(斷篇第九)
…私わたしは湯槽ゆぶねに涵つかつてゐた。 弟おとうとは起たつたり、居ゐたり。 タオルや石鹼しやぼんを取上とりあげて、近々ちか〴〵と近視眼ちかめの側そばへ持もつて行いつたり、又また舊もとへ戾もどしたりして、狹せまい部屋へやの中なかでまご〳〵してゐたが、頓やがて壁かべに對むかつて、指先ゆびさきで壁土かべつちを弄せゝりながら、
「ま、考かんがへて御覽ごらんなさい。 數すう十年ねん數すう百年ねんの間あひだ、慈悲じひだの、分別ぶんべつだの、論理ろんりだのといふ事ことを敎をしへ込こんで、人ひとに意識いしきを與あたへた以上いじやうは、——何なにはさて措おいて、意識いしきを與あたへた以上いじやうはですな、其丈それだけの應報おうはうが屹度きつと無なけりやならん。 そりや殘忍ざんにんになれんではない。 無感覺むかんかくになつて、血ちを見みても、淚なみだを見みても、人ひとの苦くるしむのを見みても、平氣へいきでゐるやうに、爲ならうとすればなれる。 例たとえば、牛うしや豚ぶたの屠殺者とさつしや、或種あるしゆの醫者いしや、或あるひは軍人ぐんじんなぞが其それでさ。 が、しかし、一旦たん眞理しんりを認識にんしきした者ものが眞理しんりを棄すてゝ了しまふ事ことが出來できるでせうか? 私わたしは出來できんと思おもふ。 子供こどもの時ときから動物どうぶつを苦くるしめるな、情なさけを知しれ、と敎をしへられてゐるのです。 讀よんだ書物しよもつといふ書物しよもつには皆みな然さう書かいてあるのです。 だから今度こんどの戰爭せんさうに惱なやまされる人ひとを見みると、私わたしは氣きの毒どくで〳〵耐たまらない。 私わたしは戰爭せんさうを呪咀じゆそする。 が、段々だん〳〵日數ひかずの經たつに隨つれ、人ひとの死しぬのや、苦くるしむだり血ちを流ながしたりするのが珍めづらしくなくなつて來くると、不斷ふだんは感覺かんかくが鈍にぶつたやうな、道義心だうぎしんが麻痺まひしたやうな鹽梅あんばいで、餘程よほど何なにか强つよい刺戟しげきでも受うけなきや、胸むねに應こたへない。 が、それでも、戰爭せんさう其物そのものとは如何どうしても折合をりあふ事ことが出來できん。 元來ぐわんらいが沒常識ぼつじやうしきの事ことを理解りかいする——そんな事ことは私わたしの頭あたまでは出來できない。 百萬まんの人ひとが一所ひとところに集あつまつて、一々法はふに依よつて進退しんたいして命いのちを取合とりあふ、而さうして皆みな同おなじやうに苦くるしい思おもひをして、同おなじやうに不幸ふかうな身みの上うへになる、——それに何なんの意味いみが有あります? 全まるで狂人きちがひの所爲しよゐぢや有ありませんか?」
と弟おとうとは此方こちらを振向ふりむいて、近視きんしの、少すこし愛度氣あどけない眼めで、返答へんたふでも催促さいそくするやうに、凝ぢツと私わたしの面かほを視みた。
「赤あかい笑わらひさ」、と私わたしは快活くわいくわつに言いつて、ボシャリ〳〵とやつてゐた。
「實じつはね」、と弟おとうとは親したしらしく冷つめたい手てを私わたしの肩かたへ載のせると、素肌すはだで濡ぬれてゐたので、吃驚びつくりしたやうに、手てを引込ひつこめて、「實じつはね、私わたしはどうも氣違きちがひになりさうで、心配しんぱいでならんのです。 私わたしには一體たい如何どうした事ことだか、事由わけが分わからん。 分わからんで、怖おそろしい。 誰だれか事由わけを言いつて聽きかせて吳くれると好いいのだが、誰だれ一人ひとり其それの出來できる者ものがない。 兄にいさんは戰爭せんさうへ出でて實地じつちを目擊もくげきして來きなすつたんだ。 事由わけを話はなして下ください。」
