遂つひに細野ほそのと自分じぶんとが劣敗者れつぱいしやと定きまり、蕎麥そばを奢おごらされた。葛原くづはらは萬歲ばんざいを唱となへ、娘むすめはほつと息いきを吐つき、「あゝよかつた」と莞爾につこりする。自分じぶん等らは如何いかにもつまらない。それで今いま一度どと娘むすめが云いひ出だして外ほかの者ものは同意どういしたが、自分じぶん等ら二人ふたりは辭退じたいして歸かへつた。歸かへつて二階かいの窓まどを開あけて、星影ほしかげを仰あふいでゐると、堤つゝみの座敷ざしきの燈火あかりが微かすかに見みえる。まだトランプをやつてるのであらう。
「困こまるね、葛原くづはらが侵入しんにふしては、此家こゝだつて、あの男をとこが來きてから、すつかり婆ばアさんの態度たいどが違ちがつてしまつた。が、それはまあいゝとして、堤つゝみの家うちへ行いつちや困こまるよ、家うちの婆ばアさんなんか、どうせ趣味しゆみが低ひくいんだから、葛原くづはらに感化かんくわされるのも當然たうぜんだがね、隣となりの家族かぞくは敎育けういくもあり品位ひんゐも備そなへてるのに、何故なぜ葛原くづはらを勸迎くわんげいするんだらう」と、自分じぶんが細野ほそのに話はなしかけると、
「さうだね」と細野ほそのは首くびを傾かしげ、「僕ぼくは隣となりの母子おやこが决けつして葛原くづはらを喜よろこんでやしないと思おもふ、擧動きよどうや顏色がんしよくでさう察さつしられるぢやないか、殊ことに娘むすめは胸むねに何なにかの苦くるしみがあつて堪たまらないから、それでトランプや馬鹿ばか話ばなしで忘わすれやうとしてるんだ、あの目めは確たしかに美うつくしい者ものや淸きよい戀こひを求もとめてるといふ風ふうだ」と、上目うはめで空そらを見みて、落付おちついた聲こゑで云いつた。
自分じぶんは細野ほそのの說せつには少すこしの根據こんきよもないと思おもつたが、「さうかねえ」と云いつて、別べつに反對はんたいもしなかつた。平生ふだん自分じぶんは己おのれの希望きばうや想像さう〴〵について、多少たせうの疑うたがひを有いうしてゐたが、細野ほそのは决けつしてそんな事ことなく、何事なにごとについても一種しゆの意見いけんを有いうしてゐて、自分じぶんが聞きいてすら、幼稚えうちな空想くうさうだと思おもふ事ことを確信かくしんしてゐた。
で、兎とに角かく自分じぶんは細野ほそのの如ごとく樂觀らくゝわんしてゐられぬ。堤つゝみ一家かのために、葛原くづはらを遠とほざける工夫くふうを講かうぜぬばならぬと、腹はらの中なかで藻搔もがいてゐた。所ところがその翌晚よくばん、葛原くづはらが女主人かみさんと太郞たらうとを連つれて寄席よせへ行いつた後あと、
「御免ごめんなさい、叔母をばさんはお留守るす?」
と勝手かつての方はうで呼よぶ聲こゑがする。自分じぶんは留守番るすばんを仰あふせつかつてゐるから、早速さつそく駈かけ下おりて見みると、それがお多津たつである。萩餅おはぎを持もつて來きて吳くれたのだ。
「まあお上あがんなさい、皆みんな留守るすだけれど」
「葛原くづはらさんも」
「え僕ぼくと細野ほその君くんだけです、」
「昨夕ゆふべお負まけなすつて、今夜こんや又またお留守番るすばんではつまらないわねえ」と、目めに笑わらひを含ふくんで馴なれ〳〵しい態度たいど。
