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Chapter 21: 五月幟
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

五月幟

(一)

穗浪ほなみむら人家じんか三百」と、小學せうがく敎師けうしは二十ねんまへから兒童じどうをしへてゐる。この三百の八九漁業ぎよげふ農業のうげふあるひ漁農ぎよのう兼帯けんたい生活くらしてゝゐるが、百八十番地ばんちの「瀨戶せと吉松きちまつ」の一は、はゝ巫女みこ息子むすこ畵工ぐわこうむら不似合ふにあひもつと風變ふうがはりの仕事しごとをしてゐる。で、うみれて不漁ふれうつゞいたり、暴風雨ぼうふうゝ蟲害ちうがいむぎいね充實みのりわるいと商人しやうにん大工だいく石屋いしや疊屋たゝみやも、あるひ僧侶そうりよ神主かんぬしみなその影響えいけうけるのだが、こと吉松きちまつひどい。

しかし今歲ことしれうがよかつた。たいれた、さはられた、漁夫れうしおきつたうをつて、岡山をかやま牛窓うしまどから縮緬ちりめん兵兒帶へこおび疊付たゝみつき下駄げた洋銀やうぎんかんざしやら派手はで手拭てぬぐひやら、土產物みやげものどつさり﹅﹅﹅﹅買込かひこみ、なほ魚籠どうまるには兩手りやうてすくれぬほど銀貨ぎんくわ銅貨どうくわのこしてかへた。明後日あさつて舊歷きうれきぐわつ節句せつくであれば、遠海えんかい出稼でかせぎつてるふねも、よく〳〵不漁ふれうでないかぎりは、久振ひさしぶりにくが鹽辛しほからくないめしひにかへり、濱邊はまべにはめづらしく百そうちかくの小舟こぶね親船おやぶねならんでゐる。そして吉松きちまつ諸方しよはうからのぼり揮毫きがうたのまれて、近年きんねん多忙たばうである。

れは日限にちげんまられ、五六にち戶外そとず、よる行燈あんどんそばいてゐたが、いよ々々今いまひとつでをはれるのだ。圖題づだい鎧姿よろひすがた淸正きよまさで、略々ほぼかたちだけ出來できあがつてゐる。れは禿筆ちびふでさき淸正きよまさひげこまかきながら、つかれたかたひだりんだり、すみみた下唇したくちびるんで、ほそながぬの見上みあ見下みおろしてゐる。一ふでごと凛々りゝしい姿すがたあがるのをるにつけて、もつと奇麗きれい繪具ゑのぐしくてならぬ。あの草摺くさずりもその臑當すねあてほかいろいろどつてたい。何時いつぞや大福寺だいふくじ蟲干むしぼしのあつたとき佛樣ほとけさまを二三ぷくせてもらつたが、どれもなつかしい繪具ゑのぐもちひてあつて、てゐてなんといふことなしにいゝ氣持きもちがして、そのまへはなれたくなかつた。あんな繪具ゑのぐなんこしらへるのからんが、自分じぶんも一ねんに一でも、立派りつぱ繪具ゑのぐ絹地きぬぢいてたいな。

れの左右さいうにはすみかしためし茶碗ぢやわんと、ちいさい朱硯しゆすゞりと、臙脂べこあひ兩緣りやうふちつた小皿こざらがあるばかり。ふで小學せうがく生徒せいと手習てならひようの一ぽんせんか三せんのをれるまで使つかつてゐる。で、道具だうぐには不平ふへいいだいてゐるが、きな仕事しごとではあり、だいかねれるのだから、自然しぜんはげみもついて、身體からだだるいのも我慢がまんして、ふではこばせた。いへ二室ふたまだが、たゞしきゐ區切くぎつてあるのみでふすま障子しやうじもない。上等じやうとうには床板ゆかいたうへ薄緣うすべりめ、つぎには座蒲團ざぶとんがはりに一まいむしろいてある。繪布ゑぬのすそむしろ挾出はみだされ巫女みこばあさんのひざれてゐる。ばあさんは片袖かたそでをまくりげ、ふとつたかひなあらはしてうすいてゐる。居眠ゐねむりをしどほして、あさからかゝつてゝ、まだ一しやうらずのこならぬ。

