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法螺男爵旅土産 cover

法螺男爵旅土産

Chapter 7: 野豚のぶたと猪ゐのしゝの話はなし
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About This Book

A series of humorous travel anecdotes presents a first-person narrator's improbable mishaps across sea voyages and winter journeys, told with deadpan irony. Episodes range from a storm that lifts trees bearing produce and accidentally topples a local despot, to a lakeside crisis where a lion and a crocodile clash over the narrator and are dispatched in a surreal rescue, to waking with a horse tied to a church weathercock. Additional tales of sled travel, wolf chases, and other comic misadventures mix tall-tale exaggeration, observational satire, and physical comedy.

馬具ばぐはいつたおほかみ

 うま拙生せつせいせてはしる。 ロシヤ内地ないちはいつてから拙生せつせい騎馬きば旅行りよかううやら冬季とうき流行りうかうでないと合點がてんした。 そこで常例じやうれいしたがつてそのくに習慣しふくわん採用さいようし、たん馬橇ばそりもとめ、ペテスブルヒをがけて韋駄天ゐだてんりにすゝむだ。 イーストランドであつたか、ヂャゲマンランドであつたか、くはしくは思出おもひだせないが、かくさびしいもりたゞなかだつたと記憶きおくする。 拙生せつせいおそろしいおほかみ嚴冬げんとううゑられて、全速力ぜんそくりよくつてるのにがついた。 とおもおほかみ追着おひついたから、到底たうていのがれるすべはない。 拙生せつせいたゞ機械きかいてきそりなか平伏へいふくして、無上むしやううまはしらせた。 ところがもなく拙生せつせいねがつたことで、しか此際このさい到底とても出來できない相談さうだんだとあきらめてゐた一おこつた。 とまをすは、おほかみ拙生せつせいにはすこしれず、あたまうへ跳越はねこして、狂亂きやうらんのやうにうましり獅嚙付しがみつき、たゞちにあはれむ動物どうぶつ臀部でんぶ搔毟かきむしつてにくむさぼはじめた。 拙生せつせい自分じぶんけは安全あんぜん最早もはやつかる氣遣きづかひなしと、ひそかあたまもたげて樣子やうすうかがつたが、すでおほかみうま腹部ふくぶまで喰込くひこむでゐるのにはなんとも名狀めいじやうがたおそろしい心持こゝろもちがした。 あたまはうまで喰貫くひつらぬいたのはそれからやゝ少時しばらくことで、時分じぶんしと拙生せつせいむち懸命けんめいおほかみいた。 このおもひがけない背面はいめん攻擊こうげきおほかみきもつぶしてうま死骸しがい筒拔つゝぬけ、到頭たうとう馬具ばぐなか四合しつくりはまつてしまつた。 同時どうじうま摚乎ばたりたふれる。 さあ拙生せつせい必死ひつしになつてむちふるひ、つわ〳〵。 つひ拙生せつせいおほかみせずしてつゝがなくベテスブルヒに乗込のりこむだ。 や、都人士とじんしおどろいたのおどろかないのつて!

野豚のぶたゐのしゝはなし

 僥倖げうかうしばし人間にんげん錯誤まちがひたゞす。 これいては拙生せつせい特別とくべつ實例じつれいがある。 拙生せつせいもりおく野豚のぶた牝牡めすをすつけた。 めすをすあといてはしつてく。 拙生せつせい彈丸たまれたけれど、たゞ前方まへやつ逃去にげさつたばかりで、めすからえたやうに、つとしてつてゐる。 こと次第しだい調しらべてると、あとやつ年寄としより盲目めくらで、いてあるいてもらめに息子むすこ尻尾しつぽつかまつてゐたのである。 拙生せつせいたまは二ひきあひだ通貫とほりぬけ、盲豚めくらぶたくはへてゐたそのみちびきのつなつてしまつた。 そして案内者あんないしやが一かういてくれぬものだから、彼女かのぢよ當然たうぜんだまつて立止たちとまつてゐた。 そこで拙生せつせい千切ちぎれたぶた尻尾しつぽり、年寄としよりぶたうちまでいてかへつた。 拙生せつせいおいてもなん面倒めんだうなく、ぶたはうでももとより盲目めくらことであるからこばみもせずおそれもせず。