「そんな事こと己おれは知しらん!」
と戯言じやうだんらしく言いつてボシャリ〳〵やつてゐると、弟おとうとは悲かなしさうに、
「矢張やツぱり分わからん? ぢや、私わたしはもう誰だれの力ちからも借かりられないのだ。 酷ひどいなア! 私わたしにやもう仕して好いい事ことと惡わるい事ことの見界みさかひも附つかない、——何なにが分別ふんべつだやら、無分別むふんべつだやら、私わたしが今いま甘あまへる風ふうで、徐そツと兄にいさんの咽喉のどに手てを掛かけて、グツと締上しめあげたら、如何どうだらう?」
「馬鹿ばかを言いつてる! 誰だれが其樣そんな眞似まねをする奴やつが有あるもんか!」
弟おとうとは冷つめたい手てを揉もむで、微かすかに笑わらつて、
「兄にいさんが彼地あツちに居ゐる頃ころ、私わたしは夜よる寢ねない事ことが能よく有あつた、——眼めが合あはないで。 すると、變へんな氣きになつて、斧おのでもつて阿母おつかさんも、妹いもうとも、下女げぢよも、犬いぬも、皆みな叩殺たゝきころして了しまはうかと思おもふ。 無論むろん然さう思おもふばかりで、其樣そんな事ことは行やる氣遣きづかひはないが…」
「行やられちや耐たまらん」、と私わたしは莞爾につこりして、ボシャリボシャリとやつてゐると、
「それから又またナイフだ。 總すべて銳利えいりな晃々ぴか〳〵する物ものがあると、危險けんのんでならん。 若もし私わたしがナイフを持もつたら、屹度きつと人ひとを斬きりさうな氣きがする。 だつて、若もし銳利えいりなナイフだつたら、斬きりたくなるに不思議ふしぎはないでせう?」
「尤もつともな次第しだいだ。 お前まへも餘程よほど變物へんぶつだな。もう少すこし湯ゆを注さして吳くれ。」
弟おとうとは龍頭りうづを捻ひねつて、湯ゆを注さしてから、また、
「それから又また群衆ぐんじゆだ。 人ひとが大勢おほぜい集あつまつてると、私わたしは心配しんぱいでならん。 晚ばんに外そとで大おほきな聲こゑでもして騷々さう〴〵しいと、私は愕然ぎよツとして、始はじまつたのぢやないかと思おもふ、斬合きりあひが。 人ひとが二三人にん立話たちばなしをしてゐる。 話はなしの筋すぢが分わからないと、今いまにも其その人逹ひとたちが大聲おほごゑ立たてゝ飛蒐とびかゝつて斬合きりあひが始はじまりさうに思おもはれてならん。 それに貴兄あなたも御存ごぞんじだらうが」、と仔細しさいありげに私わたしの耳みゝの側そばへ顏かほを持もつて來きて、「新聞しんぶんを見みると、人殺ひとごろしの記事きじだらけでせう? それが皆みな變へんな人殺ひとごろしばかりだ。 十人にん十種といろといふけれど、虛うそです。 人ひとの良智りやうちといふものは一ひとつで、その良智りやうちが段々だん〴〵曇くもり出だしたのです。 まあ、私わたしの頭あたまを觸さはつて御覽ごらん、非常ひじやうに熱あついから。 全まるで火ひのやうだ。 けれども此奴こいつが時ときとすると冷つめたくなつて、頭あたまの中なかが總すべて凍こほつたやうな、かじけたやうな、怖おそろしい、コチ〳〵の、氷こほりのやうな物ものになつて了しまふ事ことも有あるのです。 私わたしは如何どうしても氣違きちがひになりさうだ。 笑わらひ事ごとぢやない、本當ほんたうに氣違きちがひになりさうだ。 もう十五分ふんになりますよ。 好加減いゝかげんにお出でなさらんと…」
