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何處へ

Chapter 6: (三)
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About This Book

A collection of short narratives observing everyday life with quiet irony and psychological acuity. Episodes range from rainy nocturnal street encounters and modest restaurant interiors to household caretaking, money worries, and spirited conversations, with emphasis on conversational detail and inward reflection. Recurring concerns include youth and aging, social manners, and the small compromises that shape relationships, while moments of wry humour alternate with sombre introspection. The pieces favor closely drawn scenes and social observation over extended plot, offering compact studies of character and mood.

何故なぜぼくをこんなちつぽけな身體からだみつけたんです」

なじり、なみだをこぼしたことさへあつた。そのくせ友逹ともだちあひだると、「せてゝもおれはつよいぞ」とりきんで、喧嘩けんくわをしかけられてげることはない。或日あるひ餓鬼大將がきだいしやうなぶられたとき、ナイフでりつけて、相手あひておどろかしたこともある。

としるにしたがつて、戶外遊戯こぐわいいうぎめて、勉强部屋べんきやうべや閉籠とぢこもり、課業外くわげふぐわい雜書ざつしよをも渉獵あさるやうになり、最早もはや體質たいしつ苦勞くろうはしなくなつた。で、中學ちうがくから高等學校かうとうがくかう順序じゆんじよんですゝんだが、一財政ざいせいからいふと、それだけでも容易よういではなく、とても大學だいがく卒業そつげふするのぞみはなかつた。しかるに健次けんじ學生がくせい對當たいたう交際かうさいもして、べつすぼらしくもなく、文科ぶんくわ英文學えいぶんがくへることの出來できたのは、一に桂田かつらだ文學博士ぶんがくはかせ助力じよりよくるのだ。桂田家かつらだけ菅沼家すがぬまけとはむかしから緣故えんこふかうへ博士はかせ健次けんじ學才がくさいみとめたためである。

大學だいがくねん生活せいくわつ健次けんじ頭腦あたま非常ひじやう變化へんくわきたした。もと法科はふくわはいりたいもあつたのを、桂田かつらだとの關係かんけいから文科ぶんくわきまつたので、入學後にふがくごこゝろまよふ。自分じぶん素質そしつからいつても學者がくしややすんじてゐられさうぢやない。多量たれう書物しよもつんで一せうおはる、くだらないぢやないか、それよりも政治家せいぢかにでも實業家じつげふかにでもなつて、自分じぶんかんがへ具體的ぐたいてきまへあらはれるをきた人間にんげんきた事件じけん動搖どうえう起伏きふくせつするはう面白おもしろくはないかとおもふこともあつたが、さりとてだんじて一をつてにもなれぬ。それに課業くわげふとしてまな哲學てつがく問題もんだい外國ぐわいこく詩歌しか小說せうせつ新刊しんかん雜誌ざつし雜著ざつちよみな過敏くわびん神經しんけい刺激しげきして、妄想もうそうがない。制服せいふく制帽せいぼうけ、博士はかせ夫人ふじん恩賜おんし紅梅こうばいらした水色みづいろ風呂敷包ふろしきづゝみいだき、兩手りやうてをポツケツトにれ、大學だいがく裏門うらもんから上野うへのけて、根岸ねぎし古屋ふるやかへあひだれは妄想もうそうみち辿たどつてゐたのだ。單調たんてうみちにはいてしまつた。しかしれは一泣言なきごとつたことはない。人生じんせい寂寞せきばくとかを文章ぶんしよう にして雜誌ざつし寄稿きかうしたこともない。同窓どうそう瞑想家めいそうかからは淺薄せんぱくはれるほどあつて、飛花落葉ひくわらくえふたいして、深沈しめやかかんふけり、自然しぜん默示もくしたれるでもなく、友人いうじんにでもへば、きふしづんだこゝろ浮立うきたつて快活くわいくわつ談笑だんせう警句けいくしゆつ諧謔かいぎやく縱橫じうわう。クラスの集會しふくわい缺席けつせきすると、「菅沼すがぬまはどうした」と、衆口しうこうして遺憾ゐかんこゑはつするほどであつた。テニスもやる、玉突たまつきもやる、れはクラスの快男子くわいだんしとしてとほつてゐた。そして二年目ねんめ試驗前しけんぜん制服せいふく囚衣しういごとかんじ、引脫ひきぬいで自由じいうとならんとしたが、博士はかせ夫妻ふさい强硬きやうかう反對はんたいひ、そのとき恩人おんじんそむほど勇氣いうきもなく、ぐづ〳〵で卒業そつげふまで我慢がまんしたものゝ、成績せいせき圖拔づぬけてよくはなく、博士はかせ夫妻ふさい期待きたいそむいた。れのよは身體からだ長年月ちやうねんげつ學校がくかう生活せいくわつつかれ、最早もはや席順せきじゆん高下かうげあらそふの根氣こんきもなく、虛榮心きよえいしんせ、連中れんぢう卒業試驗そつげふしけん準備じゆんびてつしてるに、ひと球戯場たまやにゲームをあらそひ、あるひ牛屋ぎうやの二かい女中ぢよちう圍繞ゐぎようされてゐた。櫻木さくらぎ出入しつにふはじめたのも此頃このころからである。卒業後そつげふご博士はかせ推薦すゐせんで、中學ちうがく敎師けうしとなつたが、これは三月みつきばかりで辭職じしよく今日けふまで一ねんあまり雜誌ざつし記者きしやつとめてゐる。

