WeRead Powered by ReaderPub
何處へ cover

何處へ

Chapter 27: 村塾
Open in WeRead

About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

あめきふつよくなり、戶外そとは一そうくらくなつた。いたには藁屋根わらやねからしづくれる。となりのうし大儀たいぎさうにえる。らぬにおたけかすり前垂まへだれをかしらいたゞいて軒下のきしたてゐた。

きちさん、かさしておれんか」

吉松きちまつ幻影まぼろしでもあらはれたやうにギヨツ﹅﹅﹅として、まるくした。

わしんとこにかさがあるもんか」と、わざよこいた。

うちにやれもらんかな」

「むん」

と、かすかにつたのみで、吉松きちまつ薄緣うすべりかほをすりけてゐる。

きちさん、先日こないだはなしはどないするんかな、かんがへちやらんのかな」と、おたけ小聲こごゑふ。吉松きちまつだまつてゐる。

「ちつとは小降こぶりになつた」と、おたけそらあふいで、「なあきちさん、お節句せつくんだらふねるからておれな」とあまえてつて、前垂まへだれかぶつたまゝ尻端折しりはしおつてした。

吉松きちまつかしら持上もちあげて、ゆめたやうにそのうしろ見送みおくり、姿すがたえなくなるとまたそべつた。何故なぜもつとはなさなかつたらう、はなかつたらうと後悔こうくわいした。「ふねたらはう」、節句せつくめばおたけちゝおきて、彼女あれひまになる。げんかめうみく。さうなればおたけこゝろたしかめられる。とおもふと一希望きぼううかばぬでもない。明日あす明後日あさつて明後々日しあさつてと、れはゆびつて、「八日やうかにはうでつよおそれんやつは、しまむかなみあらおきてしまう」と、にやり﹅﹅﹅わらつた。

しかし子供こども時分じぶんからむねきざんだ不安心ふあんしんは、いませず、ちよろ〳〵したす。れにはむらこわいのだ。盂蘭盆うらぼんとか氏神祭うじがみまつりとか、四折々をり〳〵にぎはひには、屹度きつと下駄げたなたび、血塗ちまみさわぎのおこるにきまつたこの殺伐さつばつむらこわい。なんだつてんながなかよく面白おもしろくらさんのだらう。せめて命知いのちいらずのげんんだなら、このむらすこしはおだやかになるかもれぬ。喧嘩けんくわかずすくなくならう。かめよねげんそゝのかされて付元氣つけゞんきあばまわるんだから、親分おやぶんげんがゐなければ、あんなに無理むり非道ひだう人困ひとこまらせをせんにきまつてゐる。

むらため自身じゝんためげんんだら〳〵」と、二十ぷんも三十ぷんもそればかりかんがへた。驟雨ゆうだち模樣もやうのドシヤりがとほると、密雲みつうんうすらいで戶外そと稍々やゝあかるくなつた。初野はつのもてあそんでゐた津蟹づがにあわきながら、吉松きちまつあたまそばつてた。れはふとおもつて、いと手繰たぐつて、かにはしらしばりりつけ、塵紙ちりがみ寫生しやせいはじめた。かにいかりふくんで藻搔もがす、かみにもその藻搔もがいてるさま生々いき〳〵あらはれた。きよういて五まいまいつゞけたが、やがて惜氣おしげもなくはなをかんで、まるめてそとげた。軒下のきした羽搔はがいちゞめてコロ〳〵といてたとりは、ゑばおもつたか、反古紙ほごかみをつゝきした。ひくいしころみち番傘ばんがささして、白裝束しろしやうぞくはゝあかかほしたいもととがかへつてる。

本當ほんまに〳〵、げんしにぞこないおぼえてやがれ」と、はゝ怒鳴どなつて、初野はつのうち引上ひきあげた。初野はつのぼんやり﹅﹅﹅﹅つてゐたが、かににつくと、はしらからはなして居間中ゐまぢうひきまはす。

「おのれくそげん獄道ごくだう」「罰當ばちあた」と、かしましいこゑひゞわたる。吉松きちまつ呆氣あつけられて、はゝかほ見上みあげ、

「おかあ、どうしたんなら」

「どうしたもなにもあるもんか、われまあいてれい、おたかねえのとこからもどりに、米公よねこうまへとほると、初野はつの眞赤まつかかほをしてはだかになつとるぢやないか、なにをしとるんかとおもうてはいつてると、われげんかめ大胡床おほあぐらかいてさけくらうとりやがつてなあ、初野はつの無理むり無體むたいさけませてをどらせとるんぢやでな、そりをて、わしはらつて〳〵、とびんでしかりつけてやると、われなほことんなが惡戯氣ふざけしやがる、しまひにやわしつとるすゞして、はやしちや馬鹿踊ばかをどりをはじめやがる、大事だいじすゞよごれちや、わしいのちられたもおなじでないか、いまれ、いのころしてやるぞ」

口惜くやしなみだそゝいだ。吉松きちまつこゝろでは怖氣おぢけがついたが、それでもはゝなぐさめるつもりで、

そがい﹅﹅﹅おこらいでも、わしかたきつてげらあ」とつたが、はゝむしやくしや﹅﹅﹅﹅﹅﹅して、つねになく邪慳ぢやけんに、

われくちばつかりで、げんうでかなふもんか、われ弱虫よわむしじやから、初野はつのまでんなに意地いぢめられるんぢやがな」

「さうひなさんな、わしをとこぢやもの」と、吉松きちまつ不快ふくわいかほをした。はゝすゞながめて血相きつさうへてゐる。

(五)

