あまりの不思議に南巢はこの時ばかりは眞實隣の屋敷には幽靈が出るのかも知れぬといふやうな心持になつた。 淸元か長唄ならば如何に寂しい時雨の夜でもさういふ氣のする氣遣はないのであるが、淨瑠璃の中でも一番陰氣な哀ツぽい聲調で夢か現うつゝのやうに心中物のみ語つて聞かせる薗八節。 どうしてもあの寮で死んだ遊女の亡靈が浮ばれぬまゝに今宵時雨の夜深よふけ娑婆の恨を人知れず訴へるものとしか思はれない。
「あなた。 お茶がはいりました。 」と靜に書齋の襖を明ける妻の聲に南巢は振返つて突如だしぬけに、
「お千代。 成程怪しいな。 」
「何です。 」
「いよ〳〵幽靈だよ…………。 」
「いやですよ。 あなた。 」
「お聞きよ。 そら、お隣りの空屋敷で薗八を語つてゐるぢやないか。 」
妻のお千代は俄に安心した顏付、「いけませんよ。 もうおどかしても駄目で御座います。 あなたよりも私の方がよく知つてゐるんですから。 」
南巢は日頃臆病なお千代が忽ちいつもと違つた平氣な樣子に合點が行かず、「お前、知つてゐるのか。 あの幽靈を。 」
「知つてますとも。 あなた、まだ御覽なさらないの。 」
「まだ見ない。 」
「さうねえ。 二十四五位でせうか。 若く見えるけれどもつと取つてゐるかも知れません。 下ぶくれの色の淺黑い、あなたなんぞが御覽になつたらきつとお褒ほめになりますよ。 それア仇ツぽい意氣な年增です。 」云ひながら耳を傾けて、「聲も錆さびのあるいゝ聲ですわねえ。 彈語ひきがたりでせうか。 」
お千代は全くの素人しろうとであるが、然し薗八河東一中萩江節のやうなものに掛けてはなまなかの藝者よりもずつとしつかりしてゐる。 それは一時非常に豪奢な暮しをした文人畫の大家何某先生の家に生れ小さい時から畫家文人役者藝人衆との應接に馴らされてゐたので、倉山の家にとついでからもうかれこれ二十年に近く、子供も二人あつて年は三十五といふのに銀杏返に結つて買物にでも行く折には今だに時々藝者に見ちがへられる。 氣性もそのやうに若々しく物に頓着しない極ごく鷹揚な處が、夫南巢の極内氣な性質と相反して却てそれが琴瑟相和する所以となつてゐる。
「お千代、お前どうして、そんなに委しい事を知つてゐるんだい。 窺のぞきに行つたのか。 」
「いゝえ。 ちやんと知つてゐる譯がありますの。 たゞぢや敎へません。 」と笑つたが、やがて座をすゝめて、今日の夕方表へ買物に行つた歸りがけ、後うしろから馳けて來た二臺の車がふと隣の門前で梶棒を卸したので、不思議な事もあるものだと何心なく立止つて振返ると、やがて幌の中から瀨川一糸とつゞいて藝者風の意氣な年增の下りるのを見た。 「一番ようござんすわ。 内所ないしよで別莊へ連れて來れば誰にも知れなくつて…………ほゝゝほ。 」
「さうさ。 うまい事を考へたな。 濱村屋もこの頃は大變な人氣だつて云ふからね。 はゝゝゝゝは。 」
「藝者衆でせうか、それとも何處どこかのお妾さんでせうか。 」
「大分小降りになつたやうだ。 雪洞をつけてくれ。 一ツのぞいて來やう。 」
「まア、御苦勞ですねえ。 」と云つたが、お千代は直樣立つて緣側の押入から雪洞を取出して灯をつけた。
「子供はもう寢たらうな。 」
「えゝ、とうに臥ふせりました。 」
「さうか。 ぢやお前も一所に來ないか。 提灯持は先だよ。 」
「あなた、好鹽梅いゝあんばいに止やんでますよ。 」と庭下駄はいて先づ沓脫石くつぬぎの上に下おり立つたお千代は、雪洞持つ片手を差翳さしかざして足下を照しながら、「何だか芝居のお腰元見たやうですね。 ほゝゝほ。 」
「燈火あかりをつけて夜庭へ出るのは何となくいゝものさ。 差詰め私わしの役は源氏十二段の御曹子とでも云ふ處だな。 しかし、夫婦揃つて隣の垣間見と來ちやア、とんだ岡燒沙汰だ。 はゝゝゝゝは。 」
「聞えますよ。 そんな大きな聲でお笑ひなすつちや。 」
「かわいさうに、まだ蟋蟀が大分死なずに鳴いてゐるな。 お千代、そつちは通れない。 柘榴ざくろの下はいつでも水溜りだ。 そつちの百日紅の下を拔けるがいゝ。 」
