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何處へ

Chapter 44: (七)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

加瀨かせなんかゞ」と、豐島とよしまげつけるやうにつて、「あんなをとこで八ぱう色女いろをんな出來できるんだらうか、馬鹿野郞ばかやらうに」とさけんで、つばきほとばしらす。

「そうだねえ、ぼくきみにやてども〳〵雌猫めねこぴきつてないんだからね」

「つまりなんだよ、きみぼく自分じぶんくつしてやさしくなれんから駄目だめなんだよ、おたがひにかね出來できにやをんな出來できん、けれどぼくあこれからやる、こひもするしかねる、きみもさうしろ、そのはうとくだもの、どうせ利口りこう奴等やつらにやぼくこゝろわかりやせんのだから、」と豐島とよしまうでをまくつて、あかふとつたほゝをこすりげつゝ、充血じうけつしたしばだたく。

ぼくもせい〴〵心掛こゝろがけやうよ、しかしきみいまなにをしとる、夜學校やがくかうはう革命論かくめいろんなにかやつてめたそうだが」

講義錄こうぎろく關係かんけいしとる、大著述だいちよじゆつにも着手ちやくしゆしとる、もすこ餘裕よゆう出來できたら、新運動しんうんどうはじめる、まだはつきり﹅﹅﹅﹅わけかんが、ふでけんにしてくちからほのほいて、惰眠だみんむさぼつてるいま社會しやくわい震動しんどうさすんだ、きみ我黨わがとうだから、そのとき片端かたはしになつてれ」

すこ矛盾むじゆんだね、さつきにや金儲かねまうけの計畵けいくわくをしたぢやないか」

馬鹿ばかふな、ぼくはこんなうすのろい我慢がまん出來できんのだ」

同感どうかん々々〳〵はやくその活劇くわつげきせてれ、ぼくきみの「馬鹿野郞ばかやらう」のこゑ日本國にほんこく地響ぢひゞきすることをのぞむんだ」

屹度きつとやる〳〵」と、豐島とよしま頰杖ほゝづゑついて、なにをかかんがへてゐたが、やがてぶつ﹅﹅たふれていびきをかきした。すそれたあはせから毛脛けずね足袋たび穿かぬあしちりにまみれてゐる。わたしはぢつとてゐたが、やがて毛布もうふしてそつとかたにかけてやつた。で、れが前後ぜんごわすれてなにかいゝゆめてゐるあひだに、わたし學課がくゝわ下調したしらべをしてゐた。

「お客樣きやくさまはもうおかへり」と、緣側えんがは障子しやうじやぶからのぞいたをんなが、「あれてゐらしつて」とつぶやいた。

わたし障子しやうじをそつとけた。おしづつてゐる。すこあをざめたかほながまゆくろ肉付にくつき不足ふそくほゝに、はなのみがたかあざやかにきざまれた、左程さほどうつくしくないをんなだ。しかしそのあはれつぽい樣子やうすが一二年前ねんぜんわたしにはうれしかつた。

「お花見はなみにはゐらつしやらないの」と、おしづくせとして一寸ちよつとくちゆがめてわらつた。わたしはそれにはこたへず、なか書物しよもつながらおだやかに、

「まだ日本橋にほんばしかないんかね」

「もうかへらなくちやならんのですけど、身體からだがよくなつたら明日あすにもれなくちやこまるつて、いま手紙てがみたのですけど、わたしもうあんな騷々さう〴〵しいところき〳〵しましたから」としほれたこゑつた。かほにもしほれたいろうごいたのであらうが、わたしはよくなかつた。

「だつて仕方しかたがないぢやないか、かなくちやおつかさんが承知しやうちしないんだらう」

「だつてわたしいやで〳〵、とてもこのうへ半歲はんとし辛抱しんばうしちやゐられませんもの」

「さうかねえ、しかしなかはどうしたつて氣樂きらくとほれりやしないんだから、まあわかうち我慢がまんして苦勞くらうするさ、おしづさんなんかをんなはよし氣立きだてもいゝんだから」と、わたし辭書じゝよき〳〵、ちらとかほた。をんなうるんでゐる。

