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腕くらべ

Chapter 12: 八 枕のとが
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About This Book

A man attending the theater unexpectedly meets a woman he had known years earlier as a young performer, and the encounter triggers a flood of memories about earlier amusements and shifting affections. The narrative traces their brief reunion amid a network of patrons, hostesses, and entertainers in urban pleasure quarters. Through episodic scenes in corridors, tea rooms, and small establishments, the story considers nostalgia, social maneuvering, and the transactional mix of fondness and convenience in adult relationships. The prose contrasts youthful innocence with later worldly calculation while quietly observing manners, money, and routine intimacy in city life.

八 枕のとが

 その晩駒代は丁度花助と因業家から歸つて來て、煙草を一服してゐる處へ心待に待つてゐた嬉しい宜春のお座敷。 行くとすぐに花助を呼び瀨川の兄さんに引會はせて面白可笑しく十時過まで遊んだ。 花助は後から掛つた他のお座敷へ廻る。 駒代は兄さんとそれなり奧座敷へ引けて、十二時頃には起るつもりの處、何を云ふにも色になり立ての若い同志、つい別れにくゝて其の儘泊れば翌日は丁度稽古が一日休みと云ふ嬉しさ。 晝寐の夢から覺めてすき腹に一二杯酌みかはした時である。

「駒代さん電話…………。 」と知らせに來た女中もさすが氣の毒さうに聲をひそめた。

 駒代は電話口へ出てお座敷はどこだと聞くと對月と云ふ待合だと箱屋の返事に、一先づ斷つたが、またもや呼びに來る電話。

「兄さん、どこか遠出に行きたいわねへ。 」と云ひながらも商賣なれば是非もなく、駒代は再び電話へ出ると、今度は花助の聲で、是非お前さんが見たいと云ふお客樣が居らつしやるんだから、鳥渡でいゝから貰つて來てくれとの事、そして出先は先刻さつきの對月である。

 駒代は是非なく承知して瀨川には一時間ほどすればきつと歸つて來るからどうか待つてゐるやうにと賴んで、しぶ〳〵車を呼び鳥渡家へ歸つて化粧を仕直し着物を着換へて對月へ出掛けた。

 風通しのいゝ二階の十疊に、御客は一人、藝者は家の姐さんの十吉に房八といふ少し年下の老妓、それに花助、稻香、萩葉、杵子、おぼろなんぞと云ふ二十三四の年增四五人に半玉二人を交へた賑な座敷である。 これなら直に貰つて歸れると駒代は内心喜びながらも、家の姐さん十吉がゐてはさすがにさう我儘も出來ぬと思つてゐる中、十吉はそれぢや又お近い中にと丁寧に挨拶して何處か外の座敷へ廻つて行つた。

 お客は五十年配の色の眞黑な海坊主のやうな大男である。 羽織は拔いで紺飛白の帷子に角帶を〆め、右の小指に認印の指環、兜町のお客かとも思はれる樣子。 一座の老妓房八と花助とを兩傍に麥酒の酌をさせながら、別に話をするでもなく唯にや〳〵笑つて、杵子、萩葉、稻香なんぞいふ色盛の藝者が手放しの痴言のろけ、またはお酌が遠慮もない子供役者の品定めを面白さうに聞いてゐるばかり。

 駒代は時分を計つて座敷を貰はうと何氣なく立つて階下したの箱部屋へ行かうとすると、いつの間にか同じく座を立つて後について來た花助、「駒ちやん、鳥渡。 」と廊下の角でそつと駒代を呼び止め、聲をひそめて、「駒ちやん、お前さん、今夜都合が出來ないかい。 」

 駒代は何の事かと花助の顏を見る。 花助はぢつと近く寄添つて、「昨夜ね、實は宜春さんから貰つて廻るとあの方のお座敷なんだよ。 その時是非お前さんをと仰有つたんだけれど、昨夜はお前さんも兄さんがおゐでだし、其れにもう時間が時間だつたから、いゝやうに云つて置いたのさ。 ところが又今夜お出でになつて是非私からツて仰有るのさ。 橫濱の大きな骨董屋さんなんだよ。 以前日本橋にお店があつた時分から、葭町でちよい〳〵お目にかゝつたんだよ。 此方へ來てからも時々お目にかゝるんだけれど、此方にやまだ誰もお馴染はないらしいんだよ。 」

 花助は一足二足と押すやうにいつか廊下の角の丁度空いてゐる座敷へと駒代を誘ひ入れ、どうやら卽座に話をつけてしまはうとするらしい。 駒代は何しろ今夜初めて呼ばれたお客の事、さすがによいとも云はれず、さうかと云つて昨夜も昨夜わざ〳〵花助を連出してビステキを食ひながら、何も彼も打明けて賴んだ事があるので、今夜になつてあれはみんな譃だとも云はれず、返事にこまつて立ちすくんだまゝ默つてゐるより仕樣がない。

「駒ちやん、あの方なら萬が一瀨川さんの事がばれたつて、少しも心配する事はないんだよ。 役者買をするやうな藝者でなくつちや世話しても面白くないつて、いつでもさう云つておゐでなさる位な、何しろ華美はでぱうかたなんだからね。 なまじツかな大臣方や華族さんなんざ足下にも追付きやしない。 だからね、私ア打捨うツちやつといて、ひよいと外の人に取られちやつまらないと思つてさ、私ア餘計なやうだつたけれども昨夜、實はお前さんの話をしてお賴みしてしまつたんだよ。 」

「あら。 」と駒代は思はず顏を眞赤にして眼には淚を浮べた。 然し空いた座敷は廊下の電燈に薄明く照らされてゐるばかりなので、花助には駒代の顏色も眼の中もよくは見えない。 それに一體が早呑込の世話好で麁々ツかしい花助の事、駒代が思はずアラと云つたのは同じ驚いたにしてもそれは意外な好運に驚喜したものと一圖に早合點する方の組なので、この場合駒代がどうやらいやさうにもぢ〳〵してゐるのは、唯今夜折角兄さんが來てゐる處をその儘他の座敷へ廻るのは何ぼ何でも流石に心持がよくないと云ふ位な事。 それは女の身として花助も尤至極と推察はするものゝ、さう云ふ間の惡い廻合せも其れが勤めの是非ない處。 その是非ない處を我慢してくれゝばすぐにそれだけの云ふ芽は出るのだからと、何處までも泥水家業の親切氣。 それに又花助は自分の口一ツで今夜是が非にでも駒代を取持つてしまへば、待合の仲口なかぐちは入らないので、お客がぢかに出す御祝儀が五十圓と相場を踏めば二十圓は自分のもの、百圓とすれば五十圓、こゝ等がめんのよくない取卷藝者のいさゝか息をつく處と、銀行の貯金通帳をいつも肌身放さず持つてゐる女だけに慾心滿々。 花助は兎角の返事をきくよりも、いや、そんな事でひまをつぶしてゐては却て出來る事も出來なくなる。 何でも構はないから切破つまつた是非ないハメにしてさへしまへば、自然に埒は明くものと、さすがに馴れた道は先を見越して、

「それぢや賴んでよ。 よくつて。 」と花助はそれなり駒代を空いた座敷へ殘して階子段の方へ行つてしまつた早業に、駒代はまアお待ちよと云ふ暇もなく、唯胸のみどき〳〵させながら途法に暮れてしまつたが、いつまでも此の空座敷にぼんやりしてもゐられず、折から丁度廊下に女中らしい足音が聞出した處から詮方なくもとの座敷へ立戾つた。 見ると、老妓の房八はとうに居ず、稻香、おぼろ、杵子、萩葉なぞ揃ひも揃つていつの間にか引さがり、居殘つたのは僅に飛丸といふ半玉一人、海坊主のやうな骨董屋の旦那は女中に脊中をあふがせながら、相變らず悠然として大杯を傾けてゐた。

