(五)
博士はかせはフロツクコートを着きて椅子いすに腰掛こしかけ、新着しんちやくの外國ぐわいこく雜誌ざつしを讀よんでゐたが健次けんじを見みると、
「さあ掛かけ玉たまへ、今日けふは筆記ひつきに來きたのかね、約束やくそくをして置おいたんだが、急きふに用事ようじが出來できてね、これから文部省もんぶしやうへ行いかにやならんから、又また明日あすか明後日あさつてに來きて吳くれ玉たまへ、しかしまだ少すこし間まがあるから、まあ腰こしをお掛かけ、今いまもこの雜誌ざつしを讀よんでゝね、西洋あちらの學者がくしやの硏究心けんきうしんに感服かんぷくしてたんだ」と鈍にぶい目めを向むけた。
「さうでせうね、どうしても西洋あちらの學者がくしやは違ちがつてるでせう」と、健次けんじは相槌あひづちを打うつて、來くる度たびに嵩張かさばつてる書棚しよだなを顧かへりみた。
「どうです、此頃このごろは何なにを硏究けんきうしてるかね」と、博士はかせはお定きままりの問とひを發はつする。
「何なにもやつちやゐません」
「そりやいかん、社しやの方はうも怠なまけるといふぢやないか、それについて君きみに忠吿ちうこくしやうと思おもつてたんだが、實じつは先日せんじつ編輯長へんしうちやうが來きてね、君きみが此頃このごろは怠なまけて困こまるといふ話はなしだ、一體たい私わたしは靑年せいねんが新聞しんぶんや雜誌ざつしに關係かんけいすることは初はじめから好このまないから、君きみにも懇々こん〳〵注意ちういしたので、矢張やはり眞面目まじめに敎育けういく事業じげふに從事じうじするやうに望のぞんだんだが、君きみが是非ぜひやりたいつて、矢やも楯たても溜たまらん有樣ありさまだから紹介せうかいはしたけれど、竊ひそかに氣きづかつてた、雜誌ざつし記者きしやなんか私立しりつ學校がくかう出での者もの位くらゐが適任てきにんで、君きみなどは不適任ふてきにんなんだからね、しかし編輯長へんしうちやうの話はなしによると、初はじめの間うちは大變たいへん熱心ねつしんに働はたらいて隨分ずゐぶん役やくに立たつといふから、多少たせう安心あんしんもした譯わけだが、さう早はやく厭いやになつちや困こまるね」
「そりや初はじめの間うちは珍めづらしくつて譯わけもなく面白おもしろいから、氣乗きのりがして働はたらけるんです、知しらん人ひとと懇意こんいになつたり、有名いうめいな博士はかせなんかに會あふのを悅うれしがつたんですけど、今いまぢやもう好奇心こうきしんがなくなりました、戀こひ女房によぼうだつて一年ねんも添そつてりや鼻はなにつきますからね」
「君きみは年々ねん〳〵眞面目まじめでなくなる、學校がくかう時代じだいとは人間にんげんが違ちがつてしまつた」と、博士はかせは締しまりのない顏かほを顰しかめ、小ちいさい耳朶みゝたぼを搔かきながら、「君きみに比くらべると箕浦みのうらは感心かんしんだ、以前いぜんは遲鈍ちどんな男をとこだと思おもつてたが、此頃このごろは忠實ちうじつに勉强べんきやうしてる、度々たび〳〵私わたしの所ところへ質問しつもんを持もつて來くるが、中々なか〳〵硏究心けんきうしんに富とんでる」
「さうでせう、箕浦みのうら君くんには僕ぼくも感心かんしんしてます。あの人ひとは書物しよもつを積つみ重かさねりや天國てんごくへ屆とゞくと思おもつて、迷まよはないで書物しよもつの塔たうを築きづいてるんですからね、しかし私わたしには紙かみの踏臺ふみだいは險呑けんのんでなりません」と、健次けんじは唇くちびるのあたりに微笑びせうを湛たゝへ、パツチリした澄すんだ目めには、博士はかせの胸むねの底そこの紙魚しみの跡あとまで映うつつてゐる。
博士はかせはます〳〵苦にがい顏かほをして、「どうも君きみは眞面目まじめでない、今いまから讀書どくしよを卑いやしむやうぢや、人間にんげんは發逹はつたつの見込みこみがないと斷言だんげん出來できる、これから國家こくかに盡つくさうといふ靑年せいねんが、こんな浮薄ふはくな根性こんじやうを持もつてゝどうします、碌ろくに讀書どくしよもせんで書物しよもつを輕かろんじたり、人間にんげんの義務ぎむを滿足まんぞくに盡つくしもしないで、世よの中なかを攻擊こうげきしたり、大間違おほまちがひの話はなしぢやないか、しかしこれも今いまの雜誌ざつしや文學ぶんがくが作つくつた惡結果あくけつくわの一つだらう。どうも輕佻けいちようだ、浮薄ふはくだ。過渡期くわときには免まぬかれんことだが、武士道ぶしだうの精神せいしんも衰おとろへるし、新しん倫理りんり觀くわんが靑年せいねんの間あひだに缺乏けつぼうしてゐるから、こんな歎なげかはしい現象げんしやうが起おこる。