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血笑記

Chapter 19: (斷篇第十六)
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About This Book

A narrator describes a weary column of soldiers marching under unbearable heat toward an unknown destination, where exhaustion and sunstroke produce delirium, grotesque hallucinations (including visions of horse heads and ghostlike bodies), and a slow unravelling of bodily and mental control; intercut with sudden recollections of a domestic interior and a brother, the account shifts between close, claustrophobic sensory detail and panoramic scenes of a deranged, silent procession, culminating in abrupt sounds of battle that temporarily restore clarity and collective urgency.

(斷篇第十五)

 …にもかぬゆめだけれど、おそろしいゆめだ。 さながらふたほねがれて、なうおほものもなく露出むきだしになつたやうに、物狂ものぐるほしい血羶ちなまぐさ今日けふ此頃このごろむごたらしさを、はせられるまゝんでくことをらぬ。 ちゞんでれば、は二アルシンをふさぐにぎぬけれど、こゝろ世界せかいをもつゝむ。 所有あらゆるひと所有あらゆるひとみゝき、戰死者せんししやともに、負傷ふしやうして置去おきざりにされたものともかなしみ、ひとながわたしいたみをかんじてなやむ。 ものまでもるやうに、とほものさへちか顯然まざ〳〵えて、さらしたなう苦痛くつう際限さいげんがない。

 子供こども々々〳〵ちいさな子供こども、まだつみらぬ子供こども

 その子供等こどもら町中まちなか戰爭さんさうごツこをして、ひつはれつしてゐるうちに、だれだかほそをさないこゑでもうものがある。 わたしおそろしさもおそろしく、いやいや氣持きもちになつて、なにむねをどるやうにおぼえた。 うちかへれば、よるになつて、夜火事よくわじのやうにえるゆめに、このいたいげなつみ子供等こどもらが、ちひさな人殺ひとごろろしの惡黨あくたうむれになつたとた。

 なんだか眞赤まツかふと火焰くわえんげて物凄ものすごえるけむりうちに、くび大人おとなの、加之しか惡黨あくたうらしく、どう不具かたは子供こども變化へんぐゑらしいものうごめく。 山羊やぎたはむれるやうに、身輕みがろくピョン〳〵跳廻はねまはつてゐるくせに、病人びやうにんのやうなくるしさうな息氣いきづかひをする。 ひきかへるのそれにくちを、パクリといてはわなゝかせ、躶身はだかみ透徹すきとほるやうな皮越かはごしにあかながれるのがえて、その子供等こどもらあそたはむれながら、ちつたれつする。 ちひさくて何處どこへでももぐむから、此程これほど無氣味ぶきみものわたしかつことがない。

 わたしまどからのぞいてゐるのを、ちひさい一人ひとりみとめるや、莞爾にツこりして、うちはいりたさうな目色めつきをしながら、

其處そこくよ。」

たら取殺とりころすだらう?」

其處そこくよ。」

 たちまさツ顏色かほいろへて、白壁しらかべ攀登よぢのぼところ宛然まるでねずみだ、えたねずみだ。 ちてチゝとく、またちよこちよことかべはしる。 その變化へんくわはげしいこと、あはただしいこと、まよふばかりだ。

 したからなら、もぐめる、——とおもつてわたし慄然ぞツとすると、さうおもひとこゝろむだやうに、ねずみ細長ほそながくして、尻尾しツぽさきをひらめかしながら、表口おもてぐちしたくら隙間すきまもぐむ。 わたし夜着よぎかぶつてかくれてゐると、ちひさなやつちひさな素足すあしおとぬすみ〳〵、くら部屋へや々々〴〵たづまはおとがする。 そろり〳〵と、躇躊ためらひがちに、わたし部屋へやしのつて、つひなか這入はいつてたが、それぎりしばらくはガサともゴソともはないから、寢臺ねだいそばなにやうともおもへぬ。 たちまだれだかちひさな夜着よぎはしくるものがある。 室内しつないつめたいがヒヤリとかほれ、むねれる。 わたしはしかと夜着よぎおさへてゐたが、夜着よぎ止度とめどなく其處そこぢうからめくれて、あしみづへでもつかつたやうに、きふつめたくなる。 やが兩足りやうあしともつめたいくら部屋へやなか便たよりなくよこたはれば、ねずみはそれをながめてゐる。

 かべ一重ひとゑへだてゝにはいぬ啼聲なきごゑがして、トむと、くさりのぢやら〳〵といふおとがして、いぬ小舎こやもぐむだやうだ。 ねずみだまつてわたし素足すあしながめてゐる。 それがそばるのはおのづかれる。 たまらなくおそろしくて、死神しにがみ抱窘だきすくめられたやうに、身體からだすくみ、いしはかなんぞのやうに、ぢツうごかなくなるにつけても、それはれるが、大聲おほごゑてること出來できたら、わたし此市このまちどころか、世界中せかいぢう呼覺よびさましたかもれん。 たゞこゑ中途ちうと立消たちぎえをしてぬので、大人おとなしく凝然ぢツとしてゐたが、ちひさいつめたい手先てさきがむづ〳〵と身體中からだぢう這廻はひまはつて、咽喉元のどもとせまる。

たまらん!」と片息かたいきになつて、わめいてまたゝさます。 深々しん〳〵としてれいあるがごとく、くらくてもえたが、わたしまた眠入ねいつたらしかつた…

なに心配しんぱいすることはないよ」、とあに寢臺ねだいはしこしおろした。 亡者もうじやでもおもたくて、寢臺ねだいがギシ〳〵といふ。 「なに心配しんぱいすることはない。 みなゆめだ。 咽喉のどめられるやうながするので、おまへじつだれない眞暗まつくら部屋へやでグッスリ寢込ねこんでるのだ。 ね、わたし書齋しよさいいてるのだ。 なにいてるのか一こうらんもんだから、お前方まへがたわたし狂人きちがひあつかひにして失禮しつれい眞似まねをしてゐるけれど、もううなりや打明うちあけやう。 わたしじつあかわらひのこといてるのだ。 おまへえるか?」