九 おさらひ

 每年の春秋三日間歌舞伎座で催す新橋藝者の演藝會もいよ〳〵秋期大會の初日となつて番組の第一番目花やかな總踊が今方丁度幕になつた處である。

「あなた、早く來てようござんしたわ。 お玉ケ池﹅﹅﹅﹅はこの次の次ですよ。 」と手にした摺物を南巢に渡して、茶碗に茶をつぎかけたのは其の妻と覺しい三十四五の丸髷。 その側にはぱつちりした目付のすぐに母娘おやこと知れる十二三の可愛らしいお孃さんに、五十前後の小さな丸髷小紋の羽織に宇治の紋所をつけた出入の師匠と覺しい四人連で場所は正面桟敷の少し東へよつた一升を占めてゐる。

「あら、奧さん、どうも恐入りました。 」と宇治の師匠らしい女は茶碗を受取り、「もう十年近くになりませうね。 たしか先代の瀨川さんがおやんなすつたんでしたね。 あの淨瑠璃で御在ませう。 」

「さうですよ。 近年はどうした事か、折々時ならない時分に私の書いた碌でもない狂言や淨瑠璃が出るんで實は閉口してゐるんです。 何しろ氣まりが惡くていけません。 」

「宅ではいつでも御自分のものが出ると御氣嫌が惡いんですよ。 その位なら始めからお書きにならなけれアいゝのに…………ほゝゝゝほ。 」と丸髷は笑ながらお孃さんのつまめるやうにと大きな羊羹を楊枝でちぎり始める。

「はゝゝゝは。 」と南巢は番組の摺物を眺めて唯可笑しさうに笑つた。 番組には其の三番目に南巢が舊作なるお玉ケ池由來聞書といふ淨瑠璃名題その下に常磐津連中と踊る藝者の名が三人並べてあつたが、南巢は一向氣にも留めぬらしい樣子で直樣あたりの混雜に眼を移した。 劇場は今しも追々おくれ走せに押掛けて來る看客に廊下運動場は勿論東西の花道平土間の間のあゆみまで出入の人往交ふ人、挨拶し合ふ人々、混雜する上にも混雑する眞最中である。

 倉山南巢は自作の淨瑠璃や狂言の演ぜられるのを看るよりも今は唯芝居の中の混雜や見物人の衣裳髮形の流行なんぞを何の氣もなく打眺めるのを遙に面白いと思つてゐるので、劇場から劇評家として或は作者として招待される事があれば場末の小芝居だらうが本場の檜舞臺だらうが、そんな事には一向頓着せず必ず義理堅く見物に來る。 然し十年前のやうにもう力瘤を入れて議論はしない。 實際見てゐられぬ程下手だと思ふ藝にも何とか愛嬌をつけて褒めた批評を書かうと勉めるが、折々褒めそこなつてはたくまずして自然の皮肉に陷る事がある。 それが知識ある方面の好劇家を深く喜ばせるので、南巢の劇評家たる地位は今日では當人自ら輕じ切つてゐるに係らず意外な方面に却て意外な勢力を保つてゐるとやら。 そも〳〵南巢が狂言や淨瑠璃の新作に苦心したのは、十年前熱心に劇場へ出入した頃の事で、其の後年々に時代の趣味の變遷につれ、劇場興行の方法やら俳優の性行藝風やら看客一般の趣味やら、萬事萬端自分の思ふ事とは全く反對してゐる事に氣がつき、世が世なれば是非もない、腹を立てるも馬鹿々々しいからと力めて自分からこの方面の興味には遠ざかるやうにしてしまつたのである。 ところが二三年この方どう云ふ世の風潮か、十年前に書いたものが折々年に一二度はきまつて何處かの芝居で興行され始めた。 それをば最初は誠に苦味々々にが〳〵しい事に思ひ、次にはその反對に世間も漸くそろ〳〵目が明いて來たのかと内心稍得意になり、最後に今の世の中はいゝも惡いも新しいも古いも全く無差別、何が何でもおかまひなしと云ふ風潮から、これも一時のまぐれ當りと思定めて、南巢は唯その舊作の興行に逢へば獨り心の中にその若かりし日の事を思返して悲しいやうな又嬉しいやうな思に耽るばかり。 その爲めに誘出されて再び梨園の人たらんとする野心は更に起さないのであつた。 南巢は最早や何事にかぎらず活動進取の現實よりも唯惘然たる過去の追憶に何とも云ひやうのない深刻な味を覺ゆるのである。

「おきねさん。 」と南巢はつれなる宇治の師匠を呼び、「あすこの、東の桟敷の二番目にゐるのは荻江のお萬ぢやないか。 年を取つたね。 」

「あらお萬さんが來てゐますか。 奧さん一寸眼鏡を拜借します…………成程々々お萬さんですよ。 見ちがへるやうになりましたね。 その手前の桟敷にゐなさるのはアレは對月の女將ですね。 」

「家の親爺が盛んに呑んだ頃にや、あんなに肥つてやしなかつたが金が出來るとえらいもんだな。 まるで相撲だな。 」

 見てゐると土地に勢力のある女將の處へはしつきりなしに藝者が四人五人と打連れて挨拶に來る。 役者も藝人も幇間も通りかゝりに腰をかゞめる。 お遣物の水菓子鮓のたぐひが引かへ取りかへ引きも切らず運ばれる有樣、打眺める南巢の眼には舞臺の演藝よりも遙に面白く見えるのであつた。 殊に、今日の見物と云へば平素興行の劇場とは又一種ちがつて、東西の桟敷鶉へずらりと並んでゐるのは新橋を中心にして、新橋への義理で東京中の重立つた茶屋待合の女將や藝者を網羅したと云つてもよい。 それに加へて役者に役者のかみさん、音曲諸流の家元師匠の連中から相撲取もゐれば幇間もゐる。 さう云ふ仲間から敬い尊ばれてゐる紳士旦那方御前なんぞ云ふ人逹の顏も見える。 或はそれと反對に花柳界の寄生蟲とも云ふべきセルの袴や洋服を着た一種の人間もうろ〳〵徘徊してゐる。 藝者家の亭主親方女中箱屋もしくは藝者の身寄のものは先づ大抵平土間の末の方に寄集つてゐた。