晩餐ばんさんをはると、はゝ絲車いとぐるまけたが、もう落付おちついたらしく、慳貪けんどんくちかなくなり、顏色かほいろ平生ふだんとほりにむさうだ。あめがまだまぬのではや戶締とじまりをして、初野はつのよひくちから寢間ねまはいつた。遠方ゑんぱうからかすかなこゑかぜにつれてむのみで、今夜こんや昨夕ゆふべちがつてしづかだ。

きち、もうえよ、おかあるから」

わしやまだむたうない」

吉松きちまつ村長そんちやうたく繪本ゑほんでもせてもらひにかうかとおもひ、門口かどぐちまでた。かぎてのない暗黑あんこく世界せかいうしろやまみやまつやみぼつして、てんにもにも豆粒まめつぶほどのひかりもない。で、きふおそろしくなつていへなかんだ。くすぶつた金比羅こんぴら神社じんじやのおふだまへに、燈火ともしび丁子ちやうじむすんでゐる。れは燈明とうみやうて、あぶらぎ、そのまへ端坐たんざして、一安穩あんおんかい泰平たいへいねがひめた。初野はつのゆめ泣聲なきごゑてゝ、「あゝよ、れ、こわいがな〳〵」とさけんで、くちからよだれれてゐる。

吉松きちまつ自分じぶんいもと一人ひとりかばうことも出來でき腑甲斐ふがひなさをおもつた。親子おやこにん雨風あめかぜさらされ、乞食こぢきになつて流浪るらうするさまおもはれた。

でも、かんがへてるうち何時いつとなくいもとそばもぐり﹅﹅﹅み、木枕きまくらをして眠入ねいつた。えにくるしいゆめおそはれたが、ふと芥溜ごみためひろつたびた瓦釘かはらくぎもつて、みやまつげんのろつてはち〳〵してゐると、愕然がくぜんめた。いもとれの肚腹ひばらつてゐる。燈明とうみやうえかゝつてゐる。

丑三うしみつはいま時分じぶんだらう、みやまゐつてげんのろころしたい。れがぬりや一そんわざわひけるとおもんだ揚句あげく自分じぶん自分じぶんおそろしくなつて、蒲團ふとんなかくび引込ひつこめた。

* * * * * *

翌日よくじつは五ぐわつ五日いつかあめ名殘なごりなくれ、えたひかりは一そんつゝんでゐる。吉松きちまつ晝餐ひる御馳走ごちさうにと魚買さかなかひにた。みち左右さいう葺屋わらや瓦屋かはらや家々いへ〳〵かどには五ぐわつのぼりいさましくひるがへつてゐる。小兒等せうにら諸方しよはうのぼり見物けんぶつまわつてゐる。吉松きちまつなんとなく得意とくいになつてそら見上みあげてゐると、げんかごげてちかづき、

吉公きちこうわれ壯健たつしやか、久振ひさしぶりじやのう」と笑顏ゑがほをして、「沙魚はぜたんと﹅﹅﹅もらうたから、われにもけてやらう、さあそのなべ此方こちらせ」吉松きちまつ返事へんじもせず棒立ぼうだちちになつてゐる。すゞしい鹽風しほかぜかほかすめる。


村塾

寄宿舎きしゆくしやのはづれ、まつおほはれた櫓風やぐらふうたか古堂ふるだうから、ドン〳〵と太鼓たいこつて、擂鉢すりばちそこのやうな平地へいちして、むかうのやまひゞわたる。その最後さいごおとえぬに、はかまけた二十歲はたちまへ少年せうねんが、正門せいもん通用門つうようもんからうちつゞいて、幾人いくにんとなくあらはれてる。校舎かうしや石壁いしべいにして丁字てうじがたほそ道路だうろあふれて、むぎなか菜種なたねなかにもらばつた。

今澤いまざわ定吉ていきちもその一にんだ。文章ぶんしやう軌範きはん靖獻せいけん遺言ゐげんとを、布呂敷ふろしきにもつゝまずひだりわきかゝへ、みぎ木綿もめん兵子帶へこおびはさみ、おな年頃としごろ通學生つうがくせいくん無邪氣むぢやきはなしをしながら、草履ざうり穿きで畦道あぜみちつたつた。この學生がくせいとは四五日前にちぜんに、東京とうきやう雜誌ざつし交換かうくわんやくしてから、きふ懇意こんいになつたので、每晚まいばん往來わうらいして、文章ぶんしやう議論ぎろんなどをして居る。

きみ何故なぜ寄宿舎きしゆくしやはいらんのだ」

ぼくはいりたいんだけれど、親爺おやぢ寄宿舎きしゆくしやきらつてるから」

「そうかい、昨夕ゆふべ谷村たにむら蒲團蒸ふとんむしにされたさうだな、寄宿舎きしゆくしややつ亂暴らんぼうだ」

なんだかまかなひ征伐せいばつをやるとりきんでるやつがある、喜公きいこう生意氣なまいきだからなぐるとつてるよ」

寄宿舎きしゆくしやものあ、ろく勉强べんきやうもせんで、そんなことばかりかんがへとる、ぼく矢張やはり通學つうがくして、餘暇よかには文章ぶんしやうでもいたはうがいゝねえ、きみ」と、Aくんはさもふかかんじたようにふ。

やがてAくん支道えだみちわかれた。

「ぢや失敬しつけい

今夜こんやぼくうち來給きたまへ、紅葉亭こうえふていはう散步さんぽしよう」

今澤いまざわは「あのをとこ面白おもしろいいゝ人間にんげんだ」とおもつた。此頃このごろすべてのひとなつかしい。あたらしい知合しりあひになつたむらひと學友がくいうも、すべなつかしい。