「そんなに欝ふさがなくてもいゝでせう、酒さけが飮のめなけりや、唄うたでも唸うなつて陽氣やうきにやるさ、腦病なうびやう位ぐらゐ直なほつてしまふ」
「惡わるいものか、却かへつて藥くすりになりますよ」
「さうですかね、どうも惡わるいやうな氣きがしてならん」
「そんな事ことはないさ、第だい一好すきな者ものを何なにもかも封ふうじてしまつちや生甲斐いきがひがないでせう」
「さうも思おもふんですが、どうも恐こはうごあしてね、口くちに唾つばきが出でても盃さかづきを執とる氣きになれません」と、津坂つさかはだるく﹅﹅﹅目葢まぶたを垂たれ手てを拱こまねいてゐたが、暫しばらくして頭あたまを持上もたげ、
「御面倒ごめんだうですが、一つ亜米利加あめりかの忰せがれにやる手紙てがみを書かいて頂いたゞけますまいか、私わたしが書かくといゝんですが、手てが震ふるへて書かけませんから」
「よろしい、今いまでも書かいて上あげますが、何なんと云いつてやるんです、病氣びやうきのことですか」
「え、病氣びやうきも知しらせてやりたいんですが、忰あれが何なにか仕事しごとを定きめる時ときにや、先さきの確たしかな何時いつまでも繁盛はんじやうするやうな仕事しごとを撰えらべと、御面倒ごめんだうですが一筆ふで書添かきそへて下くださいまし」
「それで貴下あなたが御病氣ごびやうきでも心配しんぱいするにや及およばん、歸かへるにも及およばんと書かいてやるんですね」
「左樣さやう、どうせ彼かれが私わたしの後繼者あとゝりだから、私わたしが死しねば歸かへらなくちやなりませんが」と云いつて、急きふに厭氣いやきが差さしたか、眉まゆを顰ひそめて首かぶりを振ふり、「なにまだ大丈夫だいじやうぶですよ、だから心配しんぱいするな、しつかり稼かせげとお書かき下ください」
で、私わたしは洋紙やうしへペンで書かきかけると、津坂つさかは少すこし伸上のびあがつて、目めをペン先さきに配くばり、取留とりとめなく用向ようむきを述のべ立たてる。
やがて認したゝめ終をはり、吸取紙すゐとりがみで墨汁いんきの潤うるみを乾かはかせて、私わたしは念ねんのために讀よんで聞きかせた。
「拜啓はいけい、當地たうちは春暖しゆんだんの好こう時節じせつ、櫻さくらも咲さきかけ申まをし候そろ、母はゝも無事ぶじ妹いもとも無事ぶじ御安心ごあんしん相成あひなるべく、父ちゝは先月せんげつ來らい腦病なうびやうにて仕事しごとも休やすみ居をり候そろが、ほんの輕症けいしやうなれば、別べつに御配慮ごはいりよにも及および申まをさず候そろ、扨さて先日せんじつ御申越おんまをしこしの事件じけん……」云々うんぬんと、宛名あてなまで讀よみ終をはり、
「これでいゝんですか」と聞きいた。
「えゝ結構けつこうです、どうも有難ありがたう御座ございます」
と、津坂つさかは頭かしらを二三度ど下さげたが、私わつしが手紙てがみを封筒ふうとうに入いれかけるのを見みて、さも言憎いひにくさうに、「甚はなはだ御面倒ごめんだうで申兼まをしかねますが、私わつしの病氣びやうきのことを、もつと、何なんとか色艶いろつやをつけて書かいて頂いたゞけますまいか」と云いふ。
私わたしは不思議ふしぎに思おもつて、「ぢやどう書かくんです、病氣びやうきが重おもいと云いつてやるんですか」
「いえ、重おもいでもありませんが、忰せがれがこの手紙てがみを讀よめば、親爺おやぢは氣きの毒どくだ可愛かあいさうだと、淚なみだの一雫しづく位くらゐは落おとすやうに書かいて頂いたゞきたいと思おもひましてね、」
「だつて、それぢや御子息ごしそくが心配しんぱいなさるでせう」
「それもさうですね、」と少すこし考かんがへて、「しかし、私わつしの手賴たよりにするのは彼かればかりで、此頃このごろは每晚まいばんのやうに彼かれを夢ゆめに見みます、だから私わつしが酒さけも飮のまずに每日まいにち何なにか案あんじて暮くらしてる樣子やうすを、よく腑ふに落おちるやうに知しらせてやつて彼かれが私わつしの事ことを夢ゆめにでも見みるやうにさせたいんです、さうでもしないと、世よの中なかが心細こゝろぼそくつてなりません」
「隨分ずゐぶん六むづケか敷しい御註文ごちうもんだが、力ちから一杯ぱい工夫くふうして見みませう」
と、私わたしは三十分間ぷんかんも考かんがへ、三四度ども書直かきなほして、哀あはれつぽい文句もんくを二つ三つ書かき加くはへ、認したゝめ終をはつて讀よんで聞きかすと、津坂つさかは膝ひざに手てを置おいて耳みゝを傾かたむけ、感かんに打うたれてか、どんより﹅﹅﹅﹅した目めに淚なみだをさへ浮うかべた。
