五月幟
(一)
「穗浪ほなみ村むらは人家じんか三百戶こ」と、小學せうがくの敎師けうしは二十年ねんも前まへから兒童じどうに敎をしへてゐる。この三百戶この八九分ぶは漁業ぎよげふか農業のうげふ、或あるひは漁農ぎよのう兼帯けんたいで生活くらしを立たてゝゐるが、百八十番地ばんちの「瀨戶せと吉松きちまつ」の一家かは、母はゝは巫女みこ、息子むすこは畵工ぐわこう。村むらに不似合ふにあひな最もつとも風變ふうがはりの仕事しごとをしてゐる。で、海うみが荒あれて不漁ふれうが續つゞいたり、暴風雨ぼうふうゝや蟲害ちうがいで麥むぎや稻いねの充實みのりが惡わるいと商人しやうにんも大工だいくも石屋いしやも疊屋たゝみやも、或あるひは僧侶そうりよ神主かんぬし、皆みなその影響えいけうを受うけるのだが、殊ことに吉松きちまつ一家かは酷ひどい。
しかし今歲ことしは漁れうがよかつた。鯛たいも捕とれた、鰆さはらも捕とれた、漁夫れうしは沖おきで釣つつた魚うをを賣うつて、岡山をかやまや牛窓うしまどから縮緬ちりめんの兵兒帶へこおび、疊付たゝみつきの下駄げた、洋銀やうぎんの簪かんざしやら派手はでな手拭てぬぐひやら、土產物みやげものをどつさり﹅﹅﹅﹅買込かひこみ、尙なほ魚籠どうまるには兩手りやうてで掬すくい切きれぬ程ほどの銀貨ぎんくわや銅貨どうくわを殘のこして歸かへつて來きた。明後日あさつては舊歷きうれき五月ぐわつの節句せつくであれば、遠海えんかいへ出稼でかせぎに行いつてる舟ふねも、よく〳〵不漁ふれうでない限かぎりは、久振ひさしぶりに陸くがの鹽辛しほからくない飯めしを食くひに歸かへり、濱邊はまべには珍めづらしく百艘そう近ちかくの小舟こぶね親船おやぶねが並ならんでゐる。そして吉松きちまつは諸方しよはうから幟のぼりの揮毫きがうを賴たのまれて、近年きんねんに無なく多忙たばうである。
彼かれは日限にちげんに迫せまられ、五六日にち戶外そとへ出でず、夜よるも行燈あんどんの側そばで書かいてゐたが、いよ々々今いま一ひとつで描かき終をはれるのだ。圖題づだいは鎧姿よろひすがたの淸正きよまさで、略々ほぼ形かたちだけ出來でき上あがつてゐる。彼かれは禿筆ちびふでの先さきで淸正きよまさの髯ひげを細こまかく描かきながら、疲つかれた肩かたを左ひだりの手てで揉もんだり、墨すみの染しみた下唇したくちびるを噛かんで、細ほそ長ながい布ぬのを見上みあげ見下みおろしてゐる。一筆ふで每ごとに凛々りゝしい姿すがたの浮うき上あがるのを見みるにつけて、もつと奇麗きれいな繪具ゑのぐが欲ほしくてならぬ。あの草摺くさずりもその臑當すねあても他ほかの色いろで彩いろどつて見みたい。何時いつぞや大福寺だいふくじで蟲干むしぼしのあつた時とき、佛樣ほとけさまの繪ゑを二三幅ぷく見みせて貰もらつたが、どれも懷なつかしい繪具ゑのぐを用もちひてあつて、見みてゐて何なんといふ事ことなしにいゝ氣持きもちがして、その前まへを離はなれたくなかつた。あんな繪具ゑのぐは何なんで拵こしらへるのか知しらんが、自分じぶんも一年ねんに一度どでも、立派りつぱな繪具ゑのぐで絹地きぬぢへ書かいて見みたいな。
彼かれの左右さいうには墨すみを溶とかした飯めし茶碗ぢやわんと、小ちいさい朱硯しゆすゞりと、臙脂べこと藍あひを兩緣りやうふちに塗ぬつた小皿こざらがあるばかり。筆ふでも小學せうがく生徒せいとの手習てならひ用ようの一本ぽん二錢せんか三錢せんのを毛けが擦すり切きれるまで使つかつてゐる。で、道具だうぐには不平ふへいを抱いだいてゐるが、好すきな仕事しごとではあり、第だい一金かねが取とれるのだから、自然しぜんに勵はげみもついて、身體からだの怠だるいのも我慢がまんして、筆ふでを運はこばせた。家いへは二室ふたまだが、只たゞ閾しきゐで區切くぎつてあるのみで襖ふすまも障子しやうじもない。上等じやうとうの室まには床板ゆかいたの上うへに薄緣うすべりを敷しき詰つめ、次つぎの室まには座蒲團ざぶとん代がはりに一枚まいの蓆むしろを敷しいてある。繪布ゑぬのの裾すそは蓆むしろの室まへ挾出はみだされ巫女みこ婆ばあさんの膝ひざに觸ふれてゐる。婆ばあさんは片袖かたそでをまくり上あげ、肥ふとつた腕かひなを露あらはして臼うすを挽ひいてゐる。居眠ゐねむりをし通どほして、朝あさから掛かゝつてゝ、まだ一升しやう足たらずの粉こなが挽ひけ切きらぬ。