 南巢はかう云ふ人逹を見るため獨り廊下へ出てぶら〴〵してゐると往交ふ人の中から花やかな聲で、

「先生ようこそ。 」と呼びかけられ其の方を見返るとこれは白襟裾模樣髮は鬘下地にした尾花家の駒代であつた。

「お前さんの出し物は何だい。 」

「保名です。 」

「さうか、何番目だ。 」

「まだなか〳〵ですよ。 五番目位でせう。 」

「いゝ處だな。 おそからず早からず、見物が一番氣乗りのする時分だ。 」

「あら大變だわ。 猶心配になつちまふわ。 」

「吳山さんはお逹者か。 」

「ありがたう。 もうその中參りませうよ。 姐さんと一所に出掛けるツてさう云つて居りました。 」

 通りかゝる同じ鬘下地の藝者が駒代の姿を見て、「駒代姐さん、さつき御師匠さんがさがしてゐてよ。 」

「あらさう、先生それぢや又後ほど。 どうぞ御ゆるり。 」と云捨てゝ駒代は人込の廊下を小走に馳けて行く折から、舞臺では番組の第二番目が始まると見え拍子木の音が聞えて、廊下の往来は一層いつそうはげしくなるが中にも、駒代の鬘下地を見付けてれちがふ人逹は男も女も振返つて見ないものはない。 駒代は氣まりの惡いやうな氣もするし、同時に又何とも云へない得意な心持にもなるのであつた。 此春の演藝會の折にはまだ弘めをしてから間もない時ではあり、それに肝腎な費用を出してくれる人がなかつたので駒代は猿廻しを出す藝者の相手にと、師匠から勸められて據處なくお染をつとめたのであつた。 ところが非常に評判よくその爲めにお扇子で呼んでくれるお座敷が一時はなか〳〵急しかつたので、駒代はすつかり氣が大くなり、此の秋の大會たいくわいには見物をあつと云はせるやうな大物を出さうと意気込いきごむやうになつた。 それに何より安心なのは今度は萬事の費用を吉岡さんと、それから吉岡さんには内々で新に出來た他の旦那とこの兩方から出して貰へることである。 そして藝の方にかけては専門の瀨川一糸がついてゐて、舞臺の呼吸を敎へ、演藝の當日には瀨川の弟子が後見につくと云ふので、駒代はもう立派な役者にでもなつたやうな心持。 この演藝會で以前にも增して一層の好評を博すれば、いよ〳〵新橋切つて踊りではすぐに駒代さんと星をさゝれ、誰知らぬものなき第一流の名妓になれるは知れた事、さうおもふとどうぞ首尾よくやれるやうにと、さすが幕の明くまでは心配で心配でならないのである。

 廊下のはづれの出入口からすぐ舞臺の裏へ出て、駒代はいつも芝居のある折には大抵瀨川の部屋に定められてある二階の一室へ急いだ。 駒代はこの三日の間瀨川の兄さんの部屋を借りにいさんの鏡臺で化粧をして、兄さんの使つてゐる男衆や門弟に世話して貰ふ其の心の中の嬉しさ。 自分ながら何と云つていゝか分らぬ位である。 瀨川の兄さんは今方樂屋口から遊びに來た處と見え、薄セルの外套をぎかけてゐたが、駒代の急しさうに這入はいつて來るのを見て、

「何だい。 あんなに電話で人をいそがして置いて、お前今來たのか。 」

「お氣の毒さま。 」と人前はゞからず其の側に坐つて「いま表へ御挨拶に行つてゐたのよ。 兄さん、今日けふはほんとにいろ〳〵有難たう。 」

「何だい、そら〴〵しく御禮を云ふぢやないか。 それアさうと、まだなかなかお前の番ぢや無いだらう。 」

「えゝ。 」

「表に誰か來てゐるかい。 」

「○○さんも□□さんも(役者の本名を云ふと知るべし)みんな居らしつてよ。 」

「さうかい。 」

「みんなお二人づれよ。 」と駒代は何といふ譯もなくつい言葉に力を入れて云つたのを自分ながら心付いて「岡燒したつて始まらないわね。 ほゝゝゝほ。 」

 その時床山が駒代の鬘を見せに來た。

十 うづらの隅

 吉岡さんは會社の江田と一所に駒代の保名が出るすこし前に、待合濱崎のおかみと駒代の家の花助と半玉の花子をつれて東の鶉へ見物に來た。 實はこの夏の末駒代が身受の相談に乗らなかつた時、吉岡は腹立ちまぎれに手を切らうと思つたが、さて差當つて駒代に代るべき氣に入つた藝者が見當らないので一おこつて見たものゝうやら其の始末にこまつてゐるのを、う云ふ事には馴れ切つた濱崎のおかみがいろ〳〵に詫を入れたので、吉岡は從前通り駒代の世話をしてやる事になつたのである。 然し其の後は餘程足が遠くなつた。 仕てやるだけのものを仕てやればそれで旦那の顏にかゝはる事はないと云つたやうに、吉岡は十日目位に江田をつれてみに來るばかりなので、駒代が瀨川と内所で逢つてゐる事も又別の旦那をこしらへた事も一向に感付かなかつた。 長年遊びつゞけた藝者遊びにもすこしつかれを覺えたと云ふ氣味きみで、吉岡は三春園を引上ひきあげてからは何といふ事もなく無事平凡な日を送つてゐた。 會社からすぐ家へ歸つて早く寢る。 そして日曜日なぞには奧さんと子供をつれて動物園にでも行くと云つたやうな、至極眞面目な生活をば別に寂しいともつまらないとも或は又樂しいとも面白いとも、何方とも思はず唯ぼんやりとその日その日を送つてゐたのであるが、今日久しぶり歌舞伎座の鶉へ坐つて滿場悉く解語の花ともいふべき場内の光景を見渡すと、吉岡は目の覺めたやうな新しい心持になつて、世にある快樂は一ツ餘さず貪り取らねば氣がすまないと云ふ樣な猛烈な欲求をば再び胸一ぱいに感じ始めた。 吉岡は今日文明の社會に於て酒色の肉樂に對する追究は丁度太古草莾の人間が悍馬に跨つて曠野に猛獸を追ひ其の肉を屠つて舌つゞみを打つたやうな、或は戰國時代の武士が華やかな甲冑をつけて互に血を流しあつたやうなものである。 凡てこれ悲壯極りなき人間活力の發揮である。 この活力は文明の發逹につれ社會組織の結果として今日では富貴と快樂の追求及び事業に對する奮鬪努力と云ふが如き事に變形した。 名譽と富と女とこの三ツは現代人の生命の中心である。 それをば殊更に卑しみ、或は憎みまた懼れるのは要するに奮鬪の勇氣なき弱者か、さらずば失敗者の曲解である。 云はゞ先づこんな風に考へてゐるので、劇場内の光景がいさゝかでも活動の元氣を起させてくれた事を知ると共に、吉岡はまだななかなかとしを取りはせぬ、まだ自分は若くて働けるなと思う處から自然と深い滿足を感ずるのであつた。

 拍子木が鳴つていよ〳〵駒代の踊るべき幕があいた。 淸元の太夫が聲を揃へてかたり始める。 どこやらでもう手を叩くものがある。 お酌が三人自分逹の席へ戾らうと急いで吉岡の坐つてゐる鶉の後を馳過ぎながら、

「保名だわ。 ちよいと。 」

「駒代姐さんの保名、そりやいゝ事よ。 」

「それア當然だわ。 瀨川さんがついてゐるんですもの。 」

「隨分大變なんだつてね。 」

 往來ゆきゝの人のざわ〴〵してゐる中から、不意ふいと此の話聲が、どういふはづみか明瞭はつきりと吉岡の耳に這入つた。 吉岡は覺えず聲のした方へ振返つたが、馳過ぎるお酌逹の後姿は摺れちがふ人の中に只その帶と振袖の模樣とを見せたばかり、何家の誰とも見定める事は出來なかつた。