きちよ、われやまだいてしまはんか」

と、ばあさんは附木つけぎこな搔寄かきよせては張籠はりかごつしてゐる。

「もすこしでいて仕舞しまわあ、おかあはまだいて仕舞しまはんのか」

「おかあも、もう一握ひとにぎりでえゝんぢやがの、われなかつたら、お晝飯ひるにしやうか、太陽樣こんにちさまもそろ〳〵となりの牛小屋うしごやあたりだした」

「さうかな、もう正午おひるすぎか、そないになるたあおもはなんだ」

「どりやおちやでもわかさう」

と、ばあさんは片手かたてひざおさへ、「うんとしよ」とあがり、凸凹でこぼこおほにはりて、しば一攫ひとつかみ壓折へしをつて茶釜ちやがましたみ、附木つけぎけた。黑烟くろけむりうづいて繪布ゑぬのうへひ、ひく軒下のきしたながる。吉松きちまつあをかほしかめ、いきほひのないせきした。ほそくして戶外そとた。門口かどぐちには五月雨つゆ用意よういしば木片こつぱ堆高うづたかんである。そらえぬが、あざやかにいしころみちらし、帽子ぼうしがはりに頰冠ほゝかぶりして肥桶こえたごになつたをとこが、こしつてとほつてゐる。二三にんくびひ、得意氣とくいげ卷煙草まきたばこき、ゲラゲラわらつてむらわかしゆつてく。「きちマよ」「チビまつ」とこゑけてものもある。しり端折はしをわら草履ざうり穿いた水汲みづくみをんなちいさいをけになつて二人ふたりにんつゞいてとほつた。井戶水ゐどみづ鹽氣しほけがあり、山蔭やまかげいづみのみが一そん飮料水いんれうすゐとなるので、ぼん節句せつくにはいづみれるとふが、きふ家族かぞくえた此頃このごろ女房かみさんむすめ水汲みづくみが一にち大役たいやくなのだ。

吉松きちまつはその水汲みづくみ一人ひとり後姿うしろすがたて、おたけぢやないかとおもつた。かほをもせず、すた〳〵とつてしまつたが、その眞紅しんくたすきふくらかなしろはぎ、どうも彼女あれらしい。で、れはすこあがつてにつたり﹅﹅﹅﹅わらつた。これをいてしまつたら彼女あれへる。いそでは節句せつくんで、岡山をかやまからうん﹅﹅小間物こまもの仕入しいれてたそうだから、彼女あれかんざしでもくしでもつてやる。目顏めかほしていづみそばやぶくのだ。

二三年前ねんまへから目星めぼしをつけてたおたけと、むつまじい言葉ことばはすやうになつたのは去年きよねんあきわすれもしない、彼女あれ藪下やぶしもかは洗濯せんたくをしてゐた。んだみづがちよろ〳〵とくさなかからながれてる。おたけしぼりの手拭てぬぐひ姉樣ねえさんかぶりにし、はゞひろなめらかないしうへすこかゞんでち、あしかふまでみづひたし、兩足りやうあし調子てうしよくよごものんでゐた。まわりひとこゑもしない。たゞからすてら屋根やねいてゐるばかり。そのとき此處こゝきたいとおもつた。その姿すがたもそのかほも、このむらにやくらべるをんなはありやしない。それで「わし女房にようぼになるか」とふと、くびよこらなかつた。あんな別嬪べつぴんわし女房にようぼになるんだぞ、むら小若連こわかれん集會よりあひくと、きち野郞やらう二十歲はたちになつて、まだ衒妻げんさい一人ひとりようこさへぬ、意氣地いくぢなしといつて、んなしてひやかしやがるが、どうだうらやましからう。

