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Chapter 50: (十三)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

語調ごてうするどかつたのか、長沼ながぬまわたし見上みあげて呆氣あつけられてゐたが、

ぼくはまだ老人らうじんでもないが、生活くらしちや田舎ゐなか引込ひつこんで氣樂きらくおくりたいとおもふ、きみたち都會とくわいにゐたがるのは、まだ一苦勞くらう經驗けいけんせんからだ」

十八番おはこはじまつたね」

と、わたしれい敎員けうゐん尻目しりめにかけた。長沼ながぬま腕力わんりよく俸給ほうきう智識ちしきわたしおよばぬが、たゞ年齡ねんれいおいて一じつちやうがあるので、どうかすると、「きみわかいからねえ」とか「まだ經驗けいけんらんから」とかつて、わづかにあはれなる自己じこ主張しゆちやうしてゐる。

わたし或時あるとき長沼ながぬまのためにあらそつた。校長かうちやうれを無能むのうとして排斥はいせきしかけたのをさへぎり、れのためこぶしにぎいからせて辯護べんごした。わたし意見いけんもちひられて無事ぶじおさまつたが、返事へんじ次第しだい校長かうちやう毆打おうだせんとまで息込いきごんだのだ。長沼ながぬまわたし俠骨けふこつよろこび、下宿げしゆくなみだながらに感謝かんしやした。しかしわたしふか同情どうじやうかられを擁護えうごしたのではなくて、たゞまぐれにぎぬのであつた。退屈たいくつさましのたはむれにぎぬのであつた。

(十三)

或日あるひ小山こやまはようやく「おらく住所じうしよわかつた」と、さもほこがほわたしげた。

何處どこにゐる」

しばこくまち二十三番地ばんちさがすのにこまつたよ、學校がくかうつてたそうだがね、いまはそれどころぢやない。大變たいへんこまつてる、なんでもあねわるをとこひつかゝつたので、いもうと貯金ちよきんまでしぼられたらしいよ、それであねいもうとはなれて何處どこかへつて、おらく一人ひとりきのなみだらしてらあ、いゝ氣味きびさ、ぼくだましやがつた天罰てんばつだ」

加瀨かせ保護ほごしてれるだらう」

「なあに、加瀨かせはもう結婚けつこん準備じゆんびせわしいから、おらくのことはわすれてる」

「さうか、相手あひてれだ」

「おくすぼく從姉いとこだ」

「ぢや加瀨かせきみとは親類しんるゐになるんだね」と、わたしはおくすのブク〳〵ふとつた身體からだとおチヨボぐちおもうかべながら、

加瀨かせ方々ほう〴〵いであるいたが、つまりは手近てぢかところあはすんだね、」

叔母をば不賛成ふさんせいだつたが、まあ輕便けいべんでいゝさ」

と、小山こやま利害りがい相關あひくわんせずとつたふうだ。

そのわたし久振ひさしぶりで加瀨かせ手紙てがみおくつた。

「もう結婚けつこんするさうだね、お目出度めでたう御披露ごひろうせつぼくまねいてたまへ、吉例きちれいうたひくらゐうたはうよ、かくきみうらやましい、徴兵ちやうへい檢査けんさむと、苦情くじやうはずに結婚けつこんする、やがてまれるだらう、やがてきみかほしわ出來できるだらう、」

加瀨かせからの返書へんしよほゞ一尋ひとひろもあつた。つゝしんだ手跡しゆせきで、さもかんがへたらしい文句もんく滿ちてゐた。そのうち

結婚けつこん以前いぜんには、わかいをんなこと〴〵ぼくたいしてこびていしてゐるやうにおもはれたが、女房にようぼきまつてからは、全然まるで態度たいどが一ぺんしたやうにかんぜられる。ひとみそこはうひやゝかにわらひながら、おまへさんはもう駄目だめですよ」とつてゐる。におれが女房にようぼもらつたかどうだか、らずの世間せけんをんなわかわけがない、所爲せいだと安心あんしんしてるが、矢張やはりり『駄目だめだ〳〵、白羽しらは東片町ひがしかたまち屋根やねうへ』とつてゐて相手あひてにしない」と文句もんくがあつて、をはりに「きみよ、こひすべし、結婚けつこんすべからず」と、世路せろいたひとひさうな文句もんくえてゐる。

