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Chapter 15: (十二)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

織田おだ平素ふだん健次けんじ二の親友しんいうおもひ、たがひに喜憂きいうわかつつもりでゐるので、今日けふ吉報きつぽうつたへにたのだ。

「そりや結構けつかうだ」と、健次けんじ口先くちさきではつたが、こゝろではこの魁偉くわいゝなる人間にんげんが、信州しんしうなまりけぬあたま眞中まんなか禿げた老母らうぼと、ほゝあかいよくふとつた妻君さいくんのために、年中ねんぢう專念せんねん脇目わきめらずかせいでゐるさま憐憫みじめかんじた。

ぼくも二三ねんあがとほしだつたが、これからはすこしはらくになるだらう、隨分ずゐぶんきみにも迷惑めいわくけたがね、もう大丈夫だいじやうぶだ。節儉せつけんすりや月末つきずゑはらひにこまることはない、なにしろ學校がくかう月給げつきふは三十ゑんだから遣切やりきれなかつたが、辭書じしよからは六十ゑんづゝれるんだよ、丁度てうどばいだからね、それに内職ないしよく飜譯ほんやくつゞけてやつてけば、小使錢こづかひせんれるし」と、織田おだ自分じぶん現狀げんじやうおもつてうれしくてならぬふうだ。で、なほ世帶話しよたいばなしつゞけて、「家賃やちん收入しうにふの五ぶんの一を超過てうくわしてはならぬ」とか、「消費せうひ組合くみあひはいればいくづゝ經濟けいざいになる」とか。しまひには將來しやうらい家計かけい豫算よさん計畫けいくわくこまかくした。

妹共いもとどもはもうたのか、うちうちしづかだが、隣家となりから赤兒あかご泣聲なきごゑきこえ、かきもカサ〳〵とおとてゝゐる。健次けんじ火箸ひばし炭籠すみかご引寄ひきよせどつさり添炭そへすみした。最早もはやさけもなくなつてさむい。せめて織田おだ何時いつものやうに苦痛くつううつたへるのなら、ても多少たせう張合はりあひもあるが、大得意だいとくい生活せいくわつ勝利しやうりだんずるのだから健次けんじいてゐてもねむくなるばかり、

「それでね、ちゝ病氣びやうきがどうかなり次第しだい、もつといゝうち轉宅てんたくしてあたらしい生活せいくわつはじめるつもりだ、それについていもとだけあまものだが、あれにたいする責任せきにんさへまぬかれりや、ぼく重荷おもにりてしまうんだよ」と、織田おだ抑揚よくやう緩急くわんきふのない調子てうしつて相手あひてかほこたへうながした。

健次けんじ五月蠅うるさやつだとおもつて、なにはうとしたところへ、はゝ茶盆ちやぼん菓子皿くわしざらつてた。「いま織田おださんにいたゞいたんだよ」と、はゝちやいで、中腰ちうごしで二つ三つ世間せけんばなしをしてつた。さらにはチヨコレート、クリームがきいろかみつゝまれてならんでゐる。健次けんじはそれをつて、はじ前齒まへばんだが、いやかほをして、喰餘くひあましをつくゑはじき、

「もうきみ緣談えんだんさうぢやないか、ぼくはもうきたくない」と、命令的めいれいてきふ。織田おだをさけられてしばらくだまつてゐた。

「だが、きみためにも結婚けつこんするはうがいゝとおもふ、いま母堂マザーはなすと母堂マザー賛成さんせいして、さうなると結構けつかうだとつてる、それになんだよ」と、四圍あたりはゞかつてこゑひくくし、「きみのシスターについてもぼくかんがへてる、今度こんどことは四五にちまへつるにもよくはなしたんだがね、そのとき彼女あれくと、お千代ちよさんは箕浦みのうらおもつてるんださうだ、それだと丁度てうどいゝぢやないか、シスターを箕浦みのうらへやつちまつては、なんならぼく周旋しうせんする。」

