織田おだは平素ふだん健次けんじを無む二の親友しんいうと思おもひ、互たがひに喜憂きいうを分わかつつもりでゐるので、今日けふも吉報きつぽうを傳つたへに來きたのだ。
「そりや結構けつかうだ」と、健次けんじは口先くちさきでは云いつたが、心こゝろではこの魁偉くわいゝなる人間にんげんが、信州しんしう訛なまりの拔ぬけぬ頭あたまの眞中まんなかの禿はげた老母らうぼと、頰ほゝの赤あかいよく肥ふとつた妻君さいくんのために、年中ねんぢう專念せんねん一意い脇目わきめも振ふらず稼かせいでゐる樣さまを憐憫みじめに感かんじた。
「僕ぼくも二三年ねん踠あがき通とほしだつたが、これからは少すこしは樂らくになるだらう、隨分ずゐぶん君きみにも迷惑めいわくを掛かけたがね、もう大丈夫だいじやうぶだ。節儉せつけんすりや月末つきずゑの拂はらひに困こまることはない、何なにしろ學校がくかうの月給げつきふは三十圓ゑんだから遣切やりきれなかつたが、辭書じしよからは六十圓ゑんづゝ吳くれるんだよ、丁度てうど倍ばいだからね、それに内職ないしよくに飜譯ほんやくを續つゞけてやつてけば、小使錢こづかひせんは取とれるし」と、織田おだは自分じぶんの現狀げんじやうを想おもつて悅うれしくてならぬ風ふうだ。で、尙なほ世帶話しよたいばなしを續つゞけて、「家賃やちんは收入しうにふの五分ぶんの一を超過てうくわしてはならぬ」とか、「消費せうひ組合くみあひに入はいれば幾いくら宛づゝ經濟けいざいになる」とか。終しまひには將來しやうらいの家計かけいの豫算よさん計畫けいくわくを細こまかく說とき出だした。
妹共いもとどもはもう寢ねたのか、家うちの内うちは靜しづかだが、隣家となりから赤兒あかごの泣聲なきごゑが洩もれ聞きこえ、柿かきの葉はもカサ〳〵と音おとを立たてゝゐる。健次けんじは火箸ひばしで炭籠すみかごを引寄ひきよせどつさり添炭そへすみした。最早もはや酒さけの氣けもなくなつて寒さむい。せめて織田おだが何時いつものやうに苦痛くつうを訴うつたへるのなら、聞きいても多少たせう張合はりあひもあるが、大得意だいとくいで生活せいくわつの勝利しやうりを談だんずるのだから健次けんじは聞きいてゐても眠ねむくなるばかり、
「それでね、父ちゝの病氣びやうきがどうかなり次第しだい、もつといゝ家うちへ轉宅てんたくして新あたらしい生活せいくわつを初はじめるつもりだ、それについて妹いもとだけ持もて餘あまし者ものだが、あれに對たいする責任せきにんさへ免まぬかれりや、僕ぼくの重荷おもには卸おりてしまうんだよ」と、織田おだは抑揚よくやう緩急くわんきふのない調子てうしで云いつて相手あひての顏かほを見みて答こたへを促うながした。
健次けんじは五月蠅うるさい奴やつだと思おもつて、何なにか云いはうとした所ところへ、母はゝが茶盆ちやぼんと菓子皿くわしざらを持もつて來きた。「今いま織田おださんに頂いたゞいたんだよ」と、母はゝは茶ちやを注ついで、中腰ちうごしで二つ三つ世間せけん話ばなしをして行いつた。皿さらにはチヨコレート、クリームが黃きいろい紙かみに包つゝまれて並ならんでゐる。健次けんじはそれを手てに取とつて、端はじを前齒まへばで嚙かんだが、厭いやな顏かほをして、喰餘くひあましを机つくゑの端はじへ置おき、
「もう君きみ、緣談えんだんは止よさうぢやないか、僕ぼくはもう聞ききたくない」と、命令的めいれいてきに云いふ。織田おだは壓をさへ付つけられて暫しばらく默だまつてゐた。
「だが、君きみの爲ためにも結婚けつこんする方はうがいゝと思おもふ、今いまも母堂マザーに話はなすと母堂マザーも賛成さんせいして、さうなると結構けつかうだと云いつてる、それに何なんだよ」と、四圍あたりを憚はゞかつて聲こゑを低ひくくし、「君きみのシスターについても僕ぼくは考かんがへてる、今度こんどの事ことは四五日にち前まへに鶴つるにもよく話はなしたんだがね、その時とき彼女あれに聞きくと、お千代ちよさんは箕浦みのうらを思おもつてるんださうだ、それだと丁度てうどいゝぢやないか、シスターを箕浦みのうらへやつちまつては、何なんなら僕ぼくが周旋しうせんする。」
「だつて君きみは箕浦みのうらは嫌きらひだと云いつてたぢやないか」