「結構けつこうです〳〵」と、彼かれは胸むねの蟠わだかまりが融とけた如ごとく感かんじたらしく、手紙てがみを持もつて勇いさましく二階かいを下おりた。
それから五六日にち後のち、津坂つさかは私わたしにかの水晶すゐしやうの印いんを送おくり屆とゞけたが、それと共ともに、多年たねん大切たいせつにした自分じぶんの見臺けんだいを、師匠しゝやうに進呈しんていしたさうである。私わたしは間まもなく轉宅てんたくしたから、その後ご一度ども津坂つさかに遇あはぬ。手紙てがみの遣取やりとりもせぬ。只たゞ遺物かたみの印いんは今いまも座右ざいうにあり、その面影おもかげは今いまも私わたしの目めに殘のこつてゐる。
彼れの一日
彼かれ——黑塚くろづか白雨はくう——は九時じに目めを醒さました。下女げぢよの紙箒はたきの音おとが部屋へやの兩隣りやうどなりで騷々さう〴〵しく聞きこえる。電車でんしやの音おとがギイ〳〵耳みゝに響ひゞく。彼かれは今いままでうつら〳〵﹅﹅﹅﹅﹅﹅淺あさい夢ゆめを見みてゐたのだ——草山くさやまが赤あかい鉢卷はちまきして逆立さかだちして踊をどつてる。喇叭ラツパや太皷たいこで囃はやし立たてる。自分じぶんも手拭てぬぐひを頭あたまに載のせ褄つまを取とつて踊をどらうとする。場所ばしよは何なんでも七八年前ねんまへに住すんでた西方寺さいはうじの一室しつらしい——彼かれはその夢ゆめを考かんがへて厭いやな氣きがした。社しやには素面すめんでカツポレを踊をどる人ひとがあるが、自分じぶんは何なにかの拍子ひやうしで、一度いちど琉球節りうきうぶしを唄うたつたため、今いま思おもひ出だしても冷汗ひやあせが出でる。何なんだつてあんな夢ゆめを見みたことか……
彼かれは身體からだを伸のばして新聞しんぶんを取とり、又また寢床ねどこへずり込こんで、それを開ひらいた。朝日あさひが障子しやうじの破目やれめを通とほつて、新聞しんぶんに圓まるく映うつり、鮮あざやかに光ひかつた。彼かれは一通とほり讀よんで了しまうと、むく〳〵と起おき、小走こばしりで洗面場せんめんばへ行いつた。五分間ふんかん計ばかり冷水れいすゐ摩擦まさつに餘念よねんがない。これは十年ねんも前まへに身心しん〳〵鍛鍊たんれんのために初はじめたので、今いまはその必要ひつえうを感かんじてるのではないが、只たゞ習慣しふくわんで止やめられぬのだ。この寒さむいのに醉興すゐきようなと、人ひとも云いへば自分じぶんにも思おもふ。しかし苦學くがく時代じだいの名殘なごりがまだ消きゑてしまはぬ。
彼かれは朝食あさめしを濟すますと、元町もとまちの停留場ていりうばから電車でんしやに乗つた。
車掌しやしやうが回數券くわいすうけんに鋏はさみを入いれるまでは氣きが落付おちつかなんだが、お茶ちやの水みづを渡わたる時とき、その車中しやちうの役目やくめが濟すみ一安心ひとあんしんした。そして目めを閉とじ手てを拱こまねいた。彼かれはかねて往復わうふくの乗車じやうしや時間じかんを利用りようして獨逸語どいつごを硏究けんきうするつもりで、今日けふは懷中くわいちうにヂヤーマンコースを潜ひそませてゐるが、容易ようゐに取出とりださうともしない。數寄屋橋すきやばしまで二十分間ぷんかん、此頃このごろの例れいにより取留とりとめもない空想くうさうに耽ふけつた。空想くうさうと云いつても翠帳すゐちやう紅閨こうけいが浮うかんで來くるのでもなく、天外てんぐわい無窮むきうの境きやうに思おもひ及およぶのでもなく、彼かれの顏かほの乾涸ひからびてゐる如ごとく、その空想くうさうも乾涸ひからびてゐる。
朝あさ讀よんだ社しやの新聞しんぶんの記事きじが斷片的きれ〴〵に頭あたまに浮うかび、空想くうさうがそれに附随ふずゐして飛とび廻まはる——。自分じぶんが力ちからを籠こめて書かいた或派あるはの議員ぎゐん買收ばいしうの記事きじが悉こと〴〵く抹殺まつさつされ、今朝けさの新聞しんぶんには一行ぎやうも出でてゐない。そして下くだらない記事きじはどつさり﹅﹅﹅﹅出でてゐる。電車でんしや會社ぐわいしやの重役ぢうやくの手前てまへ勝手かつての意見いけんが、さも尤もつともらしく長々なが〳〵と出でてゐる。あれを書かいたのは佐々良さゝらに違ちがひない。彼奴きやつ何なにか魂膽こんたんがあつて書かいたのだらう。