 野豚のぶたおそろしいが、猛惡まうあく危險きけんなのはゐのしゝである。 そのゐのしゝの一ぴき或日あるひ拙生せつせい運惡うんわるもりなか行當ゆきあたつた。 攻守こうしゆとも武具えものとしては寸鐵すんてつをもびてゐない。 くるへる動物どうぶつ拙生せつせい橫打擊よこなぐりくらはせようとねらつた刹那せつな拙生せつせいかしうしろ姿すがたかくした。 すると先生せんせいはづしをつて、餘勢よせいたゞちにとゞまがたく、かしみききば突通つきとほし、打擊だげき繰返くりかへことかなはず退しりぞこともならず、たゞ地團太ぢだんだむでゐた。 『めた〳〵、拙生せつせいにも量見りやうけんがあるぞ!』と拙生せつせい矢庭やにはいしひろつて、んなことがあつてもげられぬやう、拙生せつせいちかくのむらからもどまでつてゐるやうに、てききば折釘をりくぎのやうに打曲うちまげた。 それから拙生せつせい悠然いうぜんむらかへり、なはくるまりて引返ひつかへし、美事みごと先生せんせい生捕いけどりにしてうちもどつた。

雄鹿をじかさくらはなし

 諸君しよくん獵師れふしまもり本尊ほんぞんセント・ハバートともりなかかれあらはれたるつのつのあひだ十字架じふじかてた雄鹿をじか物語ものがたりさだめて御承知ごしようちであらう。 それはかく拙生せつせいみづか目擊もくげきした珍話ちんわ紹介せうかいいたさう。 或日あるひことごと彈丸たま使盡つかひつくした揚句あげくに、はからずも拙生せつせい面前めんぜん立派りつぱ雄鹿をじかあらはれた。 あたか拙生せつせい彈丸たまぶくろ取調とりしらべてその無一物むいつぶつ承知しようちしてゐるやうに、安心あんしんして拙生せつせい打目戍うちまもつてゐる。 拙生せつせいたゞちに火藥くわやくめ、泥棒どろぼうつかまへてなはふやうに、いそいで櫻坊さくらんばうり、一つかみをたまへた。 さてねらさだめて打放うちはなすと、それ鹿しかひたひつのつのとのあひだ命中めいちうし、かれ度膽どぎもかれて蹣跚よろめいたが、其儘そのまゝ疾風しつぷうのやうに走去はしりさつた。 一二ねんのち拙生せつせいそのもりかりをしてゐると、つのつのあひだに十しやく以上いじやうさくらえた立派りつぱ雄鹿をじか出會であつた。 拙生せつせいたちま先年せんねん冒險ばうけん想起おもひおこし、これなんさき取逃とりにがしたるわが獲物えものなれ、此處こゝつたが百年ひやくねんめ、とたゞぱつ打倒うちたふし、一きよして腰肉にく櫻漿チエリーソース有付ありついた。 繁茂はんもして、櫻坊さくらんばう鈴實すゞなりになつてゐた。 そしてつねよりもはるかにあぢかつた。

くまおほかみはなし

 ひかり拙生せつせい火藥くわやくが、ポーランドのもりなかきてしまつた。 拙生せつせい家路いへぢいそみちすがら、おそろしいくまけられた。 かれ疾走ひたはしつて、大口おほぐちいて、いまにも拙生せつせいをどかゝらうとする。 ポッケットのなかくまなくさがしてたが、もとより火藥くわやく彈丸たまもない。 たゞ大切たいせつ火打石ひうちいし二個ふたつあるばかり。 進退しんたいきはまつて拙生せつせいその一個ひとつ力委ちからまかせに怪物くわいぶつくち投込なげこむと、それのどりた。 くるしかつたとえてかれ一寸ちよいとよこいたから、この利用りようして拙生せつせいだい二の火打石ひうちいしふたゝ猛獸まうじうくちとうじたが、じつおどろ大成功だいせいこうであつた。 だい二の火打石ひうちいし飛込とびこみさま、だい一のやつ胃袋ゐぶくろなか命中めいちうし、たゞちにはつして、くま即座そくざ破裂はれつしてしまつた。 くてこともなくなんまぬかれたが、いや、思出おもひだしても慄然ぞつととする。 拙生せつせいふたゝ無手むてくまたゝか勇氣ゆうきはない。

