The Project Gutenberg eBook of 法螺男爵旅土産
Title: 法螺男爵旅土産
Author: Kuni Sasaki
Release date: October 16, 2010 [eBook #34084]
Most recently updated: February 24, 2021
Language: Japanese
Credits: Produced by Masaki Shibata
Title: 法螺男爵旅土産 (Horadanshaku tabimiyage)
Author: 佐々木邦 (Sasaki Kuni)
Language: Japanese
Character set encoding: UTF-8
Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka. (This file was produced from images generously made available by Kindai Digital Library)
法螺ほら男爵だんしやく旅たび土產みやげ
佐々木邦譯
暴風ばうふうと胡瓜きうりの樹きの話はなし
拙生せつせいの髯ひげが丁年ていねん到逹たうたつの宣言せんげんをする以前まへ、もつと碎くだいて申まをせば、最早もはや子供こどもでもなく、さりとて未いまだ大人おとなでもない頃ころ、拙生せつせいは世界せかい觀光くわんくわうの渇望かつばうを口癖くちくせのやうに洩もらしてゐた。 ところが待まてば海路かいろの日和ひよりとやらで、父ちゝはセイロン島たうへの航海かうかいに拙生せつせいの隨伴おともを御許可おゆるしになつた。 セイロン島たうには父ちゝの叔父をぢに當あたる人ひとが、知事ちじとして最早もう長ながい事こと居ゐる。
我等われらはホルランド王室わうしつの國書こくしよを奉戴ほうたいしてアムスターダムに纜ともづなを解といた。 此この航海かうかい中ちゆう一寸ちよつと記載きさいの價値ねうちあるのは暴風ばうふうの起おこつた事ことである。 それが尋常じんじやう一様やうの暴風ばうふうでなく、我等われらが薪水しんすゐを取込とりこみに碇泊ていはくしてゐた島しまの、高樹かうじゆ大木たいぼくを根拔ねこぎきにした。 啻たゞに根拔ねこぎにしたばかりでない。 其中そのうちには何噸なんとんといふ重量おもいのがあつたけれど、其それが風かぜに攫さらはれて、果はては宛然まるで空中くうちゆうに漂たゞよふ小鳥ことりの羽毛はねのやうに見みえた。 少すくなくとも海拔かいばつ五哩まいるの所ところに逹たつしたのであらう。 そして暴風ばうふうが止やむか、止やまないに、其木そのきが夫それ〴〵舊もとの所ところに垂直すゐちよくに落おちて再ふたゝび根ねを張はるには拙生せつせいも一驚きやうを喫きつした。 しかし一番ばん大おほきい奴やつは空中くうちゆうに吹上ふきあげられた時とき、其枝そのえだに木訥ぼくとつな百姓ひやくしやうの老夫婦らうふうふが乗合のりあはせてゐた。 乗合のりあはせてゐたといふと馬車ばしやか何なんぞのやうだが、實じつは胡瓜きうりを把とつてゐたのである。 世界せかいも此この地方へんになると日用にちようの靑物あをものは皆みな木きに實なつてゐる。 さて此この夫婦ふうふの體量めかたが幹みきの衡平かうへいを失うしなはせたから、大木たいぼくは平ひらたく地上ちじやうに落おちて、折をりから通合とほりあはせた島しまの首領しゆりやうを即座そくざに壓殺おしころして了しまつた。 首領しゆりやうは大木たいぼくが屋根やねに落おちて、家いへぐるみ潰つぶされてはならぬと思おもひ、少時しばらく戶外こぐわいを徘徊はいくわいして、大分だいぶ木きも降ふり止やむだからと、今いまし庭園ていゑんを通とほつての歸途かへりみちに運好うんよく腦天なうてんを打うたれたのである。 此この運好うんよくといふ文字もんじは聊いさゝか說明せつめいを要えうする。 といふのは此この首領しゆりやうといふのは島しま一體たいの鼻摘はなつまみで、獨身者ひとりものであつたが、其その一人ひとりの貪慾どんよくと壓制あつせいの爲ために良民りやうみんは殆ほとんど食くふや食くはずの憂うき目めを見みてゐたのである。