して見みると私わたしなども進すゝんで積極的せききよくてきに救濟策きうさいさくを講かうぜねばなるまい、元來ぐわんらい通俗的つうぞくてきの片々へん〳〵たる議論ぎろんを世間せけんに發表はつぺうすることは好このましからんので、成なるべくは精力せいりよくを自分じぶんの事業じげふに集中しふちうして、自分じぶんの新哲學しんてつがくを組織そしきしたいのであるが、今いまの靑年せいねんの通弊つうへいを見みると、どうも社會しやくわいの爲ため國家こくかの爲ために默々もく〳〵に附ふしてゐられん、私わたしも當面たうめんの問題もんだいについて飽あくまで意見いけんを發表はつぺうしなければなるまい」と、演說調えんぜつてうで云いつた、それが如何いかにも眞面目まじめで心底しんそこから憂世ゆうせいの情じやうが溢あふれてゐるので、健次けんじは氣きの毒どくになり、
「ぢや私わたしの雜誌ざつしへも、そのお考かんがへを書かいて頂いたゞけますまいか、私共わたしどもは人生じんせいの經驗けいけんにも乏とぼしいんですから、先生方せんせいがたの御意見ごいけんを伺うかゞふと非常ひじやうに爲ためになります」と、穩おだやかに殊勝しうしよらしく云いふと、博士はかせは顏かほを軟やはらげて頻しきりに首肯うなづき、
「つまり何なにさ、君きみなどはまだ〳〵讀書どくしよが足たらんし世間せけんで苦勞くろうをしないから、空論くうろんに迷まよはされるんさ」と時計とけいを見みて、「ぢや二三日中にちちうに筆記ひつきに來きて下ください、少すこし纏まとまつた考かんがへを述のべやう、それには私わたしが十年ねん程ほど前まへに書かいた「東西とうざい倫理りんり思潮しちよう」を參考さんかうにするから、君きみも一應おう目めを通とほして貰もらひたい、多少たせう今いまとは考かんがへが違ちがはんでもないが、大體だいたいはあれでいい」
と、ひよつくり立たつて書架しよかを捜さがし出だした。博士はかせは漸やうやく四十を過すぎたばかり、敎授けうじゆの中なかでも幅はゞの利きく方はうではなけれど、有名いうめいな讀書家どくしよかで、語學ごがくは英獨佛えいどくふつに熟逹じくたつしてゐる。一生しやう學問がくもんしに生うまれて來きた人ひとといふべく、遊戯ゆうぎと云いへば五目もく並ならべすら知しらぬ。眼めの艶氣つやけがなく力ちからもなく、ドンヨリしてゐるのは、多年たねんの讀書どくしよに疲勞ひろうした結果けつくわかとも思おもはれる程ほどで、卒業後そつげふごも地位ちゐを爭あらそはず榮華えいぐわを望のぞまず、親讓おやゆづりの可成かなりの財產ざいさんあれば生活せいくわつの上うへに憂うれひはなく、只たゞ書籍しよせきの中なかに身みを埋うづめ、結婚けつこんも三十五六の時とき、親戚しんせきの强固きようこなる勸吿かんこくで漸やうやく决行けつかうした位くらゐ。日常にちじやう自分じぶんの學問がくもんで凡すべての社會しやくわいを指導しだうし得うらると確信かくしんし、靑年せいねんにも親切しんせつである温和をんわな良紳士りやうしんしだ。
健次けんじは今いま書架しよかの前まへに立たつた、胴どうの長ながく足あしの短みぢかい博士はかせの後姿うしろすがたを見みて、その十年ねん一日じつの如ごとく迷まよふことなく書物しよもつに耽溺たんできする一生しやうを羨うらやましく又また不思議ふしぎに思おもつてゐると、博士はかせは厚あつさ一寸すん程ほどの假綴かりとぢの四六版ばんを引出ひきだして、指先ゆびさきで表紙へうしの埃ちりを彈はじきながら机つくゑの上うへに置おき、
「この中なかの要點えうてんは一々原書げんしよから直接ちよくせつに引照いんせうしたのだから、自分じぶんでも確たしかだと信しんじてる、兎とに角かく一應おう讀よんで下ください、君きみも必かならず益えきする所ところがあるに違ちがひない」と、所々ところ〳〵開あけては二三行ぎやう小聲こゞゑで讀よみ、頻しきりに首肯うなづいてゐる。
かくて博士はかせは十年前ねんぜんの己おのれを回顧くわいこし、健次けんじは博士はかせの舊著きうちよを無理强むりじいに讀よまされる苦痛くつうを豫想よさうして、暫しばらく無言むごんでゐる。錆さびた日光につくわうはカーテンの間あひだから洩もれて、靑あをい机つくゑの上うへに細ほそく一線せんを劃かくしてゐる。昨日きのふに變かわつてポカ〳〵と温あたゝかく、健次けんじは締しめ切きつた居間ゐまに息いきの詰つまるやうに感かんじた。