 うもなにかの因緣いんねんえる猛惡まうあく凶暴きようぼう動物けだものあたかも本能ほんのうによつてそれ承知しようちしてゐるやうに、拙生せつせい武器えものたぬときかぎつておそつてる。 このでん或日あるひ拙生せつせいるから獰惡どうあくさうをしおほかみおそはれた。 あまきふすであまちかてゐるから拙生せつせいたゞ機械的きかいてき本能ほんのうしたがひ、拙生せつせいこぶし相手あいてけたくち突込つきこほかみちがなかつた。 安全あんぜん拙生せつせい無暗むやみ突込つきこむで、つひ拙生せつせいうでおほかみかたあたりまではいつた。 しかし如何いかにしておほかみからはなれようか?けた姿勢しせいをして、何時いつまでもおほかみかほ見交みかはしてゐるのははなは不愉快ふゆくわいでならなかつた。 さりとてうで引拔ひつこぬけばかれ憤怒ふんぬきうばいして飛蒐とびかゝつてるだらう。 これそのすごまなこ明白あきらかまれる。 短言たんげんすれば拙生せつせいおほかみ尻尾しつぽとらへ、靴下くつしたぐやうに、力委ちからまかせに裏返うらがへしにして、やうや猛獸まうじうえんり、地面ぢめんたゝけて、其儘そのまゝかへつてた。

男爵だんしやく駿馬しゆんめはなし

 ところはリスアニヤにける伯爵はくしやくブルゾボスキイの別莊べつさう拙生せつせい應接間おうせつま貴婦人きふじんれんちやむでゐた。 紳士しんしれん養馬所やうばじよからたばかりの良種りやうしゆ若馬わかうまりてつた。 すると突然とつぜんあれよ〳〵とけたゝましいこゑきこえた。 拙生せつせい階段かいだん驅下かけおりてると、うま荒狂あれくるつて、ひとせるどころか、せつけさうにもない。 勇膽ゆうたん騎手きしゆまでうしなつて、せずにゐる。 失望しつばうすべてのひと顏色がんしよくまれた。 其時そのとき拙生せつせいすこしもさわがず、飜然ひらりと駻馬かんばまたがつて、その荒膽あらぎもひしぎ、拙生せつせい練逹れんたつ曲乗きょくのりこゝろみながら、さしもの氣性者きしやうもの溫和をんわ從順じうじゆんらしむだ。 貴婦人きふじんれん合點がてんかせ、無益むえき恐怖おそれを一さうするやうに、拙生せつせい開放あけはなつた食堂しよくだうまどから、一むちくはへて室内しつない乗込のりこみ、其中そのなか何遍なんべんとなくあるひ並足なみあしあるひ駈足かけあしあるひ高足たかあし乗廻のりまはし、最後さいご食卓しよくたくうへ乗上のりあがり、一けんと二けん長方形ちやうはうけいうへで、今迄いままで曲藝きよくげいさら小規模せうきぼ繰返くりかへさせた。 さあ、貴婦人きふじんれんがやんやと喝采かつさいするのしないのつて!うままこと巧者こうしやなもので、コップ一つくつがへさなかつた。 これめに拙生せつせい聲價せいかとみ上騰じやうたうし、こと伯爵はくしやく驚嘆きやうたんして、常例いつも鄭重ていちよう態度たいどで、このわかうま貴下きか贈呈ぞうていする、何卒なにとぞ御笑納ごせうなふあつて、近々きん〳〵發足はつそくす可きミウニッヒはくひきゐるトルコ遠征軍ゑんせいぐんとうじ、ねがはくは撼天かんてん動地どうち功名こうみやう手柄てがらたまへ、とつての懇情こんじやう。 そこで拙生せつせいは一たい騎兵きへいしたがへ、幾度いくたび遠征ゑんせいのぼり、へいあやつこと縦橫じうわう無礙むげひところことくさごとく、げたる勲功くんこう當然たうぜん拙生せつせい計算けいさんきものであるが、勇敢ゆうかんなる部下ぶか努力どりよくまたけつして閑却かんきやくすべからざるものとしんずる。 こと拙生せつせい先頭せんとうつて、土耳古とるこぐんをオクザコーに追込おひこむだときごときは、いやはやかほほてるやうな激戰げきせんであつた。