「さうでせう、今いまは物好ものずきな人間にんげんが多おほいから、……買手かひてがあつたら早はやく賣うつたらいいでせう」
「でもね、お父とつさんは饑うえ死じにしても、先祖せんぞの寶たからだから人手ひとでにや渡わたさないつて、獨ひとりで力りきんでるんだから」
「まあお父とつさんはあれが生命いのちよりも大事だいじなんだからいゝさ」と、欠伸あくびをして、「今いまにお父とつさんの望のぞみが屆とゞいて、馬うまでも買かつたら、あの甲かぶとや鎧よろひを着きて刀かたなを差さして、この汚きたない家うちから手綱たづなを執とつて妖怪ばけもの退治たいぢにでも出でて行ゆくでせう、さうなるとお父とつさん萬歲ばんざいだが、何年なんねん先さきのことかなあ」
老母らうばは險けんのある目めで健次けんじを見みて、「お父とつさんやお前まへは何故なぜさう呑氣のんきなんだらう、私わたし一人ひとりにやきもき﹅﹅﹅﹅させといてさ」と、長煙管ながきせるをポンと邪慳じやけんに叩たゝくので、健次けんじは片膝かたひざ立たてて逃仕度にげじたくをし、
「呑氣のんきな者ものですか、お父とつさんは馬うまを買かひたくつて、腰辨當こしべんたうで齷齪あくせくしてるんだし、私わたしだつて、胸むねに苦勞くろうの絕たえたことはありやしない」と、眞面目まじめか戯言じやうだんか分わからぬ云いひやうをしたが、急きふに生眞面目きまじめになり、「一昨日おとつひの晚ばんにね、お母つかさん、私わたしは廣小路ひろこうじでお父とつさんに會あつたんですよ、向むかうでは氣きが付つかなかつたやうだが、私わたしが後あとから見みてると、あの蝙蝠傘かうもりがさを突ついて、馬丁べつとうと何なんだか話はなしをしてる。話はなしの筋すぢは分わからなかつたが、柳やなぎの木きに軍人ぐんじんの誰たれかの馬うまが繋つないであつて、お父とつさんがその馬うまから目めを離はなさずに見惚みとれてるんです。凡およそ十分間ぷんかんもして、お父とつさんは名殘惜なごろおしさうに振ふり返かへり〳〵して歸かへつて行いつたが、私わたしはそれをぢつと見みてゝね、その時ときばかりはお父とつさんに早はやく馬うまを買かつて上あげたいと思おもひました」と云いつて、立上たちあがつた。
母はゝは呆あきれた風ふうで見上みあげて、「直すぐお寢やすみかい」
「いや少すこし勉强べんきやうしてから寢ねませう、明日あすは八時じに起おこして下ください」
と、書齋しよさいに入はいると、母はゝは追馳おつかけて來きて、マツチを擦すつて手てづからランプを點火とぼし、「お前まへ、二圓ゑんばかり持もつてゐないかい、千代ちよの月謝げつしやだの何なんだので、私わたしの手元てもとに大變たいへん不自由ふじゆうしてるから」
と、低ひくい聲こゑで歎願たんがんする。健次けんじは無言むごんで、蟇口がまぐちからぐちや〳〵の札ふだを手渡てわたしして机つくゑに向むかつた。
書齋しよさいは土藏どぞう側わきの八疊じやうの室ま、家中かちうで最もつとも醜みにくくない部屋へやだが、それでも疊たゝみは茶色ちやいろをして所々ところ〴〵擦すりむけ、壁かべには斑點しみが出來できてゐる。小形こがたの本箱ほんばこが二つ並ならんで、健次けんじが中學ちうがく時代じだいからの敎課書けうくわしよや愛讀書あいどくしよが、ぎつしり詰込つめこまれ、プルタークの英雄傳えいゆうでん樗牛ちよぎう全集ぜんしふ透谷とうこく全集ぜんしふなどの背皮せがわの金字きんじが微かすかに見みえる、しかし此等これらの書物しよもつは微曇うすくもりの玻璃戶がらすどから引出ひきだされたことなく、机つくゑの上うへには新あたらしい經濟書けいざいしよが置おかれてゐる。