「僕ぼくは寄席よせは嫌きらひだから行いきたくはないんです、トランプだつて些ちつとも面白おもしろくはないし、負まけたつて口惜くやしくはありません」といつたが、今夜こんやは珍めづらしくお多津たつの態度たいどが打解うちとけ易やすいやうであり、又また他人ひとを交まじへずに差向さしむかひで話はなす機會きくわいは又またと得えられぬのであるから、思おもひ切きつて、
「僕ぼくは是非ぜひ貴女あなたにお話はなししたいことがあるんですが、此方こちらへ上あがつて聞きいて吳くれませんか」と、氣きを靜しづめて、言葉ことばも强しいて穩おだやかにした。
「何なんのお話はなし」と、例いつもの冷ひやゝかな調子てうしで云いつて、勝手かつてに板いたの間まに腰こしを下おろし、橫向よこむきに自分じぶんの顏かほを見詰みつめた。
「何なんと云いつて別べつに何なんでもないが」とドキマギした揚句あげく、「僕ぼくは貴女あなた初はじめ、家族かぞくの方かたを尊敬そんけいしてるんです、お宅たくへ行いくと優雅いうがなしつとり﹅﹅﹅﹅した空氣くうきが滿みちてるやうに感かんぜられるんです。貴女あなたは幸福かうふくな家庭かていに生うまれて純白じゆんぱくな生涯しやうがいを送おくるんだから」と、又また云いひ淀よどんだ。
「あらそんなお話はなし、槇田まきたさんも隨分ずゐぶん可笑をかしな方かたね」と、お多津たつは半なかば身みを起おこした。
「だから貴女あなたは天てんから授さづかつた純白じゆんぱくな性質せいしつを傷きづゝけんやうにしなくちやならん、下品げひんな趣味しゆみや野卑やひな談話だんわは貴女あなたには適てきしないんです。」
「槇田まきたさんは六むつケ敷しいことばかり仰有おつしやるのね、お說敎せつけうでも聞きいてるやうだわ」と笑わらつて、
「下品げひんな趣味しゆみといふのは何なんですか、トランプを取とること」
「さうでもないんだが、兎とに角かく葛原ゝづはらなんかに感化かんくわされちや駄目だめですよ」
「え、葛原くづはらさんがどうかしたの」
「あの男をとこは面白おもしろい人間にんげんだけれど、どうも趣味しゆみが下品げひんだからいかん、貴女あなたもそのつもりで御交際おつきあひなさるがいゝ」
「私わたし趣味ゝゆみが下品げひんだつていゝのよ」と、例れいのツンとして立上たちあがつた。
「僕ぼくは貴女あなたを尊敬そんけいしてるから云いつたのです、惡わるい意味いみに取とらないやうにして下ください」
「つまり葛原くづはらさんとお交際つきあひするなと仰有おつしやるんでせう、貴下あなたは何故なぜお友逹ともだちを除物のけものになさるの、葛原くづはらさんは被入いらつしやる度たびに、貴下あなた方がたをお褒ほめなさるのに、貴下あなたは葛原くづはらさんの惡口わるくちなんか云いつて、」
「さうぢやないさ、しかし貴下あなたはまだ御存知ごぞんぢないだらうが、葛原くづはらはこれ迄までズボラで評判ひやうばんの惡わるい男をとこだから、あんな男をとこを家庭かていへ侵入しんにふさすと信用しんように關くわんすると思おもつて云いつたのです、僕ぼくは貴女あなたに初はじめてお目めに掛かゝつた時ときから、貴女あなたを品性ひんせいの傑すぐれた方かたと思おもつて、一生しやう天使エンゼルのやうな生涯しやうがいを送おくるやうに願ねがつてゐます。」