 なにやらおほきな眞紅まツかだらけのものわたしうへかぶさつて、のない口元くちもとでゲタリとわらつてゐる。

「これがあかわらひだ。 地球ちきう狂氣きちがひになると、かういふ笑方わらひかたをするものだ。 おまへつてるだらう、地球ちきうちがつたことは? もうはなうたもなくなつて、地球ちきうまるい、すべツこい、眞紅まツかな、かはいたあたまのやうなものになつてしまつた。 えるか?」

えます。 いまわらつてます。」

地球ちきう腦髓なうずゐがえらいことになつてしまつたから、ごらん眞紅まツかなところはかゆとでもひさうだ。 滅茶々々めつちや〳〵になつてしまつた。」

なにわめいてる。」

いたいのだ。 もうはなうたもないからな。 さあ、おれがおまへうへつかるぞ!」

つかつちや、おもたい、氣味きみわるい。」

んだものなら、きてるものうへのツかるべきはずだ。あツたかいだらう?」

あツたかです。」

心持こゝろもちか?」

にさうだ。」

さましてワッといへ。さましてワッと。 おれはもうく…」

(斷篇第十六)

 戰鬪せんとうはじまつてから、もう八日目かめになる。 すぐしう金曜きんえうはじまつて、土曜どえう日曜にちえう月曜げつえう火曜くわえう水曜すゐえう木曜もくえうぎて、また金曜きんえうそれぎたが、まだ戰鬪せんとうまぬ。 兩軍りやうぐん兵數へいすうまん、それが相對あひたいして一退かずに、すさまじいおとてゝ、息氣いきをもがず破裂彈はれつだんふので、刻々こく〳〵生人せいにん死人しにんになつてく。 段々だん〳〵轟々ごう〳〵えず空氣くうきゆすその砲聲はうせいに、そら動搖どよんで眞黑まツくろ夕立雲ゆうだちぐもび、雷霆らいていあたまうへはためくけれど、てき味方みかた此處こゝ先途せんどちつたれつしてゐる。 ひとは三晝夜ちうやねむらんと、やまひものおぼえぬやうになるといふのに、してこれはもう一週間しうかんねむらずにるのだから、みな狂氣きちがひになつてゐる。 であるから、くるしいともおもはない、退かうともしない、一人ひとりのこらず討死うちじにしてしままでは、奮鬪ふんとうせんとするのだ。 風聞ふうぶんると、某隊ぼうたいでは彈藥だんやくきて、いしひ、こぶしひ、いぬのやうにつたとふ。 この戰鬪せんとう參加者さんかしや生還せいくわんするものがあつたら、おほかみのやうにきばえてゐやうも知れぬが、おそらく生還者せいくわんしやるまい、みなくるつてゐるから、一人ひとりのこらず討死うちじにしてしまはう。 みなくるつてゐる。 あたまなか顚倒てんたふしてなにわからなくなつてるから、きふにグルッと方向むきへさせられたら、てきおもつて味方みかた發砲はつぱうしかねまいとおもはれる。

 奇怪きくわいうはさがある…奇怪きくわいうはさで、おそろしくもあるし、ことでないとむしらせたから、みなあをくなつて、ひそ〳〵とさゝやく。 あゝ、あにかせたい、みなあかわらひうはさだ。 けば、まぼろしの部隊ぶたいあらはれたとふ。 いづれもなにから何迄なにまで生人せいじんちつともちがはぬ亡者もうじや集團しふだんだ。 くるつた人逹ひとたち霎時しばしゆめむすときひるれた黃泉よみくもたゝかひ眞最中まツさいちうに、忽然こつぜんあらはれて、まぼろしのはう發砲はつぱうして、あやしの砲聲はうせいそらゆすると、きてはゐるが、くるつた人逹ひとたちが、こと不意ふいなのにうしなつて、死物狂しにものぐるひにそのまぼろしのてきたゝかひ、おそれて取逆上とりのぼせて、一しゆん白髮しらがになり、紛々ふんぷんんでく。 まぼろしのてき忽然こつぜんとしてあらはれて、また忽然こつぜんとしてせる。 と、寂然しんとなつたあとれば、散々さん〴〵かたちそこなはれたまだ生々なま〳〵しい死骸しがいが、狼藉らうぜき地上ちじやうよこたはつてゐる。 てきはたして何者なにものだつたらう? てきはたして何者なにものだつたかを、わたしあにつてゐるはずだ。

 二度目どめ戰鬪せんとうをはつて、四下あたり寂然ひツそりとなる。 てき遠方ゑんぱうだ。 それだのに、闇夜やみよ突然とつぜんドンと一ぱつおびえたやうな筒音つゝおとがする。 それツと跳起はねおきて、みな暗黑くらやみなか發砲はつぱうする、——しばらく、何時間なんじかんといふあひだしんとして音沙汰おとさたのない暗黑くらやみなか發砲はつぱうする。 暗中あんちうなにみとめたのか? おそろしくも物狂ものぐるほしい無言むごん姿すがたげんした無氣味ぶきびものそもそ何者なにものだ? これつてるものあにわたしとだけで、まだほかひとらない、たゞかんずるだけはかんじてるとえて、あをくなつて此樣こんことをいふ、「如何どうして狂人きちがひおほいのでせう? 此樣こんなに澤山たくさん狂人きちがひつたことはまだいたことがない。」