れはうつとり﹅﹅﹅﹅かんがみ、やがてまたにやり﹅﹅﹅薄氣味うすきみわるわらつてふでつた。で、やうやをはつたころ茶釜ちやがまがジン〳〵おとてる。

きち、おちやいたでえ」と、ばあさんはたなからぜん飯櫃めしびつおろしてゐる。

「おかあ初野はつのはまだもどらんかな」と、吉松きちまつしびれたあしで〴〵ぜんまへすわつた。よね黑々くろ〴〵とした麥飯むぎめし茶碗ちやわん山盛やまもりにし、茶柄杓ちやびしやくちやぶつかける。

彼女あれ今朝けさ飛出とびだしたきり、まだもどつてん、柏餅かしはもちはやこせへてれいとせがん﹅﹅﹅いて、いままで何處どこあるいとるんだらう」

またみんなにひやかされとるんぢやないか、あの阿房あほうこまるなあ、はや死腐しにくされやえゝのに」

われなにをいふ、阿房あほうでも狂人きちがひでも、われ眞實ほんまいもとぢやないか」と、ばあさんは鐵漿おはぐろまばらなで、漬菜つけなをばり〴〵みながら、金壺かなつぼまなこ吉松きちまつにらんだ。

そがい﹅﹅﹅ふても、初野はつのりやがるんで、物入ものいりがおほうなつて仕樣しやうがない」と、吉松きちまつ慳貪けんどんつた、「それになあおかあ彼女あれると、わしよめれんぞな、うちせまいし、初野はつの大飯おほめしくらうから」

そがい﹅﹅﹅こと心配しんぱいせえでもえゝ、われ苦勞性くらうしやうぢやから、んだれかんだれあんじてばかりるけいど、らんこつちやがな、よめりたけりや、何時いつでもきな女子をなごれていよ、おかあ初野はつのはこのむしろうへへでもりやえゝ、それに彼女あれれて御祈禱ごきとうまわりや、ふくろに一ぱいや二はいのおこめは、何處どこからでももらうてられる、われ一人ひとりせわにやならんがな」

もらものなんもらうてもえゝけど、乞食こじきたいなことをしてくだんすな、むらものわしとつちやんは狂人きちがひで、おかあ乞食こぢきいもと阿房あほうぢやとふてわらうとるがな」

わらうたてかまうもんか、澤山たんといしものべさへすりや、われことあないでないか」

「おかあはようても、わしつらい﹅﹅﹅がな」

ばあさんは吉松きちまつあはれつぽい小言こゞときながら、緩々ゆる〳〵食事しよくじをはると、よごれた茶碗や小皿こざらすみはうしのけ、すわつたまゝうすそばにじり﹅﹅﹅り、くちうちねむそうな引臼ひきうすうたうたひ、またこなした。

吉松きちまつぬのかはくのをつて、それを白木綿しろもめん大風呂敷おほぶろしきにくるんでそとた。そらにはしろくもたゞよひ、やさしいかぜおきからいてる。海邊うみべちかふとまつかこまれた住吉すみよし神社ゞんじやでは太皷たいこおとがして、子供こどもよろこさわこゑがする。このまへまゐりしたときは、神社じんじやとびらとざされ、ほこりんだ階段かいだん子守こもりが二三にん腰掛こしかけてるばかり。境内けいだい寂寥ひつそりとしてゐたが、今日けふ馬鹿ばかにぎややかだ。今夜こんや神前しんぜん大漁たいれういはひの集合よりあひがあるさうだが、みや中心ちうしんにして、とほ路々みち〳〵何處どこても景氣けいきいてゐる。そして吉松きちまつ生々いき〳〵した空氣くうきむね鼓動こどうし、わけもなくうれしくなつて、大急おほいそぎにあるした。