健次けんじは二三の郵便物いうびんぶつを手てに取とつたが、一つは箕浦みのうらからで、二三日中にちちうに會談くわいだんしたい、云いひたい事ことが山やまほどあると書かき、尙なほそれだけでは飽氣あつけないと見みえ、今月こんげつの諸雜誌しよざつしを讀よみ、何いづれも輕浮けいふなる文字もじの多おほきを悲かなしむ、我々われ〳〵は滔々たう〳〵たる弊風へいふうに感染かんせんせず、徒いたづらに虛名きよめいを求もとめずして眞面目まじめなる硏究けんきうを續つゞけたしと書かき添そえてある。又また一つは織田おだの妹いもとからの手紙てがみで、「秋あきの日ひ」だの「望のぞみの夜よ」だのゝ五六首しゆの歌うたを認したゝめて、雜誌ざつしへ出だして吳くれと切望せつぼうしてゐる。健次けんじは二つの手紙てがみを抽斗ひきだしへ入いれ、書物しよもつを擴ひろげて二三枚まい讀よんでゐたが、やがて投なげ出だして濃こい眉まゆをぴりゝとさせた。「箕浦みのうらの所謂いはゆる眞面目まじめなる硏究けんきうは五年前ねんぜんに過すぎ去さつたのだ」と、兩手りやうてで頭あたまを抱だいて目めを瞑つぶつた。すると歸宅きたくの途中とちうと同おなじい雜念ざつねんが湧わき上あがつて留とめ度どがない。天井てんじやうには鼠ねづみが暴あばれまはつて、時々とき〴〵チユツ〳〵と鳴聲なきごゑがする。一家か四人にんはすや〳〵と眠ねむつてゐるが、每夜まいよその寢息ねいきを聞きくぐらゐ彼かれに取とつて厭いやな氣きのすることはない。人中ひとなかへ出でてる時ときには心こゝろが動搖どうえうして紛まぎれてゐるが、獨ひとり默然もくねんと靜しづかな部屋へやに坐すはつてゐると、心こゝろが自分じぶんの一身しんの上うへに凝こり固かたまつて、その日常にちじやうの行爲かうゐの下くだらないこと、將來しやうらいの賴たのむに足たらぬこと、假面かめんを脫ぬいだ自己じこがまざ〳〵と浮うかび、終しまひには自分じぶんの肉體にくたいまでも醜みにくく淺間あさましく思おもはれて溜たまらなくなる。その時ときこんな下くだらない人間にんげんを手賴たよりにしてゐる家族かぞくの寢息ねいきが忍しのびやかに聞きこえると、急きふに憐あはれに心細こゝろぼそく、果はては萎しほれてしまう。
健次けんじは昨夜さくやと同おなじ考かんがへを經驗けいけんし、心細こゝろぼそくなつて萎しほれて、遂つひにぶつ倒たふれて、睡ねむる氣きではなくても自然しぜんに眠ねむつてしまう。
雨滴あまだれは同おなじ音おとを繰返くりかへし、鼠ねづみも倦うみもせずに騷さわいでゐる。
(四)
翌朝よくちやう目めの醒さめた頃ころは、目伏まぶしい日光につくわうがカツと照てり渡わたり、半身はんしんを蒲團ふとんの上うへに持上もちあげると頭あたまがぐら〳〵する。健次けんじは手てを伸のばして緣側えんがはの障子しやうじを開あけた。莖くきの細ほそい花はなの小ちいさい黃白くわうはくの野菊のぎくの間あひだに突立つツたつた物干竿ものほしざほには、シヤツや足袋たびがぶら下さがつて、水氣みづけが盛さかんに舞まひ上のぼつてゐる、父ちゝも妹いもとも出掛でかけたと見みえ、家内かないはひつそりして只たゞ母はゝの洗濯せんたくの音おとが聞きこえる。
健次けんじは勇いさましく跳はね起おきて、直樣すぐさま身仕度みじたくをし、獨ひとりで食事しよくじをしてゐると、母はゝは濡ぬれ手てを拭ぬぐひ〳〵茶ちやの間まへ入はいり、
「今日けふは直すぐに社しやへお出いでかい」
「いえ、一寸ちよつと桂田かつらだの家うちへ寄よつて行いきます」
「え、先生せんせいのお宅たくへ、ぢや先生せんせいにも奥樣おくさまにもよろしく云いつてお吳くれよ、ほんとに暫しばらく御無沙汰ごぶさたして申譯まをしわけがないんだが、變へんにお思おもひなさらぬやうにね、お前まへも先生せんせいや奥樣おくさまの御機嫌ごきげんを損そこねんやうに氣きをおつけよ、これまでだつてお世話せわにばかりなつたのだし、これからもどうせあの方かたにお手賴たより申まをさにやならんのだしね、だからお前まへ麁相そさうの事ことを云いつちやならないよ」
と、柔やさしく幼兒おさなごにでも說聞とききかすやうに云いふ。
健次けんじは「えゝ」と氣きのない返事へんじをして茶漬ちやづけを搔かき込こみ、「ね、お母つかさん、私わたしは當分たうぶん社しやの近ちかくへ下宿げしくしたいと思おもひます、家うちからぢや社しやへ遠おほくつて、此頃このごろのやうに忙いそがしくちや、少すこし不便ふべんでもあるし、それに年内ねんないに著作かきものをしたいんです」と、平生ふだんよりも落付おちついて穩おだやかに云いふ。
