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法螺男爵旅土産 cover

法螺男爵旅土産

Chapter 13: 鯨くぢらと軍艦ぐんかんの話はなし
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About This Book

A series of humorous travel anecdotes presents a first-person narrator's improbable mishaps across sea voyages and winter journeys, told with deadpan irony. Episodes range from a storm that lifts trees bearing produce and accidentally topples a local despot, to a lakeside crisis where a lion and a crocodile clash over the narrator and are dispatched in a surreal rescue, to waking with a horse tied to a church weathercock. Additional tales of sled travel, wolf chases, and other comic misadventures mix tall-tale exaggeration, observational satire, and physical comedy.

くぢら軍艦ぐんかんはなし

 拙生せつせいだいとう英國えいこく軍艦ぐんかん大砲たいはうもん乗組員のりくみゐん四百にんといふのつて、きたアメリカにむかひポーツマスを出發しゆつぱつした。 セントローレンスがはへ三百リーグといふところくまでは、べつ話題おはなしになるやうなことおこらなかつた。 其時そのときふねおそろしいいきほひいは突中つきあたつた。 拙生せつせい多分たぶんいはだらうとおもつたが、鉛線なまりおろしててもそことゞかぬ。 三百ひろおろしたがさら手答てごたへはなかつた。 この事件じけん重大ぢうだいにし、拙生せつせい見當けんたうのつきねたのは、その震動しんどうはげしかつたことで、ふねかぢうしなひ、斜桅やりだしやぶり、マストことごと頂上てつぺんからもとまでれ、二ほん甲板かんぱんうへたふれた。 運惡うんあし大帆索おほほづなきにあがつてゐた水兵すゐへいすくなくともふねから三リーグのところ跳飛はねとばされたが、壽命じゆみやうつよをとこえて、おほきなかもめ尻尾しつぽつかまつていのちびろひをした。 かもめなに心得こゝろえてゐるといつたやうに、くだんをとこれてふねいそぎ、以前もと跳飛はねとばされたところいて行つた。 震動しんどうはげしかつた實例じつれいもう一つげれば、甲板デツキ甲板デツキあひだにゐた水兵すゐへいうへゆか打付うちつけられたくらゐ拙生せつせいあたまごときは垂直すゐちよく胃袋ゐぶくろ押込おしこまれて、もと狀態じやうたいかへるまでにはすうげつかゝつた。 この理由えたいわからぬ騷動さうどう拙生せつせいかつおどろかつおそれ、呆然ばうぜん自失じしつしてゐると、おほきなくぢら尻尾しつぽあらはれたので、渙然くわんぜんとして百事ひやくじ氷釋ひやうしやくした。 くぢら水面すゐめん十六しやく以内いないところ日向ひなたぼつこをしてねむつてゐたのである。 ところを拙生せつせいどもふね邪魔じやまをしたからはらてたものとえる。 拙生せつせいども通過とほりすぎる途端とたんに、かぢそのはな引搔ひつかいた。 そこでかれふるつて、船尾せんびから後甲板こうかんばんたいち、ほとんど同時どうじに、れいとほおろしてあつた大帆索おほほづないかりり、くちくはへてふねいたまゝ、一時間じかん二十リーグの速力そくりよくで、すくなくとも六十リーグはしつたすゑさいはくさりれて、拙生せつせいどもは一くぢらくさりうしなつたのである。 しかしながら數月すうげつのち、ヨーロッパへの歸途かへりみち拙生せつせいどもおな場所ばしよからすうリーグのところで、そのくぢらんでいてゐるのをつけた。 身長たけは一まいるはん以上いじやううした巨大おほきいものは小部分せうぶぶんしか取入とりいれることかなはぬから、拙生せつせい短艇ボートおろし、やうやくのことあたま切取きりとつたらば、れいいかりくさりが四十リーグばかり、口中こうちう左側ひだりがは丁度ちやうどしたした蜷局とぐろいてゐた。 これには一同いちどう大喜悅おほよろこびあつた。 (多分たぶんこれくぢら死因しいんであつたらう。 した其側そのがはひど腫上はれあがつて、焮衝きんしようおこしてゐた。 以上いじやうこの航海かうかいちうおこつたゆい一の土產みやげばなしである。 いや、のこしたことが一つある。 くぢらふねいてはし途中とちうふねはじめて、ポンプが總出そうでになつてはたらいても、はいつてみづはうおほかつた。 が、仕合しあはせなことにはだい一にそれ發見はつけんしたのは拙生せつせいである。 直徑ちよくけいしやくだいあなで、このだい軍艦ぐんかんその勇敢ゆうかんなる乗組員のりくみゐん諸共もろともたゞ拙生せつせい頓智とんちによつて沈沒ちんぼつまぬかれたといつたら、諸君しよくん拙生せつせい得意とくいすこしはさつすること出來できるであらう。 一げんすれば、拙生せつせいそのあなうへすわつたのである。 これも拙生せつせい祖先そせん和蘭陀オランダじんからくだつたといふこと御承知ごしようちなら、諸君しよくんあるほど感嘆かんたんいたすであらう。