「もう少すこし。 もう一分ぷんばかり。」
昔むかしのやうに湯槽ゆぶねに涵つかつて、弟おとうとの言いふ事ことには心こゝろを留とめずに、耳みゝに慣なれた其聲そのこゑを聽ききながら、少すこし綠靑ろくしやうを吹ふいた銅どうの龍頭りうづだの、見慣みなれた壁かべの模樣もやうだの、棚たなに順じゆん好よく列ならべた寫眞しやしん機械きかいだのと、古ふるい馴染なじみのある、有觸ありふれた、平凡へいぼんの物ものばかりだけれど、之これを見みてゐると、何なんとも言いへず心持こゝろもちが好いい。 又また寫眞しやしん硏究けんきうを始はじめて、平凡へいぼんな隱おだやかな景けいを寫うつしたり、坊ばうの步あるく所ところや笑わらふ所ところや、惡戯いたづらする所ところを撮とつたりする。 足無あしなしでも是これなら出來できる。 文壇ぶんだんの名著めいちよや、思想界しさうかいの新あたらしい功程こうていや、美びや、平和へいわを題目だいもくにして文ぶんを作つくるのだ。
「ほツ、ほツ、ほ!」といつて、私わたしはボシャリボシャリと行やつた。
「如何どうしたんです?」
と弟おとうとが吃驚びつくりして顏色かほいろを變かへたから、
「なに、たゞ… 家うちに斯かうしてゐるのが愉快ゆくわいだもんだからね。」
弟おとうとは微笑びせうした。 その樣子やうすが如何いかにも私わたしを赤兒あかごか年下としゝたの者もののやうに思おもつてゐるらしかつたが、其癖そのくせ私わたしより三みツつ下したなのだ。 而さうして自分じぶんは大人おとなぶつて凝ぢツと考込かんがへこんだ所ところは、何なにか年來ねんらい思惱おもひなやむ一大事だいじでも有ありさうな樣子やうすだつた。
やがて首くびを竦すくめて、
「迯にげやうにも、迯路にげみちがない。 每日まいにち殆ほとんど同おなじ時刻じこくに新聞しんぶんが人ひとの血ちの通かよひを止とめて、人間にんげんが皆みな愕然ぎよツとする。 其時そのとき皆みな一度どに種々いろ〳〵な氣持きもちになつて、考かんがへたり、泣ないたり、苦くるしむだり、怖おそれたりするから、私わたしは縋すがり處どころがない。 全まるで浪なみに揉もまれる木片こツぱか、旋風つむぢかぜに捲まかれた塵ごみといふ身みの上うへになる。 尋常じんじやう一樣やうの凡境ぼんけうを離はなれたくはないが、無理むりに引離ひきはなされて、每朝まいあさ一度どは屹度きつと宙ちうに振下ぶらさがつて足あしの下したに眞暗まつくらな怖おそろしい狂氣きやうきの淵ふちが洞開ほげる時ときがある。 私わたしは其中そのうちに此淵このふちの中なかへ落おちる、落おちなきやならん理由わけがある。 兄にいさんはまだ能よく事情じゞやうを知しんなさらないのだ。 新聞しんぶんは讀よみなさらんし、種々いろ〳〵匿かくして置おく事こともあるし、——兄にいさんはまだ能よく事情じゞやうを知しんなさらないのだ。」
弟おとうとの言いつた事ことは私わたしは戯言じやうだんにして了しまつた。 戯言じやうだんにしても、可厭いやな戯言じやうだんだが、誰だれでも氣きが狂ちがふと、戰爭せんさうのやうな氣違沙汰きちがひざたと緣えんを引ひく所ところが出來できて來きて、能よく此樣こんな不吉ふきつな事ことを言いひたがるものだから、私わたしは戯言じやうだんにして了しまつた。 湯ゆに涵つかつてボシャリ〳〵行やつてゐる此時このときには、戰塲せんぢやうで目擊もくげきした事ことは總すべて忘わすれたやうになつてゐたのだ。