「しかし君きみのシスターが好すいてりや仕方しかたがないさ、君きみも早はやく妹いもとを片付かたづけて、定きまりをつけて、活動くわつどうし玉たまへ、君きみは我々われ〳〵とは異ちがつて才さいがあるんだから幾いくらでも發展はつてん出來できる」
「うまく煽動おだてるね、煽動おだてたつて駄目だめだよ、僕ぼくに發展はつてんの道みちがある位くらゐなら、君等きみらに云いはれなくても疾とつくに發展はつてんしてる」と、健次けんじは肱枕ひぢまくらで橫よこになつた。
「箕浦みのうらの自惚家うぬぼれやでも君きみにや感心かんしんしてるよ、二三日前にちまへにも見舞みまひだつてやつて來きて、何時いつか君きみは異彩ゐさいを放はなつだらうと云いつてた、實じつはその時とき妹いもとを君きみにおつ付つけたいと彼男あれにも明あかしたのだ」
「箕浦みのうらは何なんと云いつてた」
「彼男あれかね」と、織田おだは云いひかけて躊躇ちうちよして、「別べつに何なにも云いやしない、丁度てうどいゝだらうと云いつてた」
「さうでもなからう、しかし君きみは色いろんな事ことをするね、千代ちよにも何なにか話はなしたね」
「いや碌ろくに話はなしもしないが、妻さいや妹いもとを通とほして多少たせう聞きいたことはある」
「そうか、彼女あいつが此間こなひだ、君きみの家うちから歸かへると、僕ぼくに向むかつて頻しきりに結婚けつこんを勸すゝめるから、變へんだなと思おもつたが今いま分わかつた、彼女あいつも歲としが歲としだけに生意氣なまいきな事ことを考かんがへてやがらあ」と、舌打したうちして起上おきあがつた、健次けんじは腹はらの中うちで、「妹いもとは箕浦みのうらに對たいする競爭者けうさうしやのお鶴つるを自分じぶんに當あてがつて、箕浦みのうらを一人ひとり占じめにしやうと思おもつてるんだらう」と、妹いもとの腹はらの底そこまで小憎こにくらしく感かんじた。あんな男をとこを珍重ちんてうして戀こひとか何なんとか云いつてるのを蟲唾むしづの出でる程ほど厭いやに感かんじた。
織田おだは健次けんじの目付めつきの銳するどくなるを見みて、「何なにを考かんがへてるんだ」と聞きく。
「君きみも餘計よけいな世話せわを燒やくね、自分じぶんの事ことだけで飽あき足たらなくて」
「餘計よけいな世話せわぢやない、友情いうじやうから考かんがへたんだ、一家かの幸福しあはせのために僕ぼくの云いつた通とほりにし玉たまへ、どうせ通とほる道みちなら早はやく通とほつた方はうがいゝぢやないか」
「いゝ仕事しごとに有付ありついたと思おもつて馬鹿ばかに大家たいかめいた事ことを云いふね、しかし僕ぼくは君きみや箕浦みのうらとは異ちがつて何處どこへ行いくんか方角はうがくが取とれんから仕方しかたないさ、」
「ぢや僕ぼくの說せつは用もちひないんか、それで君きみはどうするんだい、責任せきにんの重おもい身體からだで」
「さあどうするかね」と、他人事ひとごとのやうに云いつたが、急きふに鬱陶うつとうしい色いろを呈ていした。
「君きみは學生がくせい時代じだいと同おなじやうな氣きでゐるが、よく家族かぞくの事ことを思おもはんで浮々うか〳〵してられるね、目めの前まへに君きみの責任せきにんがころがつてるぢやないか」と織田おだは眞面目まじめな口調くてうを止やめぬ。
「だから僕ぼくは家うちが厭いやだよ」と、健次けんじは又また橫よこになつて目めを閉とぢて、「君きみとも長ながい間あひだ交際つきあつてるが、福音ふくゐんも聞きかせて吳くれんね、」と、云いつたきり、口くちを利きかなくなつた。
で、織田おだが母はゝと話はなして歸かへつた後のち、健次けんじは冷つめたい蒲團ふとんの中なかへもぐり込こんで、「彼奴あいつも馬鹿ばか野郎やらうだ」と呟つぶやいた。しかしこれは他人たにんの間なかで氣㷔きえんを吐はいてる時ときに叫さけぶとは異ことなつて、滅入めいつた絕望ぜつばうの聲こゑだ。
(十二)
翌日よくじつは妹いもと娘むすめ寵愛てうあいの子猫こねこが、晚餐ばんさんの總菜用さうざいようの魚うをを啣くはへて緣えんの下したへ逃にげ込こんだので、一家かは大騷おほさわぎ。父ちゝは褞袍どてらを着きたまゝ寢室ねまを出でて來くる。母はゝは靑筋あをすじ立たてゝ怒鳴どなり立たてる。暫しばらくして何なに食くはぬ顏かほの猫ねこは鈴すゞを鳴ならして長火鉢ながひばちの側そばへ歸かへり、目めを細ほそくして口くちべた﹅﹅を甜なめずつてゐると、皆みんなに頭あたまを打ぶたれた。母はゝの愚痴ぐちが靜しづまると、家族かぞくは煮豆にまめで晚餐ばんめしを食くつた。
