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何處へ

Chapter 47: (十)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

(九)

その翌日よくじつあさはや出勤しゆつきんまへ豐島とよしまからのハガキがいた。「午後ごゞ學校がくかうたづねてくからまつてゐてれ」と鉛筆えんぴついてある。どうせろく用事ようじでもあるまいとおもつたが、べつ歸宅きたくいそぎもせぬから、わたし同僚どうれうみな引擧ひきあげたあと居殘ゐのこつて、この宿直しゆくちよく長沼ながぬま土臭つちくさ番茶ばんちやすゝりながらはなしをしてゐた。長沼ながぬまわたしよりもなゝ年上としうへで、子供こども二人ふたりもあるのに、月給げつきうかへつわたしよりもすくなく、生計くらしには隨分ずゐぶん苦勞くらうしてゐるのだが、人間にんげんが一ぷうかはつてゐて、敎場けうぢやうとり眞似まねをしたり、めう身振みぶりをして生徒せいとよろこばせてゐる。同僚どうれううちでは一ばんわたしはなしはうだ。

今日けふぼくあさんざ失敗しくじりましたよ、晚酌ばんしやくをやりすごして下讀したよみなまけたもんだから、くだらんことで間違まちがひを仕出しでかして、生徒せいとやつうん﹅﹅あぶらられました。そのうへ校長かうちやう先生せんせいから手嚴てきびしい忠吿ちうこくひましてな、敎場けうぢやう飄輕ひやうきん眞似まねをしちやならん、敎場けうぢやう神聖しんせいところだからくまでも眞面目まじめでなくちやならんと懇々こん〳〵說諭せつゆされて、イヤハヤ面目めんぼくもない次第しだいですよ、しかし飄輕ひやうきんだからまだ、わたしみやくがあるんですが、これで御說諭ごせつゆどほ辛蟲にがむしかみつぶした間違まちがひをやつてたにや、生徒せいとはう承知しやうちしません、校長かうちやう先生せんせい殘酷ざんこくなことをまをされるもんです、」と長沼ながぬま安値やすきざみ煙草たばこひながら眞面目まじめふ。

「けれどきみ間違まちがひをけるだけ眞面目まじめなんです、それだけ正直しやうじきなんだ、たか丁年ていねん未滿みまん子供こどもぢやありませんか、口先くちさきでうまひまるめりやいゝんですよ」と、わたしこともなげにふと、

「まあそんなものですがね」と、長沼ながぬまはヒツ〳〵とあぢのないわらかたをして、「わたしはどうも敎育けういくだけはほかこととはちがつてる、たつとものだとおもうのでしてな、生徒せいとかほると、忠實ちうじつによくをしへてやりたいすこしでもはや學業がくぎやうすゝむやうにみちびいてやりたいとおもうんですが、其處そこがそれ、わたし學識がくしきらんもんですからな、どうも不行屆ふゆきとゞき汗顏かん〴〵いたりにへんわけです、とつて辭職じゝよくすればほか糊口くちすぎみちがあるぢやなし」

「それだけ眞面目まじめなら貴下あなた立派りつぱ敎師けうしです、すこぐらゐ誤謬ごびやうつたへようと、飄輕ひやうきん眞似まねをしようと差支さしつかえないさ、ぼくなんか少年せうねんあいするもないから、はじめから敎授けうじゆはいつたことはないのです」

「そりやきみ子供こどもがないからですよ、自分じぶんがあつてりや、他人たにん矢張やはり可愛かあいい、よく敎育けういくしてやりたくなりますよ、なに經驗けいけんだ、まあつて御覽ごらんなさい、なかがらり﹅﹅﹅かはつてますからね」

つと敎場けうぢやう飄輕ひやうきん眞似まねをして、生徒せいと御機嫌ごきげんるやうになるんですね」とわらふと、長沼ながぬま苦笑くせうして、

「まあ、そんなものさねえ」とつて、風呂敷ふろしきなかから講談かうだんの「佐倉さくら義民傳ぎみんでん」を取出とりだし、「今夜こんやはこれをおぎで宿直しゆくちよくするのだ」と、つくゑうへひろげて小聲こゞゑした。言分いひぶんらぬのか、もうわたし相手あひてにしない。しばらくして豐島とよしま下駄げたのまゝ敎員室けうゐんしつはいつてた。わたしほん﹅﹅型式的けいしきてき長沼ながぬま紹介しやうかいした。豐島とよしまは「今日けふ馬鹿ばか蒸暑むしあついぢやないか」と、あはせそでひたひあせぬぐふてをパチクリさせ、それから一りんはなも一ぷくもない薄汚うすぎたな敎員室けうゐんしつ見渡みわたした。