此この惡漢しれものの捥取もぎとつた財貨たからは空むなしく倉くらの中なかで唸うなつてゐるのに、奪うばはれた貧乏人びんばふにんは飢寒きかんに泣なくといふ有樣ありさまであつた。 此この暴君ばうくんの沒落ぼつらくは全まつたく偶然ぐうぜんであつたが、縱令たとひ怪我あやまちの功名こうみやうにもせよ、兎とに角かく壓制者あつせいしやを退治たいぢしてくれたのだからと、人民じんみんは感恩かんおんの表示しるしに胡瓜きうり取とり夫婦ふうふを戴いたゞいて知事ちじにした。
我等われらは此この暴風中ばうふうちゆうに被かうむつた破損はそんを修繕しゆぜんして、新しん知事ちじ及および令夫人れいふじんに別わかれを吿つげ、目的地もくてきちに向むかつて順風じゆんぷうに帆ほを揚あげた。
それから約やく六週間しうかんにして我等われらはセイロン島たうに着つき、其處そこで鄭重ていちような歡迎くわんげいを受うけた。 次つぎの珍奇ちんきな冒險ばうけんは多少たせう興味きようみを惹ひくであらう。
獅子しゝと鰐わにの話はなし
セイロン島たうに滯在たいざいする事こと二週間しうかんばかりの後のち、或日あるひ拙生せつせいは知事ちじの弟おとうとに連つれられて、鐵砲打てつぱううちに出でかけた。
巨大おほきな湖みづうみが拙生せつせいの注目ちうもくを惹ひいた。 其その岸きし近ちかく來くると、何なにか背後うしろにガサ〳〵する音おとが聞きこえたと思おもつて、振返ふりかへつて見みると、拙生せつせいは殆ほとんど石化せきくわして了しまつた。 蓋けだし此この場合ばあひ恐おそらくは石化せきくわせぬ人ひとはなからうと思おもふ。 と申まをすは一疋ぴきの獅子しゝが目めに付ついたのである。 明白あきらかに當方たうはうを目差めざして、拙生せつせいの蚊かの脛すねのやうな體軀からだを以もつて食慾しよくよくを滿みたさうとして進すゝむでまゐる。 それも當方たうはうの承諾しようだくを求もとめずに遂行すゐかうしようといふのだから、恐おそれ入いらざるを得えない。 此この進退維谷ヂレンムマに際さいして如何いかに處决しよけつす可べきか?拙生せつせいは全然まつたく考慮かうりよの餘地よちがなかつた。 拙生せつせいの鐵砲てつぱうには白鳥彈はくてうだまが込こめてあるばかり、其それより大おほきい彈丸たまは生憎あいにくにも何なんにも持合もちあはせがない。 しかし白鳥彈はくてうだまで此この動物どうぶつを殪たふし得えようとは思おもはなかつたが、兎とに角かく砲聲おとで驚おどろかせ、尙なほ多少たせう怪我けがをさせてやれる位くらゐの見込みこみはあつたから、先方せんぱうが然しかる可べき距離きよりに來くるのも待またず、拙生せつせいは火葢ひぶたを切きつて了しまつた。 砲聲おとは却かへつて動物どうぶつの憤怒いかりを增ました。 彼かれは今いまや急きふに步あしを早はやめた。 全速力ぜんそくりよくで近寄ちかよつて來くるやうに見みえた。 拙生せつせいは逃にげようと思おもつたが、其それは却かへつて心痛しんつうを增ましたに過すぎぬ。 といふのは振返ふりかへり樣さま、拙生せつせいは拙生せつせいを呑込のみこむために大口おほぐちを開あいた鰐わにと危あやうく鉢合はちあはせをする所ところであつた。 前まへに述のべた通とほり右手みぎては湖水こすゐである。 左手ひだりては絕壁きりぎしである。 落おちれば下したは猛獸まうじうの巢窟さうくつだと後あとから聞きいて承知しようちした。 短言たんげんすれば、獅子しゝは最早もはや後脚あとあしで立上たちあがり、今いまにも掴蒐つかみかゝりさうにしてゐるから、最早もはや生命いのちは無ないものと觀念くわんねんして、拙生せつせいは恐懼きようくの餘あまり、無意識的むいしきてきに其その場ばに平伏つツぷした。 後あとから察さつするに、獅子しゝは直たゞちに飛蒐とびかゝつたに相違さうゐない。 拙生せつせいは姑しばらくの間あひだ言語げんごに述のべがたき心情こゝろもちで刻々こく〳〵猛獸まうじうの牙きばか爪つめが身體からだの何處どこにか當あたるだらうと待まつてゐた。 數秒すうべうの間あひだ尙なほ腹這はらばひのまゝ待まつと、熱烈ねつれつ且かつ異樣いやうな叫音さけびを聞きいた。 曾かつて拙生せつせいの耳みゝを煩わづらはした音響おんきやうの中うちに、之これに似寄によつたものは一つもない、と其その時ときは恐おそろしくて無我むが夢中むちゆうだつたが、後あとから然さう思おもつた。 しかし事情じじやうを見みれば、其それも道理だうりで、聲こゑの出所でどころが分わかれば、諸君しよくんも夫それ然しかり豈あに夫それ然しからざらんやと合點がつてんの行ゆく事ことであらうと存ぞんずる。 