健次けんじはかねて賴たのんで置おいた或ある社員しやゐんの知しらせで、日暮ひぐれ前まへに月島つきしまの或ある下宿屋げしゆくやの空間あきまを檢分けんぶんした。廊下らうかに立たつと、安房あは上總かづさの山々やま〳〵が夢ゆめのやうに、ぼんやり﹅﹅﹅﹅水煙みづけむりの向むかうに浮うかび、强つよい風かぜが絕たえ間まなく寄よせて來くる。隣室となりの話聲はなしごゑも風かぜに浚さらはれ波なみの音おとに沒ぼつして聞きこえぬ。彼かれは幼をさない頃ころ讚岐さぬきの濱はまで恣ほしひまゝに鹽風しほかぜを浴あびて遊あそんだことを朧氣おぼろげに思おもひ出だした。その瞬間しゆんかん「新生涯しんしやうがいを此處こゝで始はじめる、根岸ねぎしの古屋ふるやを去さつて腹はら一杯ぱい鹽氣しほけを吸すはう」と决けつし、二三日にち中うちに返事へんじをすると約束やくそくした。で、家うちへ歸かへると、母はゝや妹いもとに聞きかされた一日にち中ぢうの大事件だいじけんは猫ねこと魚うをの話はなしであつた。
(十三)
翌日よくじつ桂田かつらだの家いへで晚餐ばんさんをかねて小園遊會せうゑんゆうくわいが開ひらかれ、博士はかせ夫妻ふさいの親戚みうちの靑年せいねん男女なんによ、箕浦みのうら織田おだ等とうの家族かぞく、凡すべて十數名すうめいが招待せうたいされた。健次けんじもその一人にんだが、生憎あひにく編輯へんしふ締切しめきりの當日たうじつなので、原稿げんかうの計算けいさんやら雜誌ざつしの體裁ていさいやらの相談さうだんを持掛もちかけられ、漸やうやく夜店よみせ商人しやうにんが店みせを出だしかけた時分じぶん雜誌社ざつししやを出でて、生温なまあたゝかい空からつ風かぜに曝さらされ、千駄木だぎへ向むかつた。既すでに來濱らいひんは揃そろつてるらしく、笑聲わらひごゑも賑にぎやかで、玄關げんくわんには奇麗きれいな女をんな下駄げたや、磨みがき立たてた靴くつが幾いくつも並ならんでゐる。客間きやくまへ通とほされると博士はかせの甥おひに當あたる久保田くぼたと箕浦みのうらとが食卓しよくたくを隔へだてゝ博士はかせと向むかひ合あつて、盛さかんに話はなしをしてゐた。
襖ふすまを開あけると三人にんは一緖しよに頭あたまを上あげて健次けんじを見みた。床とこの間まには大輪だいりんの白菊しらぎくを生いけてあり、鴨居かもゐには嵐あらしの跡あとの海波なみを寫うつした新あたらしい油繪あぶらゑを揭かゝげてゐる。少尉せうゐの軍服ぐんぷくを着つけた久保田くぼたの顏かほは赤銅色しやくどういろをして、まだ文明ぶんめいに疲つかれない太古たいこの活氣くわつきに漲みなぎつてゐる。箕浦みのうらの靑あをい寶石ほうせき入いりの襟留ピンは、その磨みがき立たてた白しろい顏かほ黑くろい眼まなこと相照あひてらして光ひかつてゐる。
「菅沼すがぬまさん暫しばらくですね、相變あひかはらず元氣げんきがいゝつてぢやありませんか」と久保田くぼたは快活くわいくわつに笑わらつた。
「どう致いたして、一寸ちよつと見渡みわたしたところ、元氣げんきは貴下あなた一人にんで專有せんいうしてるやうだ」と、健次けんじは久保田くぼたの側そばに坐すわつた。卓上たくじやうにはクユラソーの德利とくりが置おかれてゐる。
「さあやり玉たまへ、貴下あなたが來こなくちや、僕ぼくの相手あひてがない」と、久保田くぼたは杯さかづきを差さし、「今日けふは散々さん〴〵に君きみの噂うはさをしたんですよ、箕浦君みのうらくんと叔父をぢとでね、頻しきりに貴下あなたの攻擊こうげきを始はじめるから、僕ぼくが一人ひとりで辯護べんごしましたハツ〳〵〳〵」
「さうですか」と、健次けんじは杯さかづきを受うけて、箕浦みのうらの顏かほを見みた。箕浦みのうらは少すこし頰ほゝを赤あかめ、
「僕ぼくは攻擊こうげきしたんぢやないよ」と顏かほを外そらして、「久保田くぼたさん、今いまのお話はなしの續つゞきを聞きかせて下ください、非常ひじやうに面白おもしろい、貴下あなたの話振はなしぶりがお上手じやうずだから、僕ぼくには演習えんしふの模樣もやうが目めに浮うかぶやうです」