怪けしからん奴やつだ。常つねに新聞しんぶんを自分じぶんの利益機關りえきゝくわんのやうに用もちひる。どう思おもつても怪けしからん。それで洒蛙々々しやあ〳〵として更さらに心こゝろにも顏かほにも疚やましい風ふうはない。……紙面しめんの賑にぎはひと云いふ大憲法だいけんぱふの下もとには、針はり程ほどのことも仰山ぎやうさんに吹聽ふゐちやうして、人ひとに迷惑めいわくを掛かけ、讀者どくしやに虛僞きよぎを傳つたへ、やうやく下宿げしゆく料れうに足たるか足たらぬの報酬はうしうを貰もらふ。情なさけない商賣しやうばい、怪けしからん職業しよくげふだ。たま〳〵正義せいぎと思おもつて破邪はじやの筆ふでを揮ふるふと抹殺まつさつされる——
彼かれの空想くうさうは一轉てんして今日けふの晝飯ひるめしを考かんがへた。蕎麥そば、五目鮨ごもくずし、餡あんパンが早速さつそく頭あたまに浮うかぶ。どれもどれも度々たび〳〵の事ことで鼻はなについてる。偶たまにや變かはつた者ものが慾ほしい。——遂つひに「大新たいしんの天麩羅てんぷら」と腹はらの蟲むしが叫さけんで、彼かれは我われ知しらず袂たもとから蟇口がまぐちを出だして見みた。銀貨ぎんくわが六十錢せんばかりある。入社にふしや以來いらい三年ねん月給げつきうは居据ゐすわりで、天てんドンは十三錢せんから十八錢せんになつた。どうかしなくちやならん正義せいぎ呼よばはりもないもんだ。
「曲まがりますから御注意ごちういを」と、車掌しやしやうが大聲おほごゑで機械的きかいてきに云いつた。電車でんしやが激はげしく動搖どうえうする。立たつてる乗客じやうかくが靴くつの踵かゝとで彼かれの爪先つまさきを踏ふんだ。彼かれは角かど立たつた目めで恨うらめしさうに相手あひての後姿うしろすがたを見上みあげた。電車でんしやが落付おちつくと、彼かれは又また目めを閉とぢる。
夢ゆめに踊をどつてた草山くさやまの現實げんじつの顏かほが憎々にく〳〵しく浮上うきあがつて來くる。——あの野郞やらう、社長しやちやうにお謟べつかつて、狡づるいことをしてやがる。俳優やくしやの投票とうひやう、小說せうせつの懸賞けんしやう募集ぼしふ、皆みな彼奴あいつの差金さしがねだ。體ていよく社長しやちやうを說といて、社しやの發展はつてんの爲ためだと、お爲ためごかしに自身じしんの勢力せいりやく擴張ゝわくちやうをやつてる。出勤しゆつきん時間じかんだつて少ちつとも守まもつてゐない。朝あさは遲おそく出でて晚ばんは早はやく歸かへる。よく注意ちういして見みてるに、おれの三分ぶんの一の仕事しごとさへして居をらん。それに世間せけんからは、やれ何なに新聞しんぶんの敏腕家びんわんかだの、新進しん〳〵小說家せうせつかで御座ござるの、劇通げきつうで候さふらふのと、出放題ではうだいな稱賛しやうさんをしてゐる。何なんだい彼あれが、碌ろくそつぽに語學ごがくも出來できねば、文章ぶんしやうだつておれの目めから見みると些ちつとも甘うまくはない。腕前うでまへと云いへば新聞しんぶんを甘うまく利用りようしては本屋ほんやの提灯ちやうちん持もちをして、そのお禮れいに拙まづい小說せうせつを賣込うりこむ位くらゐだ。何なんでも役者やくしやからの付屆つけとゞけもありや、御馳走ごちさうにもなつてるらしい。昨夜ゆふべだつて大坂おほさか役者やくしやに百尺ひゃくせきへ招待せうだいされたさうだ………おれは新聞しんぶんへ入はいつてから、役德やくとくと云いやあ、あれと此これと、招待せうだいも三度どしきや受うけてやしない——
空想くうさうはふら〳〵と一轉てんする。「今日けふは何なにを書かかう」、輪轉機りんてんきすら一臺だいもない小新聞せうしんぶんだから、彼かれの如ごとき政治せいぢ智識ちしきの乏とぼしい者ものも、一週しうに一度どは論說ろんせつを割付わりつけられてあるので、今日けふがその當番たうばんだ。彼かれはその問題もんだいを捜さがして、增稅案ざうぜいあん、移民ゐみん會社くわいしや取締とりしまり、對たい朝鮮てうせん政策せいさく、どれも六ケ敷しい。國民こくみんの驕奢きやうしやを攻擊こうげきするか、それとも惡小說あくせうせつの流行りうかうを罵倒ばたふするか、どちらが手易たやすいだらうか、小說論せうせつろんにしても、どう論ろんじたら早はやく書かけ手數てすうが掛かゝらないだらう………と考かんがへたが、別べつに妙案めうあんの纏まとまりもせず、又また强しいて纏まとめやうともせぬ間うち、