 然し吉岡にはふいと耳に這入つた最後の一こと——隨分大變なんだつてね——これだけでもう十分の上にも十分なのである。 面と向つて當付がましく言つたのならいざ知らず、先は無邪氣なお酌がしかも通すがりに何の氣もなく、無論自分がこゝにゐるとは知らず、極めて自然に不用意に口走つた噂咄し、それは十分眞實として聽くべき値打がある。 八釜しく云へば此れ卽ち天に口なし人を以て言はしめたものである。 吉岡はまづ斯う斷定して然る後駒代がその後の樣子をば一つ〳〵出來得るかぎり細密に思返し始めた。 それと同時に吉岡は又、いつも一座の江田が自分より先に既にこの事を知つてゐたか、どうか。 知ってゐても自分に氣の毒だと思つて默つてゐたのか、どうか。 成らう事なら此の事を知つたのは自分の方が始めてゞあつてほしい。 さうでないと如何にも自分があまく見えて氣がきかないからと吉岡は日頃花柳通を以て大に自認してゐるだけ、周圍に對しては一倍深く耻辱を感じ、また駒代に對しては一倍烈しく憤怒したのである。

 舞臺では右手の淨瑠璃臺の上に居並んだ太夫が聲を揃へて——岩せく水とわが胸にくだけておつる淚にはかたしくそでの片おもひと丁度置淨瑠璃を語り終つた處で、調べ始める皷の音に場内の氣を引き締めていよいよ保名の。 滿場の視線は一齊に向揚幕の方へ注がれる。 高い處ではもう手を叩くものがあつた。 吉岡は野邊のかげらふ春草を素袍袴にふみしだき狂ひ〳〵てわが前に現れて來る駒代の姿をば、餘りのいま〳〵しさにわざと見まいと廣い天井へ眼を移し、今度はゆる〳〵駒代が落籍の相談を避けた譯合を考へ始めた。 考へまいと思つても考へずには居られないのである。 今日と云ふ今日まで吉岡には駒代の云ふ事がどうもハツキリ腑に落ちなかつたが、初めて何も彼も明かに解釋がついた。 いよ〳〵駒代を捨てべき時が來た。 わざと何事も知らぬ顏をして此方も出し拔けに鼻をあかしてやりたいものだ。 さりとて今更もとの力次へ立戾るのも甚だ氣がきくまい。 誰ぞ新橋南北千八百有餘名と數へられたる藝者中駒代がそれと聞いて眞實口惜しがつて泣くやうな女はないか知ら。 吉岡は眼のとゞかんかぎり鶉桟敷高土間平土間から、その邊の廊下に立つてゐるものまで藝者らしい姿のものをば一時に見盡さうと思つた。 見物は一齊に今しも駒代の保名が本舞臺へ來かゝり戀人をさがす狂亂の振を見詰めてゐる。 折から靜に鶉の戶を明けて小聲に、

「どうもおそくなりまして。 」と挨拶してはいつて來たのは尾花家の菊千代である。 いつも口の惡るい連中から何となく華魁おいらんらしい氣のする女だと云はれてゐる厚化粧の菊千代である。

 菊千代は今日の演藝會の第二番目に傀儡師のワキを語つたので、高島田に裾模樣の衣裳は襟のあたりへまで金糸の繍を入れた模樣を見せ、日頃の厚化粧を一層濃くさせてゐたので、鶉の戶のあく音にふと何の氣なく振返つた吉岡の眼には、つと首をのばした菊千代の顏がぱつと場内の燈火を受け羽子板の押繪のやうに見えた。

 吉岡は菊千代と駒代との間の兎角何かにつけて競爭の氣味合になりたがつて居る事をば思ひ返した。 現に今日の演藝會についても、立方たちかたの駒代が淸元の保名を出すならば、同じ家の菊千代が藝は淸元と云ふ事になつて居るので、それに地を賴めば無事なのを、駒代はそれでは自然踊が引立たないと思ふ處から、莫大な御禮をも惜しまず本職の男の太夫連中をば瀨川一糸から賴んで貰つた。 別に菊千代に歌はれるのがいやだとか、又は菊千代の藝がわるいからだとか云ふ譯ではない、駒代は唯只自分の藝を立派に引立たせ、この踊一番で新橋中へ名を賣弘めたいばかり、兎角の事情を顧みてゐる暇がなかつたのである。 然し菊千代に取つては之れ甚面白からぬ次第である。 駒代の評判を目の前に見るのは如何にも癪にさはつて成らないと思ふ處から、この保名だけはどうしても見たくないと思ふものゝ、日頃贔負客とお茶屋の前に對してさうもならず、わざわざ駒代の旦那の處へお義理の顏出し、何とか一言位はほめなければならぬ心の中、實に腹も立つ、情なくて泣きたくもなる。

〽月夜烏にだまされて、いつそ流して居つゞけは、日の出るまでもそれなりに、寢やうとすれど寢られねば、寢ぬを恨みの旅の空——

 踊は正に佳境に進んだ。 濱崎のおかみと花助は旦那への御世辞「しつかりした好い藝になつたわねえ。 何によらず勉强が肝腎だね。 何しろちつとも厭な癖がないんだからね。 」と頻にほめたゝへるのを聞くと、菊千代は唯溜息をつくばかり、吉岡はもう無暗に腹が立つて來て、無理遣にもこの菊千代を拉し去つて駒代に鼻をあかしてやりたいと思ふ心は次第に烈しくなる。 踊は「葉越しの葉ごしの幕の中」と云ふあたり吉岡は菊千代の手をば何といふ事もなくにぎつてしまつた。

十一 菊尾花

 演藝會は三日間大入を取つて目出度く千秋樂になつた其の翌日の事である。 新橋の藝者町は年が年中朝早くから家每に聞え出す稽古三味線の音今日ばかりはぱつたり途絕えて、稽古に通ふ女の往來もわけて少い處から、金春通を始め仲通板新道から向側の信樂新道まで祭のあとの町内も同樣何やらひつそりと疲れたやうに見えた。 そして時たま忙しさうに步き廻る箱丁はこやの姿と顏の賣れた老妓の三四人連立ツて往來ゆききするのが餘所よそ目には興行の後片付と云ふよりは新に何か又揉事苦情の起つた知らせのやうに若い藝者達の目をそばだたせるのであつた。

 苦情と不平は事ある每に必ず此の仲間のつき物。 但し政治家のやうに詭計を廻して紛擾を釀させ之を利用して私腹を肥さうと云ふ程惡賢くないのが、まだしも藝者の議員より品格ある處かも知れぬ。 されば此日は朝湯の流場ながしば、髮結、家每には抱妓かゝえのごろ〴〵してゐる二階なぞ、およそ女の集る處と云へば互に妬み半分の藝評を中心に有るかぎりの影口、仲口、吿口、そしり口、わけてもこゝに尾花家十吉が二階へと日頃おいらんさんとか支那金魚とか云はれてゐた菊千代が突然身受になつたといふ噂を傳へたものがある。 それは髮結さんから歸つて來たお酌の花子で、昨夜まだ演藝會がはねない中ふいと丸髷に結ひに來た菊千代の口からぢかに聞いた話だと云はれたまゝを、その通り居合はす駒代に傳へたのである。 評判は忽火のやうに向三軒兩隣、それからそれへと廣まつて行くと共に、いづれも身受のお客はそも誰と詮議に詮議を凝さうにも、當人の菊千代は、昨夜大方歌舞伎座で地方の役を濟ますとそれなり直に髮結へ廻つて丸髷に結ひ、何處へかしけ込んでしまつたものと見えて家は昨日の午後に出たツきり今だに電話も何もかけて來ぬので箱屋のお定さへ居處を知らぬ始末。 「あの人の事だもの、日本人ぢやないよ、異人でなければチヤン〳〵坊主にちがひないよ。 」と尾花家の二階では詮議のつかぬ口惜しさ。 さう云ふ事に衆議一決して或はお參りに、或は湯に或は髮結に出かけた。

