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何處へ

Chapter 25: (四)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

「そいでも、ときさんがわしさがしとると、みんながふから、あのひとはにやならんもの」とつぶやいて、鳥居とりゐまへをウロ〳〵してゐる。以前さつきから玉垣たまがきりかゝり初野はつの調戯からかつてよろこんでた連中れんぢうは、此方こちらて「初野はつのさん〳〵、ときさんはお地藏様ぢざうさまつた」とはやてゝ、どつ﹅﹅わらつた。

本當ほんたうにお地藏樣ぢざうさまつたのかな」といきほひのないこゑつて、初野はつの西にしはうへフラフラあるいてく。

吉松きちまつなさけなくなつてなみだうかべた。この瞬間しゆんかんおそろしいげんことわすれ、たゞ白痴ばかいもと年中ねんぢうむら子供こども玩具おもちやになるのをはづかしくおもつた。そして悄然しよんぼりうちかへると、はゝぜんしたまゝ、いたねむつてゐて、あたまそばにはひとふたつのかすかなおとてゝんでゐる。

(三)

吉松きちまつさけまぬ。うたうたへぬ。漁師れうし仲間なかまとはしやうはぬから、平生ふだんなかのよい友逹ともだちすくない。今夜こんや集合よりあひにもさそひにものもなく、またとてもにもなれぬ。で、はや晚食ばんしよくませ、神棚かみだな燈明皿とうみやうざら燈火あかりをつけ、あがかまちこしけてしづんでゐた。昨夜ゆうべのぼりいそがしくてなんとなくうれしかつたが、今夜こんやからは仕事しごともなくなつた。平生ふだんなら夜業よなべ草鞋わらじつくるのだが、今夜こんやかただるくて氣分きぶんふさいでつちてさうでもない。ばあさんは行燈あんどん點火とぼさず、燈明とうみやうひかりいとつむいでゐる。數町すうちやうへだてたみやでは太皷たいこおとがます〳〵にぎやかにこえる。

きちよ、われぜに何處どこいたか」と、はゝはれて、吉松きちまつ振返ふりかへり。

其處そこ戶棚とだなはいつとらあ」とつて、薄光うすあかりに緖卷をまきいとのブル〳〵ふるふのをてゐる。

なんたまつたか」

今月けふは三ゑんばかしもらうてた。まだ三げんのこつとらあ」

そがい﹅﹅﹅れたかい、そいぢやえゝお節句せつく出來できるなあ、おかあ明日あしたはお高姊たかねえうちへお祈禱はらひたのまれとるから、またぜにになるし、むぎの二ひやうや三びやうにはめるわい、われよめるならいま丁度ちやうどえゝ機會しほぢや、れでもきな女子をなごがありやれてい」

わしよめらんでもえゝ、一しやうひとりでくらすんぢや」

「そいでも、今朝けさよめりたいとふたぢやないか、よしでもつるでもうめでもんなよめがあるんじやもの、われしからうがな」

ばあさんのこゑ欠伸あくびまぜりで、次第しだい絲車いとぐるま間斷勝とだえがちになる。吉松きちまつ時折ときをりはなしかけられてもろくこたへぬ。で、しばらく母子おやこ脊合せなかあはせでだまつてゐると、何時いつにか初野はつの勝手口かつてぐちからノロ〳〵はいつてた。白痴ばかうちでも陽氣やうきさははうではなし、口數くちかずすくな戶外そとるにもかへるにも、大抵たいていしのあしで、うちものにもづかぬくらゐだ。兩方りやうはう袖口そでくちつて、しよんぼり﹅﹅﹅﹅﹅には突立つゝたつたまゝ左右さいう見廻みまわし、

「おかあうちくらいなあ、ああよ、おみやにぎやかぢやぞ」と、ひくこゑつて、草履ざうり引摺ひきずつてまた戶外そとかけた。

はつあさから御飯ごはんべいで、なにをしとるんなら、もう何處どこへもかいで、はやうお夕飯ゆふはんべなよ」

と、ばあさんは猫撫聲ねこなでごゑつたが、初野はつのは「そいでもうちさびしいもの」と、何處どこへかつてしまつた。

「またんなになぶられたいんか」と、ばあさんは獨言ひとりごとのやうにつたが、最早もはやむすめにもけず、絲車いとぐるまはなれもせぬ。

吉松きちまつ今宵こよひれたいへを、際立きはだつてくらかんじた。うへあがつて行燈あんどんをつけ、燈心とうしんをかきてたが、隅々すみ〴〵なほくらい。天氣てんきかはつたのか東風こちし、ソヨ〳〵と裏口うらぐちからはいつてる。枇杷びわさわした。みや太鼓たいこおとんだが、ワイワイさけこゑは一そうさかんにきこえる。れはみゝかたむけてゐたが、やがて不意ふい起上おきあがつて、こゑするはうむかつた。三日月みかづきすでしづんで、てんとほほしちからよわひかつてゐる。