(三)

大抵たいていいへとざし、暗闇くらやみ森閑しんかんとしたみちを、健次けんじ雜念ざつねんわづらはされ、俯首うつむいてコツ〳〵辿たどつてゐる。れは七歲で先祖せんぞ以來いらいのこのみやこかへつてより二十七さいいままでほとんど一にちもこのみちまぬことなく、つぶつてゝも、路次ろじ隅々すみ〴〵まで間違まちがへる氣遣きづかひはない。

そしてこの界隈かいわいものものき〳〵してゐる。ちゝ交番かうばんかどまでるとかたりるやうながするとふが、健次けんじ此處こゝまでかへると、あししぶつてあとひきかへしたくなる。れはいま織田おだわかれ、その長靴ながぐつおも次第しだいゆるをきながら、「阿片あへんみたい」を繰返くりかへした。他人たにんうまさうにふのをうらやましく、煙草たばこならつたが、自分じぶんには左程さほど甘味うまみもない。阿片々々あへん〳〵〳〵自分じぶん内々ない〳〵もとめてたものはあれだ、阿片あへんさへへばこのからなる極樂淨土ごくらくじやうどけるのだ。アルコールランプに點火てんくわし、長椅子ながいすうづめ、なが煙管きせるにほひをび、沈睡ちんすゐおちい支那人しなじんは、祖先そせん詩人しじん夢想むそうした無何有むかうさかひあそんでゐるのだ。阿片あへんぎに支那しなく。迦南かなん樂土らくど其處そこにありとおもはれる。

敎師けうししよく蓄音器ちくおんき鸚鵡あふむ役廻やくまはりだとかんじて、否應いやおうなしに辭職じしよくし、もつと活氣くわつきのありうごきのあるやくをとこゝろざし、現在げんざいしよくもとめたが、これも此頃このころいやで〳〵たまらぬ。どうせながくはつゞきはしない。いつそむかうから不勉强ふべんきようの爲め免職めんしよくると、あらたなるひらけさうだが、當分たうぶんそんなうんひてさうでない。だから明日あす桂田かつらだたづねて「現代げんだい思潮しちやう」とかなんとかの問題もんだいで、てきづくめの談話だんわ筆記ひつきしてなくちやならん。

あめはしよぼ〳〵ときもせずにつてゐる。電燈でんとうかゞやいてるある別邸べつていいぬ今夜こんやきもせずに生命いのちかぎてゝゐる。

健次けんじねむをして元氣げんきのない欠伸あくびをした。

先々月せん〳〵げつはじめ、殘暑ざんしよのまだきびしい時分じぶん西日にしびあた桂田かつらだ書齋しよさいで、長々なが〴〵しい文學論ぶんがくろん獨逸語どいつごやラテンまじりのあじのないたゞ六ケしい議論ぎろん筆記ひつきさせられ、浴衣ゆかた着流きながしでありながら、あせつかつてよはつたことがあつたが、そのとき下座敷したざしきからやはらかいピアノのきこえ、博士はかせ頑固かたくな言葉ことばひのけては、健次けんじみゝしのみ、はらわたまでとろかさうとした。そしてれの筆記ひつきしどろもどろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅みだれ、聞違きゝちが書誤かきあやまりのおびたゞしかつたのを、そのまゝ雜誌ざつしかゝげて博士はかせいかりにれたが、あのときほど博士はかせこわかほしてはげしい言葉ことばいたことはない。で、後々のち〳〵までも健次けんじみゝには、その音樂おんがくみついて、踏飽ふみあいたみちあゆんでるときなど、みゝそこでぴん〳〵ひゞいて、こゝろ異樣ゐやうかんじがおこる。