拙生せつせいは尙なほ少々せう〳〵聞耳きゝみゝを立たてゝ、死しぬか生いきるかと頭あたまを擡もちあげて、周圍あたりを見廻みまはすと、獅子しゝは拙生せつせいに飛付とびつく方はうに氣きを取とられた餘勢よせいで、拙生せつせいが倒たふれた刹那せつな、既すでに申まをした通とほり廣ひろく開あいた鰐わにの口くちに飛込とびこむだのである。 前者ぜんしやの頭かしらは後者こうしやの喉のどに嵌はまり、此これは其それを吐出はきださう、彼かれは其それを拔取ぬきとらうで、轉々てん〳〵悶々もん〳〵してゐる。 之これを見みた拙生せつせいの歡喜よろこびは寔まことに何なんに例たとへやうもなかつた。 運好うんよく拙生せつせいは腰こしに付つけた獵刀れふたうを思出おもひだして、名刀めいたうの難有ありがたさ、唯たゞ一擊ひとうちで獅子しゝの頭くびを落おとした。 血ちが颯さつと迸ほとばしつて、首くびのない死骸しがいが、足元あしもとに蹣跚ぐたりと倒たふれた時ときの心地こゝろもちの惡わるさ!次つぎに拙生せつせいは獵銃れふじうの臺尻だいじりで、獅子しゝの頭あたまを鰐わにの喉のどに突込つきこみ突込つきこみ、到頭たうとう窒息ちつそくさせて鰐わにも殺ころして了しまつた。 彼かれは呑下のみくだす事ことも出來できず、吐はき出だす事ことも叶かなはなかつたのである。
斯かくして拙生せつせいが二强敵きやうてきを平たひらげると間まもなく、同伴つれの男をとこが拙生せつせいを探さがしに來きた。 拙生せつせいが彼かれの後あとを追おはぬに心付こゝろづいて、さては道みちを踏違ふみちがへたか、それとも何なにか變事まちがひが起おこつたかと、早速さつそく引返ひきかへして來きたとの事こと。
お互たがひに成功せいこうを祝しゆくした後のち、拙生せつせいは鰐わにの身長たけを量はかつて見みたら、丁度きつかり四十尺しやくあつた。
深雪みゆきと高塔かうたふの話はなし
拙生せつせいは冬ふゆの最中さなかにロシヤの旅たびを思立おもひたつた。 旅人たびゞとは口くちを揃そろへて、ドイツ北部ほくぶポーランド、コーアランド、リボニヤ等などの道路だうろ險惡けんあくを言いふが、拙生せつせいは嚴寒げんかんなれば雪ゆきと氷こほりで却かへつて道みちが容易らくだらうと考かんがへたのである。 拙生せつせいは馬うまで出掛でかけた。 これが最さい簡便かんべんの旅行りよこう法はふだと思おもつたので。 其その中うちに夜陰やいんと暗黑あんこくが追着おひついた。 村むらは一個ひとつも見みえぬ。 地ちは一面めんに雪ゆきが降積ふりつむでゐる。 拙生せつせいは道みちは全まつたく不案内ふあんないである。
拙生せつせいは草臥くたびれて馬うまから下おりて、雪ゆきの上うへに現あらはれてゐた尖とがつた木きの幹みきのやうなものに馬うまを繋つないだ。 護身ごしんの爲ためにピストルを腕うでの下したに置おいて一睡すゐを貪むさぼつた。 能よく眠ねむつたものと見みえて、覺さめた時ときには最早もはや日ひが昇のぼつてゐた。 しかし氣きが付ついて見みると、拙生せつせいは村むらの中央まんなかの敎會堂けうくわいだうの墓地ぼちに寢ねてゐる。 是これには何なんとも言いひやうなく喫驚びつくりした。 そして尙なほ拙生せつせいの馬うまが見みえぬ。 間まもなく何處どこか上うへの方はうで、奴やつの嘶いなゝく聲こゑがした。 思おもはず見上みあげると、更さらに仰天ぎやうてんした事ことには、會堂くわいだうの高塔かうたふの上うへの風見かざみに拙生せつせいの馬うまが手綱たづなで繋つないである。 事態じたいは直たゞちに闡明せんめいした。 所謂いはゆる大陸たいりく氣候きこうの激變げきへんで、雪ゆきが解とけるに從したがつて、拙生せつせいは熟睡じゆくすゐの儘まゝ徐々じり〳〵と此この會堂くわいだうの墓地ぼちまで下おりて來きたのである。 昨夜さくや暗黑くらやみ紛まぎれに木きの幹みきと見みて馬うまを繋つないだのは實じつは會堂くわいだうの高塔かうたふの風見かざみであつた。
斯かう次第しだいが分わかれば面倒めんだうも何なにもない。 拙生せつせいは直樣すぐさまピストルを取出とりだして、狙ねらひ定さだめて引金ひきがねを引ひき、美事みごと手綱たづなを二つに絕たち、恙つゝがなく馬うまを下おろして時ときを移うつさず旅たびを續つゞけた。 (流石さすがの男爵だんしやくも此處こゝでは大おほ手稃てぬかりをしてゐる。 長ながい間あひだ馬うまを餓うえさせたのだから、飼葉かひばを命めいじた位くらゐの事ことは言いつて置おく筈はずだと思おもふ。 )