お多津たつは澄すました顏かほで不審いぶかしげに自分じぶんの顏かほを見みて、「私わたし、尊敬そんけいされたり、天使エンゼルとかになりたくはありませんわ、貴下あなたこそ餘程よつぽど妙めうね……お話はなしつてそれつ切きり」と云いつて、會釋ゑしやくして歸かへつてしまつた。自分じぶんは失望しつばうして二階かいへ上あがると、細野ほそのが、
「君きみは何なにを話はなしてたんだ」
「向むかひの娘むすめが來きたから葛原くづはらの人ひとと爲なりを聞きかせたけれど、薩張さつぱり分わからない、矢張やはり平凡へいぼんな女をんなだね」
「僕ぼくはさう思おもはない」と、細野ほそのは彼かの女をんなを月世界げつせかいから降ふつて來きた女をんなのやうに思おもつてゐるらしい。自分じぶんは葛原くづはらに大事だいじの寶たからを踏碎ふみくだかれ、又また理想りさうの女をんなから愛相あいそを盡つかされた如ごとく感かんじ、急きふにこの宿やどが厭いやになり、轉居てんきよしやうと决心けつしんし、細野ほそのに同意どういを求もとめたが、細野ほそのは面倒めんだう臭くさいからといふ口實こうじつで賛成さんせいしない。
で、その翌日よくじつから學校がくかうの歸途きと自分じぶん一人ひとりで宿やどを捜さがし廻まはり、二三日にちの間うちに、漸やうやく氣きに向むいた所ところを見みつけた。いよ〳〵轉宅てんたくと定きまつた日ひに、葛原くづはらは二階かいへ來きて、
「諦あきらめて逃にげ出だすんか」と、皮肉ひにくを云いひ、「君きみはひどいな、レデイに向むかつて僕ぼくの事ことを趣味しゆみの低ひくい奴やつだと云いつたさうだが」
「何なにさうぢやないよ」と、自分じぶんは少すこし紅あかくなつて辯解べんかいしやうとすると、葛原くづはらは無邪氣むじやきに口くちを開あけて笑わらひ、
「それはどうでもいゝさ、しかし、君きみ、女をんなに向むかつて趣味しゆみの高下かうげを論ろんずるなんか、野暮やぼの極きよくだぜ、レデーでもエンゼルでもお薩さつを喜よろこんで召上めしあがるんだもの」
(五)
自分じぶんの轉居てんきよ先さきは雜司ざうしケ谷やの百姓家しやうや、藁葺わらぶきの軒のきの傾かたむき、壁かべは骨ほねを出だし、疊たゝみは擦すりむけて足あしに引ひつかゝる程ほどだが、前まへに大根たいこん畑ばたがあり四方はうは楢ならや樅もみが取圍とりかこみ、外ほかの人家じんかとかけ離はなれて、荒寺あれてらのやうである。下町したまちのさる富豪ふがうの所有しよいうで、やがて地代ぢだいの上あがるのを待まちち賣うりはなす筈はずだが、それ迄まで番人ばんにんとして、獨身ひとりものの作藏さくざう爺ぢいに無代むだいで貸與たいよしてゐるのだ。自分じぶんはこの爺ぢいさんの白痴はくちの如ごとく逹人たつじんの如ごとく、何なんとなく世間せけん離ばなれしてゐるのを面白おもしろく感かんじ、一緖しよに引割ひきわり飯めしを食くひ、時々とき〴〵は大根だいこの蟲取むしとりの手傳てつだひをもしてやり、無論むろん學問がくもんは怠おこたらなかつた。で、山吹町やまぶきちやうへは全まつたく足あしを向むけぬ。細野ほそのは屡々しば〳〵訪たづねて來きては、楢林ならばやしの下したに落葉おちばを敷しいて、暮くれ行ゆく秋あきを眺ながめて、夢ゆめのやうな話はなしに耽ふけつてゐた。しかし自分じぶんは堤つゝみの娘むすめの事ことは成なるべく口くちに出ださぬやうにし、細野ほそのも語かたらなかつた。