わたしかへつれに飜弄ほんろうされたやうにかんじてヂレた。れは何時いつまでも太平たいへいである。だうらく仕事しごとをして道樂だうらく逹觀たつくわんしたやうな皮肉ひにくつて、そして道樂だうらくこひをし結婚けつこんもしてゐる。

で、このときれを冷笑れせうする勇氣ゆうきもなかつた。そしてこの一二三年來ねんらい反抗心はんこうしんえて、なんとなく人懷ひとなつかしくなつた。

今朝けさからの梅雨つゆ夕立ゆふだち模樣もやうになつて、むかひの屋根やねには水煙みづけぶりて、はげしいおと降濺ふりそゝいでゐるのにおそれず、宿やど飛出とびだした。小山こやま氣樂きらくはなしきたいのでもなく、おしづあをかほたいのでもなく、たゞ一圖いちづ豐島とよしまひたくなつた。れのうるんだたい、れの情熱じやうねつ言葉ことばきたい。


  正宗           定價六拾錢
     著  紅塵(三版)
  白鳥           郵稅八錢

明治四十一年十月十八日印刷   何處へ奧付
明治四十一年十月廿五日發行     定價八拾五錢
        著作者  正宗白鳥
         東京市麹町區飯田町六丁目廿四番地
  不 許   發行者  西本波太
         東京市小石川區久堅町百〇八番地
  複 製   印刷者  山田英二
         東京市小石川區久堅町百〇八番地
        印刷所  博文館印刷所
     ——————————————————
        東京市麹町區飯田町六丁目二十四
 發行所        易 風 社
             振替口座一二〇三四番

Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)

原文 珈珈店こーひーてん(p. 3)

訂正 珈琲店こーひーてん

原文 良體からだ(p. 4)

訂正 身體からだ

原文 「如何いかにして(p. 5)

訂正 如何いかにして

原文 あらあね」、(p. 13)

訂正 あらあね」

原文 微錄びろく(p. 17)

訂正 微祿びろく

原文 武具ぶく(p. 18)

訂正 武具ぶぐ

原文 ほとんど(p. 23)

訂正 ほとんど

原文 言葉ことばた(p. 25)

訂正 言葉ことば

原文 被入いらつらやる(p. 29)

訂正 被入いらつしやる

原文 わわし(p. 30)

訂正 わたし

原文 かべはは(p. 31)

訂正 かべには

原文 しばららく(p. 34)

訂正 しばらく

原文 外戶そと(p. 38)

訂正 戶外そと

原文 はじめて間(p. 39)

訂正 はじめの間

原文 たゝへ(p. 40)

訂正 たゝ

原文 いて(p. 44)

訂正 いて

原文 ほどでもないだけど(p. 45)

訂正 ほどでもないんだけど

原文 あづけんのです(p. 45)

訂正 いただけんのです

原文 面白おもしはい(p. 45)

訂正 面白おもしろ

原文 きいてゝても(p. 48)

訂正 きいてゝも

原文 たくなつたの」。(p. 49)

訂正 たくなつたの」

原文 おりなさいな」。(p. 49)

訂正 おりなさいな」

原文 ふですか(p. 51)

訂正 ふのですか

原文 出入しゆつにい(p. 52)

訂正 出入しゆつにふ

原文 健次けんじなどか(p. 52)

訂正 健次けんじなどが

原文 まぬかれる(p. 53)

訂正 まねかれる

原文 一寸ちよと(p. 53)

訂正 一寸ちよつと

原文 さだる(p. 64)

