WeRead Powered by ReaderPub
法螺男爵旅土産 cover

法螺男爵旅土産

Chapter 12: 氷こほつた音樂おんがくの話はなし
Open in WeRead

Explore more books like this:

About This Book

A series of humorous travel anecdotes presents a first-person narrator's improbable mishaps across sea voyages and winter journeys, told with deadpan irony. Episodes range from a storm that lifts trees bearing produce and accidentally topples a local despot, to a lakeside crisis where a lion and a crocodile clash over the narrator and are dispatched in a surreal rescue, to waking with a horse tied to a church weathercock. Additional tales of sled travel, wolf chases, and other comic misadventures mix tall-tale exaggeration, observational satire, and physical comedy.

 拙生せつせいのリスアニアンは駿馬しゆんめことであるから、追擊つゐげきさいしては拙生せつせい何時いつ先登せんとうである。 其日そのひうで、てき後門うしろもんからげるのをて、拙生せつせい部下ぶかあつめるめに、市場いちばとゞまるのをさくたものとおもつた。 そこで拙生せつせいとゞまつたが、市場いちばには騎兵きへいかげえぬ。 彼等かれらまちはしつてゐるのであらうか?なに事變じへんおこつたのか?かくとほくははなれてゐまい、そのうち拙生せつせいもと追着おひつくだらう、とおもひながら、拙生せつせいあへぐリスアニアンを市場いちばいづみみづのませた。 かれ法外はふぐわいむ、いづみ飮干のみほさねばまぬといふいきほひむ。 しかし最早もはや部下ぶかものえさうなものと振返ふりかへつたときにはそれ道理だうりだとおもつた。 拙生せつせいうまどうから後方うしろすなはしり後脚あとあしが、あたか銳利えいりなる刄物はもの切取きりとられたやうに紛失ふんしつしてゐる。 むだみづぐに後方うしろける。 これでは何程いくらむでもやしなひにならぬ。 うして此樣こんことになつたかは、かれともなつて正門せいもんもどまでまつたく五霧中むちうであつた。 此處こゝ拙生せつせい思當おもひあたつた—さきげるてきひながら無暗むやみこのもん突入とつにふしたときてき拙生せつせいらぬとびらおろしたものとえる。 そのとびらといふのは、そこ大釘おほくぎれつしてゑてあつて、まん一のときにはうへからおろしててき侵入しんにふふせ仕掛しかけになつてゐる。 さいてき拙生せつせいれまいとしてきふおろした刹那せつなうま臀部でんぶ切去きりさつたので、げん門外もんそとには拙生せつせい愛馬あいばどうからしたが、ピクリ〳〵してゐた。 拙生せつせい早速さつそく獸醫じういむで、あたゝかうち兩方りやうはう繼合つぎあはせてもらひ、わづかつぐながた損失そんしつまぬかれた。 かれ手近てぢかにあつたかつら小枝こえだ新芽しんめ繼目つぎめつてくれた。 きずもなくなほつたが、同時どうじかつら小枝こえだうま身體からだり、えだばし、追々おひ〳〵しげはなき、おかげもつ拙生せつせいそののち遠征ゑんせいあつらずであつた。

