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Chapter 39: (二)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

老婆ばあさんちやんでテーブルにき、らかつた白縮緬しろちりめん兵子帶へこおび、キヤラコの紺足袋こんたびなどを片付かたづけながら、「每日まいにちいけないお天氣てんき御座ございます」とか、「上野うへのはもういたで御座ございませう」とか、しきりにはなしをしかける。

五月蠅うるさいとおもつたが、返事へんじをせぬわけにもかず、よい加減かげんあしら﹅﹅﹅つてゐると、ばあさんはビスケツトをつてて、椅子ゐすまへすわんだ。わたし餘儀よぎなく相槌あひづちちながら、加瀨かせ變遷へんせんおもつた。老婆ばあさんはなし自分じぶん追想つゐさうとがごつちやになつて、加瀨かせ面影おもかげあたまなか動搖どうえうする。

れが上京じやうきやうしたのは一昨年おとゝしはる同鄉どうきやうえんしばらわたしいへ同居どうきよしてゐた。普通ふつう學資がくしぐらゐせぬ身分みぶんでもないから、何處どこかへ入學にふがくするのだらうとおもつたら、すこしもそんな希望きばうはない。そしてわたしらぬ先輩せんぱい歷訪れきはうして、その紹介しやうかいある女學ぢよがく雜誌ざつし記者きしやとなつた。訪問はうもんには洋服やうふく でなくては不便ふべんだとつて、ぐに有合ありあはせの三ゑんらずのかねで、しろ小倉こくら夏服なつふくつくつた。わたしさんざ﹅﹅﹅﹅ひやかしてやつた。しかしれはにやり﹅﹅﹅〳〵わらふばかりで、なんともおもはぬ。職業しよくげふると同時どうじに、最早もはや人前にんまへになつたつもりか、わたしうち植木屋うゑきや離座敷はなれりた。持物もちもの月々つき〳〵 ゑてく。國訛くになまりの目醒めざましくえるとともに、身體からだどろ次第しだいけてくやうだ。なつすゑには襦袢じゆばん柾目まさ下駄げた穿く。わたしれよりも五歲いつゝ年長者ねんぢやうじやで、十ねん東京とうきやうつてゐるが、身裝みなりれが半歲はんとし進步しんぽにもおとつてゐる。で、ふと目顏めかほ口先くちさき揶揄からかつてやる。「いくら鍍金めつきしたつて肥桶こえたご肥桶こえたごだぜ」とふと、「ぼく虛榮みえるんぢやない、自分じぶん氣持きもちがいゝからだ」と落付おちついてこたへる。雜誌ざつししやものくと、このをとこ社中しやちうだい一の勉强べんきやうで、器用きようでもあり主任しゆにん信用しんようあついさうだ。月給げつきうもずん〳〵のぼつてくらしい。れにはコツ〳〵むつしい敎科書けうくわしよいぢりをするよりは、雜誌ざつし 記者きしや飛廻とびまははう面白おもしろいのだ。成程なるほど生活せいくわつのためにいや〳〵﹅﹅﹅﹅つとめるのとはちがつて、らねばくにからおくらされる身分みぶんの、二十二三の靑年せいねん雜誌ざつし道樂だうらくなら面白おもしろからう。そしてしやものは「加瀨かせさんは大變たいへん大人おとなつたひとですね、おこなひ謹直きんちよくだし、非常ひじやうにしつかりしてる」とめるが、わたしには矢張やはりとし相當さうたうのおつちやんだ。無口むくちでマセてはゐるが、わたしには小憎こぞえる。あまやつえる。實際じつさいはさうでなくても、わたし自身ゞしん無理むりにさうおもつてる。むかうからしたしんでても、此方こつちからはうしても打解うちとけるになれぬ。これが二三年來ねんらいわたし性分しやうぶんで、またしゆあはれなプライドとなつてゐるのだ。