 すわつてゐたあひだはナカ〳〵つめたかつたが、もなく大工だいく修繕しゆぜんくはへて、拙生せつせいつとめいてれた。

譯者*やくしやいはく、これ男爵だんしやくつぎ名高なだかはなし引合ひきあひ洒落しやれたのであるが、其話それらぬひとにはいさゝ樂屋落がくやおちきらひがある。 よつて其話そのはなしすぢに、

 和蘭陀おらんだうみてきとするくにうみよりひく土地とちおほいから、堤防ていばうきづいてみづ堰止せきとめる。 が、なみしばしこの堤防ていばうやぶつて、人畜じんちくころ家屋かをくながす。 ある夕暮ゆふぐれをとこ堤防ていばう小穴こあないたのにがついた。 みづ滴々ちよぼり〳〵つてゐる。 かれ堤防ていばう大切だいじこといて承知しようちしてゐた。 ぐにうちはしつてちゝげようかとおもつたが、ちゝ驅付かけつけるまでにはれる、あなつからなくなるかもれぬ、あるひ其間そのあひだあなおほきくなるかもれぬ、と思返おもひかへして、其子そのこ其處そこすわつてあなおさへたまゝ一夜ひとよかした。 あさになつて人々ひと〴〵それこゝろづき、たゞちに修繕しゆぜんくはへ、一少年せうねんのおかげで一地方ちはう洪水こうずいまぬかれたといふ。