二人は飛石づたひに軈て植込の中へ潛くゞり入つた。 お千代は雪洞の光を片袖に蔽ひかくして息をこらしたが、薗八の一段がふと途絕えた後は唯だ緣側の障子に薄く灯影の殘るばかり、寮は寂々として話聲も笑聲も何にも聞えないのであつた。
然し翌る朝。 雨後の空一段鮮に晴れ渡つて濕しめつた土と苔の生えた鱗葺の軒からは盛に蒸發氣ゆげの立昇る小春日和、南巢は梅の根本や立石の裾に支那水仙の球を植ゑてゐたその姿をば、今度は向から垣間見かいまみて、垣根越しに瀨川一糸が、
「先生々々。 相變らずお丹精ですね。 」と呼びかけた。 南巢は土まみれの手に冠つてゐた古帽子を取りながら、聲する方に進み、
「さつぱり掛けちがつてお目にかゝりませんでしたな。 いつから此方こつちにお居でなんです。 ちつとも知りませんでした。 」
「いえ、昨日から一寸遊びがてら宿りに來たんで、まだ御挨拶にも伺ひません。 」
「久振り、おはなしに入いらつしやい。 家内もしよつちうお噂をしてゐます。 お構ひ申しませんからお二人連れで、…………。 」と南巢は少し聲をひそめ、
「實は昨夜しみ〴〵身につまされました。 いゝ音〆でしたな。 」
「聞えましたか。 それぢやもう神妙に申上げてしまひませう。 」
「是非拜見したいね。 」
其の時緣側の方で、「兄にいさん、何處どこにゐるの。 」と呼ぶ聲がした。
「先生後でゆつくりお話はなししませう。 實はちつと御意見も伺つて見たい事があるんですよ。 」と瀨川はそのまゝ垣根際を離れて、「何だい。 こゝにゐるよ。 」と云ひながら聲する方へ步いて行つた。
十三 歸りみち
翌あくる日ひ一日置いて其の次の日、大方薗八を彈いた女が歸つた後と覺しく、瀨川は一人ふらりと南巢の家へ遊びに來た。 そして問はれるまゝにいろいろな事を話す。
「あれですか、あれは新橋です。 御存じでせう。 駒代ツて云ふんです。 」
「尾花家の駒代か……どうも聞いた事のある聲柄だと思つた。 踊は度々見たが、薗八をやるとはたのもしい。 」
「この頃二三段稽古したんださうです。 」
「瀨川君、此度こんどは大分長つゞきがするやうだね。 お噂は去年の暮からちよい〳〵聞いてゐるんだが君も女房を持つ氣になつたかね。 」
「もうそろ〳〵持つて見やうかと思つてゐるんですが、然しお袋のゐる中はとてもまとまりませんよ。 」
「さうかね、然し君、女房になつて其の家の姑に從つて行けないやうな女ならまづ亭主にも從はない女だよ。 其の邊は色戀を離れてよく考へないといけない。 」
「それア私も考へてます。 然し家ぢやお袋がまだ若いんですから、今年やつと五十一になつたのですから、どうも、うまく折合がつかなさうなんですよ。 實は二三度駒代を家へ連れて行つた事があるんですがね。 お袋の云ふには柔順おとなしさうで結構だけれど、藝人の女房にはもう少し愛嬌があつて働きがなければ身上しんしやうの相談なんか、私の居る中はいゝけれど後々何かにつけてお前が困るだらうツてかう云ふんです。 それも尤ですが、其の實は新橋の藝者でまだ抱への身體でせう。 それが氣に入らないんですよ。 何しろ家のお袋と來たら何とか云ひましたね先生——掛取や京の女のおそろしい組ですからね。 丸式まるしきのことゝ來たら到底とてもお話にやならないんです。 」
「さうかも知れないな。 」
「地體死んだ親爺がわるいんですよ。 江戶ツ兒の面汚しでさ。 先の養母おふくろの死んだ後何もわざ〳〵上方から引張つて來ないだつて、東京こつちにだつて女はいくらもありまさ。 」
「それアさうさね。 然し君、生野暮きやぼの素人しらうとでないだけがまだしも仕合だよ。 成田屋の家見たやうに物の分らない素人しらうとの女ばつかり殘つた日にやア御難だ。 折角藝道の名家も後が大だいなしだ。 」
「上方の女と來たら商賣人もあんまり當てにや成りませんよ。 一體女ツてえものは何故なぜみんなしみつたれ﹅﹅﹅﹅﹅なんでせう。 つまらない事をいやに何時いつまでも恩にかけたがるもんですね。 」