「吉きちよ、汝われやまだ書かいてしまはんか」
と、婆ばあさんは附木つけぎで粉こなを搔寄かきよせては張籠はりかごに移うつしてゐる。
「も少すこしで書かいて仕舞しまわあ、お母かあはまだ挽ひいて仕舞しまはんのか」
「お母かあも、もう一握ひとにぎりでえゝんぢやがの、汝われお腹なかが減へつたら、お晝飯ひるにしやうか、太陽樣こんにちさまもそろ〳〵隣となりの牛小屋うしごやへ當あたりだした」
「さうかな、もう正午おひる過すぎか、そないになるたあ思おもはなんだ」
「どりやお茶ちやでも沸わかさう」
と、婆ばあさんは片手かたてで膝ひざを壓おさへ、「うんとしよ」と伸のび上あがり、凸凹でこぼこの多おほい庭にはへ下おりて、柴しばを一攫ひとつかみを壓折へしをつて茶釜ちやがまの下したへ投なげ込こみ、附木つけぎで火ひを點つけた。黑烟くろけむりが渦うづを卷まいて繪布ゑぬのの上うへを這はひ、低ひくい軒下のきしたへ流ながれ出でる。吉松きちまつは靑あをい顏かほを顰しかめ、勢いきほひのない咳せきを出だした。目めを細ほそくして戶外そとを見みた。門口かどぐちには五月雨つゆの用意よういに柴しばや木片こつぱを堆高うづたかく積つんである。空そらは見みえぬが、日ひは鮮あざやかに石いしころ道みちを照てらし、帽子ぼうし代がはりに頰冠ほゝかぶりして肥桶こえたご擔になつた男をとこが、腰こしを振ふつて通とほつてゐる。二三人にん首くびを抱だき合あひ、得意氣とくいげに卷煙草まきたばこを吹ふき、ゲラゲラ笑わらつて村むらの若わかい衆しゆが練ねつて行ゆく。「吉きちマよ」「チビ松まつ」と聲こゑを掛かけて行ゆく者ものもある。尻しり端折はしをり藁わら草履ざうりを穿はいた水汲みづくみ女をんなが小ちいさい桶をけを荷になつて二人ふたり三人にん續つゞいて通とほつた。井戶水ゐどみづは鹽氣しほけがあり、山蔭やまかげの泉いづみのみが一村そんの飮料水いんれうすゐとなるので、盆ぼんと節句せつくには泉いづみが乾かれると云いふが、急きふに家族かぞくの殖ふえた此頃このごろ、女房かみさんや娘むすめは水汲みづくみが一日にちの大役たいやくなのだ。
吉松きちまつはその水汲みづくみの一人ひとりの後姿うしろすがたを見みて、お竹たけぢやないかと思おもつた。顏かほをも見みせず、すた〳〵と行いつてしまつたが、その眞紅しんくの襷たすき、脹ふくらかな白しろい脛はぎ、どうも彼女あれらしい。で、彼かれは少すこし伸のび上あがつてにつたり﹅﹅﹅﹅笑わらつた。これを書かいてしまつたら彼女あれに遇あへる。磯いその屋やでは節句せつくを當あて込こんで、岡山をかやまからうん﹅﹅と小間物こまものを仕入しいれて來きたそうだから、彼女あれに簪かんざしでも櫛くしでも買かつてやる。目顏めかほで呼よび出だして泉いづみの側そばの藪やぶへ行ゆくのだ。
二三年前ねんまへから目星めぼしをつけてたお竹たけと、睦むつまじい言葉ことばを交かはすやうになつたのは去年きよねんの秋あき。忘わすれもしない、彼女あれが藪下やぶしもの川かはで洗濯せんたくをしてゐた。澄すんだ水みづがちよろ〳〵と草くさの中なかから流ながれて來くる。お竹たけは絞しぼりの手拭てぬぐひを姉樣ねえさん被かぶりにし、幅はゞの廣ひろい滑なめらかな石いしの上うへに少すこし屈かゞんで立たち、足あしの甲かふまで水みづに浸ひたし、兩足りやうあしで調子てうしよく汚よごれ物ものを踏ふんでゐた。周圍まわりに人ひとの聲こゑもしない。只たゞ烏からすが寺てらの屋根やねに鳴ないてゐるばかり。その時とき此處こゝを繪ゑに書かきたいと思おもつた。その姿すがたもその顏かほも、この村むらにや比くらべる女をんなはありやしない。それで「私わしの女房にようぼになるか」と云いふと、首くびを橫よこに振ふらなかつた。あんな別嬪べつぴんが私わしの女房にようぼになるんだぞ、村むらの小若連こわかれんの集會よりあひに行ゆくと、吉きちの野郞やらうは二十歲はたちになつて、まだ衒妻げんさい一人ひとりよう拵こさへぬ、意氣地いくぢなし奴めといつて、皆みんなして冷ひやかしやがるが、どうだ羨うらやましからう。