訂正 さだまる

原文 こゑをかける、(p. 65)

訂正 こゑをかける。

原文 月初つきはじで(p. 67)

訂正 月初つきはじめで

原文 ならべるか(p. 67)

訂正 ならべるが

原文 記行きこう(p. 68)

訂正 紀行きこう

原文 もららした(p. 70)

訂正 らした

原文 ひどいは(p. 74)

訂正 ひどいわ

原文 如何どうにして(p. 74)

訂正 如何いかにして

原文 つてゝ(p. 81)

訂正 つてつて

原文 そのたくて(p. 83)

訂正 そのたく

原文 あがかるか(p. 84)

訂正 がるか

原文 なにだか(p. 86)

訂正 なんだか

原文 あにさん(p. 86)

訂正 にいさん

原文 主婦しうふ(p. 89)

訂正 主婦しゆふ

原文 御馳走ごちさうなんか(p. 89)

訂正 御馳走ごちそうなんか

原文 叙情的じよじやうきて(p. 90)

訂正 叙情的じよじやうてき

原文 氣心きこゞろ(p. 91)

訂正 氣心きごゝろ

原文 やがで(p. 94)

訂正 やがて

原文 それには(p. 95)

訂正 それにね

原文 つゞけてやつけば(p. 96)

訂正 つゞけてやつてけば

原文 うたへる(p. 96)

訂正 うつたへる

原文 起上おきあつた(p. 99)

訂正 起上おきあがつた

原文 つぶやいた(p. 101)

訂正 つぶやいた

原文 滅入めついつた(p. 101)

訂正 滅入めいつた

原文 はなを(p. 103)

訂正 はなし

原文 躊躇ちうよよ(p. 106)

訂正 躊躇ちうちよ

原文 以前いせん(p. 107)

訂正 以前いぜん

原文 つてる(p. 108)

訂正 うつつてる

原文 焦慮ぢれで(p. 108)

訂正 焦慮ぢれ

原文 終始しゞう(p. 111)

訂正 終始しゆうし

原文 あざいて(p. 111)

訂正 あざむいて

原文 はたく(p. 112)

訂正 はたら

原文 女供をんなども(p. 115)

訂正 女共をんなども

原文 土古耳とるこ(p. 117)

訂正 土耳古とるこ

原文 なんんだつて(p. 117)

訂正 んだつて

原文 「ほそく(p. 119)

訂正 ほそ

原文 駄目だめだ」。(p. 120)

訂正 駄目だめだ」

原文 かんへて(p. 123)

訂正 かんがへて

原文 あにさん(p. 125)

訂正 にいさん

原文 身分じぶん(p. 129)

訂正 自分じぶん

原文 麥酒て《びーる》(p. 132)

訂正 麥酒で《びーる》

原文 しきみ(p. 133)

訂正 しきゐ

原文 あほくて(p. 135)

訂正 あをくて

原文 縦橫無盡じゆうわうむじゆん(p. 135)

訂正 縦橫無盡じゆうわうむじん

原文 しやく(p. 139)

訂正 しやく

原文 兩手れうて(p. 140)

訂正 兩手りやうて

原文 詮方せんたか(p. 141)

訂正 詮方せんかた

原文 うたたれる(p. 143)

訂正 たれる

原文 入被いらつしやい(p. 146)

訂正 被入いらつしやい

原文 甲裴かひ(p. 150)

訂正 甲斐かひ

原文 こはうであしてね(p. 155)

訂正 こはうごあしてね

原文 がれれ(p. 155)

訂正 せがれ

原文 ずりんて(p. 159)

訂正 ずりんで

原文 で(p. 162)

訂正 

原文 ちがつたものんだね(p. 164)

訂正 ちがつたものだね

原文 言葉ことばすくない(p. 168)

訂正 言葉ことばすくなに

原文 突込つきこみ。(p. 168)

訂正 突込つきこみ、

原文 堆積せきたい(p. 171)