そのれは越前堀えちぜんぼりうつつた。江戶えど趣味しゆみ硏究けんきうのためか、綠雨りよくう文集ぶんしふ買集かひあつめて熟讀じゆくどくしてはつた文句もんくせん圈點けんてんし、餘白よはくにはしきりに感歎かんたんらしてゐたのもこのとき女學ぢよがく雜誌ざつしすみはうに三四ぎやうづゝの皮肉ひにくしたのもこのときわたしてこすつたつもりか、あるがうには「われ貴族きぞく主義しゆぎなりとふものあり、われ平民へいみん主義しゆぎなりとふものあり、あるとき埃及えじぷと煙草たばこひ、あるとき朝日あさひふをわらふものあり、彼等かれら變通へんつうみちらぬ徒輩しれものなり、晴天せいてんにも足駄あしだ穿いてあゆひとなり、われつきはじめには辨當べんたううなぎ牛肉ぎうにくひ、つきをはりには饂飩うどん麺麭パンにてます、このおもむき拘泥派こうでいはところにあらず」といたが、これなどがれの警句中けいくちう壓卷あつくわんであつて、隨分ずゐぶん一人ひとり合點がてん無意味むいみものおほかつた。

しかし越前堀えちぜんぼり移轉ゐてん以後いごはあまり往來わうらいしない。學校がくかう生活せいくわつをせぬれは、眞味しんみ友人いうじんすくないので、時々とき〴〵わたしむかつて人懷ひとなつかしい手紙てがみおくつてるが、わたしはあまりかまひつけぬ。で、しばらくれの發展はつてんらなかつた。

(二)

加瀨かせさんは本當ほんとにおやさしいんで御座ございますね、それにおわかくせによくなににでもがおきなさいますし」と、老婆ばあさん指先ゆびさきみゝうしろで〳〵、世間せけんばなしから加瀨かせうはさうつつた。

しばらくはんうち非常ひじやうにハイカラになつた」と、わたし獨言ひとりごとのやうにつて、「加瀨かせめかしてばかりゐるんでせう」と、わらひ〳〵いた。

「え、そりや大變たいへん御座ございますよ」と、老婆ばあさんすこ乗出のりだし、「あぶらをつけたり、チツクででたり、每朝まいあさ出掛でかけまでひと仕事しごと御座ございますわ、それになんであんなにかみをおのばしなさるんでせう、さぞお五月蠅うるさいでせうのに」と、をんな有勝ありがち皮肉ひにく口付くちつきつた。

「ハイカラになるのも容易よういぢやありませんね、一たい加瀨かせれの紹介しやうかいでおたくたのです?自分じぶんさがしたんですか」

なにね、わたしをひがあのかたおな雜誌ざつししやつとめてゐますのでね、二三たくへもあそびに被入いらつしつたのが御緣ごえんで、ついおしなさるやうになつたので御座ございます。無人ぶにんでとても人樣ひとさまのお世話せわなんか出來できませんのですが、ついねえ……こんな窮屈きうくつところで、さぞおこまりだらうとおもひますのにね」

わたし老婆ばあさん顏色かほいろんで、「いやかへつ貴女あなたはう御迷惑ごめいわくでせう、この通人つうじん先生せんせい、そんなことにはおのつかんはうだし、それに不愛相ぶあいそけるをとこだから」

「いゝえ、どうしてお愛相あいそがよくて、中々なか〳〵はなしがおきで被入いらつしやる、十ごろからおちや召上めしあがつて、每晚まいばんはなしがはずむんですよ」

「そりや不思議ふしぎだ、なにはなすんです」

「あのかたなんでもよく御存知ごぞんぢなんですね、あたまものからあしうらまで、なににでもよくがおつきなさいます」

「あれがそんなはなしをするんですか」と、わたしすこおどろいたふうをすると、老婆ばあさんして、

「えい〳〵、わたしたちよりもよく御存ごぞんじで被入いらつしやる、くし小形こがた流行はやるの、羽織はおり桔梗納戶きゝやうなんど色合いろあひがいゝのと、そりやおどろいてしまうんですよ、一昨日おとゝひばんたく歌留多かるたを取とりまして、むすめさんがたが四五にん被入いらつしやると、あのひとにはなに似合にあう、このひとにはなに似合にあうと、一々お見立みたてをなさるんですよ」

雜誌ざつしにでもあるんでせう」と、わたしわらつて、すこくだけた口振くちぶりで「加瀨かせ色女いろをんながあるとふぢやありませんか、」とうた。

なんだかそんなことををひまをしてりますがね、」と、老婆ばあさんは窪くぼんだ微笑びせうたゝえてゐる。

れでせう、」

御自分ごじぶんではいろんな﹅﹅﹅﹅こと有仰おつしやるんですから、見當けんたうねますが、なんでもおらくといふをんなに一ばん御執心ごしふしんのやうで御座ございますよ、下谷したやました時分じぶんからむすめのお友逹ともだちちよい﹅﹅﹅〳〵たくへもまゐります、大變たいへんなハイカラで、きも可成かな上手じやうずださうで御座ございますよ、先日せんじつ加瀨かせさんがぼくはあゝつた肌合はだあひきだと有仰おつしやるから、ぢやおもらひなすつたらとまをしますと、さうさうしやうかとかんがへて被入いらつしやるのです」