「女子と小人養ひがたしかね。 」
「全くですね、實は駒代を女房にしやうかと思つたのも、あんまり色いろんな事を恩にきせて煩うるさくつて仕樣がないからなんですよ。 」
「惚れて女房にしやうと云ふのぢや無いのかね。 これア少し話がちがつて來た。 」
「別にいやな事はありません。 もと〳〵我慢して勤めたお客といふ譯ぢやなし、此方こつちからお座敷をつけて呼んでやつた事もある位なんですがね、さうかと云つて實のところを白狀すれば是が非でも女房にしなければならないといふ程逆上のぼせてゐる譯でもありません。 」
「はゝゝは。 そいつは心細いな。 」
「何も彼も打明けてしまへばまアそんなものなんですが、然し私だつて一生獨りで暮らすときめた譯ぢやなし、頃合のがあつたら好加減な處で納まらうかと思つてゐるんです。 先方さきぢや去年の暮に私わたしの爲めに大事な旦那をしくじつたばかりか、その旦那が面當に朋輩の菊千代つて云ふのに手をつけて、間もなく自前にしてやつたと云ふんで、其の仕返に例へ三日でもいゝから私の家へ這入はいらなければ承知が出來ない。 私に捨てられればモルヒネを飮むつて云ふ騷ぎなんで、私も其時は始末にこまつて親爺の十三囘忌でも濟んだらと、こう逃げたんです。 」
「後生の障りだな、色男にはなりたくない。 」
「先生までがそんな事を仰有つちや困こまりますなア。 私だつて薄情な事はしたかアありません。 だから家へ連れて行つてもお袋の手前都合がわるし、外のお茶屋で逢へば商賣にさわるだらうしと、いろ〳〵氣を廻した末、内うちの寮が明いて居るので、こゝでゆつくり逢つてやる事にしてゐるんです。 」
「靜かでいゝやね。 時に瀨川さん實はとうからお聞き申さうと思つてゐたんだが、寮は矢ツ張あゝして別莊にして置くのかね。 」
「今の處では別に差當つて買手もありませんし、まアあのまゝにして置くより仕樣がありますまい。 お袋もうつかり賣るなぞと云つて惡い周旋屋の手なんぞに引掛ると大變だと云つてゐます。 」
「まア當分あゝしてお置きなさい。 賣らうと思へばいつでも賣れるんだから。 其の中に是非と云つて好んで望むやうな買手が出るまであゝして置く方が結句德ですよ。 周旋屋の手にかゝれば地坪がいくらいくらと勘定するばかりで、寮なんぞは破屋こはれやも同樣、何んの値打もありやアしないが、見る人が見れば建具でも床柱でも襖の紙でも一々骨董の値打があるんだから、まア當分あゝしてお置きなさい。 年數が經つに從つてます〳〵値打が出て來ます。 」
「御迷惑でなければ、實は先生にお任せしたいんです。 いつかもお袋がもし芝居か何かでお目にかゝつたら、御懇意づくにお賴みしてくれと云つてゐたんですが、つい私も忘れてしまひましてね。 」
「さうですか。 それなら私にお任せ下さい、決して惡いやうには計らひません。 」
南巢はもう駒代の事なぞは其方そつちのけにして、庭の柴折戶や池の松の見事なこと抔を熱心に語り出した。
瀨川は明い中に南巢の家を辭し、今夜は築地の家へ歸つてゆつくり寢て、明日から新富座の初日へ出勤するつもりであつたが、久振りの話につひ長居して、小春の日のいつか暮れ掛けて來たのに驚き、立ち掛けやうとした折から、晩飯の膳を出されて、すぐにも歸られず、食後又また一時ひとしきり四方山の話に夜も八時過ぎ、寒山竹の茂つた南巢の家の潛門くゞりもんを出たのである。 往來は眞暗まつくらで風は冷つめたく、上野の森に月がかゝつて、通過る汽車の響と汽笛の聲が云ひ知れぬ程物寂しく聞きなされた。 瀨川は南巢の家の玄關を出る時までは今夜は築地の家まで歸るのも道が遠いからいつそ空家の寮で唯たつた一人夜明しをするのも面白からうと思つてゐたがそんな氣は忽ち何處へやら、今は息を切らすほど早足に電車通へ出た。 そして箕輪から來る電車を待つ間も、瀨川はこんな眞暗な場末に住む人の氣が知れない。 南巢さんのやうな文學者とか又畫家とか云ふ人逹ならばいざ知らずわざ〳〵こんな出端の惡い處へ引込んで茶の湯なんぞに凝つてゐた親爺の菊如は餘程變つた人間だつたなと考へる氣もなく一糸は自分と養父菊如との性質や藝風つゞいて世の中一帶の樣子も今とはちがつてゐた事などを比較しはじめた。