大魚たいぎよはなし

 拙生せつせい或時あるとき地中海ちちうかいで、ひよんことから一めいおとところであつた。 それなつ午後ひるすぎで、拙生せつせいはマルセーユ附近ふきん心持こゝろもちよいうみ游泳いうえいをしてゐた。 すると巨大おほきさかな大口おほぐちあいて、非常ひじやう速力そくりよく拙生せつせいむかつてるのをた。 咄嗟とつさことで、ける如何どうするもない。 拙生せつせいたゞちにあしちゞちゞくびちゞめ、うまれたてののやうに、出來でき身體からだちひさくして、其儘そのまゝ大魚たいぎよのど躍込をどりこみ、いで到着たうちやくした。 そこで少時しばらく眞暗黑まつくらやみなかつとしてゐた。 あたゝかくて居心ゐごゝろかつたらうつて?いや、諸君しよくんのおさつしのとほりだ。 しかし拙生せつせいかんがへた——文字もんじどほりに魚腹ぎよふくはうむられてしまつては仕方しかたない、うにかしてなければならぬ。 それにはいたせたら、大魚たいぎよ拙生せつせい持餘もてあましてつひには吐出はきだすであらう。 運動うんどうする餘地よち充分じうぶんあつたから、拙生せつせいはデングリカヘシをつ、トンボガヘリをる、高飛たかとび幅飛はゞとび宙返ちうがへりといふふう一生いつしやう懸命けんめい惡戯いたづらをした。 こと英國踊えいこくをどりをやりながらあし早目はやめむのが一ばんけたとえ、それはじめるともなく、かれ時々とき〴〵拙生せつせい吐出はきだしさうにする。 拙生せつせい此處こゝ先途せんど踊跳をどりはねる。 つひかれおそろしいこゑてゝ水中すゐちう直立ちよくりつし、あたまからかたけて身體からだ水面すゐめん露出あらはした。 それをイタリヤ商船しやうせん人々ひと〴〵つけてすゝり、數分すうふんのちに、大魚たいぎよもり仕止しとめられた。 さかな甲板かんぱんの上に引上ひきあげられてからもなく、拙生せつせいは、一ばん澤山たんとあぶらるには何處どこからつたらからうかと、そと人々ひと〴〵相談さうだんしてゐるこゑ聞付きゝつけた。 拙生せつせいはイタリヤわかるから、さかな拍子ひやうし刄物はもの拙生せつせいあたつては大變たいへんじつでなかつた。 動物どうぶつ胃袋ゐぶくろひろさは十二三にん大男おほをとこ收容しうようするにる。 彼等かれら無論むろんはしはうから切始きりはじめるだらうとおもつて、拙生せつせい胃袋ゐぶくろ眞中まんなかつてゐたが、拙生せつせい恐怖おそれもなく消失きえうせた。 彼等かれら下腹したはらからはじた。 切口きりくちから光線あかりすやいなや、拙生せつせい最早もはや窒息ちつそくしさうだからはやたすけてれと呶鳴どなつた。 なにしろさかな人間にんげんのやうなこゑてたといふので、彼等かれら驚愕きやうがく性質せいしつおよ程度ていど何程なにほど棒大ぼうだいいても眞相しんさうつたへること出來できぬ。 そして裸體はだか拙生せつせい直立ちよくりつしたなりさかな腹部はらからあるしたときには、彼等かれら喫驚きつきやう一層ひとしほであつた。 一げんすれば拙生せつせいは一始終しじう唯今たゞいま諸君しよくんはなとほ彼等かれらはなしたのである。 彼等かれらあきかへつてみづふくむだやうにだまつていてゐた。

 食物しよくもつ元氣げんきをつけて、拙生せつせいふたゝうみ飛込とびこむで身體からだきよめた。 ぬら〳〵してなまぐさくて氣持きもちわるかつたこと! それからきしおよいたらば、着物きもの以前もといたところにあつた。 時計とけいしてると、拙生せつせいすくなくとも四時間じかんはんさかなはらなかにゐた勘定かんぢやうになる。

 ヂブラルター包圍はうゐはなし

 先頃さきごろのヂブラルター包圍はうゐあひだ拙生せつせいはロドニーきやう引率いんそつ御用船ごようせんつて親友しんいうエリオット將軍しやうぐんひにつた。 其後そのごどう將軍しやうぐんはヂブラルターをまもつた功勞てがらにより、永久とこしへしぼまぬかつらかむりた。 拙生せつせい將軍しやうぐんともなはれて、守備しゆび情勢じやうせい視察しさつならび敵軍てきぐん作戰さくせん見物けんぶつかけた。 拙生せつせいはロンドンのドルランドでもとめた最上さいじやう望遠鏡ばうゑんきやう携帶けいたいしてゐた。 そのちからりて拙生せつせいてき拙生せつせいつてゐるところねらつて三十六舊砲きうはう發射はつしやしようとしてゐるのをたしかめた。 そこで將軍しやうぐん拙生せつせいところげると、將軍しやうぐん望遠鏡ばうゑんきやうのぞいて、まつた貴下きか觀察くわんさつどほりぢやといふ。 拙生せつせい將軍しやうぐん許可きよかて、近傍きんばう砲臺はうだいから四十七臼砲きうはう取寄とりよせるやうにめいじ、ながあひだ砲術はうじゆつ硏究けんきうをしてゐる難有ありがたさは、たくみに据付すゑつけをはつてねらひをさだめた。

 拙生せつせいつと先方せんぱう樣子やうすうかゞつてゐたが、てきその臼砲きうはう火門くわもん燐寸マツチくと同時どうじに、『て!』と一せい信號あひづはつした。