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Chapter 23: (二)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

(二)

れは小學校せうがくかうも二ねんめた。繪畫くわいぐわ敎育けういくなどさらけたことがない。しかし何時いつにかひとりで工夫くふうしてした。ちいさときから棒切ぼうつきれで地上ちじやういたり、消墨けしずみいたいたりした。草紙さうしへもろく手習てならひはせず、とら人形にんぎやういてゐた。十三さい初夏しよか大酒おほざけのみちゝが、麥刈むぎかり最中さいちう發狂はつきやうしてから、詮方せんかたなく自分じぶん日雇稼ひやうかせぎをして、一活計くらしたすけたが、チビまつ綽名あだなけられるくらゐ身體からだちいさくてよわいため、人並ひとなみ仕事しごと出來できず、一にちくわつと關節ふし〴〵くぢけるやうであつた。とつて一にちなまければ、一にちはずにゐねばならぬ。せま田舎ゐなかだから、力業ちからわざをしなければほかくちすぎみちもない。いてもさけんでも一しやう野良のら仕事しごとをして、くわ心中しんぢうする覺悟かくごめねばならなかつた。ところある正月しやうぐわつ豐年ほうねんいはひとして、わかしう勸進元くわんじんもとむら芝居しばゐもよほすことゝなり、つてたかつて衣裳いしやう小道具こだうぐあつめ、もの千本櫻せんぼんざくら阿波鳴門あはのなるときまつたが、こまるのは書割かきわりだ。くてもむが、しやう連中れんぢうは、まで大趣向だいしゆこうめぐらし、どえらい﹅﹅﹅﹅ものこしらへて播州ばんしうあたりの本職ほんしよく役者やくしやをもおどろかしてやらうとした。で、村中むらぢう繪心ゑごゝろのあるものさがして、あはせにかすことゝなり、評定ひやうでう結果けつくわ吉松きちまつめいけた。古老こらう指圖さしづで、木綿もめん白布しろぬのや、數枚すうまい繼合つぎあはせた繪畫くわいぐわ用紙ようしに、鳥居とりゐ玉垣たまがきしいなどをいた。それがおもひのほか出來できばえなので、きふれの畫才ぐわさいが一そん漁夫れうふや百しやうみとめられ、次第しだい隣村りんそんにもられるやうになつた。この界隈かいわいの五ぐわつのぼり漁夫れうしあがめる惠比壽ゑびす大黑だいこく掛物かけものみなれのふでわづらはすのである。

* * * * * *

れは依賴者いらいしやにかの布繪ぬのゑわたして、五六十せんのおれいもらひ、それから磯傳いそづたひに二三げん未納者みなうしやたづねたが、いづれも氣持きもちよくはらつてれる。

きちわれ每歲まいとし上手じやうずになるぜ」「今歲ことし淸正きよまさどえらい﹅﹅﹅﹅元氣げんきがえゝ、厄病神やくびやうがみげてしまう」と、先々さき〴〵めてれる。で、吉松きちまつたもとなかぜにおとをさせ、大得意だいとくいこゝろいても、わざとゆつくり﹅﹅﹅﹅あるいて、おたけさがしにきかけた。やまちかくなり、しほ退きかけ、なかうみ突出つきで駄菓子屋だぐわしや支柱つゝかいぼうは、れたまゝ根本ねもとあらはしてゐる。店前みせさきには多數たすうわか漁夫れうし陣取ぢんどり、あわおこし﹅﹅﹅やら大福餅だいふくもちやら、てんでにつかんではひ、大聲おほごゑわらつたりさけんだりしてゐる。彼等かれら話題わだいのぼものは、大抵たいてい喧嘩けんくわをんなあるひ賭博ばくち、しかも四邊あたりかまはず露骨ろこつ言葉ことば持切もちきりだ。たま〳〵澁皮しぶかはけたわかをんなでもとほれば、ふざけたくちいて、大勢おほぜいでどつとはやてるはおろか、わるくするとみち邪魔じやまをしてつみ諧戯からかひはじめることもある。またなかには諧戯からかはれたがつて、自分じぶんおしかけ、かんざしぐらゐおごらせてやらうとをんなもある。漁夫れうし休日きうじつにはこの駄菓子だぐわしや倶樂部くらぶになつて、ときには賭博宿ばくちやどねるのだ。

吉松きちまつ何氣なにげなくこの店先みせさきとほりかゝり、ふといてると、意地いぢわる奴等やつらそろつてゐる。牙齒きばかめもゐる、備前びぜん德利とくりよねもゐる。ダニのとら猪首ゐくびつるむらさわがす連中れんぢうみな久振ひさしぶりでかへつてゐる。わるところ來合きあはせた。あれかゝつちやろくことはないと、らんかほ行過ゆきすぎやうとすると、つる素早すばやつけて「吉公きちこうぢやないか、まあれいよ」と呼留よびとめた。吉松きちまつ仕方しかたなしに振向ふりむいて、「今日けふようのこつとるからあすんぢやれん」と、一寸ちよつと世辭せじわらひをしてかうとしたが、「まあそないに云はずにれとうたられいよ」とふとともに、かめて、兩手りやうてひらいてみちふさいだ。