なに急用きふようか」と、わたしはうからふた。このをとこなんでもないことに、さも急用きふようのあるらしく、あわただしさうにたりはいつたりするをとこだが、今日けふもそのかほつき大事だいじひかへたひとともえぬ。

ぼく辭職じゝよくした」と、豐島とよしま大聲おほごゑ簡短かんたん明瞭めいれうつた。

「さうか」とつたきり、わたし折返をりかへして理由りゆうきもしなかつたが、長沼ながぬま片手かたて書物しよもつおさへ、ヂロ〳〵豐島とよしまかほて、聞耳きゝみゝてた。

ぞくことかにやらんのだから、しやくさはつて、ぼくはうからてしまつた。もうむかうからたのんだつて、あんな仕事しごとをやりやしない」とひとりでりきんだ。

「それもいゝさ、きみにはあんな俗務ぞくむ不適當ふてきたうだからな、これからきみ本音ほんねして活動くわつどうするさ」

「むん、………それからきみにおねがひだが、當分たうぶんきみうちいてれんか、迷惑めいわくだらうが」とすこ言淀いひよどんだ。

ぼくうちにか」と、わたし躊躇ちうちよしたが、「ぢや來玉きたまへ、今夜こんやからでも」

有難ありがたう、二三うち荷物にもつつてく、そうすりやぼく安心あんしんして活動くわつどう出來できる」とつて、豐島とよしまふたゝ室内しつない見渡みわたした。夕日ゆふひはガラスまどとほして、ほこりふのがえる。

長沼ながぬまみづからつて澁茶しぶちやんで、豐島とよしままへいた。豐島とよしま一息ひといきして、

此處こゝきたな學校がくかうだね、しかしきみのやうな熱烈ねつれつ人間にんげんれてるんだから、校長かうちやうもえらい」

(十)

前夜ぜんやわたし物好ものずきにやさしい素振そぶりせたので、おしづはもう以前いぜん燒木杭やけぼつくひふたゝもえあがつたになつて、せつせとちかづいてたが、わたし最早もうくさつた菓實くだものぐやうで、おもはずかほそむけたいほどになる。そして「調しらものがある」とか、「金儲かねもうけをしてるんだから當分たうぶんれるな、そのかはり一二ねんつてりや、おまへきなことをさしてやる」とかつて、追退をひのけるやうにした。もなく豐島とよしまが、しててからは、おしづとほざけるに都合つがふがよくなつた。

豐島とよしま柳行李やなぎかうりつくゑとの總財產さうざいさん持込もちこんだ。なに著述ちよじゆつをしてゐるようであるが、大抵たいてい外出ぐわいしゆつして夕方ゆふがたうてかへることがおほい。かへつての土產みやげばなしには俗物ぞくぶつ同情どうじやうすべきひととの消息せうそくつたへる。れの世界せかいはハツキリこの二しゆ人間にんげん分類ぶんるゐされてゐるので、かの長沼ながぬまごときはぐにその同情どうじやうされるひととなつた。「きみ、あのをとこ保護ほごしてやりたまへ」と、度々たび〳〵こゝろそこからわたしたのむことがある。またれの崇拜者すうはいしやもあつて、折々をり〳〵たづねてて、夜更よふけるまで熱烈ねつれつ議論ぎろんたゝかはされる。

社會しやくわい反抗はんこうするのもいゝが、そのまへ生活くらしはふぐらゐかんがへとかうぢやないか」と、わたし注意ちういすると、

「なあにぼく一人ひとりだ、生活せいくわつなんかかんがへる必要ひつえうはない、ぼくへなけや放浪はうらうする、みづばかりんでゝも、すだけのことはしてせる」と取合とりあはぬ。

