此この料理れうり動物どうぶつには一性せいしかない。 彼等かれらは皆みな木きから生うまれる。 料理れうり動物どうぶつを生うむ木きは他たの木きよりも美うつくしい。 枝えだが眞直まつすぐで葉はは肉色にくいろを帶おびてゐるから、一見けんして區別くべつが付つく。 實みは胡桃くるみの類るゐで、長ながさ少すくなくとも一ヤードの堅牢けんらうな殼からの中なかに入はいつてゐる。 熟じゆくし始はじめると色いろが變かはるから知しれる。 其それを極きはめて丁寧ていねいに收穫しうかくして、適宜てきゞの時間じかん貯たくはへて置おく。 此この胡桃くるみの種たねを生いかさうと思おもふ時ときには、湯ゆの煑にたぎつた大釜おほがまの中なかへ投ほうり込こむ。 數時間すうじかん茹うでると、殼からが蜆しゞみのやうに口くちを開あいて、中なかから料理れうり動物どうぶつが飛出とびだす。
造化ざうくわは眞まことに妙巧めうこうで、生うまれぬ前まへから彼等かれらの心性しんせいに從したがつて其その職業しよくげふを定きめて置おく。 即すなはち第だい一の殼からからは軍人ぐんじんが生うまれ、第だい二の殼からからは哲學者てつがくしやが生うまれ、第だい三の殼からからは神かみが生うまれ、第だい四の殼からからは辯護士べんごしが生うまれ、第だい五の殼からからは百姓ひやくしやう、第だい六の殼からからは田舎漢ゐなかもの、第だい七の殼からからは盜賊どろぼうといふ風ふうで、彼等かれらは生うまれると直すぐに、既すでに理論りろんで承知しようちしてゐる所ところを實行じつかうに依よつて完成くわんせいに取とりかゝる。
年としが寄よつても彼等かれらは死しなぬ。 空氣くうきに化くわして煙けむりのやうに解とけて了しまふ。 飮料いんれうとしては何物なにものも用もちゐない。 手てには唯たゞ一本ぽんの指ゆびがあるばかり、而しかも此この指ゆびを用もちゐて我等われらが五指しを動うごかすよりも完全くわんぜんな仕事しごとをする。 彼等かれらの頭あたまは右みぎの腕うでの下したにある。 旅行りよかうをしたり荒あらい仕事しごとをしたりする時ときは、頭あたまだけ家うちへ置おいて來くるのが通例つうれいである。 といふのは遠方ゑんぱうにゐても隨時ずゐじ頭あたまと相談さうだんする事ことが出來できる、是これは家常かじやう茶番ちやばんの事ことである。 若もし月人げつじん中ちう高貴かうきの者共ものどもが平民へいみん社會しやくわいの出來事できごとを知しりたいと思おもふ時ときには、家うちに引籠ひきこもつてゐて、頭あたまだけを派遣はけんする。 彼等かれらの頭あたまは人ひとの目めにつかぬやうに、何處どこにでも居ゐる事ことが叶かなふから、充分じうぶん事情じじやうを觀察くわんさつして歸かへつて來こられる。
此國このくにの葡萄玉ぶだうだまは宛然さながら雹へうのやうである。 月つきの世界せかいに大風おほかぜが起おこつて葡萄ぶだうの蔓つるを震ふるひ、玉たまを落おとす時ときには、拙生せつせいは何時いつも大恐悦だいきやうえつ、丁度ちやうど人間にんげんの世界せかいに雹へうの降ふるやうな光景くわうけいである。 所ところで拙生せつせいは拙生せつせいと同意見どういけんの諸君しよくんにお勸すゝめ致いたすが、今度こんど雹へうの降ふつた時ときには貯たくはへて置おいて、月世界げつせかいの葡萄酒ぶだうしゆを造つくつて見みたら宜よからう。 尙なほ重要じうえうな見聞けんぶんを話はなし落おとした。 其それは料理れうり動物どうぶつが我等われらが袋ふくろを使つかふやうに腹はらを利用りようする事ことである。 何なんでも必要ひつえうがあると腹はらの中なかに仕舞しまひ込こむ。 其それといふのも胃袋ゐぶくろ同樣どうやうに彼等かれらの腹部ふくぶは開閉かいへい自在じざいなのである。 而しかして彼等かれらの間あひだには内臓病ないざうびやうといふものがない。 又また着物きものは一切さい用もちゐない。 丸裸まるはだかでゐるけれど、見苦みぐるしい所ところとては一箇所かしよもない。
彼等かれらの眼まなこは自由じいう自在じざいに取外とりはづしが出來できる。 之これを手ての先さきに付つけても頭あたまと同樣どうやうに物ものを見みる事ことが出來できる。 若もし何なにかの過失まちがひで眼めを失うしなつたり損そんじたりすると、他人たにんから借用しやくようも出來でき、買入かひいれも出來でき、自分じぶんの眼めと異ことなる所ところなく明瞭はつきりと物ものを見みる事ことが出來できる。 斯かういふ次第しだいだから、月つきの世界せかいでは何どの地方ちはうへ行いつても目め商人しやうにんが至いたつて多おほい。 そして又また此この品物しなものに限かぎつて流行はやりがある。 或時あるときは黃眼くわうがんが流行はやり、或時あるときは綠眼りよくがんが流行はやる。
以上いじやうの見聞けんぶんは諸君しよくんには耳新みゝあたらしい事ことと信しんずる。 しかしながら、若もしマンチヨーゼン奴め、好いい加減かげんなちやらつぽこを言つてゐる等などと疑うたがひを起おこす人ひとがあるならば、拙生せつせいは何なんとも言いはぬ、唯だゞ一度ど彼かの地ちへ旅行りよかうして實地じつち踏査たふさをするが宜いい。 百聞ぶん一見けんに若しかずで必かならずや拙生せつせいの言葉ことばに懸價かけねのない事ことが分わかるであらう。
法螺男爵旅土產終
| 明治四十二年三月卅一日印刷 法螺男爵旅土產 |
| 明治四十二年四月五日發行 定價金貳拾五錢 |
| 著作者 佐々木邦 |
| 不 許 發行者 山縣文夫 |
| 東京府下北豐島郡巢鴨町 |
| 大字上駒込十九番地 |
| 複 製 印刷者 藤本兼吉 |
| 東京市牛込區市ケ谷加賀町 |
| 一丁目十二番地 |
| 印刷所 株式會社 秀英舎第一工場 |
| 東京市牛込區市ケ谷加賀町 |
| 一丁目十二番地 |
| 發行所 東京巢鴨郵便區上駒込山縣邸内 内外出版協会 |
| 電話(長距離加入)下谷四百三十八番 |
| (振替貯金口座東京三百五十五番) |
Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)
誤植と思われる箇所は以下の通り訂正した。
原文 世よの常ねの(p.21)
訂正 世よの常つね
原文 投とんじ(p.26)
訂正 投とうじ
原文 小枝こえと新芽だめ(p.29)
訂正 小枝こえだと新芽しんめ
原文 惡戯をした(p. 45)
訂正 惡戯をした。
●文字・フォーマット・その他に関する補足
本文の前に「はしがき」が二頁にわたって書かれていたが、字がかすれて判読できず、割愛せざるをえなかった。
原文の爵の字は「嚼」から「口」をのぞいたもの。
また節の字は「卽」に竹冠。
p. 43 「拙生せつせいは或時地中海で……」の段落は一字字下げした。