一糸は瀨川の家に養はれた役者として今でも女形を勤めてゐるのであるが、一時女形は女のすべき筈のもので、これを男がするのは女歌舞伎御禁止の爲めに止むを得ず生じた江戶時代の野蠻な遺風であると云つたやうな議論が盛に新聞や雜誌に出た頃には、只譯もなく女形がいやで、昔氣質の養父とは度々衝突して、いつそ役者なんぞは止してしまはうかと考へた事もあり、又新派の組合に加入して洋行でもして見やうかと思つた事さへあるが、然しそれもこれも要するに根柢のない一時の野心、新聞かぶれの出來心に過ぎないので、演劇に對する世間の議論が下火になれば、忽ちそんな事は忘れるともなく忘れてしまつて一糸は矢張子供の時から習ひ覺えた女形の役者として、每月彼方あつち此方こつちの興行にいそがしく、自分では別にさしたる苦心をしたといふでもなく、舞臺の年功をつむ中、いつか世間から一廉の役者らしく取扱はれ、自分もどうやら其の氣になりかけて來た時、丁度一時世間を熱狂させた女優の流行も漸く衰へ、日本の芝居には矢張女形は男でなければならぬやうな議論がちよい〳〵聞え出すのに、又譯もなく氣が强くなり、急に自分の女形たる事に値打以上の値打があるやうに思ひなして、自然興行每の役不足にだん〳〵奧役を困らせるやうになつて來るのであつた。
「や、瀨川さん。 何方どちらのお歸りです。 」
電車に乗ると、入口の隅の方に腰をかけてゐた三十前後の眼鏡をかけ、セルの袴をはいた書生風の男が、茶天鵞絨の中折帽を一寸脫とつて挨拶した。
「おや、山井さん。 吉原のお歸りですか。 」と瀨川は笑ひながら、丁度席が明いてゐたので其の傍へ腰を卸した。
「はゝゝゝは。 さう見えれば結構です。 新富の初日は明日でしたね。 」
「どうぞお遊びに…………。 」
「是非伺ひます。 」と山井は二重廻の袖の下に四五册抱えてゐた雜誌の一部を取出して、「まだお送りしませんでしたが、これがあの……いつかお話した雜誌です。 」
山井は二重廻のかくしから手帳を出して瀨川の番地を書き留めた。 山井は所謂新しい藝術家なので、雅號も戲名も何もない、唯本名の山井やまゐ要かなめで知られてゐる。 もと〳〵中學校を卒業したばかりで別に何一つこれといつて專門の學術を修めたといふのではないが、生れつき器用な性なので、中學時代から靑年雜誌に新體詩や短歌を投書してゐる中、いつの間にか哲學や審美學の用語を覺え、相應の學者らしく人生や藝術の問題を喋々と論ずるやうになつた。 中學を出てから二三の仲間と或華族の馬鹿息子をだまして金を出させ新しい藝術雜誌を經營して短歌のみならず續々脚本や小說なぞをも發表し、三四年にして忽ち一廉の藝術家になりすましてしまつたのである。 山井はまた劇壇にも滿々たる野心を抱き、既に作り得た文壇の名聲を賣物にして女優を集め、自分も又役者になつて飜譯劇を演じた事も再三に及んだが、これは忽ち女優との醜聞を新聞に素破拔かれた事や又は芝居の小屋主を始め鬘師や衣裳方道具方なぞへの諸勘定を拂はぬ爲め其の社會の鼻つまみとなつて誰も相手にせぬ處から自然おやめになつて、元の文學專門に立返る事となつた。
然し山井は今年三十一歲になつても二十代の書生と同樣家もなく妻子もなく下宿屋を諸所方々食ひ倒して步く藝術家なので、傍はたから見れば行末はどうなるかと思ふやうな事をも一向平氣で爲通しとほしてゐる。 山井の倒すのは下宿屋ばかりでない。 出版商からは原稿料を前借して其のまゝ本は書かず、書いて出版すれば直ぐに其の原稿を他の本屋に持つて行つて二重賣りをする。 友逹の書いたものは懇意づくに一言の交渉もなく自分の賣る原稿の紙數を增さんが爲めに之を一所にして賣り飛ばす事も度々で、西洋料理屋も倒す、煙草屋も倒す、呉服屋も倒す。 待合は新橋赤坂芳町柳橋から山の手邊まで倒せるだけ倒して步く處から、一度迷惑をかけられた藝者やお茶屋の女中は芝居の連中見物なぞで山井先生の顏を見ると、前の貸を催促するよりも、うつかり口くちをきいて又其の後あと倒しに來られては大變だと向から逃げる位。 誰が云出したともなく陰かげでは皆山井の事をば出雲いづも倒州たうしうさんといふのである。 これはいつも倒す﹅﹅﹅﹅﹅と云ふ事をば芝居の作者の名前らしくもぢつたのである。