「ぢや何時いつかの俗化ぞくゝわ主義しゆぎはおめだね」

めざるをないんだ、きみもどうせれられんのだから、放浪はうらう生活せいくわつをしろ、ぼくと一しよにやらう」

きみから經驗けいけんして見玉みたまへ、面白おもしろけりやぼくもやるよ」

そしてれは繩暖簾なはのれんをくゞつて、泥醉でいすゐのち突如とつぢよとして汗臭あせくさ勞働者らうどうしやうでにぎり、その硬張こわばつたひら熱淚ねつるゐそゝぎ、「ぼくきみ兄弟きやうだいだ」とさけんで、周圍まはりきやくおどろかすこともあるが、かれ自身じゝんあえてそのきな放浪はうらう無宿むしゆくひとともならぬ。鶴嘴つるはしたうともせぬ。わたしいへによくて、よくみよくつてゐる。

つにつれて、收入しうにふの一ていしたわたし財政ざいせい次第しだい窮境きうけうおちいる。豐島とよしまのためにもみだされたのだ。しかしれはわたししんつてゐる。わたし迷惑めいわくなどは微塵みぢん念頭ねんとういてゐない。「こまつたら二人ふたり放浪はうらうするさ」と、放浪はうらうゆめゑがいてせるが、わたしにはそれがなん興味きようみもない。れは放浪はうらう流離りうり薄命はくめい文字もじてすらむねおどらすであらうが、わたしにはつやにほひもないくう文字もじたるにぎぬ。それでれが無職むしよく貧民ひんみん無理强むりぢいに交際かうさいむすび、彼等かれらかいがた氣燄きえんいてたのしみとしてゐるあひだに、わたし小山こやまひ、加瀨かせぱいうはさいて、ねむつたこゝろさましてゐた。

(十一)

豐島とよしま同居どうきよ以來いらい小山こやま前程まへほど繁々しげ〳〵たづねてぬ。豐島とよしまきらつてか、戀事いろごとせわしいためかであらう。わたしはこのひとばかりはひたくなるので、或日あるひ學校がくかうかへりに立寄たちよつたが、あさからかへらぬさうだ。

わたし失望しつばうした。しばら上野うへの電車道でんしやみちつて、何處どこかうかとかんがえた。そしてとがらせて停留場ていりうぢやうあつまつてゐる數多あまた男女だんぢよてゐたが、ほそながかほまるかほみな夕日ゆうひびて、あせほこり鈍染にじみ、つかれたいろをしてゐる。ひさしくあめそらえぬいろをして、その一ぱうきいろくにごつてゐる。とゞかぎ生氣せいきえぬ。若々わか〳〵しいいろもない。

わたし屈託くつたくした。

その揚句あげくふとおらくたづねるになり、徒士町おかちまちあしけた。おらくには小山こやまのおともで二三つたきりでしたしくないのみか、わたしはあのをんなはゞかられてゐるのだ。しかしそはゞかられてゐるところおしかけてくとふことが、わたしんだこゝろ刺激しげきして多少たせう活氣くわつきいてる。

威勢ゐせいよく格子戶かうしどけて、宿やど妻君さいくんに「小山こやまさんはてゐませんか」とくと、「いまらしつてぐおかへりになりました」といふ。

「ぢやおらくさんは」

「ゐらつしやいますよ」

わたしはそれだけいて、無遠慮ぶえんりよにつか〳〵二かいあがつた。おらく俯首うつぶしになつて手紙てがみんでゐたが、あはてゝ居住ゐずまひをなほして、わたし見上みあげげた。ニコリともせず澁々しぶ〳〵座蒲團ざぶとんした。

小山こやまくんてるかとおもつて」と、わたし言譯いひわけをして、わざとやさしく馴々なれ〳〵しいふうをして、「どうです、ぼくうちへもあそびにませんか」

「はあ」と、をんな手紙てがみいて封筒ふうとうれた。小山こやまうはさ加瀨かせはなしと、つとめて相手あひてさそつても、むかうからつてない。ほこり吹寄ふきよせるかぜいとうて障子しやうじ締切しめきつてあれば、ふゆ洋服やうふく着用ちやくようわたしには暑苦あつくるしくて窮屈きうくつだ。で、物好ものずきにこんなところにゐるにもあたらぬとおもつたが、今日けふ不思議ふしぎこしすわつてうごかない。