「いや、匿かくすなら、匿かくして置おくが好いいが、——しかしもう出でやう」、と何心なにごゝろなく私わたしが言いつたので、弟おとうとは微笑びせうして、下男げなんを召よんで、二人ふたりして私わたしを湯ゆから出だして着物きものを被きせて吳くれた。 で、香氣かをりの高たかい茶ちやを私わたしのと極きめて線入すぢいりのコツプで飮のむで、なんの、足あしがなくても、生いきてゐられる、と思おもつた。 茶ちやが濟すむでから、書齋しよさいへ連つれて行いつて貰もらつて、机つくゑに向むかつて、仕事しごとに掛かゝる用意よういをした。
戰爭前せんさうまへ迄までは或ある雜誌ざつしで外國文學ぐわいこくぶんがくの評論ひやうろんを受持うけもつてゐたから、今いまも手近てぢかに黃き、靑あを、鳶色とびいろ、種々いろ〳〵の表紙へうしの附ついた、懷なつかしい、淸潔きれいな書物しよもつが山やまと積つむである。 嬉うれしさも嬉うれしい、何なんとも言いへず樂たのしみで、直すぐに讀よむ氣きになれなかつたから、書物しよもつを繙ひろげては、徐そツと撫なでゝゐた。 其時そのとき私わたしの面かほには微笑びせうが漾たゞよつた。 屹度きつと馬鹿氣ばかげた微笑びせうだつたらうが、引込ひツこめる事ことが出來できないで、活字くわつじや、唐草からくさや、簡素あツさりした、少すこしも俗氣ぞくきのない、見事みごとな挿繪さしゑなぞを眺ながめてゐた。 皆みな非常ひじやうに工夫くふうを凝こらしたもので趣味しゆみがある。 例たとへば、この文字もじなど、簡單かんたんで、恰好かつかうが好よくて、巧たくみに出來できてゐる。 線せんと線せんとが絡からみ合あつた處ところに調和てうわがあつて、看みる者ものの心こゝろに語かたる所ところが多おほい。 之これを案あんじ出だすには、幾干いくらの人ひとが刻苦こくゝして、硏究けんきうして、何程どれほど才能さいのう、趣味しゆみを籠こめてあるか、分わからん。
「さあ、仕事しごとしなきや」、と私わたしは眞面目まじめになつて言いつた。 我わが仕事しごとながら疎おろそかには思おもへぬ。
で、ペンを取上とりあげて題だいを書かかうとすると、手てが糸いとで括くゝつた蛙かへるのやうに、紙かみの上うへを跳はね廻まはる。 ペンが紙かみに突掛つツかゝつて、バリ〳〵といつて、跳反はねかへつて、止度とめどなく橫よこへ逸それて、毟散むしりちらしたやうな、曲まがりくねつた、えたいの分わからぬ、醜まづい線せんが出來できて了しまふ。 私わたしは聲こゑも立たてず、動うごきもせず、一大事だいじの直ひたと身みに逼せまるを覺おぼえて、冷ひやりとして息いきを塞つめてゐると、手ては晃々きら〳〵と明あかるい紙かみの上うへを躍をどつて、指ゆびが一本ぽん々々〳〵わなわなと顫ふるへる。 その顫ふるへる處ところに、便たよりない、物狂ものぐるほしい恐怖心きようふしんが活いきて躍をどつてゐる。 どうやら指ゆびだけがまだ戰塲せんぢやうに居殘ゐのこつて、空そらに映うつる火影ほかげや血糊のりを見みて、言語ごんごに絕たえた疼いたみを呻うめき叫さけぶその聲こゑを聽きいてゐるやうだ。 指ゆびは私わたしの體からだを離はなれて、魂たましひが籠こもり、耳みゝとなり、眼めとなつたのだ。 聲こゑをも揚あげ得えず、動うごくこともせず、私わたしは冷つめたくなつて、晃々きら〳〵と潔きよい白紙はくしの上うへを指ゆびが躍廻をどりまはるのを眺ながめてゐた。