいな、屹度きつと面白おもしろいわ」

わたしきたいとふんだらう、にいさんにおかまひなしで一人ひとり何處どこへでもおでなさい」

「そりや一人ひとりだつていゝけど、…………」

切符きつぷつてれだらう、そりや眞平まつぴら御免ごめんだ」

ひどいわにいさんは、自分じぶん一人ひとり勝手かつてあそんでゝ、なにひとわたしたのみをいてれたことはないんだもの」

本當ほんたうだわ、ねえねえさん」と、妹娘いもと相槌あひづちつ。

織田おださんとこのにいさんはそりや、いもとおもひよ、平生ふだんだつてなんだのだのと世話せわいて、お花見はなみにでも音樂會おんがくくわいにでも、屹度きつとれてくんだわ。だからいくにいさんが學問がくもん出來できたつて、人間にんげんとして織田おださんのはうがえらいのね」

「チエツ、生意氣なまいきつてらあ」と、健次けんじよこいて、今日けふ如何いかにしてらすべきかとかんがへてゐる。

にいさんは何故なぜ音樂おんがくきらひなんだらう、文學士ぶんがくしかたみな音樂おんがく芝居しばゐきだのににいさんばかりは、ちつとも趣味しゆみがないのね、音樂おんがくぐらゐ硏究けんきうなさればいゝのに」

「だからおまへ箕浦みのうら女房にようぼにでもなつて、年中ねんぢうキユー〳〵ピン〳〵さわげばいゝ、彼奴あいつとおまへとはよく似合にあつてらあ、おれはもうおまへのぺちや〳〵音樂おんがくだけでうんざり﹅﹅﹅﹅してゐる」

姉娘あねすこほゝあかくしてよこいて、くちつぐんだ。

ちゝ健次けんじ卷煙草まきたばこつてをつけ、二人ふたりはなし面白おもしろさうにいて、微笑々々にこ〳〵してゐたが、二人ふたりだまつてしまうと、

「どうもおれにはわからない、學問がくもんをしたをとこが、音曲おんぎよく夢中むちうになるなんて餘程よほどへんだ、健次けんじにはおれがむかしから武士ぶし精神せいしんをしんでるから、そんな柔弱にうじやく氣風きふうまないんだらう」と、自分じぶん首肯うなづいてゐる。

「そんな武士ぶし精神せいしんなんかくだらないわ、おとつさんはなんぞといふとにいさんの贔負ひいきばかりしていやになつちまう」

「はゝゝゝ、そんなことものぢやない。にいさんは菅沼家すがぬまけには大事だいじたからだ、うんと勉强べんきやうして立派りつぱ人間にんげんになつてもらはにや、おれが御先祖ごせんぞ申譯まをしわけがないぢやないか、だからはたから邪魔じやまをしないで、おも存分ぞんぶんにやらせなくちや…………いまうち貧乏びんぼふがつらからうと、それがなんだ、貧乏びんぼふにして見苦みぐるしい根性こんじやうになるのは、それが素町人すちやうにんだ。度々たび〳〵はなしてきかせたが、菅沼家すがぬまけ代々だい〴〵高潔かうけつかんがへもつ忠孝ちうかう武勇ぶゆうはげんだ家柄いへがらで、系圖けいづすこしのきずもないんだ。だから健次けんじもよく心得こゝろえて、名譽めいよ世界せかいつたへるやうにせねばならん」