私わたしは加瀨かせが結婚けつこんする前まへに、不意ふいにこの女をんなを奪うばつて、加瀨かせに鼻はなを空あかせたら面白おもしろからうと思おもつた。小山こやまやその叔母をばや從妹いとこの前まへに並ならんで、加瀨かせの鈍にぶい神經しんけいを驚おどろかしてやりたい。私わたしは嫉妬しつとからかう思おもふのではない。只たゞ私わたしの目めには今いまでもポンチ繪ゑに見みえる加瀨かせに、自分じぶん自身じしんをそのやうに感かんじさせて見みたい。
そして女をんなを口說くどくに何なんの苦心くしんが入いらう、失敗しつぱいを耻はづる私わたしではない。他人たにんの後指うしろゆびを氣きにする私わたしではない。かねて電車でんしやを飛下とびおりる位くらゐの冒險ばうけんさへすれば、是非ぜひを云いはせず、女をんなは我わが者ものと信しんじてゐるのではないか、甞かつてお靜しづは手てを握にぎるだけで充分じふゞんであつた。かう思おもつたが、思おもふほど尙更なほさら口くちも手ても活動くわつどうしなかつた。
お樂らくは女學ぢよがく雜誌ざつしを讀よみ出だした。讀よむよりも屛風びやうぶ代がはりにして私わたしの視線しせんを避さけるのかも知しれぬ。私わたしは「何なにか面白おもしろいことが書かいてありますか」と、雜誌ざつしを引ひつたくるやうに取とつて、飜ひるがへして見みた。表紙ひやうし裏うらに「△△女史ぢよしに呈ていす」と書かいて、下したに加瀨かせの雅號ががうがある。お樂らくは恨うらめしい顏かほ付つきをした。
「△△つて貴女あなたですか」と、私わたしは冷ひやかすやうに云いつて、ジツとその文字もじを見詰みつめてゐたが、フイとお樂らくに目めを移うつすと、お樂らくは目めに淚なみだを湛たゝえてゐる。
「何なにか御用ごようがあつて被入いらしつたんですか」と切口上きりこうじやうで云いふ。
「えツ、別べつに用事ようじもないんです」と、私わたしは驚おどろいて云いつた。
「では何なにしに被入いらしつたのです」と、私わたしの手てから雜誌ざつしを奪返うばひかへし、表紙ひやうしを引裂ひきさき手てに力ちからを入いれて丸まるめながら、「貴下あなただつて加瀨かせさんだつて、私わたしを調戯からかいに被入いらつしやるんだわ、」
「何故なぜ! そんな譯わけはないぢやありませんか、小山こやま君くんは兎とに角かく僕ぼくや加瀨かせにそんな惡意あくいはないさ、殊ことに加瀨かせは貴女あなたに敬意けいゝを表ひやうしてるんですもの」
「加瀨かせさんとかゞ何どうなすつたつて、私わたし少ちつとも係合かゝりあひはありませんわ」と、お樂らくは淚なみだを拭ぬぐつて、「何なにが面白おもしろくつて、皆みなさんは五月蠅うるさく私わたしの家うちへ被入いらつしやるんでせう、私わたし姉ねえさんのやうに惡戯ふざけたお相手あひては出來できませんから、私わたし一人ひとりの時ときには、もう何方どなたもお出いで下くださらぬやうにお願ねがひ申まをします」と、屹きつとした口調くてうで云いつた。
私わたしも多少たせう極きまりが惡わるくないでもなかつたが、それよりもこの女をんなを不思議ふしぎに感かんじて、尙なほ座ざを立たたうとはせぬ。
「そんなに我々われ〳〵を嫌きらはなくつてもいゝでせう、何なにか事情じゞやうがあるんですか」と、私わたしは微笑びせうしながら靜しづかに云いつた。
お樂らくは暫しばらく默だまつてゐたが、先さきのむごい﹅﹅﹅言葉ことばを氣きの毒どくに感かんじたのか、急きふに柔やさしい聲音こはねで、「此頃このごろは身體からだの加減かげんですか、人樣ひとさまと賑にぎやかなお話はなししますのが、何なんだかつらいんですから、寧いつそ初はじめからお目めにかゝらん方はうがいゝと思おもひますわ」
「さうですか、東片町ひがしかたまちへもあまり行ゆかんのですか」
「えゝ。ちつとも、何時いつか歌留多かるた會くわいがあつて、貴下あなたも被入いらしつた時とき、參まゐりましたきり、あの後ごは一度ども窺うかゞひませんの、」
「だがあの連中れんぢうはよく此家こゝへ來くるんでせう」
「はあ、………あの方逹かたゝちは何故なぜあんなお話はなしばかりなさるんでせう、雜誌ざつしにお書かきになつてることゝは丸まるで違ちがつてますのね」お樂らくは顏かほも心こゝろも落付おちついたやうだ。で、身體からだを品しなやかに曲まげて、雜誌ざつしを默讀もくどくしてゐたが、又また起直おきなほつて雜誌ざつしを指先ゆびさきでいぢくり﹅﹅﹅﹅ながら、「貴下あなたは學校がくかうの先生せんせいをして居ゐらつしやるんですつてね」