然し世間は狹いやうで又廣い。 冷酷なやうで又極めて寛容な處もある。 役者や藝者の中でもまだ山井の事をばそれ程無信用な危險な人間とは氣のつかないものもある。 一二度倒されても畫工ゑかきや文士ぶんしは仕方がないと善意に解して、却て氣の毒がるものもある。 又は何も彼かも承知の上で、内々は用心しながら唯物好きにさういふ下等な人間と知合になり、自分逹には到底とても眞似さへ出來ないやうな陋劣な咄を聞いて面白がらうといふ、其の爲めには野太鼓同樣飮のませてやる人もないではない。 瀨川一糸もかういふ人の一人である。 顏を見ると直ぐに裸體畫を表紙にした雜誌VENUSヰイナスを賣付けられて、忽ち悅えつに入り、
「山井さん。 近頃は活動もさつぱり面白いのが有りませんね。 もういつかのやうな會員組織の封切はないでせうか。 」
「ありますよ。 尤もこん度のは私が幹事をしてゐるんぢやないんです。 」と山井は急に思出したらしく瀨川の顏を見て、「あなた。 新橋の尾花家の忰を知つておゐでゞせう。 その男が世話人なんです。 」
「尾花家の忰——知りませんよ。 先年死んだ市川雷七なら知つてますが、まだ外に兄弟があるんですか。 」
「雷らい七の弟ですよ。 矢張尾花家の實の息子なんですが、——親爺とは今ぢや久しく義絕同樣になつてゐるんださうです。 まだ若いんですが、二十二三でせうが、惡い事にかけちや實に天才ですね。 とても僕なんざ足下にも寄りつけないです。 」
山井は吳山老人の二番目の忰のことをば長々と語り出した。
十四 あさくさ
山井要が尾花家の忰と知合になつたのは淺草千束町の銘酒屋である。 山井は芝居や宴會の歸りは無論の事。 極ごく眞面目まじめな用件で人を訪問した歸りにも、すこし夜が深ふけたかと見れば、もういかな事にも眞直に下宿屋へは歸られないで、ふら〳〵と當もなく其處そこ此處こゝの色町をぶらつく。 然し待合は前々からの借金で體ていよく斷られ、吉原洲崎へは懷中を逆さかさに振つても車代にさへ足りないと云ふやうな場合になると、陰慘な魔窟も一向お構ひなく醉つたまぎれに一夜を明すのである。 目が覺めてからは流石に慚愧後悔する事もあるが、多年放蕩無賴を盡した身はなか〳〵意志の力に制御されるものではない。 山井はこの弱點に對する種々なる感情をば、「肉の悲しみ」だとか或は「接吻の苦味」だとかいろ〳〵新しい言葉で綴出した短歌に咏じて、憚る處なく彼の所謂「眞實なる生命の告白」なるものを發表するのであるが、幸にこの告白はいつも新奇を追ふ文壇に歡迎され、麁々そゝツかしい批評家から新時代の眞に新しい詩人は山井要である。 彼こそは正しく日本のウエルレエヌであると稱され、自分ながらも醉拂つて氣の少し大きくなつた時には、どうやら其れらしい心持にもなつて、山井は遂にかゝる藝術的功名心の爲めに强いてさういふ廢頽した感情の中に其の身を沈淪させやうと勉めるのであつた。 もと〳〵彼の學力は中學校も極く不成績で卒業した位なので外國語の知識と云つては餘程覺束ないのであるが、自分だけの心持では眞實噓でも見得でもなく、次第々々に西洋の藝術家らしい氣になりすましてしまふので、既に二三年前、梅毒にかゝつて兩橫根を踏出した折も、いかなる書物で見知つたものか、佛蘭西の文豪モオパツサンも梅毒の爲めに發狂したのである。 それを思へば同じ惡疾の犧牲となつた自分は深甚の恐怖と慚愧の中にも自おのづからまた烈しい藝術的熱情の昂奮を禁じ得ないとやら云つて得意の短歌數十首を讀みこれを「沃えう土ど保ほ兒る謨む」と題して出版した事もある。 これも文壇の評判よく山井はその原稿料で病院の藥代だけは珍しく倒さなかつたとやら。