「ぢや、まだをんな出來できたとわけぢやないんですね」

「えい〳〵、まだこうときまつてるのぢや御座ございますまいよ、もつともね、加瀨かせさんのことですからほかにどんなのが出來できてゐるのか、ちつともぞんじませんけれど」と、老婆ばあさんいきき、「なにしろあのかたですから」と、ひくこゑ無意味むいみことつて、兩手りやうてひざうへみながら、「何時いつかもをひとおさけ召上めしあがつて、おはなしがはずんだときに、ぼくをんなれさせてまはるのが面白おもしろいと有仰おつしやるのです、なんでも品川しながはにも銀座ぎんざにもおまるものがあるそうでしてね、をひはよく戯談じやうだんに、ぼくが一しよかなくちやまくかんのだから厄介やくかい仕方しかたがない、ぼくまる若樣わかさまのお幇間たいこのやうなものだ、無給金むきうきんで、加之おまけに時々とき〴〵持出もちだしまでして、こんなくだらないことはないとまをすんで御座ございますよ」と、さも面白おもしろさうにふ。つぎではむすめがクツ〳〵わらつてる。

「さうですかねえ」と、わたし冷淡れいたんつて、てんじてテーブルのうへのバイブルをひるがへして、老婆ばあさんにはあまりみゝさなかつた。

しかし老婆ばあさんはずがたりに加瀨かせうはさ——頓間とんま江戶えど子振こぶり、辻褄つじつまはぬ裝飾方しやれかた變梃へんてこ田舎ゐなか言葉ことば丸出まるだしのやさしい惡罵あくば——をめなかつたが、やがて臺所だいどころ魚屋さかなやこゑのするのを機會しほつてつた。

加瀨かせ容易よういかへつてぬ。わたし日曜にちえうじつまち甲斐がひのないひとつてごすのがおしくてならぬ。かへらうかと立上たちあがつたが、またおもかへしてたゝみうへよこになつた。雨垂あまだれがちてはまたちてゐる。あらたにいゝにほひがにはからきつける。うしろでは車井戶くるまゐどおとがギイ〴〵ときこえる。わたしねむくなつた。ゆるんだ。すると、ふとおしづにくくないなとおもはれた。わたし寢卷ねまきのまゝかほあらつてゐると、派手はでかすり道行みちゆきて、勝手口かつてぐちからかさをすぼめてはいつてをんな可憐かれん姿すがた身體からだ華奢きやしやかみくて、島田しまだおもみにへぬとつたふうに、首垂うなだがちのその顔付かほつき。こんなことが此頃このごろわたしにはめづらしくうかんだ。しかしぐに自分じぶん自分じぶんあざけつてて、もなくつねこゝろになつた。

やがてよい氣持きもち眠入ねいつた。

しばらくして自分じぶんいへにゐるで、ほそけてあがると、加瀨かせ緣側えんがはひざいてニコ〳〵してゐる。

「よくてるね、どうしたんだ、昨夕ゆふべ夜更よふかしでもしたんぢやないか」

「もう何時いつかね」と、わたしをこすり〳〵臺所だいどころかほあらひにつた。老婆ばあさんむすめとが膳立ぜんだてをしてゐる。むすめ顏立かほだち老婆ばあさんて、左程さほどうつくしくもないが、年頃としごろだから皮膚ひふ艶々つや〳〵しい。わたしむすめから西洋せいやう手拭てぬぐひりてかほぬぐひながら、ぬすむやうにして相手あひてかほた。むすめ不快ふくわいかほをしてよこいた。子供こどもときからわたし目付めつきひと馬鹿ばかにしてゐるとはれてゐたが、ことにこのごろ毒氣どくきくははつてたのか、何氣なにげなしにてさへ相手あひてによつて、薄氣味うすきみわるかんずるさうだ。ましてこのごろわたしおだやかにおとなしくひとせつすることが出來できぬ。冷笑れいせうするやうな、蔑視べつしするやうな、はらそこまで見拔みぬいてやるぞとつたやうな氣持きもちになつてよろこんでゐる。