WeRead Powered by ReaderPub
何處へ cover

何處へ

Chapter 5: (二)
Open in WeRead

About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

はなしてんじ、「で、きみ此頃このごろ箕浦みのうらつたか」と何時いつ長々なが〴〵かされる無味むみ生活談せいくわつだん金錢論きんせんろんけやうとする。

「むん昨日さくじつ見舞みまひにれたがね、ふとれいとほおほきな人生問題じんせいもんだいろんじてる。讀書どくしよさかんにやつてるやうだし、此頃このごろなが論文ろんぶんいてるさうだ、いづれきみところへでも持込もちこむだらう、しかしね、ぼくふんだが、箕浦みのうらなんかは己惚うぬぼれぎる、人生じんせいがどうの宇宙うちうがかうのと、人間にんげん誤託ごたくならべるのは、ほどらずのきよくだ、獨身どくしん親爺おやぢすねでもかじつてるうちは、そんなこと道樂どうらくにしてゐられやうがね、家庭かていでもくつて、一人前いちにんまへ人間にんげんになると、そんなこと馬鹿々々ばか〴〵しくて問題もんだいにもならんさ」

と、多少たせう活氣くわつきびてろんずる。健次けんじ微紅うすくれなゐ艶々つや〳〵したほうえくぼせ、れのなが目尻めじりしわせ、

「はゝゝゝ、めづらしくきみ名論めいろんくね、しかし箕浦みのうらはコツ〳〵根氣こんきよく學問がくもんつゞけてるし、文章ぶんしやう上手じやうずになつたぢやないか、感心かんしんだよ」

いま肺病はいびやう惱病なうびやうになるのがちだ」と、織田おだすましてゐる。

「いや博士はかせぐらゐにやなれらあ」と、健次けんじ皮肉ひにくつて、「だが箕浦みのうらきみいもとれてるよ」と、すこ乗出のりだして、こゑひくくする。

馬鹿ばかなことを」と、織田おだしまりのない大口おほぐちけて、ハツ〳〵とわらふ。

「うんにやれてる、きみにやどうだか、ぼくには一もく瞭然れうぜんよ」

「さうからん」

「さうだとも、それにねきみシスターのラブしてるをとこがある」

「え、本當ほんたうかいきみ虛言うそだらう、きみはよくいろんなことをつて、ぼく調戯からかふからいかんよ、本當ほんたうなら相手あひてれだかかせてたまへ、ぼくも一主人しゆじんだから、あれうへについても責任せきにんがあるんだもの、間違まちがひのないやうに警戒けいかいしなくちやならん」

「いくら警戒けいかいしたつて駄目だめさ、歲頃としごろをんな色氣いろけづくのは當然たうぜんぢやないか、で、相手あひてわかつたらどうする、シスターはしらにでもしばりつけるかい」

きみ、そんな馬鹿ばか眞似まねをするものか、ぼくなにさ、むかうが相當さうたうをとこだつたら正式せいしき結婚けつこんさすし、不相當ふさうたうをとこだつたらおもらせる」

成程なるほどわけわかつた兄樣にいさまだ、何處どこおやだつてそれと同樣どうやうことまをします」

「だつて主人しゆじん義務ぎむとしてそれが當然たうぜんぢやないか、きみならどうする」

ぼくなら放任はうにんしとかあ」

馬鹿ばかな、きみ箕浦流みのうらりう空論家くうろんかだね」

「ふゝん、ぼく箕浦みのうらとは一にならんぜ、むかさまほんをどつさりいてるから貫目かんめがあらあね」

きみ氣樂きらくことばかりつてるが、ぼく何時いつ確信かくしんしてる、人間にんげんえうするにぼくのやうにならにや虛言うそだ、おそかれはやかれきみなどもおなみちちてるんだ」

健次けんじはぞつと寒氣さむけがして、おもはず火鉢ひばちかざし、織田おだかほ見詰みつめ、「おたがひにきみ道連みちづれになつて、テク〳〵あるきで、電信柱でんしんばしらでもかぞへてくんだね、大通おほどほりの左側ひだりがはあるいてりや、自然しぜん日本橋にほんばしられる」

きみ戯言じやうだんして、いまはなしの相手あひてれだい、一たいむかうのをとこいもとおもつてるんかい」

「さあ、どうだかね、よくらんよ」

たれだらう」と、頰杖ほゝづゑついて、眞面目まじめかんがへてゐる。

健次けんじ人差指ひとさしゆびでテーブルをちながら、「さき左程さほどにもおもやせぬ」と小聲こごゑうたつてゐたが、きふなにをかかんじて、ひたひしわせ、邪慳じやけん煙草たばこ吸口すゐくちした。