 駒代は皆の出て行つたあとを幸、簞笥の前に坐つて此の三日間歌舞伎座の舞臺に保名を出した費用——先づ踊の師匠と淸元連中への包金から劇場樂屋のもの大道具の幕引への心附、特別に瀨川一糸の門弟連への謝禮なぞ已に拂つたものまだ拂はぬもの又は立替へになつてゐるらしいものなんぞ、凡てつけ落のないやうに調べて一先づやつとの事で〆高六百何十圓と云ふものをよせ終り帳面を眺めてぼんやり煙草を一服してゐたが、急に何か思出したやうに帳面をば用簞笥の抽斗ひきだしへ收めて待合の濱崎へ、おかみさんがおゐでなら此れから鳥渡お禮かた〴〵伺ひますからと電話をかけ女中に風月堂の商品切手を買はせた。

 駒代は一昨々夜演藝會の初日の晩、いつもならば濱崎へお寄りになるべき筈の吉岡さんが、自分の出し物の濟むかすまぬ中に急用とやらでお歸りになつてしまつた其の事について、何か譯があるのでは無いかと、駒代は瀨川との關係から何かにつけて疵もつ足。 その時から頻に心配してゐながら、然しその夜は吉岡がゐなければ結局瀨川とゆつくり出逢つて、舞臺の出來のよしあしをきゝ、直すべき處はそのやうに手を取つて敎へて貰へる嬉しさに、濱崎へはとう〳〵電話もかけずにしまつた始末。 二日目は對月のお客橫濱の骨董屋の旦那で全つぶれ、昨夜三日目の晩は突然思ひもかけない杉島さんと云ふ大連のお客——此の春弘めの當時頻に口說くのを無理に振つてしまつた其の人に呼ばれ、矢張體のいゝ事を云つて逃げるのに骨が折れた爲め今日まで心ならずのび〳〵になつてゐたのである。

 濱崎の女將は其の夜吉岡さんは別に怒つた御樣子もなく、江田さんに何かお話しなすつて先へお歸りになつた、全く何か急な御用があつたらしい。 江田さんはそれからお前さんも知つての通り後一幕見て獨りでお歸りになつたと云ふ。 駒代はまア〳〵よかつたと窃に胸を撫ぜ〳〵歸つて來て、用簞笥の上に安置したお稻荷樣へ途中で買つた金つばを二ツ供へて一心にその御利益を念じた。

 その夜は無事お座敷に行つて歸つて來たが、いつものやうに菊千代は泊込みと見えて姿を見せなかつた。 その翌日になつても皆がそろ〳〵夕化粧にかゝる時分まで、まだどこからも居處を知らして來ないと云ふので、箱屋のお定は萬が一の事でもありはしないかと心配し出す。 身受の話はどうやら逃亡か自由廢業の風說に變じかけて來た。 尤もこれまでも度々菊千代はお座敷からいきなり家へは何とも斷らずにお客のいふまゝ箱根伊香保はおろか、京都まで行つてしまつた事さへある位なので、姐さんの十吉は案外驚かず唯菊千代のだらしが無さ加減、他のものゝ手前もあればどうにか爲なければ仕樣がないと愚痴をこぼすばかり。 身受がきいて呆れると云つてゐる處へ、ふらりと菊千代は根の拔け切つた大丸髷崩れ放題こわれ放題、眞赤な手柄がよくまだ落ちずにゐると思はれるのを平氣でぐら〳〵させながら、顏は日頃厚化粧の白粉ところまだらにはげ落ちて、それなり湯にも這入らぬらしい襟頸薄黑く油ぢみたのも一向に構はず、今起きたと云はぬばかりだらしもない着物の着やう、足袋には赤土のついてるのも其の儘なのに、流石人のいゝ十吉もこまつたものだ、中年者は藝人ばかりではない藝者も矢張り半玉から仕込まなければ到底人前へは出されないとつく〴〵呆きれて小言も出ぬ始末を、此方は一向に感ぜぬらしく、何やら得々とした樣子、仔細あり氣に、

「姐さん、鳥渡お話があるんですよ。 」

 さては身受の噂は滿更の譃でもないのかと、十吉は早くも推察して二度びつくり。 しげ〴〵と菊千代の顏を見直しながら人のゐない奧の間へと立つた。

 小半時して菊千代は丸髷ぐら〴〵前さがりの裾だらしなく、しかも大手を振つて二階へ上つて來ると、みんなはそれ〴〵お座敷への仕度最中、菊千代はいかにもくたぶれたやうに二階の眞中へ足を投出して坐りながら獨言のやうに、

「私もう今夜きりだわ。 」

ねえさん、お目出度いんですつてね。 」と半玉が先に聞き初めた。

「えゝ。 おかげ樣で。 」と誰に云ふのやら分らぬ挨拶。 「花ちやん。 家がきまつたら遊びにおゐでよ。 」

 さすがはたのものもだまつてはゐられなくなつて、

きイちやん、お前さんほんとうにまアよかつたねえ。 くのかい。 それとも自前かい…………。 」と花助がきゝ始めた。

「引いたつて、つまらないから自前でやるつもりなのよ。 」

「あゝそれがいゝよ。 勝手づとめで出てゐる位面白い事はないからね。 」と駒代も云ひ添へた。

きイちやん、これは…………。 」と花助は親指を見せながら、「オーさんぢやない事…………?」

 菊千代はうゝむと駄々兒のやうに頸を振りながら唯だ笑つてゐるので今度は駒代が、

「それぢやアさんかい。 」

 菊千代はやはり笑つてゐる。

「誰だよ。 菊ちやん。 朋輩のよしみぢやないか。 敎へたつていゝぢやないか。 」

「だつて氣まりがわるいからさ。 ほゝゝゝほ。 」

「どうも、御尋常でゐらつしやいますからね。 」

「だつて、みんなの知つてる人なんですもの。 隨分箒屋さんだからさ今にすぐ知れるわよ。 」

 出先の茶屋からそろ〳〵御催促の電話にてられて、駒代はそれなり出て行つた。 さすが此度の演藝會に物費を惜しまず保名を出した効目きゝめは空しからず駒代が藝者の控所とも云ふべき箱部屋へ這入ると、居合す藝者衆一同からいづれも、駒ちやん結構だつたね、大したもんだねとの評判。 さて宴會は十五六人のお客に藝者は老若大小二十人ばかり、餘興に駒代は浦島を踊つて喝采され、更にお客がたつての所望で又一番。 汐酌を踊つて程なく後からかゝつた座敷へ廻つた。

 茶屋は濱崎、客は吉岡である。 吉岡は鳥渡ほかから聞いた話だが、お前の家の菊千代が自前になるとやら、わしも何か祝ふからお前も祝つてやるがよいと云つて、駒代が辭退するのを無理遣りに十圓渡して其夜は近頃會社が非常にいそがしいのだからと、酒も深くは呑まず一時間ばかりでおたちになつた。

 然し駒代は兎に角に吉岡さんが見えたのでお茶屋への手前もよく此れで演藝會初日の夜の心配もなくなり、快く菊千代への祝物もすました。 菊千代は板新道に頃合の空家を見つけて菊尾花と云ふ分看板を出した。 そして今まで結つけの同じ髮結さんへ來て時折駒代に逢へば別に以前と變つた樣子もなく相變らず取り留のない事を言つてゐるので、駒代は其後しばらくの間菊千代を身受した旦那が誰あらう自分の旦那の吉岡さんであらうとは全く氣がつかずにゐたのであつた。