今日けふこらへてれ」と吉松きちまつなさけないこゑつて、くゞりけやうとしたが、かめかたつかまへてはなさない。

「さうらげるならげてい、鳴門なるとうみつたうでぢや」

吉松きちまつたかつかまつた小雀こすゞめあらそふも無駄むだだから、そのまゝちいさくなつてみせ引摺ひきずりまれた。たもと銀貨ぎんくわがヂヤラ〳〵おとてる。

われ澤山たんとぜにつてけつかるな」と、かめ吉松きちまつたもとにぎつて重味おもみはかり、牙齒きばしてわらふ。

われくことがあるから、まあすわれい」と、年長としかさとら後退あとずさりしてせきけて、吉松きちまつすわらせ、「吉公きちこう何時いつても白瓜しろうりのやうなかほしとる、何處どこ工合ぐあひわるいんか、大事だいじにせえよ、われわづらうと、うちもの乞食こじきせねやかつにぢや」とやさしくつたが、吉松きちまついやがした。自分じぶんねばはゝいもととは乞食こぢきをするのはわかつてゐる。それにはゝ乞食こぢきはぢとするやうなひとぢやない。で、れはがさしたやうに自分じぶん死後しごおもつて、ふさんでだまつてゐると、よねはなしわせてヒツ〳〵とわら《わら》つて、

思案しあん投首なげくびなにをしとる、衒妻げんさいことでもかんがへとるか、われやおたけ夫婦めをと約束やくそくしたちうぢやないか、」

「さうぢや〳〵、れやらがそんなうはさをしとつた」

われ中々なか〳〵わるさをするのう、私等わしら一寸ちよつとれうむららんに、こつそり女子をなごこしらへるたあ、われもえらいぞ、いはひにさけでもおごらんか、そのたもとぜにで」

と、んなで面白おもしろさうにいろんなことつて、ひやかしてはわらひ、わらつてはひやかす、吉松きちまつ我知われしらずたもとにぎめ、

虛言うそぢや〳〵、そがいなことがあるもんか」と、狼狽あはてゝつて、かほすこあかくした。

かくさんでもえゝわ、ぢやけどわれもおたけだけはあきらめい、あの女子をなごはな、ちやんとぬしきまつとるんぢやぞ」と、とら毛脛けずねして胡座あぐらき、ましたかほ煙草たばこつてゐる。

吉松きちまつは一見廻みまわして、最後さいごまるくして、とらかほ見詰みつめた。

「おたけにやちやんとぬしがある」と、とら繰返くりかへして、「われやまだるまいが、彼女あれげんあにものきまつとるんぢや、源兄げんあに去年きょねん土佐とさとき、おたけおらよめにする、五ぐわつ節句せつくかへるまで、彼女あれでもさはつてい、承知しやうちせんぞと、私等わしらけたんぢや、われけい、うつかり﹅﹅﹅﹅しておたけ惚氣のろけでもぬかす﹅﹅﹅源兄げんあにくびたまられるぞ。」

その様子やうす萬更まんざら戯言じやうだんでもなささうなので、吉松きちまつ眞靑まつさをになつてふるえた。あたま奇麗きれい刈込かりこんだ新客しんきやくはいつてて、れうはなし仕掛しかけ、とら仲間なかま最早もはや吉松きちまつ相手あひてにしなくなつた。つる何時いつにかだいいびきをかいてゐる。

吉松きちまつはこそ〳〵とそとた。もう二月ふたつき手入ていれをせぬかみちいさい耳朶みゝたぼおほかくし、こまかい棒縞ぼうじま單衣ひとへはなやかな夕陽ゆふひりつけられ、繪具ゑのぐ名殘なごりくろあをひかつてゐる。とら威嚇おどし文句もんくがまだ耳元みゝもとつてるやうで、れのたましひはくら〳〵してはぬ。げんへば駐在所ちうざいしよ巡査じゆんさおそれて手出てだしをせぬほどあばもの腕力うでぢからつよくて三人前にんまへ仕事しごともするかはり、かんさはると、出刃でば庖丁ぼうちやうかざすのが評判ひやうばんくせだ。十五六で魚賣さかなうりをしてる時分じぶんから、魚源うをげん命知いのちしらずと、饅頭笠まんぢうがさいて隣村となりむらへもとほつてるをとこだ。とらでもかめでもげんにやみちけて諂言おべつかひとつもふ。れに見込みこまれちや、厄病神やくびやうがみ取付とつゝかれたやうなもの。なんだつてしやおたけなんかおもつたことか。

れはげん下駄げた旅商人たびあきんど滅多打めつたうちにしたこと。大酒おほざけんで素裸すつぱだか村長そんちやううち怒鳴どなんだことなどおもしてぞつ﹅﹅とした。おたけ呼出よびだ計畵もくろみなんかあたまなかからえてしまひ、たゞげんかほばかりうかぶ。何故なぜげんふね土佐沖とさおき沈沒ちんぼつしなかつたんだらう。何故なぜ鳴戶なるとうづまれなかつたのだらう。何故なぜわしかばつてれたひとのいゝ芝居しばゐきの作藏さくざうぢいはやんで、げんのやうなやつ虎烈剌これらにもかゝらぬのだらう。

吉松きちまつ神社じんじやはうむかつていしころみち辿たどつた。みち左右さいうには貝殻かいがらつか所々ところ〴〵きづかれ、真紅しんく石榴ざくろはな白壁しらかべそばいてる。れは夢心地ゆめごゝちでそれをてゐたが、太皷たいこおとすゞおとがます〳〵にぎやかにきこえる。子供こどもまつりででもあるやうに、むれをなして玉垣たまがきまへんだりねたりしてゐる。

ああよ」と、突如だしぬけこゑがした。

おどろいてると、初野はつの眞向まむかひにつてキヨロ〳〵してゐる。しほたれた單衣ひとへあか扱帶しごきめ、ほこりめる白茶しらちやけたかみわら茶筅ちやせんのやうにむすび、かほからくびへかけてあかられてゐる。

ああよ、おまへときさんにはなんだか」と、なほ前後ぜんご見廻みまはす。

ふもんか、われももううちもどれ、おかあ柏餅かしはもちこしらへてつとるから」と、吉松きちまつると、

柏餅かしはもちか」とつてわらつたが、また藻搔もがいて振放ふりはなし、