「さうです、小ちいさい私立しりつ學校がくかうの敎師けうしだから、月給げつきうは安やすいし、加瀨かせのやうに贅澤ぜいたくは出來できません、これで十年ねん近ぢかくも苦學くがくして、こんな境遇けうぐうですからね………だが、貴女あなたは何故なぜ二人ふたりつきりで部屋へや借がりをして、役所やくしよ通がよひなんかしてるのです、尤もつとも小山こやま君くんからは貴女あなたの事ことをよく聞きいてるけれど」
「小山こやまさんが何なにを云いつたつて當あてになるものですか、あんな淺薄せんぱくな人ひと」と卑下さげすむやうに云いつて、「私わたしどうかして一日じつも早はやく姉あねと別わかれて、一人ひとりで暮くらしたいと思おもひます、」
「心こゝろ細ぼそいことを云いひますね、何なにか考かんがへがあるんですか」
「女をんなでも學問がくもんしなくちやなりませんわね、私わたしなんか小學校せうがくかうを卒業そつげふしたばかりですから………」
「それで澤山たくさんさ、橫文字よこもじを習ならふよりや三味線さみせんでも習ならつた方はうが女をんならしくていゝ」
「ですけど、私わたし少ちいさい時ときから三味線さみせんなんか習ならつたのを後悔こうくわいしますわ、何なんだか早はやく忘わすれてしまひたいやうな氣きがしますのよ」と、邪氣あどけない風ふうが見みえる。
そして私わたしが學校がくかうの敎師けうしであるためか、私わたしに向むかつて女子ぢよしの學問がくもんの方法はうはふ西洋せいやう音樂おんがく硏究けんきうの順序じゆんじよを質問しつもんした。明治めいぢの女子ぢよしの心掛こゝろがけ、新あたらしい家庭かていの道德だうとくなど、女學ぢよがく雜誌ざつしから得えたと思おもはれる問題もんだいを提出ていしゆつして、漢語かんご交まじりで私わたしに解答かいたふを促うながした。こんな問題もんだいならさぞ﹅﹅加瀨かせには興味きようみがあるであらうが、私わたしの耳みゝにはノンセンスだ、で、いゝ加減かげんに返事へんじをして、「休日きうじつに私わたしの家うちへお出いでなさい」と云いつて、戶外そとへ出でた。
家うちへ歸かへると、豐島とよしまが垢染あかじみた單衣ひとへを着きて肱枕ひぢまくらで寢ねころんでゐたが、私わたしを見みると、靑あをい顏かほを持上もちあげて、「今日けふはいやな天氣てんきだから頭あたまが重おもい」と、口くちをもが〳〵させた。
「酒さけを呑のまんからだらう」
「うん、金かねがないから」
「意氣地いくぢがないね」
「少すこし持もつてたのを、今いま乞食こじきにやつちまつた、………今日けふ又またあの女をんなが來きたよ、靑あをい顏かほの女をんなが、妙めうな奴やつだね、何なにをしに來くるんだらう、君きみはどうして知しつてるんだ」
「以前いぜんこの隣となりに住すんでたのだ、あれのお母ふくろに飯めしを炊たいて貰もらつたこともある、何なにか云いつてたか」
「いや、直すぐ歸かへつちやつたが、憐あはれつぽい女をんなだね、僕ぼくは同情どうじやうする」
この夜よ彼かれは豪語がうごも吐はかず、古行李ふるかうりを開あけて黴かびの生はへた浴衣ゆかた、袖そでの千切ちぎれた綿入わたいれ、古雜誌ふるざつし古書物ふるしよもつを引出ひきだして整理せいりしてゐた。私わたしは散步さんぽがてらお靜しづの家うちの周圍まはりを迂路うろついて、家うちの者ものの目めを忍ぬすんでお靜しづを引出ひきだした。鈍色にぶいろの雲くもに星ほしも隱かくれ、女をんなの顏かほははつきり﹅﹅﹅﹅見みえなかつたが、私わたしは顏かほを見みようともせぬ、聲こゑを聞ききたくもない。そして晝ひるに見みたお樂らくの柔やわらかい肌はだえを黑闇くらやみの中うちに思おもひ浮うかべながら、お靜しづの袖そでに觸ふれ、お靜しづの息いきに觸ふれてゐた。
その後ごも二三度どお靜しづに會あつた。會あつた後のちは何時いつも不快ふくわいな感かんに堪たへぬので、豐島とよしまに向むかつて、「彼女あれが又また來きたら追拂おつぱらつて吳くれ、性質たちの惡わるい女をんなだから」と賴たのんで置おく。しかし豐島とよしまは「同情どうじやうすべき女をんな」と定きめてしまつて、私わたしの留守るすにも座敷ざしきへ通とほして睦むつまじく話はなしをするやうになつた。