織田おだおもあぐんでおもてげ、「きみ不斷のべつ煙草たばこつてる、どくだよ」

どくだつていゝさ」と、健次けんじ吸殻すゐがらし、「ぼく阿片あへんつてたくてならん、あれをふと、身體からだがとろけちやつて、金鵄勳章きんしくんしよう壽命じゆめいらなくなるさうだ、阿片あへんだ〳〵あれにかぎる」

と、ひとりで合點がてんしてゐる。それが戯語じやうだんともおもへず、しんからかんじてるやうなので、織田おだほそまるくして、

「よくそんなくだらぬこと眞面目まじめかんがへてるね、阿片あへんでなくつたつて快味くわいみかんずるものいくらもあるぢやないか」

「さうかね、ぼくはこれほど煙草たばこを吸すつてゝも、しんうまいとおもつたことは一もないよ、さけだつてさうだ、ビフテキだつてさうだ、一寸ちよつとしたさきうまいとおもつても、染々しみ〴〵と五たいがとろけるほど快味くわいみかんじたことがない。どうも物足ものたらんね、それで何時いつおもふんだ、何處どこ世界せかいすみつこに最上さいじやう珍味ちんみひそんでるにちがひない、ぼくはそいつをさがしたい、で、いまもそれをかんがへてたんだが、あるひはその珍味ちんみ阿片あへんぢやないからん、阿片あへんすと、なんにもへられんちうぢやないか」

馬鹿ばかな」と、織田おだ一口ひとくちしりぞけて、「まだうま料理れうりはんから、そんなことつてられるんだ、櫻木さくらぎとりなんかべてて、うまものがないなんて廣言かうげんする權利けんりはないよ」と、天麩羅てんぷらうなぎ椀盛わんもりなどの名代なだいいへかぞげ、諄々じゆん〳〵とその說明せつめいをし、「近々ちか〴〵長編ちやうへんやくして仕舞しまつたら、藏田屋くらたやでもおごるよ」

健次けんじ苦笑にがわらひして、「いづ御馳走ごちそうにならうよ」と立上たちあがり、「もう十だ、かうか」と、勘定かんぢやうませてそとた。あめ稍々やゝ小降こぶりになつたが、みちくらかぜつめたく、健次けんじとき元氣げんき引變ひきかへ、かさ兩手りやうてつて、ぶる〳〵とふるへたが、織田おだまへおなじく泰然自若たいぜんじじやくかずさわがず、長靴ながぐつ踏占ふみしめ〳〵電車道でんしやみちむかふ。

(二)

健次けんじうち御行ごぎやうまつ右手みぎてて、暗闇くらやみには危險きけんみちを一ちやうばかりはいつたまがかどにある。土藏付どぞうつきで、せまいながらもにはもあり周圍しうゐたか板塀いたべいとりかこみ、可成かなりの物持ものも住宅じうたくられるが、そのじつ屋根やねこははしらかたむき、大雨おほあめには臺所だいどころかさをさゝねばならぬ有樣ありさま本當ほんたうならすみからすみまで大修繕だいしうぜんほどこさねばならぬので、近所きんじよ差配さはいなども見兼みかねて、たのまれもせぬに家屋敷いへやしき檢分けんぶんして、「はやをおれなさらなくちや御損ごそんですぜ、なんならわたくしがお引受ひきうけして、見積みつもりをてゝませう」と注意ちゆういするが、健次けんじちゝは「近々きん〳〵どうかしよう」とつて、べつこゝろけるふうはない。健次けんじはやくから「こんな陰氣いんきふるびたいへはうりはらつて、やまへでも引越ひつこしたはうがよからう」とすゝめ、はゝ全然ぜんぜん同意どういして、せめて此家こゝ修繕しうぜんして他人ひとし、自分逹じぶんたちぢんまりした借家しやくやまつたはういくらいゝかれぬ。だい一こんなひろうちにゐては、世間せけんから有福いうふくられて、なにかと取上とりあげられる金高きんだかおほくて不輕濟ふけいざいではあるしとくが、おだやかなちゝもこればかりはぐわんとして聞入きゝいれぬ。おれは此家こゝいき引取ひきとるつもりでしてたのだから、けつしてほかへは移轉いてんせぬ。それに借家しやくやいやだとふ。れには借家住しやくやずまひは不見識ふけんしきだというがあるのだ。