淺草公園花屋敷の裏手なる臭くさい溝緣どぶつぷちに鶴菱つるびしといふ軒燈あかりを出した銘酒屋がある。 山井は待合で藝者も買へず、と云つて吉原洲崎まで乗出すのも退義たいぎな折々、この鶴菱といふ銘酒屋へ宿りに來る。 姊さんはお歲さいと云つて年は二十四五。 かういふ賤業のものには珍しく頭髮かみのけと血色けつしよくのいゝ身丈せいの高い女で、ぱつちりした眼と遠山形の濃い眉とが、鼻の低い口にしまりの無い平顏の缺點をも、どうやら見直せるやうに補つてゐる。
山井は或時吉原の朝歸り、お歲さいの家へぶら〳〵やつて來ると、素袷の寢衣に細帶もしどけないお歲が、店口の長火鉢で鰺の干物を燒きながら、茶辨慶の銘仙か何かの褞袍を着た二十二三の色の白い好い男と猫足の膳を中にして一杯呑んでゐるのを見た。 お歲は山井の姿を見るとばたばたと馳寄つて抱き付き、
「隨分よ。 旦那。 あれツきりぢや餘あんまりひどい事よ。 いゝから、お座すはんなさいよ。 さアお酌しませう。 」と引倒すやうに猫足の膳の向へ座らせる。 と見ればかの若い男の姿は早くも何處へやら消えて跡もない。
山井は銅貨銀貨取りまぜ、どうやらかうやら壹圓取りまとめて女に渡し、逃げるがやうに孤鼠こそ々々〳〵と戶外そとへ出た。 日の當つてゐる處へ出て風に吹かれると山井は全く異つた心持になつた。 腹さへ張れば寸時前の飢を忘れると同樣、悠然と杖を小脇に公園の樹下を步み、やがて立止つて煙草をふかしながら正面に聳ゆる觀音堂の建築をば、いかにも美術家らしい樣子振りで眺め始めた。 然しこれはわざと氣取つたのでも何でもない。 山井は飽くまで眞面目なのである。 彼はいつぞや何かの雜誌で西班牙のゾラと稱せられるブラスコ・イバネスといふ小說家がトレド市の大伽籃を中心にして其の周圍の人々の生活を描いた小說伽籃カテドラルの批評を讀み、早速これをば淺草の觀音堂に移して一つ長篇の小說を作らうと考へてゐたからである。 山井はいろ〳〵な雜誌に出てゐる西洋文學の紹介からいつでも暗示を得て、直ぐにそれを自家藥籠中のものにする敏捷な才がある。 然し一度も原書を讀んだ事がない。 讀むだけの學力がないのが、つまり彼の幸福なる所以、剽竊の罪を免るゝ所以、原作の爲めに自己の空想力を制限せらるゝ虞のない所以である。
卷煙草の一本もやがて吸ひ終らうとするまで茫然と佇んだまゝ觀音堂を打眺めてゐた山井は、突然後から、
「山井先生。 」と呼びかけられて驚いて振返つた。 そして呼びかけたものゝ顏を見るや山井は更に驚いたばかりか、其の瞬間一種不快な恐怖に打たれた。 呼びかけた男といふは今方銘酒屋鶴菱の長火鉢でお歲と茶漬を食べてゐた色の白い若い男であつたからである。
「何だ、僕に用があるのか。 」と山井は云ひながら頻に四邊あたりを見廻した。
「先生、突然お呼びして全く相濟みません。 」若い男はひよこ〳〵腰をかゞめ、「私はあの……投書家です……去年先生が選者になつてお居での時分、□□雜誌で當選しました。 一度是非先生にお目に掛かりたい掛かりたいと思つてゐました。 」
山井は稍安心した體で近くのベンチへ腰を卸した。 この若い男が卽ち尾花家の忰の瀧次郞である事を山井は其の後委しく當人の口から話して聞かされたのである。
瀧次郞は十四の秋まで父なる講釋師楚雲軒吳山と母なる藝者十吉の手許てもとに置かれて新橋の藝者家から近所の小學校へ通つてゐたのであるが、いよ〳〵來年は尋常中學に進まうといふ年の秋、長くかういふ處に置いてはよくないと父吳山の意見に、母の十吉姐ねえさんも餘義なく、それではといろ〳〵御贔負のお客樣にも相談した末長年一中節のお相手に呼んで下さる法學博士辯護士何某先生に賴んで、其の書生部屋に置いて貰ふ事にした。 何某博士は駿河臺に立派な屋敷を構へてゐる。 瀧次郞はそこから中學校に通ふ事になつたが、これがそも〳〵瀧次郞の一生を誤まらせる原因であつた。 最初吳山はこれから勉强盛りの若いものをば我家とは云ひながら長く藝者家なぞに置いてはよろしくないと思つたのは尤の次第であるが、然し瀧次郞の一生は他人の家よりも寧ろ武士氣質の失せない頑固一點張な父の許もとに置かれた方がまだしもましであつたらうと、後になつて吳山はじめ母の十吉も諸共後悔したが、それは全く諺にいふ後のまつりであつた。