しかし細野ほそのも間まもなく山吹町やまぶきちやうの宿やどを出でて、戶塚町とつかまちの植木屋うゑきやの一室まを借かり、卒業そつげふ迄まで其處そこで暮くらしたのである。
卒業後そつげふごは二人ふたりとも一日にちも早はやく職業しよくげふを求もとめねばならぬ。殊ことに細野ほそのは鄉里きやうりの家族かぞくを補助ほじよする義務ぎむさへあつて、自分じぶんよりも糊口こゝうの方法はうはふを焦あせらねばならぬのだ。しかるに彼かれは試驗しけんが濟すむと、一生涯しやうがいの重荷おもにを卸おろした氣きで、衣服きものや敎課書けうくわしよを賣拂うりはらつて、相州さうしう葉山はやまへ旅行りよかうした。そして或日あるひ自分じぶんが先輩せんぱいを訪問はうもんして職業しよくげふの周旋しうせんを依賴いらいし、汗あせと埃ほこりにまみれて歸かへると、彼かれからの手紙てがみが來きてゐた。
「…………僕ぼくは今いま相模灣さがみわんを見下みおろした小高こだかい寺てらに寄寓きぐうし、菜食さいしよくに滿足まんぞくし、肉慾にくよくを忘わすれて靈れいの生活せいくわつをしてゐる。朝あさは早はやく起おきて、まだ人影ひとかげもなく、海うみも神秘しんぴの水氣すゐきに閉籠とぢこめられてゐる頃ころ、明神崎みやうじんざきへ行いつて、岩蔭いはかげに踞きよして作詩さくしの工夫くふうを凝こらし、晝ひるは寺てらの廣間ひろまに寢ねころんで、海風かいふうに耳みゝの穴あなまで撫なでられて、キーツやヲルヅヲルスの詩しを朗讀らうどくしてゐる。僧侶そうりよの讀經どくきやうや筧かけひの水音みづおとは、柔やはらかに僕ぼくの膓はらわたまで染しみ込こむ。今いまも夕暮ゆふぐれの磯傳いそづたひから歸かへり、苔こけに蔽おほはれた石段いしだんを上あがつてゐると、鐘かねの音ねが永遠エターニチーの響ひゞきを傳つたへ、僕ぼくは宇宙うちうの神靈しんれいに觸ふれた如ごとく感かんじ、希悅きえつの淚なみだが出でた。戀こひに絕望ぜつばうし世よに倦うんだ古いにしへの人ひとが、寺院じゐんに身みを遁のがれたのは、さもあるべき事ことと思おもはれる。……」
と記しるし、最後さいごに現在げんざいの我わが心こゝろだとして、キーツのソンネツト"Oh! How I love, on a fair summer's eve"の全體ぜんたいを寫うつし添そへた。
彼かれは殆ほとんど生活せいくわつの方針はうしんなどを念頭ねんとうに置おいてゐないらしい。歸京きゝやうしてからでも敢あえて齷齪あくそくとして職しよくを漁あさるでもなく、月給げつきう取とりとなり一家かを構かまへるよりも、秋あきが來きて郊外かうぐわい散步さんぽの出來できる時ときを待まつてるやうだ。超然てうぜんとしたその態度たいど、純潔じゆんけつなその精神せいしん、自分じぶんは細野ほそのを尊敬そんけいせずにはゐられなかつた。
幸さいはひにして自分じぶんも細野ほそのも會社員くわいしやゐんの口くちに有りついたが、自分じぶんは大阪おほさか、細野ほそのは東京とうきやう、別わかれ〳〵に勤つとめねばならぬ。で、自分じぶんが出立しゆつたつの二三日前にちまへ、二人ふたりきりで離別りべつの會くわいを催もよほし、自分じぶんは將來しやうらい活動くわつどうの計畵けいくわくを詳くはしく語かたり、細野ほそのは理想りさう、神靈しんれい、淸きよき戀こひなどについて美うるはしい夢ゆめを語かたつた。