ピアノのぬし博士はかせ夫人ふじんうつくしい、櫻木さくらぎのおゆきうつくしい、織田おだいもとみにくゝはない。紅葉こうえふ綠雨りよくう小說せうせつ主人公しゆじんこうごとく、をんな生命いのちすべてなら、憧憬あこがれたり煩悶もだへたりわかさかりのいま時分じぶん、さぞこひいそがしいことであらうが、

「しかし自分じぶん箕浦みのうらぢやない」と、自分じぶんむねこたへた。そのこゑあざけつた自尊心じそんしんからたのであらうが、絕望ぜつばう調てうまじつてゐる。で、れは煙草たばこくはたもとからマツチはこ取出とりだしたが、マツチは一ほんもないので、舌打したうちしてはこげつけ、かさ持直もちなほしてさつさ﹅﹅﹅あるした。まへには自分じぶんいへ軒燈がすとうが、いまにもえさうにかすかにひかつてゐる。

れはあめふやけた﹅﹅﹅潜戶くゞりど兩手りやうてけ、なるべくおとのせぬやうに敷石しきいしつたひ、玄關げんくわんすみかさすと、はゝ雨戶あまどけてつりランプを差出さしだし、

「おや衣服きものがびしよれぢやないか、このえるのにそんなにれちやつては身體からだどくですよ」

と、氣遣きづかはしさうに健次けんじ見詰みつめてゐる。

今日けふはやかへはずでしたが、また友人いうじんさそはれておそくなりました、明日あす屹度きつとはやかへります」

と、はれぬまへ言譯いひわけしながら、足袋たびいで、爪先つまさき臺所だいどころあるいてき、あしそゝいだのち、そつと柄杓ひしやくからくちうつしに冷水れいすゐんだ。臺所だいどころにはたらひゑ、はしらつたはつたあめしづくがぽたり〳〵ちてゐる。

健次けんじ長火鉢ながひばちまへもどつて、着物きものいではゝから搔卷かいまきり、酒氣しゆき名殘なごりあたゝかいはだへにふはりとまとひ、きくした八ツはし略帶しごきやはらかめて胡座あぐらき、「なもうたんですか」と、隣室となりちゝ高鼾たかいびきいてゐる。

「あ、もう二時間じかんまへからてらあね、それにおとつさんは風邪氣かぜけだといつてね、お夕飯ゆうはんむとぐにおやすみさ」とはゝ戶締とじまりをして火鉢ひばちわきもどり、「おまへ織田おださんがおいでだよ、なに用事ようじがおありのやうで、大分だいぶつてゐなすつたがね」

「いや、織田おだにや途中とちうひました、親爺おやぢ病氣びやうきだとかつてた」

「さうだつてねえ、餘程よほどわるいんだつてねえ」とまゆひそめ、「織田おださんも大抵たいていぢやあるまいよ、稼人かせぎてはあのかた一人ひとりで、それで病人びやうにんなんか出來できてはね、……でも感心かんしんひとさ、一生懸命しやうけんめいはたらいてゐなさる」

なに、あのをとこ他人たにんおもほどにしちやゐないさ、呑氣のんき人間にんげんですもの」

「さうでもあるまいよ、厄介者やくかいものおほいんだから、うはそらぢやゐられないさ、おまへだつていまうちはどんなにしてゝもよからうがね、もうそろ〳〵先々さき〴〵ことかんがへなければね、おとつさんもくちばかりは元氣げんきがよくても、何時いつまでもお役所やくしよがよひも出來できまいし織田おださんのやうにおまへうち心棒しんばうになつておれでなくちや」と、なににつけてもおきまりの御敎訓ごけうくんはじまりかけたので、

「ですがね、おつかさん、織田おだ大木たいぼくなら心棒しんばうにでも大黑柱だいこくばしらにでもなるでせうが、わたしのやうなせつぽちぢやおやくちませんよ」と、健次けんじ如何いかにも無邪氣むじやきさうにわらつた。はゝ釣込つりこまれてあをかほわらひをうかべ、

馬鹿ばかひでない」とつたが、はなしうまれて、「そうへばねおまへうちかぶと大變たいへんいゝもの世間せけんるいすくないんだとさ、今日けふ古物こぶつ陳列會ちんれつくわいとかへすとね、たれだかかたて、大變たいへんめてゐなすつたつて、だからおとつさんも、あれほど世間せけんすのをいやがつてたくせに、今日けふかへるとそのはなしばかりして、大喜おほよろこびで被入いらつしやるんだよ、つたらば大變たいへんなおかねになるんだらうね、あんな薄汚うすきたなかぶとだけど」