瀧次郞は博士先生の書生部屋に住込んで十六になるまで二年ほどの間は誠に行末賴母しい勉强家であつたが、其の年の暮に博士の家では奧樣が心臓病になつて唯たつた一人の御孃樣をつれて大森の別莊へ養生に行つてしまつた爲、自然博士先生も其の方へ行つて泊ることが多くなり、本邸は遂に午前だけ事務を取りに來る出張所も同樣になった。 さうなると主人のゐない留守を幸ひ書生と女中はてんでに勝手次第の事をしはじめた。 只さへあまり品行のよくないのは法學書生の常である。 瀧次郞は忽ちの中に感化され、滿一年程たつて十八の時には早くも手のつけられない道樂者になりおほせてしまつた。 夜になると我慢にも家にはゐられない。 近所の氷屋牛肉屋煙草屋なぞの女や娘を張りに行く。 夜半よなかには書生と競爭で家うちの女中を引張り合ふ。 日中も電車で通學の折々乗合はした女學生を誘惑しやうといろ〳〵苦心する始末。 或夜神田明神の裏手へ近所の煙草屋の娘をおびき出さうとした處、運惡く丁度その夜不良少年の檢擧で網を張つてゐた刑事に見咎められ否應なく拘留された。 この事が自然學校へ知れて瀧次郞は早速退校を命ぜられると共に、博士先生の家からも亦體ていよく斷られるやうな始末となつた。
父の吳山は火のやうになつて怒る、母の十吉は何といふ情なさけない事だと云つて泣いたがもう仕樣がない。 瀧次郞は一先新橋の藝者家へ引取られ親の顏に泥を塗つた不屆者だと、父から嚴しく禁足を申付けられたが、もう親の意見なぞおいそれと聞いてゐるやうな瀧次郞ではない。 何しろ吳山は午飯をすませば每日雨が降らうが風が吹かうが大きな信玄袋に羊羹色になつた五所紋の羽織と張扇を入れて晝席へ出て行き、夕飯頃に歸つて來てすぐ又夜の席へと出掛けねばならぬ。 道の都合で晝席から其のまゝすぐと夜の席へ廻つてしまふ事もある。 母は又藝者の事とて每夜御座敷へ出るところから、いくら嚴しく禁足を申附けたとて事實瀧次郞を監督するものは家中には一人もゐない譯である。 其の時分尾花家には役者になつた長男の市川雷七がまだ逹者でゐたが、これも朝飯をすますと芝居のある無しに係らず直ぐ師匠の家へ行つて終日働き夜も十時過ぎでなくては歸つて來ない。
藝者家と云ふと餘所目よそめにはいかにもだらしが無ささうであるが、内へ這入つて見れば主人夫婦を始め抱えの藝者内箱の女から水仕みづしの奉公人まで皆それぞれにいそがしい。 女主人の十吉は每夜十二時或時は一時過るまで御座敷を彼方あつち此方こつちと勤め步いて、ぐつたり疲くたぶれて歸つて來ても、其の翌朝は矢張それ相應に早く起きなければ其の日の稽古が間に合はない。 十吉は每朝常磐津淸元一中河東薗八荻江歌澤とそれ〴〵諸藝の家元へ稽古に行き、歸つて來てからは自分の家の半玉に稽古もしてやらなければならぬ。 抱えの藝者衆の着物の世話や相談もしなければならぬ。 御座敷で彈くべきものゝ都合では他ほかの藝者と豫め打合せもして置かねばならぬ。 演藝會の下ざらひも土地の古顏だけに折々は手傳つてやらねばならぬ。 と云つたやうな始末。 さうかうしてゐる中には髮を結ひ湯へ這入るべき刻限、それをすましてやれ煙草一服といふ時分には、もう晩飯ばんめしの仕度である。 抱えの藝者もまづそれと同じ事。 箱屋は玉帳の勘定と電話の挨拶、藝者の衣服や身の廻の雜用に身體が二つあつても足りない位。 下女はかゝる多人數の食物と洗濯と風呂の始末にこれ亦一人の手ではなか〳〵休む暇はない。