トルコまめつきはなし

 拙生せつせいいへど連戰れんせん連勝れんしようといふわけにはかなかつた。 或時あるとき衆寡しうくわてきせず生擒せいきん憂目うきめひ、こと不遇ふぐうことには奴隷どれいられた。 もつと捕虜ほりよ賣買ばい〳〵はトルコの習慣しふくわんである。 (男爵だんしやくのち皇帝サルタン寵愛ちようあいかうむつた)この屈辱くつじよく狀態じやうたいおいて、拙生せつせい每日まいにち勞役らうえきは、身體からだほねれることでなく、むし單調たんてう退屈たいくつ仕事しごとであつた。 それ每朝まいあさ皇帝サルタン蜜蜂みつばち牧場まきばひ、一にち見守もりをして、れるまでふたゝ箱巢はこす追戾おひもどことであつた。 ある夕暮ゆふぐれ拙生せつせい蜜蜂みつばちを一ぴき見失みうしなつたが、がつけば二ひきくまみつめに其蜂そのはちつぶさうとしてゐる。 拙生せつせいぎん手斧てをのほかなに武器えものたなかつた。 このぎん手斧てをの皇帝サルタン庭師にはしまた農夫のうふ表章しるしなので。 拙生せつせいくまめがけてくだん手斧てをのげた。 たゞ追剝おひはぎ追拂おつぱらつて、はちさへたすければいといふ思惑おもはくだつたので。 が、拙生せつせいうでうんわる加減かげんで、をのむでとゞまらず、うへうへへとのぼつてつて、つひにはつきたつした。 さあ奈何どうして取戾とりもどしたものか?と其處そこ拙生せつせい肝膽かんたんくだいた。 ういふことむねうかむだ——トルコまねといふやつ大層たいそう生長のびはやいのみならず、おどろたかさにたすするといふ。 拙生せつせいときうつさず一ぽんのトルコまめゑた。 それ生長せいちやうしてから拙生せつせいそのこずゑを三日月かづきつの結付むすびつけた。 仕掛しかけ出來できうへは、のこところつきまでのぼつてくばかりである。 そしてこれ見事みごと成功せいこうした。 つき世界せかいなに銀色ぎんいろひかつてゐるから、おないろ手斧てをのさがすのはナカ〳〵小面倒こめんだう仕事しごとであつた。 が、しかし拙生せつせい苦心くしん甲斐かひあつて、つひ籾殻もみがら藁屑わらくづむであるところ大切たいせつ手斧てをの見付みつけた。 さて今度こんどつき世界せかいから人間にんげん世界せかいかへるのである。 けれどおどろいたのは、太陽たいやうひかりすで拙生せつせいまめらしたことで、最早もはやまつた拙生せつせいおろようへない。 そこで拙生せつせいはたらはじめ、れい藁屑わらくづひろつて出來でき丈夫ぢやうぶ出來できながなはつた。 これつきつのむすび付け、追々おひ〳〵したはうすべりる。 拙生せつせいひだりしかなはつかまへ、みぎ手斧てをのち、なは不用ふようになつた部分ぶぶんつてしたつなぐ。 すなはち一りれば、うへはうの一切取きりとつてあししたつなぐといふ安排あんばいで、どうやらかうやら大分だいぶしたはうまでたが、いくらおなこと繰返くりかへしても、なにしろ距離きより距離きよりだから、容易ようい皇帝サルタンはたけかない。 もう五六といふところで、なはがフツリとれ、拙生せつせいまはるやうな速度はやさ地下ちかちて氣絕きぜつした。 此處こゝ地下ちかちたといふ言葉ことばあぢはつてもらひたい。 普通ふつうなら地上ちじやうちたとくのだが、それでは事實じじつつたねる。 といふのはなにがさて、五六うへからちたのだから、身體からだ重味おもみちたいきほひで、すくなくともふかさ九ひろばかりのあないた。 そのあなそこ拙生せつせい生氣しやうきかへつたのであるが、如何どうして這上はひのぼつていか少時しばらく勘辨かんべんちなかつた。 しかし拙生せつせいくるまぎれにつめもちゐてさかつくり、いで段々だん〳〵こしらへ、じつ千辛せんしん萬苦ばんくのちに、やうや這上はひあがつてふたゝこのひかりれたときは、まあそのうれしかつたことといつたら!(男爵だんしやくつめ當時たうじ四十ねんらずにいたすゑ充分じうぶんびてゐた。 もつとういふことがあらうと豫期よきしてばしたわけでもないといふ。 )

こほつた音樂おんがくはなし

 もなくトルコとの和議わぎり、拙生せつせい自由じいうとなつてペテスブルヒをあとにした。 拙生せつせい立場たてば立場たてばうまへ、大急おほいそぎのたびをした。 せまい一本道ぽんみちしかゝつたから、ほか馬車ばしやこの細道ほそみち行當ゆきあたらぬやうにと、拙生せつせい御者ぎよしやめいじて合圖あひづのラッパをかせた。 かれ一生いつしやう懸命けんめいいた。 しかし何程いくらりきむでもかうい。 かれ奈何どうしてもラッパをらすこと出來できなかつた。 何故なぜらぬか、理由わけわからなかつたが、かく生憎あいにくことで、少時しばらくすると拙生せつせい馬車ばしやむかふから馬車ばしや行當ゆきあたつた。 おたがひすゝこと無論むろんならぬ。 さりとて前述ぜんじゆつとほりの細道ほそみちだから、くるまかへことかなはず、したがつて退しりぞこと出來できなかつた。 このとき拙生せつせい馬車ばしやからりて、これでもすこしはちからがあるから、馬車ばしやしき飴屋あめやのやうにあたませ、たかさ九しやくばかりの生垣いけがきひよいして、(馬車ばしや重量おもさからつても、この藝當げいたう少々せう〳〵ほねれた。 はたけり、ふたゝむでみちふさげた馬車ばしやむかふへとた。 つぎ拙生せつせいうまつた。 一ぴきあたまうへせ、一ぴきひだりうでかゝへ、まへおな方法はうはふ馬車ばしやまでつてき、喰付くつつけて、旅程りよてい最終さいしう宿屋やどやいそいだ。 拙生せつせいわきしたかゝへたはううまだ四さいにならぬあらやつで、拙生せつせいふたゝ生垣いけがき飛越とびこさうとするときその急激きふげき動搖どうえう可厭いやがつて、けつたりはならしたりしてあばれるには拙生せつせい持餘もてあました。 しかし拙生せつせいその後脚あとあしつかまへてポッケットのなかれてしまつた。 宿屋やどやいてから拙生せつせい御者ぎよしや暫時ざんじ休息きうそくした。 かれはラッパを臺所だいどころかたはらくぎるし、拙生せつせいその對側むかふがはすわつた。

 きふにテレン〳〵テン〳〵といふおときこえた。 我等われら周圍あたり見廻みまはして、さてこそと先刻せんこく御者ぎよしやがラッパをらしなかつた理由りいうめた。 かれきよくはラッパのなかこほつたのだ!それいまけてたのだ!事理じり明晰めいせきしかこの御者ぎよしやはナカ〳〵の音樂家ふきてである。 それでやつこさんラッパにくちてがひもせずにながあひだ一同みんなたのしませた。 プロシヤ進行曲マーチる、『やまたにえて』がる、其他そのほか種々いろ〳〵きよくて、つひ氷釋ひやうしやく音樂おんがくをはりげた。 拙生せつせい此處こゝでロシヤ旅行談りよかうだんは一段落だんらくとする。