「そんなひどいことをつて」と、こゑ四邊あたりはゞかつて、かほつき不平ふへいうつたへる。

何故なぜ、おしづさんなんかこそ、出世しゆつせするうんつてるぢやないか、去年きよねんからおつかさんがたび自慢じまんしてゐたよ、大商人おほあきんどうち奉公ほうこうして、大變たいへんつてるんだつて、いまでもうちむすめが〳〵と五月蠅うるさいほどつてるよ。」

近所きんじよではおしづをさる穩居いんきよめかけであるとか、あやしい商賣しやうばいをしてゐるとか蔭口かげぐちいてゐるが、わたしはそれをたしかにはしんじてゐない。二三年前ねんまへにこそ一こゝろ浮立うきたつて、しのび〳〵にもてあそむでは、なか出初でぞめのさびしさくるしさをわすれたこともあつたが、いまでは初戀はつこひおもたゞ人事ひとごとのやうながしてゐる。おしづはさうはおもつてゐない。わたしにもむかし心持こゝろもち繰返くりかへすものとおもつてゐるのであらう。

「おつかさんはわたしまはしてんだつて、なんともおもつてやしないんですもの、人中ひとなかして氣骨きぼねらせておつかさんはわたしをどうしやうとおもつてるんでせう、先日こないだもおはなしたあのことでね」と、おしづ首俯うつむいて、なみだぐんだこゑをする。

「おい〳〵先日こなひだはなしはもうねがげだよ、みゝたこ﹅﹅出來できほどかされたんだからな、そんなことをつてクヨ〳〵しとるから病氣びやうき取付とりつかれて、あをくなつてなくちやならん、くだらないぢやないか、それよりやはや手賴たよりになるをとこでもさがして、面白おもしろおくはうがいゝぜ、一昨年おとゝしだつたか、日本橋にほんばしまへにや大變たいへん元氣げんきのいゝことつてたぢやないか」と、あのときしづわたしとの關係かんけいけろり﹅﹅﹅わすれたやうにして、たからやまへでもはいで、日本橋にほんばしとかへ旅立たびだ時分じぶん得意とくいさまおもつた。

しづはシク〳〵した。で、いまにも一昨日おとゝひのやうに、うらんだ言葉ことば自棄やけになりさうな文句もんくで、わたしこゝろうごかさうとするだらうと待設まちまうけながら、書物しよもつページばせてゐると、ザーツと手水鉢てうづばちみづれるおとがした。あたまげると下女げぢよがバケツをつて、不思議ふしぎさうにおしづてゐる。

樹木じゆもく草花くさばなもないせまにはかげつて、となりの二かいかべにのみえたひかりとゞまつてゐる。下女げぢよ勝手かつてまはりながら、まだ振返ふりかへり〳〵てゐる。

豐島とよしまました。片頰かたほゝあかたゝみかたのこして、こぶしをこすつてゐる。

「おしづさんぢやあ明日あすばんにでもゐらつしやい」と、わたし外方そとむかつて笑顏ゑがほやさしくつて障子しやうじめ、

「もうめたかい、茫然ぼんやりしてるね」

「うん」と起上おきあがつて、おびをキチンと締直しめなほし、ひと欠伸あくびをして、「さあかへらう」

「まあいゝぢやないか、なにぼく用事ようじはないんか」

「うん、用事ようじもあるんだが、また二三日中にちうちよう、これから本鄉ほんがうくから、加瀨かせうちへもるかもれん」

「あまり彼奴あいつ意地いぢめるなよ」

豐島とよしまほか急用きふようでもひかへてゐるやうに、いそいでもんた。あとに「敷島しきしま」のふくろ置忘おきわすてゐた。ふくろなかには煙草たばこが二ほん白銅はくどうふたはいつてゐる。

わたしはこの故鄕こきやうおとうとへの手紙てがみいた。なかには「出來できるだけのことをして、それでもへなければ仕方しかたがない、一こぞつて乞食こじきになつて諸國しよこく流浪るらうしやうぢやないか、おれもその仲間なかまになつてもよい、なにをしても一しやうだ」と、ふで拍子ひやうしでこんなことまでえた。

(七)