訂正 堆積たいせき

原文 二十歲はなち(p. 178)

訂正 二十歲はたち

原文 にぎやがた(p. 181)

訂正 にぎやかだ

原文 られるぞ」。(p. 187)

訂正 られるぞ。」

原文 くし(p. 187)

訂正 かく

原文 見廻みまはず(p. 189)

訂正 見廻みまは

原文 くて(p. 190)

訂正 だるくて

原文 んだか(p. 193)

訂正 んだが

原文 あかるるく(p. 193)

訂正 あかるく

原文 大床胡おほあぐら(p. 201)

訂正 大胡床おほあぐら

原文 ながめめて(p. 202)

訂正 ながめて

原文 ひろつた(p. 203)

訂正 ひろつた

原文 吉公きちまつ(p. 204)

訂正 吉松きちまつ

原文 口眞似にちまね(p. 209)

訂正 口眞似くちまね

原文 さきき(p. 209)

訂正 さき

原文 逹公たつこうな(p. 210)

訂正 逹公たつこう

原文 かほか(p. 211)

訂正 かほ

原文 ひまがあれが(p. 211)

訂正 ひまがあれば

原文 かせます(p. 216)

訂正 かせます。

原文 むすめさんか(p. 224)

訂正 むすめさんが

原文 どうでず(p. 227)

訂正 どうです

原文 げた(p. 230)

訂正 けた

原文 貴下方あなたがたも(p. 231)

訂正 「貴下方あなたがた

原文 世態話しよたいばはし(p. 235)

訂正 世態話しよたいばなし

原文 こまつて(p. 235)

訂正 こまつて

原文 つだけても(p. 240)

訂正 つだけでも

原文 すゝめた(p. 243)

訂正 すゝめた

原文 あふせつかたつて(p. 246)

訂正 あふせつかつて

原文 尊敬そんけいしてるんでず(p. 247)

訂正 尊敬そんけいしてるんです

原文 ぼくも(p. 255)

訂正 「ぼく

原文 きかけゐる(p. 256)

訂正 きかけてゐる

原文 後園こうえん(p. 256)

訂正 公園こうえん

原文 それ白面おもしろもからう(p. 259)

訂正 それも面白おもしろからう

原文 渦中くわちうゆ(p. 259)

訂正 渦中くわちゆう

原文 える(p. 264)

訂正 える

原文 て、自分じぶんは(p. 264)

訂正 で、自分じぶん

原文 山吹町《やまぶしちやう》(p. 266)

訂正 山吹町《やまぶきちやう》

原文 はじある(p. 274)

訂正 はじめる

原文 取立とりてて(p. 279)

訂正 取立とりた

原文 自身じゝんには(p. 279)

訂正 自身じゝん

原文 のこをとこ(p. 281)

訂正 このをとこ

原文 そだけて(p. 281)

訂正 そだげて

原文 險幕けんまく(p. 282)

訂正 劍幕けんまく

原文 こもつてるのでもないか、(p. 282)

訂正 こもつてるのでもないが

原文 にらみつけてゐたか(p. 284)

訂正 にらみつけてゐたが

原文 散步さんぽしていらしつたんですが(p. 284)

訂正 散步さんぽしていらしつたんですか

原文 あざげつてる(p. 286)

訂正 あざけつてる

原文 梅雨つゆて(p. 291)

訂正 梅雨つゆ

原文 いて(p. 297)

訂正 いで

原文 持上もちあけて(p. 300)

訂正 持上もちあげて

原文 かねたか(p. 302)

訂正 かねだが

原文 おそばれて(p. 302)

訂正 おそはれて

原文 門札もんさつか(p. 312)

訂正 門札もんさつ

原文 加瀨せせ(p. 314)

訂正 加瀨かせ

原文 さんだ(p. 315)

訂正 さんざ

原文 御存知ごぞんじじなんですね(p. 319)

訂正 御存知ごぞんじなんですね