れは小暗こぐらみちとほつて、玉垣たまがきそばたゝずんだ。鳥居とりゐ根本ねもと出入でいり提灯ちやうちんひかりらされ、松葉まつばおほはれた敷石しきいしあかるくなりくらくなつてゐる。醉漢よひどれこゑとほくなりちかくなる。神社やしろとびらひろひらいて、神前しんぜんにはおほきな蠟燭らうそくひかりかゞやき、左右さいうにはすう十の漁夫れうし居並ゐならび、なかには片肌かたはだいでるもの胸毛むなげあらはしてるもの怒鳴どなつてはみ、んでは怒鳴どなり、言葉ことばあやわからず、たゞさわがしい蠻音ばんおんひとつになつて、さけにほひとともかみ境内けいだいみなぎつてゐる。神社やしろ周圍まわりには小兒こどもむらがりたはむれてゐる。つねさゞなみおと松風まつかぜばかり。うしつには呪咀のろいをんな白裝束しろしやうぞく蠟燭らうそくかしらいたゞき、呪文じゆもんじゆしてまつみきに、むねうらみをめた五すんくぎつと、はゝからいてゐるが、そのさびしい淨地じやうちは、一そん勸樂くわんらくちまたとなつてゐる。

吉松きちまつはそのこゑきそのぎ、くまごとかいなをまくつた人々ひと〴〵いさましい姿すがた垣間見かいまみてゐた。しかし團樂まどゐ飛込とびこみもしない。

あゝよ」とうしろから突如だしぬけこゑがした。かへりみると初野はつの依然いぜん兩方りやうはう袖口そでくちつて、無心むしん身體からだゆすぶつてゐる。

あゝはおみやなかかんのか」と、あにかほ不思議ふしぎさうにた。

われやまだ此處こゝるんか、んなになぶられんに、はやうちもどれ、おかあつとる」と、吉松きちまつつねになくやさしくつて、いもとそでとらへやうとすると、初野はつのひるがへしてまつかげげた。

くもひがしやまからされて、そらひろがつてゐる。

明日あしたあめか」と、チヨンまげ老漁夫らうぎよふいぢかり﹅﹅﹅﹅また石段いしだんりた。

くした空德利からどくりげた千鳥足ちどりあし鳥居とりゐ左右さいうつてゐる。先立さきだつたのとおくれたのとたがひにんではこたへ、「畜生ちくしやうめ」「馬鹿ばか野郞やらう」のこゑかしましくやみからやみつたはる。吉松きちまつ彼等かれら今宵こよひいたところ賭博とばくふけり、をんなたはむれるさま想像さう〴〵して、うらやましくねたましくかんじた。

大勢おほぜいあとから、手拭てぬぐひくびむすんだ一群ひとむれが、社内しやないて、お百いし取圍とりかこみ、なに小聲こごゑはなつてゐる。とらもゐる。かめもゐる。しきりに首肯うなづいてゐるのはげんらしい。とおもふと、吉松きちまつ空想くうさうえてきふ恐氣おぢけがつき、玉垣たまがきかげちいさくなつた。そして彼等かれら鳥居とりゐくゞるのをち、しづかにかへりかけた。

ほしのこりなくかくれた。おきにはつね漁火いさりびひとつもなく、舟唄ふなうたきこえず、くらなみくろくもせつして、たゞかぜにもまれた滿汐みちしほおとたかい。

あゝよ、おきにや海坊主うみばうずるんぢやなあ」と初野はつのやみなかからこゑけた。吉松きちまつだまつていもとつてうちかへつた。はゝかげ障子しやうじうすうつつてゐる。絲車いとぐるまおときこえる。

(四)

翌日よくじつあめかぜすこくははつた。ばあさんはすゞつて、おたかあねえうち生靈いきりやう退治たいぢかけた。初野はつの柏餅かしはもちはらぱい詰込つめこみ、津蟹づがにはさみいとしばつてもてあそんでゐたが、やがていたのか、からかささずに、あめおかして當度あてどなくつた。吉松きちまつたゞ腹匐はらばひになつて戶外そとながめる。

びしよ﹅﹅﹅れの水汲みづくみをんな昨日きのふおなじく、跡切とぎれ〴〵にかよつてゐる。つて銅鑼どらごゑうたつてとほものおほい。たけ皮鼻緒かははなを足駄あしだひきずり德利とくりげた子供こども俯首うつむいてぜにみ〳〵とほつた。番傘ばんがさかついで萌黃もえぎ重箱ぢうばこづゝみさきぶら﹅﹅げた小娘こむすめちまきかぢりながらとほつた。どれもどれも見馴みなれたかほだ。

れはでは戶外そとながら、こゝろでは昨日きのふ出來できごとおもうかべた。他鄉たきやうらずしよまぬれには、ゆめにもうつゝにも一そん事件じけんすべての智識ちしきであり想像さうぞうであるのだ。で、今日けふれのあはれな智識ちしきまき繰廣くりひろげてたが、その全世界ぜんせかいにはげんもゐる、かめもゐる。彼等かれら繪本ゑほんつな金時きんときのやうなうでつて、一そん跋扈ばつこしてゐる。彼等かれらけるかぎりこのむら泰平たいへいではない。わしのやうな痩腕やせうでかなうものか。

れはまたたけのことをおもした。その機織はたおり姿すがた田植たうえ姿すがた印象いんしやうつよあたまにあり〳〵とうかび、ねてのひそ〳〵﹅﹅﹅﹅ばなしも、いまごとかんぜられたが、ふとげんことおもおよぶと、たのしいゆめは一えてしまひ、はたしておたけげんおもつてるのか、とら吿口つげぐちまことであるか戯言じやうだんであるか、しづかにかんがへるいとまがない。たゞれをたんとしてげんこぶしにぎつてる姿すがたえて、自然しぜんつむつた。