「だつてきみ箕浦みのうらきらひだとつてたぢやないか」

「しかしきみのシスターがいてりや仕方しかたがないさ、きみはやいもと片付かたづけて、きまりをつけて、活動くわつどうたまへ、きみ我々われ〳〵とはちがつてさいがあるんだからいくらでも發展はつてん出來できる」

「うまく煽動おだてるね、煽動おだてたつて駄目だめだよ、ぼく發展はつてんみちがあるくらゐなら、君等きみらはれなくてもとつくに發展はつてんしてる」と、健次けんじ肱枕ひぢまくらよこになつた。

箕浦みのうら自惚家うぬぼれやでもきみにや感心かんしんしてるよ、二三日前にちまへにも見舞みまひだつてやつてて、何時いつきみ異彩ゐさいはなつだらうとつてた、じつはそのときいもときみにおつけたいと彼男あれにもあかしたのだ」

箕浦みのうらなんつてた」

彼男あれかね」と、織田おだひかけて躊躇ちうちよして、「べつなにやしない、丁度てうどいゝだらうとつてた」

「さうでもなからう、しかしきみいろんなことをするね、千代ちよにもなにはなしたね」

「いやろくはなしもしないが、さいいもととほして多少たせういたことはある」

「そうか、彼女あいつ此間こなひだきみうちからかへると、ぼくむかつてしきりに結婚けつこんすゝめるから、へんだなとおもつたがいまわかつた、彼女あいつとしとしだけに生意氣なまいきことかんがへてやがらあ」と、舌打したうちして起上おきあがつた、健次けんじはらうちで、「いもと箕浦みのうらたいする競爭者けうさうしやのおつる自分じぶんあてがつて、箕浦みのうら一人ひとりめにしやうとおもつてるんだらう」と、いもとはらそこまで小憎こにくらしかんじた。あんなをとこ珍重ちんてうしてこひとかなんとかつてるのを蟲唾むしづほどいやかんじた。

織田おだ健次けんじ目付めつきするどくなるをて、「なにかんがへてるんだ」とく。

きみ餘計よけい世話せわくね、自分じぶんことだけでらなくて」

餘計よけい世話せわぢやない、友情いうじやうからかんがへたんだ、一幸福しあはせのためにぼくつたとほりにしたまへ、どうせとほみちならはやとほつたはうがいゝぢやないか」

「いゝ仕事しごと有付ありついたとおもつて馬鹿ばか大家たいかめいたことふね、しかしぼくきみ箕浦みのうらとはちがつて何處どこくんか方角はうがくれんから仕方しかたないさ、」

「ぢやぼくせつもちひないんか、それできみはどうするんだい、責任せきにんおも身體からだで」

「さあどうするかね」と、他人事ひとごとのやうにつたが、きふ鬱陶うつとうしいいろていした。

きみ學生がくせい時代じだいおなじやうなでゐるが、よく家族かぞくことおもはんで浮々うか〳〵してられるね、まへきみ責任せきにんがころがつてるぢやないか」と織田おだ眞面目まじめ口調くてうめぬ。

「だからぼくうちいやだよ」と、健次けんじまたよこになつてぢて、「きみともながあひだ交際つきあつてるが、福音ふくゐんかせてれんね、」と、つたきり、くちかなくなつた。

で、織田おだはゝはなしてかへつたのち健次けんじつめたい蒲團ふとんなかへもぐりんで、「彼奴あいつ馬鹿ばか野郎やらうだ」とつぶやいた。しかしこれは他人たにんなか氣㷔きえんいてるときさけぶとはことなつて、滅入めいつた絕望ぜつばうこゑだ。

(十二)

翌日よくじついもとむすめ寵愛てうあい子猫こねこが、晚餐ばんさん總菜用さうざいよううをくはへてえんしたんだので、一大騷おほさわぎ。ちゝ褞袍どてらたまゝ寢室ねまる。はゝ靑筋あをすじたて怒鳴どなてる。しばらくしてなにはぬかほねこすゞらして長火鉢ながひばちそばかへり、ほそくしてくちべた﹅﹅めずつてゐると、んなにあたまたれた。はゝ愚痴ぐちしづまると、家族かぞく煮豆にまめ晚餐ばんめしつた。