 一ツ小袖の陽氣はいつか過ぎた。 花月が膳には初茸しめぢの香も早や尊からず松茸は松本が椀にも惜氣なく煮込まれ、一トしきり、日比谷公園に人足牽きつけた菊の花もいつの間にやら跡方なく、あたりの落葉砂埃すなほこりにまぢつて舊の廣々した砂利場をば球投の學生と共にかけずり廻る頃となつた。 議會が開けて新橋の茶屋々々にはいつもの顏に加へて更に田舎臭い顏やぢゞむさい髯面ひげづらが現はれ、引續く丸の内の會社々々の總會に、從つて重役連の宴會も每夜に及べば、まだかと思つた半玉の突然一本になつた噂の種もおのづとえる。 銀座通には柳の葉きばみながらまだ散盡さぬに商店の飾付がらりと變つて赤い旗や靑い旗そこ等中何處どこといふ事なく日にまし目につき出すと、もう金切聲で叫ぶやうな樂隊の響が覺えず振返る人の步みをせわしくさせる。 號外々々の聲。 何かと思へば相撲の苦情が翌日から新聞の紙面を賑しはじめるのである。 藝者はそろ〳〵春の仕度の胸算用、お客の見る前も憚らず帶の間から手帳を取出して一度も削つた事のない古鉛筆の丸くなつた先をなめ〳〵手廻しよく春の座敷の日割を書き込む。

 駒代はこの時分になつて始めて吉岡さんが其の後ぱつたりお出にならないが、どうなすつたのかと急に氣をもみ出したのである。 丁度折から吉岡さんの切廻してゐる保險會社の宴會があつて、每年きまつて呼ばれる藝者は大抵其の夜も呼ばれてゐたのに駒代だけには何とも沙汰がなかつた事を其の翌日聞き知つてさてはと一方ならず胸を惱したがもう何とも仕樣がない。

 瀨川のにいさんは新橋の演藝會がすんでから一週間ほどして水戶から仙臺へといつも一座の立役、團藏張りの凄味と皺枯聲を人氣にしてゐる市山重藏に、もとどん帳役者だけに男女老若何でもやつてのける重寶な笠屋露十郞なぞと旅興行に出かけ歸りはぐつと押詰つてからの事にならう。 駒代は瀨川に旅立たれてから俄に心淋しくなつて、今までは忘れるともなく忘れてゐた吉岡の事を始め何から何まで打捨てたまゝになつてゐた商賣の事をばゆつくり思返す暇が出來てきたのである。

 對月で花助が無理に取持つたの海坊主のやうな骨董商名からして潮門堂の主人は相變らず五日目十日目位に遊びに來る。 駒代はもと〳〵花助の手前止むを得ず往生した事とて、其後逃げそこなつてつい二度目三度目となれば、いよ〳〵かの菊千代さんなら知らぬ事、外の藝者では到底辛棒するものはあるまいと思れる始末に、駒代はもう此度こそは、あの位手嚴しく振付れば何程なんぼ人のいゝお客でも二度と來はせまいと思切つた仕打度々に及んだのであるが、海坊主は泰然自若いつもニヤ〳〵してゐるばかり。 來れば必ず駒代を中心に顏の賣れた藝者大勢呼集め、殊に演藝會の折にはいやでも新橋中こぞつて駒代の評判をしなければならぬやうに土地の老妓を呼集めてよろしく賴むぜと云つたやうなソツのない仕方。 瀨川の事は何も彼も打明けぬ先から承知して引幕さへ贈る始末。 この客一人あればまこと千人にもまさつて賴母しいだけ、辛さ厭さも並大抵のお客の千百倍。 駒代はいつももう今度ぎり、ふる〳〵いやと身顫しながら咽喉元過ぐれば、ついまた稼業の慾、我れとわが身の淺間しさに獨口惜淚をこぼすより仕樣がない。

 この口惜し淚——女が齒を喰縛りながら何とも出來ぬ見じめな樣を見るのが潮門堂の主人の面白くてならぬ處なのである。 海坊主は自分から色の眞黑なのをよく承知して若い時から女には萬事强面こはもてで通して來た。 橫濱には世話をしてゐる待合もあり藝者家もある位なので別に女に不自由する事はない。 然し多年遊びつけた習慣で、東京へ出て來る時と云へば何處かの茶屋へ立寄らねば氣がすまぬのである。 立寄つた處で女に喜ばれないのは承知の上なので、海坊主はいつともなく女をいやがらせたり困らせたりいぢめたりする事を遊びとするやうになつた。 いやがる女を無理やり手込めにするのが面白くつてならないと云ふ厄介な品物となつた。 海坊主は茶屋の女將に、誰か相應の女で役者に入れ上げて金がほしくてならないとか、借金で首がまはらないとか云ふものは居ないかといつも物色するのである。

 されば駒代が一方に瀨川と云ふ色のあるかぎりこの海坊主を振り切りたいにも振切り兼ねてゐるらしい樣子、海坊主には又とないお誂ひ向の藝者である。 海坊主は十二月の聲をきくと、誰しも道に落ちた金でもあらばと血眼になる時節柄と思へば、時分はよしとのそり〳〵對月へ出かけて駒代をかけた。 冬の日は短いながらまだ暮れきらぬ。 駒代は出入の小間物屋へと板新道を拔けて行く折から圖らず電燈に菊尾花とかいた家を見て自前になつてからついまだ一度も尋ねなかつたと思付き、門口から聲をかけた。 内からはお上んなさいよと云ふのを、玉仙まで買物に行くから歸りに寄らうよと、その儘步いて行く向から一挺の幌車、すれちがひに幌の間からチラと見えた橫顏はまさしく吉岡さんらしいのに駒代は振返つて佇む間もなく、車は菊尾花の門口に止つて幌の中から降りる洋服のヅボンの色には見覺えがある。 をかしいなと思ひながら、さすがに、まさかに、さうとも疑ひかね、駒代は兎に角樣子を窺ふにしくはないと、おそる〳〵門口へ立戾る途端、使か買物か十四五の女中らしい小娘格子戶がらりと明けて出るのを幸ひ、呼止めて、

「お客樣なの。 」

「えゝ。 」

「あの方姐さんの旦那…………。 」

「えゝ。 」

「それぢや又來るわ。 姐さんによろしく…………。 」

「えゝ。 」

小婢こおんなは二三間先の酒屋の店口、「お酒五合——いつもの一番いゝのよ。 」と云ふ金切聲は殆ど氣も顚倒した駒代の耳にもよく聞えた。

 駒代は家へ歸つたがあまりの事に淚も出ない。 今日が今日まで知らねばこそ、のめ〳〵と門口を通つたついでに聲もかけた。 内では今頃さぞ馬鹿な奴だと腹をかゝえて笑つてゐるだらうと思ふと、實にもう何とも云ひ樣のない心持になつた。

 丁度箱屋のお定が對月からお座敷だと知らせたが、對月と云へばお客はどうぜ海坊主と思へばまた更に腹が立つ。 駒代は心持が惡いから今夜は自分で仕舞つて休むからと、その儘二階へ上つたが、三十分程すると何かまた思返したらしく、箱屋を呼んでお座敷へ出て行つた。