「えツ、下宿げしくするつて」と、母はゝは襷たすきのまゝ、長火鉢ながひばちに寄よりかゝつたなり、健次けんじの顏かほを見みて驚おどろいてゐる。「だつてお前まへ。下宿げしくすりや物ものがかゝる計ばかりぢやないか」
「何なに、下宿料げしくれうなんか廉やすいものでさあ、それに私わたしに少すこし考かんがへがあるから、さう云いふことに定きめさせて下ください」
「まあお父とつさんに聞きいて御覽ごらんな、私わたしにやお前まへの云いふことが分わからないよ、學校がくかうへ通かよつてる時ときとは異ちがつて、もう一家かの主人しゆじんとなる身分みぶんでさ、家うちを出でて下宿げしくするて一體たいどうしたんでせう」と、向むきになつて責せめる。
「その代かはり暮くれにや少すこし金かねを造つくつて、妹いもとに春衣はるぎ位ぐらゐ買かつてやります」と、健次けんじは宥なだめるやうに云いつたが、母はゝは胕ふに落おちぬらしく、額ひたひに靑筋あをすぢを立たてゝ少すこし慳貪けんどんに、
「春衣はるぎどころぢやないよ、暮くれにはお前まへを當あてにしてるんだから、一人ひとりで浮々うき〳〵遊あそんでられちや困こまらあね、それに下宿げしくなんかして、無駄むだなお錢あしを使つかふつていふ方はうがあるもんぢやない、まあお父とつさんを御覽ごらんなさい、今朝けさも加減かげんが惡わるいのに早はやくから出でて被入いらつしやつたのに、お前まへは每日まいにち々々〳〵お酒さけを呑のんぢや遲おそく歸かへるしさ、三十近ちかくもなつて、何故なぜかう考かんがへがないんだらう」と、鐵瓶てつびんをこすり〳〵、目めに皺しはを寄よせてゐる。
「私わたしだつて考かんがへてるさ」と、健次けんじは小聲こごゑで云いつて、母はゝを相手あひてに理窟りくつを云いふ氣きもなかつたが、自分じぶんに似にてると云いはれる母はゝの顏かほの、年齡としよりも老ふけて、淋さびしく沈しづんだ間うちに、神經しんけいの銳するどく動うごくを見みて、何なんとなく氣きの毒どくになり、
「ですがねお母つかさん、私わたしは家うちへ歸かへると氣きが滅入めいつて仕方しかたがないんです、一時間じかんもぢつとして書物しよもつを見みちやゐられんのです、何なんだかかう穴あなの中なかへでも入はいつてるやうで、氣きが落付おちつかなくなるし、黴臭かびくさい臭にほひがして息いきがつまります、お父とつさんは住すみ馴なれてるから、此家ここが一番ばんいゝと云いふんだけど、私わたしにや一日にち居をりや一日にち壽命じゆめうが縮ちゞまる氣きがする。去年きよねんまではさうでもなかつたが、此頃このごろは殊ことにひどいんです、だから下宿げしくでもしたら、少すこしは氣分きぶんが直なほるかと思おもつて、昨夜ゆうべ獨ひとりで定きめたんです」と、健次けんじは今いまも鬱陶うつたうしい毒氣どくきが壁かべの隅すみから噴ふき出でて、自分じぶんを壓迫あつぱくする如ごとく感かんじた。
「それがお前まへの我儘わがまゝだよ」と、一口ひとくちにはね付つけて、「家うちが汚きたなくつて厭いやなら厭いやで、お前まへが自分じぶんで修繕しうぜんでもする氣きにならなくちや」
「だつてこんな家いへを手入ていれしたつて駄目だめさ、しかしお父とつさんが好すきなんだから仕方しかたがない、私わたしだけ何處どこかへ逃にげ出だすんさ」
と、健次けんじは母はゝに何なにを云いつても無駄むだだ、自分じぶんで無言むごん實行じつこうすればよいと思おもつて口くちを噤つぐみ、母はゝが何なにか云いひかけるのを冷ひやゝかに見みて、新聞しんぶんをポツケツトに捻込ねじこみ、中折なかをれを被かぶつて急いそいで戶外そとへ出でた。ステツキを小脇こわきに挿はさみ、新聞しんぶんを出だして、「模範的もはんてき學生がくせい」や「醜業婦しふげふふ」の記事きじ、經濟論けいざいろんから運動界うんどうかいの消息せうそくまで、何物なにものをか捜さがし求もとむる如ごとく、殘のこる隈くまなく目めを通とほし、漸やうやく讀よみ終をはつた時分じぶん、彼かれは千駄木だぎの桂田家かつらだけの玄關げんかんに立たつてゐた。