健次けんじはかねてたのんでいたある社員しやゐんしらせで、日暮ひぐれまへ月島つきしまある下宿屋げしゆくや空間あきま檢分けんぶんした。廊下らうかつと、安房あは上總かづさ山々やま〳〵ゆめのやうに、ぼんやり﹅﹅﹅﹅水煙みづけむりむかうにうかび、つよかぜなくせてる。隣室となり話聲はなしごゑかぜさらはれなみおとぼつしてきこえぬ。れはをさなころ讚岐さぬきはまほしひまゝに鹽風しほかぜびてあそんだことを朧氣おぼろげおもした。その瞬間しゆんかん新生涯しんしやうがい此處こゝはじめる、根岸ねぎし古屋ふるやつてはらぱい鹽氣しほけはう」とけつし、二三にちうち返事へんじをすると約束やくそくした。で、うちかへると、はゝいもときかされた一にちぢう大事件だいじけんねこうをはなしであつた。

(十三)

翌日よくじつ桂田かつらだいへ晚餐ばんさんをかねて小園遊會せうゑんゆうくわいひらかれ、博士はかせ夫妻ふさい親戚みうち靑年せいねん男女なんによ箕浦みのうら織田おだとう家族かぞくすべて十數名すうめい招待せうたいされた。健次けんじもその一にんだが、生憎あひにく編輯へんしふ締切しめきり當日たうじつなので、原稿げんかう計算けいさんやら雜誌ざつし體裁ていさいやらの相談さうだん持掛もちかけられ、やうや夜店よみせ商人しやうにんみせしかけた時分じぶん雜誌社ざつししやて、生温なまあたゝかいからかぜさらされ、千駄木だぎむかつた。すで來濱らいひんそろつてるらしく、笑聲わらひごゑにぎやかで、玄關げんくわんには奇麗きれいをんな下駄げたや、みがてたくついくつもならんでゐる。客間きやくまとほされると博士はかせおひあた久保田くぼた箕浦みのうらとが食卓しよくたくへだてゝ博士はかせむかつて、さかんにはなしをしてゐた。

ふすまけると三にんは一しよあたまげて健次けんじた。とこには大輪だいりん白菊しらぎくけてあり、鴨居かもゐにはあらしあと海波なみうつしたあたらしい油繪あぶらゑかゝげてゐる。少尉せうゐ軍服ぐんぷくけた久保田くぼたかほ赤銅色しやくどういろをして、まだ文明ぶんめいつかれない太古たいこ活氣くわつきみなぎつてゐる。箕浦みのうらあを寶石ほうせきいり襟留ピンは、そのみがてたしろかほくろまなこ相照あひてらしてひかつてゐる。

菅沼すがぬまさんしばらくですね、相變あひかはらず元氣げんきがいゝつてぢやありませんか」と久保田くぼた快活くわいくわつわらつた。

「どういたして、一寸ちよつと見渡みわたしたところ、元氣げんき貴下あなたにん專有せんいうしてるやうだ」と、健次けんじ久保田くぼたそばすわつた。卓上たくじやうにはクユラソーの德利とくりかれてゐる。

「さあやりたまへ、貴下あなたなくちや、ぼく相手あひてがない」と、久保田くぼたさかづきし、「今日けふ散々さん〴〵きみうはさをしたんですよ、箕浦君みのうらくん叔父をぢとでね、しきりに貴下あなた攻擊こうげきはじるから、ぼく一人ひとり辯護べんごしましたハツ〳〵〳〵」

「さうですか」と、健次けんじさかづきけて、箕浦みのうらかほた。箕浦みのうらすこほゝあかめ、

ぼく攻擊こうげきしたんぢやないよ」とかほそらして、「久保田くぼたさん、いまのおはなしつゞきをかせてください、非常ひじやう面白おもしろい、貴下あなた話振はなしぶりがお上手じやうずだから、ぼくには演習えんしふ模樣もやううかぶやうです」