 やがて間もなく燈火がつく時分、駒代は電話口へ花助を呼出した。 「私、これから水戶まで行つて來るわ。 お定さんにも姐さんにも何とかいゝやうに云つて置いて…………ね、お願いだから、たのんでよ。 」とその儘切つてしまいさうなのに花助はあわてながら、

「まア駒ちやん、お前さん、今どこにゐるんだよ、對月さんかい。 」

「いゝえ、對月さんは一寸顏を出して宜春さんにゐるのよ。 身體の事は宜春さんのおかみさんにお話したのよ。 だけれども私から家へ電話をかけてさう云ふと面倒だからさ。 明日か明後日の中には歸つて來るわよ。 鳥渡兄さんに逢つて話したい事が出來たんだから。 よくつて、後生だから、たのんでよ。 」

 駒代は何と云ふ譯もなく唯無暗に兄さんの顏が見たくなつたのである。 この口惜しさ無念さ——腹の中が煑くり返つてしまひさうなのに、誰一人たよるものもない、云慰めてくれるものもない悲しさ心細さ。 駒代は瀨川一糸が水戶の興行先へと前後の思慮なく駈けつける氣になつたのである。

十二 小夜時雨

 鶺鴒や藪鶯の來る頃にも植込のかげには縞の股引はいた藪蚊の潛むかはり、池の水をば書齋の窓ぎはへと小流のやうに引入れる風流も何の譯はなく、眞菰花さく夏の夕は簾に雨なす螢を眺め、秋は机の頰杖に葦の葉のそよぐ響居ながらにして水鄉のさびしさを知る根岸の閑居。 主人倉山南巢は早くも初老の年を越えてより朝夕眺暮らす庭中の草木にも唯呆るゝは月日のたつ事の早さである。

 夕立は珠を轉ばす蓮の葉忽ち破るゝと見れば耳立つ風の響葦を戰がせて、葉雞頭より菊の秋、時雨に楓散盡せば早や冬至梅の蕾數へる年の暮。 老樹をいたはる寒肥料かんごゑに鼻を蔽ふかはり、大寒の頃は南天藪柑子の實雪中に花より美しく、夜半煎茶煑つめて冬籠樂しむ書棚の上水仙福壽草の花いつか凋めば早くも彼岸となつてまづ菊の根分、草の種蒔、庭好む人の一日はわけても暮れやすく、百花の開落くわいらく送迎おくりむかへていそがしきまなこしばし新樹の梢に休ますれば軈て雨降る每に庭暗く、梅の實熟して落初める朝は夜合ねぶの葉眠る夕となり、柘榴の花燃え凌霄の花地に落る炎天の日盛も、夜ふけては露結ぶ水草のかげに早くも一筋二筋絲のやうなる蟲の聲。

 春夏秋冬はまことに俳諧の歳時記一息に讀み下すに異ならず、今年もまた去年の藪鶯いつか植込の奧に笹啼きわたり、池のみぎはに見馴れし鶺鴒の長き尾振り步く頃となつた。 南巢は風俗人情日に變り行く世の中なるをこれは每年々々時節をたがへず我が家の庭に訪れ來る小鳥のなつかしさ。 そこらの枯枝伐除く花鋏の響にさへ心しつゝ植込の間をくゞりくゞりいつか隣と地境の垣根際へ出る。 見ればところ〴〵烏瓜の下つた建仁寺垣の破れ目から隣の庭は一面に日のあたつた明さに、泉水をひかへた母家おもやの緣先までもよく見通されるのであつた。

 南巢はこの地境へ步みて隣の家をば植込越しに垣間見する時、母屋のつくり、柴折門、池にのぞんだ松の枝振、人情本の繪に見る通りの有樣にいつも心を奪はれしたゝか藪蚊に頰をさゝれ始めて我に返るを常とする。 隣は元吉原妓樓の寮で今は久しく空家になつてゐるのであるが、南巢の家は三代程前から引つゞき此方の古家に住んでゐる事とて、主人は自然に子供の折から年寄つた人逹の話や何かを聞き傳へ近隣一帶の事情には精通してゐる。 現に南巢はまだ母のふところに抱かれてゐた時分であつた。 御維新前から引つゞいた隣の寮で或年大雪の晩久しく出養生してゐた華魁が死んだ事をば子供ながら聞き知つて何となく悲しい氣がした事をばよく覺えてゐる。 されば今も猶一株の松の老木、古池のほとりから緣先近くまで見事に枝をのばしてゐるのを見ると、南巢は幾歲になつても浦里や三千歲の淨瑠璃をば單に作者の綴つた狂言綺語だと云ひ捨てゝしまう氣にはなれない。 また世の風俗人情がいかほど西洋らしく變つて來ても、短夜にきく鐘の聲、秋の夜に見る銀河の流れ風土固有の天然草木に變りなき間は男女が義理人情の底には今も猶淨瑠璃できくやうな昔のまゝなる哀愁があらねばならぬと思つてゐる。 南巢はかゝる性情と併せて其境遇からもおのづと將來文墨の人たるべく生れて來たのであつた。 曾祖父は醫を業とした傍國學に通じ、祖父もまた同じく醫の業をついだ傍ら狂歌師として其の名を知られた。 で父の秀庵が家督をついだ頃には既に多少の恒產もあり三代もつゞいた醫者として世が世ならば家門いよ〳〵榮えべき筈のところ、維新となつて漢法醫はすつかりすたつてしまつた處から、父は自然々々に醫者をよすともなく止してしまつて、日頃道樂に習ひ覺えた篆刻をばいつともなく專門の業とするやうになり、其名の秀庵を秀齋と改めた。 秀齋は又詩を賦し書にも拙くなかつた處から、次第に朝野の紳士と交遊し一時東都の翰墨場裏に其名を知られたのである。 それやこれやで、醫者をしてゐる時よりも案外に收入が多く、別に蓄財の道を講ずるといふ程の苦心もなく、いつか子孫をして長く世路の艱難を知らしめざる程の財產をつくつて幸福に世を去つた。 其の時南巢は丁度二十五歲で旣に馬琴風の小說一二篇を新聞に投書してゐた。 父なき後は其の知古中に新聞社の社長や主筆になつてゐるものも尠くなかつたので以來南巢は操觚の人となつたのである。 然し南巢は紅葉眉山等硯友社の一派にもさしたる關係なく、又透谷秋骨孤蝶等の新文學も知らず、逍遙不倒等前期の早稻田派とも全く交遊する機會なく、唯先祖代々住み古した根岸の家の土藏にしまつてある和漢の書籍と江戶時代の随筆雜著の類から獨り感興を得て、或時は近松、或時は西鶴、或時は京傳三馬の形式に傚ひ、飽まで戲作者たる傳來の卑下した精神の下に、丁寧沈着に飽く事なく二十幾年物語の筆を把つて來たのであつた。 然し時勢はいよ〳〵變じて、殊に大正改元以來、文學繪畫の傾向演劇俗曲の趨勢は日常一般の風俗と共に生來あまり物に熱中せぬ南巢をも流石に憤慨せしむべき事が多くなつて來たので、彼は始めてこれでは成らぬと氣がついたらしく、婦女童幼を悅ばす續物の執筆に一生を終へゞきではない、丁度晩年の京傳や種彦のなしたやうに、舊時の風俗容儀什器の考證硏究に心を傾け、小說の戲作は新聞社と書肆に對する從來の關係上唯その責任をすますだけの事にしてしまつた。