彼かれはうつとり﹅﹅﹅﹅考かんがへ込こみ、やがて又またにやり﹅﹅﹅と薄氣味うすきみ惡わるく笑わらつて筆ふでを執とつた。で、漸やうやく書かき終をはつた頃ころ、茶釜ちやがまがジン〳〵音おとを立たてる。
「吉きち、お茶ちやが沸わいたでえ」と、婆ばあさんは棚たなから膳ぜんと飯櫃めしびつを卸おろしてゐる。
「お母かあ、初野はつのはまだ戾もどらんかな」と、吉松きちまつは痺しびれた足あしを撫なで〴〵膳ぜんの前まへへ坐すわつた。米よね一分ぶの黑々くろ〴〵とした麥飯むぎめしを茶碗ちやわんに山盛やまもりにし、茶柄杓ちやびしやくで茶ちやを打ぶつかける。
「彼女あれは今朝けさ飛出とびだしたきり、まだ戾もどつて來こん、柏餅かしはもちを早はやう拵こせへて吳くれいとせがん﹅﹅﹅どいて、今いままで何處どこを步あるいとるんだらう」
「又また皆みんなに冷ひやかされとるんぢやないか、あの阿房あほうに困こまるなあ、早はやう死腐しにくされやえゝのに」
「汝われや何なにをいふ、阿房あほうでも狂人きちがひでも、汝われの眞實ほんまの妹いもとぢやないか」と、婆ばあさんは鐵漿おはぐろの斑まばらな齒はで、漬菜つけなをばり〴〵噛かみながら、金壺かなつぼ眼まなこで吉松きちまつを睨にらんだ。
「そがい﹅﹅﹅云いふても、初野はつのが居をりやがるんで、物入ものいりが多おほうなつて仕樣しやうがない」と、吉松きちまつは慳貪けんどんに云いつた、「それになあお母かあ、彼女あれが居をると、私わしや嫁よめが取とれんぞな、家うちは狹せまいし、初野はつのは大飯おほめしを食くらうから」
「そがい﹅﹅﹅な事こと心配しんぱいせえでもえゝ、汝われや苦勞性くらうしやうぢやから、何なんだれ彼かんだれ案あんじてばかり居をるけいど、入いらんこつちやがな、嫁よめを取とりたけりや、何時いつでも好すきな女子をなごを連つれて來こいよ、お母かあと初野はつのはこの蓆むしろの上うへへでも寢ねりやえゝ、それに彼女あれを連つれて御祈禱ごきとうに廻まわりや、袋ふくろに一杯ぱいや二杯はいのお米こめは、何處どこからでも貰もらうて來こられる、汝われ一人ひとりの世話せわにやならんがな」
「貰もらう者ものは何なんぼ貰もらうてもえゝけど、乞食こじき見みたいな事ことをして下くだんすな、村むらの者ものは私わしの父とつちやんは狂人きちがひで、お母かあは乞食こぢき、妹いもとは阿房あほうぢやと云いふて笑わらうとるがな」
「笑わらうたて構かまうもんか、澤山たんとお甘いしい者ものを食たべさへすりや、汝われ、云いふ事ことあないでないか」
「お母かあはようても、私わしやつらい﹅﹅﹅がな」
婆ばあさんは吉松きちまつの憐あはれつぽい小言こゞとを聞ききながら、緩々ゆる〳〵食事しよくじを終をはると、汚よごれた茶碗や小皿こざらを隅すみの方はうへ押おしのけ、坐すわつたまゝ臼うすの側そばへにじり﹅﹅﹅寄より、口くちの内うちで眠ねむそうな引臼ひきうす唄うたを唄うたひ、又また粉こなを磨すり出だした。
吉松きちまつは布ぬのの乾かはくのを待まつて、それを白木綿しろもめんの大風呂敷おほぶろしきにくるんで外そとへ出でた。空そらには白しろい雲くもが漂たゞよひ、柔やさしい風かぜが沖おきから吹ふいて來くる。海邊うみべ近ちかく太ふとい松まつに圍かこまれた住吉すみよし神社ゞんじやでは太皷たいこの音おとがして、子供こどもの喜よろこび騷さわぐ聲こゑがする。この前まへお詣まゐりした時ときは、神社じんじやの扉とびらは鎖とざされ、埃ほこりの積つんだ階段かいだんに子守こもりが二三人にん腰掛こしかけてるばかり。境内けいだいは寂寥ひつそりとしてゐたが、今日けふは馬鹿ばかに賑にぎややかだ。今夜こんや神前しんぜんで大漁たいれう祝いはひの集合よりあひがあるさうだが、宮みやを中心ちうしんにして、通とほる路々みち〳〵何處どこを見みても景氣けいき付づいてゐる。そして吉松きちまつも生々いき〳〵した空氣くうきに胸むねの鼓動こどうし、譯わけもなく悅うれしくなつて、大急おほいそぎに步あるき出だした。