(十二)
當あてにもしないが、萬一まんいちお樂らくが私わたしを尋たづねて來くるかも知しれんと心待こゝろまちにすることもあつた。小山こやまは十日とをかも顏かほを見みせぬ。
その中うち五月ぐわつは暮くれる。私わたしは豐島とよしま同居どうきよが影響えいきやうして、月末げつまつの拂はらひに困こまつた。豐島とよしまは君きみと苦樂くらくを共ともにすると云いつて、汚よごれた衣服きものを賣飛うりとばしたが、それが幾何いくらにならう。で、寧いつそ有あるに甲斐かひなき家いへを疊たゝんで下宿げしゆくをしようか、豐島とよしまを追出おひだす口實こうじつにもなるし、それにお靜しづと手てを切きるに都合つがふもよしと思おもひ、そろ〳〵安下宿やすげしゆくの捜索さうさくを初はじめた。或日あるひも散步さんぽを兼かねて宿やどを捜さがすつもりで、電車でんしやに乗のつたが、思おもひがけなく向側むかうがはに小山こやまがゐて、突如だしぬけに、「君きみ大變たいへんへんな事ことが出來できてね」と、目めを据すゑ口くちを尖とがらせて云いつた。
「そうか」と、私わたしは何なにを仰山げふさんさうにと心こゝろでは思おもつてゐた。
「徒士町おかちまちの美人びじんが二人ふたりともゐなくなつたよ、あの家うちで聞きいても何處どこにゐるか分わからないんだ、それに役所やくしよへも行いかんらしいよ、餘程よほど變へんだよ」
「だが君きみに知しらせんとは不思議ふしぎだね、嫌きらはれたのか」
「何どうだかね、此頃このごろ聞きいたのだが、姉あねの方はうは隨分ずゐぶん曰いはくのある奴やつで、色いろんな男をとこに關係くわんけいしてたやうだがね」
「君きみもその一人ひとりぢやないか」
「だつて僕ぼくあ少すこしも金かねを費つかはんからいゝさ」と、恍とぼけた顏かほをする。
「加瀨かせも失望しつばうしてるだらう」と、私わたしは加瀨かせの悄氣しよげた樣子やうすを想像さう〴〵して冷ひやゝやかに笑わらつた。
「いや、あの男をとこはそうでもない、あんな女をんなは幾いくらもあらあと澄すましてゝ、此頃このごろは頻しきりに品川しながはの鳥屋とりやへ通かよつてるよ」
と、云いつて、大聲おほごゑで笑わらつて電車でんしやを下おりた。
私わたしはお樂らくの行衞ゆくゑ不明ふめいを愉快ゆくわいにも感かんじたが、又また何處どこへ行いつて何なにをしてゐるか知しりたくも思おもつた。壓をさへがたき一種しゆの好奇心かうきしんに驅かられて、わざ〴〵徒士町おかちまちの舊宅きうたくを訪たづねたが、妻君さいくんは猜疑さいぎの目めで私わたしを見みて、「存ぞんじません」と卒氣そつけない返事へんじをして、取とりつく島しまもない。その中うち私わたしは僅わづかの家財かざいを賣拂うりはらつて、こつそり﹅﹅﹅﹅市いちケ谷やの下宿げしゆく屋やへ移うつつた。豐島とよしまは別べつに不平ふへいも云いはず空からつぽの古行李ふるかうりと古机ふるづくゑとを持もつて出でて行いつた。豐島とよしまには離はなれ、止やむを得えぬ些少させうの借金しやくきんは片付かたづき、お靜しづには住所じうしよも知しらせねば、向むかうから訪たづねることも途絕とだえ、私わたしは以前いぜんの如ごとく靜しづかな日ひを送おくり、只たゞ小山こやまとのみ往來わうらいして、加瀨かせの噂うはさ世よの靑年せいねんの消息せうそくを語かたり合あつては冷ひやかしたり嘲あざけつたりして喜よろこんでゐた。箱崎町はこざきちやう通がよひも元もとの通とほり。
平坦へいたんな日ひが暮くれて平坦へいたんな夜よが明あける。煙草たばこを吸すひ湯ゆを呑のんで幾いく時間じかんを過すごすことも多おほい。痴鈍ちどんな長沼ながぬまの目めにも私わたしが不思議ふしぎに見みえたのか或日あるひ敎員室けうゐんしつで、
「君きみは田舎ゐなかに家いへがあるんだから、敎師けうしなんかしないで、田舎ゐなかに歸かへつたらいゝぢやないか」と眞面目まじめでいつた。
「僕ぼくは田舎ゐなかを思おもひ出だしてもぞつ﹅﹅とする、これで東京とうきやうに居をればこそ、誰だれが死しなうと病わづらはうと、犬いぬや猫ねこと同樣どうやうに見みてゐられるんだが、田舎ゐなかはそういかんからね」