 かくて今、南巢の身に取つて根岸の古家と古庭は何物にも換へがたい寶物となつた。 近隣は追々に開けて吳竹の根岸らしい趣は全くなくなるにつけ、南巢はわが家の既に處々蟲の喰つた緣側も、こゝには天明の昔、曾祖父が池邊の梅花を眺めて國風を吟じ、繼いで祖父は傾きかゝつたこの土庇にさす仲秋の月を見て狂歌を咏じたかと思へば、たとへ如何程無駄な經費を要しても、又いか程住ひにくいにしても此の古家と古庭とは昔のまゝに保存して置きたい心持になる。 出入の大工は折々の雨漏其の他の修繕に來る度、いつそお建て替へになつた方が長い中にはお德になりますと云ふのであるが、南巢は唯笑ふのみで三年程前に土臺どだいの根つぎをした時も殆ど自分が大工になつたやうに目を放さず監督したのであつた。 されば庭中の一木一草も皆これ祖先の詩興を動した形見とて、土藏の中の書籍什器調度の類と同じく尊い寶物として、植木屋の心なき鋏に切り折られる事を恐れて主人自ら春秋の手入を怠らないのである。

 かくの如き愛惜の情は獨り我家のみならず、垣を越えて隣の庭にまで及ぼしてゐるのである。 隣りは吉原の妓樓が潰れた後久しく空家になつたまゝ誰も買手が無かつた。 すると誰が云出すともなくこゝで死んだ華魁が雪女郞になつて化けて出るとか、或は狐狸がわるさをするとか色々の風說が立つていよ〳〵買手がつかなくなる。 然し昔から隣合になつた倉山の家では女子供を初として誰も不思議がるものはない。 南巢の父秀齋老人は月のよい晩なぞ、我が家の庭を步み盡して、垣根の破れから構はず隣の空庭に入込み池の廻りを徘徊しながら、少時不識月。 呼作白玉盤。 又疑瑤臺鏡。 飛在白雲端。 なぞと大きな聲で詩を吟ずる。 依賴された篆刻の催促を受け返事に困るやうな時には、父はいつもそつと我家を拔出して隣の庭へ隱れてしまふ。 すると取次の女中や細君が挨拶に困つて家中をさがした末、これもいつか隣りへと入り込む始末。 父は遂に池のほとりなる松の大木をばあの儘長く手入せずに捨てゝ置いては折角の枝振もだいなしになつて、此末誰が買取るにしても勿體ないと自分の庭へ植木屋の來る時、仕事のついでに其の古葉をふるはせるやら、又暴風雨あらしで柴折門が倒れかゝつたのを、あれは今時の職人にはいかほど金を出しても出來ぬ仕事だと、捨て置くに忍びず、内所ないしよで修繕をしたりしてゐたが、やがて座敷の雨戶を明けて内へ上り込み、昔華魁がこゝで病を養ひ文をかき香を焚いてゐたかと思へば氣のせいか寂しい中に何となく艷しい心持のする家造やづくりだと、獨で悅び我家から酒など運ばせて獨酌する事さへ度々で、買手のない妓樓の寮はまるで秀齋翁の別莊も同樣の有樣になつてしまつた。 然し化物屋敷だといふ風說は相變らず傳へられてゐたが、倉山の家へ出入するものは主人に導かれて一度ならず隣の空家へ連れられて行く處から、いつか馴れて怪まず、兎角する中にさう云ふ來客の中から是非にと望む買手さへ現はれるやうになつた。 それは瀨川菊如といふ歌舞伎役者であつた。 卽ち今の瀨川一糸の養父で、鐵筆の大家なる倉山秀齋先生とも交遊のあつた程故、役者に似氣なく文筆の嗜み淺からず、妓樓の寮を住居として家業の憂さを歌俳諧さては茶の湯の風流に慰め、長閑にその晩年を送盡した。 菊如の歿後、後添ひの妻は年も大分ちがつてゐたので、出端のいゝ下町に住ひたいと云つて一周忌をすましてから軈て築地へ引越した。 寮はこゝに再び元の空家になつたが、然し瀨川の家では別に賣拂ふ譯でもなく植木屋一人を番人にして春や秋折々遊びに來る別莊にしてゐた。

 南巢の父秀齋は菊如の歿する數年前既に亡き人の數に入つたのであるが、隣家との交際は南巢の代になつて更に親密の度を加へた。 南巢は夙に劇評家としても其の名を知られてゐたので、菊如なき後其の養子一糸は每日のやうに南巢の家に遊びに來る。 南巢もその頃は内々劇壇に野心があつたので大に之を歡迎したのであつた。

 然し養母が築地へ引移つてから二人の交際は次第に疎くなつた。 一糸は道が遠いので亡父の舊邸へ來る事も殆ど稀に、又南巢は年々文學演劇の興味に乏しくなつて、朝夕隣の古庭を垣間見するのも獨り窃に昔なつかしい思ひに耽らうが爲で、今は別に若手の役者に逢つて話をしたいと云ふ氣も出なくなつた。

 さうかうする中住む人なき隣の庭は年と共にます〳〵森閑として落葉のみ堆高うづたかく、夏秋の刈込時になつてもついぞ鋏の音のした事なく、秋は百舌鳥冬は鴇の聲のみ氣たゝましく聞えるばかり、丁度南巢が子供の折恐る〳〵父の後について步いて見た時と全く變りがないやうになつた。 南巢は怠らず我が家の庭の手入をしながら朝な夕なこのさま垣間見かいまみて、大方おほかた瀨川の家では養母を始め當主の一糸も妓樓の古い寮なんぞには何の興味も持たぬ處から、立ち腐され同樣に買手のつき次第賣拂ふ氣に相違ないと想像した。

 南巢は劇壇の野心を全く去つてしまつたものゝ猶新聞社との關係から時折劇評だけは書かなければならないので、たま〳〵一糸の出てゐる芝居へ行當る時、樂屋の部屋をたづねて久振咄もしたい、それとなく隣の寮の處分をも聞いて見たい。 折好くば一步進んで、同じ人出に渡すとしても、成らう事なら幾分か物の分つた人に賣拂ふがよい。 兎に角あの古庭の松、あの柴折門は父が生前そつと人知れず手入れまでした位のものだからと、懇意づくに忠吿もしてやりたいと思ふのであつたが、又考直していやいやそんな餘計な差出口をしたとて何の役に立たう。 近頃は歷とした華族方でも、仙臺の伊逹樣を始め、さして困りもせぬのに御家代々の寶物を惜し氣もなく賣飛して、お金にする事が流行る世の中だからと其のまゝ默して、唯朝夕の垣間見にのみ、今日は新しい買手が來はせまいか、明日は池の松が取拂はれはせまいかと心を惱しながら月日を過してゐるのであつた。

 窓の外なる枯荷かれはすにばら〴〵ツと音する夜の雨。 南巢は取りちらした書物を片づけ机のまはりの紙きれを始末してもう寢やうかと銀のべの長煙管に煙草一服する折から、雨の響に何心もなく耳傾くる途端、ついぞ聞いた事のない三味線のの聞えるらしいのに、更に耳をそばだてた。

 近處に三味線の音は元より珍しいと云ふではない。 南巢が不審に思つたのは三味線の曲である。 仇つぽい女の聲で薗八節らしいものを語つてゐたからである。 聲曲の嗜ある南巢は丸窓の戶を明けて見て更に驚いた。 今まで空家だとのみ思込んでゐた隣の寮に灯影が見え、哀れ深い薗八の一段鳥部山はそこから時雨そぼ降る庭越しに分けてもしめやかな音〆を聞かせてゐるのであつた。