わたし學校がくかう生徒せいと人望じんばうのあるはうでもないが、あえ不評判ふひやうばんでもない、職務しよくむ精勤せいきんするはうではなく、やまひしやうして缺席けつせきすることもおほいが、免職めんしよくされるほどなまけはせぬ。增給ざうきう覺束おぼつかなけれど、これで當分たうぶんひはづしもないから不平ふへい必要ひつえうもない。衣食いしよくよくすくなく、ほか娯樂ごらくもとめるのでもない。そして豐島とよしまなどの二三の友人いうじんがちよい〳〵たづねてるので、無聊ぶれうくるしときすくない。此頃このごろ豐島とよしまほかに、加瀨かせ宿やどつた小山こやま屡々しば〳〵かほすやうになつたが、この新奇しんき友人いうじん初對面しよたいめんをりからスツカリわたしつた。此方こつちからくだけてはなしかけると、わたしふところはいつてる。その呑氣のんきらしい容貌ようばうこゝろ微塵みじん苦味にがみ辛味からみのなく、ポカンとして無駄むだぐち工合ぐあひ面白おもしろい。で、「きみはなせる、學校がくかう先生せんせい連中れんちうもとよりだが、豐島とよしまだつて加瀨かせだつて娑婆しやばくさくつてはなちもならん、きみ流石さすが江戶えどだ、社會しやくわいのろつて革命かくめいとなへるでもなし、加瀨かせのやうに見得坊みえばうでもなし」と感服かんぷくすると、小山こやま多少たせう得意とくいになつて、「加瀨かせくんのやうにしてちや、さぞ氣骨きぼねれるこつでせう」とわらふ。

或日あるひ正午ひるぎに上野うへの散步さんぽしてゐると、小山こやましま羽織はおりはかまけ、不似合ふにあひ山高やまたか帽子ぼうしかぶり、すこ仰向あふむいてくちけ、ひだりつきたもとをして廣吿隊くわうこくたいあとからましてあるいてたが、その樣子やうすはなは面白おもしろかつた。わたし呼止よびとめて、一しよ夕方ゆふがたまであそくらしたが、れはをんなあるりから、その心理しんりじやう生理せいりじやう批判ひはんくだすとつて、左右さいうかへりみては、どくのない毒語どくごはなち、

うまいもんでせう、加瀨かせくんにもよくをしへてやるんですよ、ぼく多年たねん經驗けいけんから歸納きなうした結果けつくわですから、一々いち〳〵的中てきちうします」

自慢じまんした。たびごとにおらくうへ加瀨かせ秘密ひみつも、面白おもしろさうにはなして、多少たせうのお景物けいぶつまでへる。「おらくことは、もう加瀨かせ先生せんせいちやんと﹅﹅﹅﹅一人ひとり呑込のみこんでる、おれが見込みこんだらどんなをんなでもいやとははせんと、自分じぶん確信かくしんしてるんです」とか「貴下あなたのこともよくれいいて、あのをとこはとてもをんなかれりやしないとつてる」とか、調子てうしつて喋舌しやべる。

このをとこられて、わたしはおらくうちへもつた。おらく從姉いとこ二人ふたり徒士町おかちまちある小役人こやくにんの二かいりて自炊じすゐをしてゐる。遞信省ていしんしやうをんな判任官はんにんくわんで十二三ゑん月收げつしうがあるらしい。

わたしたづねたときは、おらく役所やくしよからかへつて、はかまたゝんでゐた。部屋へやひろくないのに、簞笥たんす鏡臺けうだい針刺はりさしや、諸道具しよだうぐ一通ひとゝほそろつてゐるのだから、非常ひじやう窮屈きうくつだ。小形こがたひくつくゑうへには加瀨かせ編輯へんしう婦人ふじん雜誌ざつし貸本屋かしほんや小說せうせつのつてある。

小山こやま餘程よほど懇意こんいだとえて、いきなり﹅﹅﹅﹅胡床あぐらいて、「おい、おらくさん、今日けふ加瀨かせかはりに須崎すさき先生せんせいれてたよ、御馳走ごちさうしないか」とつた調子てうし、おらくはあまり馴々なれ〳〵しくもなく愛嬌あいけうらず、初々うい〳〵しくわたし挨拶あひさつをした。わたしはろくにくちかず、たゞ小山こやま喋舌おしやべりとおらく擧動きよどう注目ちういしてゐた。このをんな田舎ゐなかには兩親りやうしんがあるのださうだが、何故なぜ歲頃としごろになつて結婚けつこんもせず、こんなふうらしてゐるのだらう、加瀨かせあいしてゐるとつて、それがどのくらゐ進行しんかうしてゐるのだらう、小山こやまからいたゞけではちぬことがおほい。