菅沼家すがぬまけ微祿びろくではあつたが、旗本はたもと家柄いへがら健次けんじちゝは十四五のころ維新いしん渦中くわちう浮沈ふちんして、多少たせう辛苦しんくめた。そののち生活せいくわつにはなやんで、つひに四こくしう郵便局いうびんきよくにも二三ねんづゝつとめ、いま多少たせう榮逹えいたつして會計檢査院くわいけいけんさゐん奉職ほうしよくしてゐるが、五十五さい老朽らうきうで、地位ちゐ安固あんこではなく、長官ちやうくわんのお慈悲じひもとみやくをつないでゐる。俸給はうきふ左程さほどおほくはない。それに健次けんじしたをんな二人ふたり支出しゝゆつ容易よういではないが、れはあまりくよ〳〵﹅﹅﹅﹅ふうはなく、每晚まいばん晚酌ばんしやくがふ陶然たうぜんとして太平樂たいへいらくならべる、健次けんじ一人前いちにんまへをとこになつたし、むすめ二人ふたりとも容色きりやうはよし、おれはまだ〳〵おはかはい心配しんぱいはなし、これからがおれのなかだ、健次けんじよめもらつてやり、姉娘あねむすめでも片付かたづけたら、おれはだい一に役所やくしよめて隱居いんきよをする。恩給おんきふさがるし心掛こゝろがゝりはないから、うんときなことをしてあそべるんだが、おれは物見遊山ものみゆさんはせん、差詰さしづめ馬術ばじゆつ稽古けいこがしたいな。全體ぜんたい子供こどもときからうまきで、馬術ばじゆつ逹人たつじんになるつもりだつたが、かはつて算盤そろばんばかりつてた。しかしこれからやる。自分じぶんよくといつてはほかなにもないが、一つうまだけはつてたいと、この老人らうじんうまはなしになると夢中むちうになつてる。

先祖せんぞ馬術ばじゆつ名人めいじんがあつたとかで、その秘傳ひでん卷物まきものきりはこはいつて、土藏どぞう保存ほぞんされてゐる。これと一れう甲冑かつちうと一ふり無銘むめい刀劍とうけんとが一寶物はうもつ老人ろうじん自慢じまんたねだ。よろひまばらにほしのついてる古色蒼然こしよくさうぜんたるもので、鎌倉時代かまくらじだいさくかたな國弘くにひろさくだらうとふ。そして老人らうじん每年まいねん元日ぐわんじつには此等これら寶物はうもつとこかざり、家族かぞくあつめて禮拜れいはいし、三方みかたはら合戰かつせん以來いらい祖先そせん武勇ぶいうだんじ、このよろひかたなこもつてる精神せいしんわすれてはならぬとかせ、ひとりでよろこんでゐる。

健次けんじ少年時代せうねんじだい此等これら武具ぶぐ興味きやうみかんじて、ちゝ留守中るすちうひそかに土藏どざうしのみ、うるしげた鎧櫃よろひびつけて、むかし戰爭せんさう連想れんそうし、あるひ兩腕りやううで力瘤ちからこぶしてよろひもちまはつてうれしがつてゐた。ことかたな大好だいすきで、恐々おそる〳〵きはなち、喰締くひしばひとみゑて、そのえたひかり見詰みつめてはかんたれることがおほい。かたな武士ぶしたましひだとはちゝからも屢屢しば〴〵をしへられ、自分じぶんでもこの家傳かでん寶刀ほうたうごとに、ためにはいとはぬ、如何いかなる苦痛くつうをもしのぶ、はづかしめらるればすなどのかんじが、その明晃々めいくわう〳〵たる切尖きつさきかられのはらわたむやうであつた。性質せいしつちゝとは餘程よほどちがつてかんつよく、はゝ故鄉こきやうれの生地しやうちたる丸龜まるがめ尋常小學じんじようせうがくまなんだころも、試驗しけん成績せいせきひとおとると口惜くやしくてねむれぬといふほどであつたが、東京とうきやう學校がくかうかよふことゝなつては、ことにこのかんがへがひどい。そのため學課がくくわ復習ふくしふはげむのみならず、身體からだ訓練くんれんをもつとめた。やせつぽちとあざけられるのも無念むねんである、年嵩としかさ學生がくせいうでづくで意地いぢめられるのもつらし、腕力わんりよくやしな筋肉きんにく發逹はつたつさせねばならぬと、寒中かんちうシヤツ一まい木刀ぼくたうふるつたこともある。力試ちからだめしだといつて二人ふたりいもとざるれてになひ、ひつくりかへつてきづをつけたこともある、はゝからは惡戯いたづらぎるとしかられたが、れには惡戯いたづらでもなぐさみでもないのだ。おさなこゝろにも自分じぶん脆弱ぜいじやく體質たいしつなさけなく、先々さき〴〵あんじられてゐたので、外目よそめには滑稽こつけいともえる體格たいかく修養しうやうも、自分じぶんにはもつと眞面目まじめ行爲かうゐであつたのだ。しかし生來しやうらい體質たいしつかはりやうがない。それで度々たび〳〵はゝむかつて、