「貴下あなた、まだお出掛でかけになりませんの」と、妻君さいくんが不意ふいに戶とを開あけて、半身はんしんを現あらはしたので、博士はかせは漸やうやく氣きがつき、「ぢや二三日にち内ないに」と、健次けんじに云棄いひすてゝ、手袋てぶくろを握にぎつたまゝ階下したへ下おりた。
(六)
健次けんじは妻君さいくんに添そうて博士はかせを玄關げんかんに見送みおくり、その車くるまの後あとから自分じぶんも歸かへらうとしたが、强しいて引留ひきとめられて元もとの書齋しよさいへ舞戾まひもどり、母はゝの傳言でんごんを慇懃いんぎんに述のべた。
妻君さいくんは眉まゆを顰ひそめ袖そでを動うごかして、「まあ、ひどい煙けむだこと」と、カーテンを手繰たぐつて窓まどを開あけた。烟けむりは渦うづを卷まいて風かぜのない空そらへ流ながれて出でる、
「で、奧おくさん何なにか御用ごようですか」と、健次けんじは浮腰うきごしになつて問とふた。
「別べつに用事ようじといふ程ほどでもないんだけど、一寸ちよつとお話はなしたいと思おもつて、貴下あなたお急いそぎなの」と、上目葢うはまぶたを上あげて健次けんじを見みた。
「えゝ、もう社しやへ行いかなければ」と、力ちからなく云いつて、見みるともなく妻君さいくんの油氣あぶらけもない頭あたまの髮かみから、爪先つまさきの汚よごれた足袋たびまで見下みおろした。洗あらひさらしの地味ぢみな銘仙めいせんか何なにかを着きて、只ただ菊きく模樣もやうの襦袢じゆばんの襟えりに艶つやがあるばかり、健次けんじは蓆むしろで包つゝんだ美人像びじんぞうを連想れんさうした。
「では、何時いつかの西洋せいやう小說せうせつの續つゞきは聞きかして預いただけんのですね、私わたしあの女をんなの行衞ゆくゑが聞ききたくてならないんだけど」
「いや、もうあんな馬鹿ばか々々〳〵しい話はなしをする氣きにやなりません、女をんなは虎烈剌これらか何なにかで死しんぢまつたとしとけば、それで直すぐ結果けつくわが付ついてしまうんです」
「それぢや酷ひどいわ、あんなに苦勞くろうしちやつて、これからと云いふ所ところで死しんぢまつては、……あの續つゞきは屹度きつと面白おもしろいに違ちがひない」
「そりや小說家せうせつかが有ありつ丈たけの拵こしらえ事ごとを書かき並ならべて長ながくするから、矢鱈やたらに面倒めんだうになるんですが、世よの中なかの事ことはさう誂あつらへ向むきに出來できてやしないでせう、假かりに女をんなと男をとこと日比谷ひびや公園こうゑんで出會であはうと約束やくそくしてゝも、その晚ばん女をんなが電車でんしやに轢ひかれて死しぬるか、男をとこがペストに罹かゝるか分わかつたもんぢやない」
と、投なげつけるやうに云いつてハツ〳〵と笑わらふ。妻君さいくんは頭あたまを簪かんざしで搔かきながら淋さびしく笑わらふ。
「貴下あなたは何故なぜそんなに暢氣のんきなんだらう。私わたしはね、堪たまらない程ほど哀あはれな小說せうせつか芝居しばゐが見みたくつてならないんですが、西洋せいやうにはそんな小說せうせつはないんでせうかねえ」
「そりや幾いくらもあるでせう、先生せんせいは日本にほんの小說せうせつはお嫌きらひだが、西洋せいやうの者ものはお讀よみのやうだから、聞きかせてお貰もらひなすつたらいゝでせう」
「だけど先生せんせいに話はなして頂いたゞくと、ちつとも面白おもしろくないんですわ、悲かなしいことでも凄すごいことでも、御當人ごたうにんがちつともお感かんじなさらんのだもの」
「そんな事ことを感かんじてた日ひにや大學者だいがくしやにやなれんでせう」
健次けんじは椅子ゐすを離はなれて窓側まどわきへ寄よりかゝり、冴さえ〳〵した空氣くうきに觸ふれ、窓前そうぜんの靑桐あをぎりの葉はの黃きばんで中なかにはもうぼろ〳〵﹅﹅﹅﹅に朽くちかゝつてるのを見みて、暫しばらく默だまつてゐたが、
「奧おくさん、もう葉はが枯かれて來きましたね、この前まへ伺うかゞつた時ときにや、まだ靑々あを〳〵してたのに」と何なにをか感かんじた風ふうで向むき直なほつて、「秋あきになつたせいか、この書齋しよさいも寂しんとして靜しづかですね、此處こゝで先生せんせいは何なににも不滿ふまんを抱いだかないで、一心しんに不朽ふきうの事業じげふをして居をられるんだ、葉はが枯かれても落おちても、そんな事ことにやお構かまひなしで、本ほんばかり見みて被入いらつしやる。僕等ぼくらも矢張やはり先生せんせいの後あとを追おつて、當あてにならん不朽ふきうの事業じげふでも企くわだてるのが本當ほんたうなんですね」