一體この尾花家は主人の吳山老人が皆みんなから小言幸兵衞と綽名されてゐる位口八釜しいので、商賣の事は勿論何から何まできちんと奇麗に取片づいてゐる事は新橋中おそらく此の家に越す處はあるまい。 して又、藝事の稽古と來たらまるで劍術の修行も同樣容捨なく嚴しいので以前から名代な家である。 それと云ふのも、吳山は癇癖のつよい一酷な性質から何に限らず物事を好加減にして置く事が出來ない、講談師仲間では今一二の古顏であるが一人も弟子を取らず、又弟子もつかないのは修行が嚴し過ぎるからだとの事。 されば家の藝者の稽古も、稽古をするとなれば專門家くらうとの修行同樣眞劍に仕込ませねば氣がすまないので、餘所よその二階でさらつてゐる三味線をきいてもどうかすると、何だいあれアと云つて眉を顰める事も度々である。 藝者と役者は世間の花だ。 外へ出て萬一の事でもあつた時身だしなみがわるいと人に思はれちや末代までの恥だ。 がらりと格子戶を明けて戶外へ出る時にや、肌襦袢と腰卷だけは新しいのをしめて行け。 着物や持物は決して奢るなよと云ふのが藝者に對する吳山の家訓である。 然し女房の十吉がこれは又いかにも當りの柔らかな氣のゆつたりした優しい女なので、偏屈な亭主の云ふ事をも程よく弱らげ、巧みに抱えを始め家中の折合をつけて行くのである。
瀧次郞はかやうに家中皆それ〴〵いそがしがつてゐる中に、その身一人は其邊にちらかつてゐる新聞や雜誌をば每日欠伸あくびをしながら讀むより外に何一つなすべき事がない。 吳山は今の中に嚴しく意見をして心を入直させれば、まだ徴兵檢査前の身體故、どうにか行末の目當もつくであらう。 學校は中途でよされて今更仕樣もないから、いつそ堅氣の商家へでも奉公に出したらばといろ〳〵其の方面の手蔓を求めたが、藝者家の忰で中學校を退校されたと知れては何處もまづ不首尾である。 母の十吉は諺にも蛙の子は蛙と云ふから、もう中年ちうねんではあるが何か藝を仕込んで藝人にした方が間違ひがあるまいと云ふ。 然し唯藝人と云ふばかりでどう云ふ種類の藝人になるべきものやら。 これは瀧次郞の身になつても鳥渡卽座には決心しかねる譯である。 實の兄は既に役者で相應に賣出してゐるので今更下廻りの役者になつて其の下につくのも業腹だし、父吳山の弟子になれば、唯さへ八釜しい親爺に猶更手嚴しくやつ付けられねばならない。 三味線彈も今からこの大きな身體で一つとやの稽古も出來ず、さうかと云つて新派の役者や曾我の家一流の道化役者の弟子にもなる氣はない。 瀧次郞は每日手當り次第に雜誌や新聞を讀んでゐる中不圖小說家とか文士とか云ふものになつたらどうか知らと云ふ氣を起したが、然しどうすればその道の人になれるのやら全く當てがつかないので、これも其のまゝ烟けぶりと消え、瀧次郞も今はつく〴〵自分ながらも其の身の持扱ひ方に窮した揚句、或仲買の店へ兎に角口を聞いてくれるものゝあるが儘當分氣を變かへる爲めに住む込む事となつた。
おとなしく勤めたのはほんの當座半年ばかりの事、瀧次郞は手近な蠣殻町の賣春婦を買ひ散らし店の金をすこしばかり使ひ込んだのを忽ち發見されて解雇となり、再び新橋の家へ引取られたが、おひ〳〵自暴自棄になり出した瀧次郞は、もう我慢にも三日と長く窮屈な兩親の元にゐる氣はなく、或夜の事無人な家の留守を幸ひ、母と抱えの藝者の衣類簪なぞをかつさらつて逃げてしまつた。
十五 宜春亭
山井がなが〳〵と飽かずに語りつゞける尾花家の忰の話がまだ終らぬ中に、電車はいつか銀座通へ來た。 瀨川はつと席を立つて降りると山井もつゞいて降りた。 そして瀨川が乗換の電車を待たうと服部時計店の前に佇むと、山井もいつか其の後について同じ處に立つてゐるので、
「お宅は。 」ときくと、
「家は芝白金です。 」
「矢張こゝで御乗換ですか。 」
「いえ、いつでも芝の金杉橋で乗換へます。 」と山井は云ひながら一步瀨川の方へ進寄り、「何時でせう。 まだ家へ歸るのは少し早いやうだ。 」
「まだ十時にやなりません。 」と瀨川は手首てくびにはめた金時計と服部の店に並べた時計の時間とを見くらべる。
「この頃新橋の景氣はどうです。 私はもうとんと近頃は遊びませんが……。 」と山井はつゞいて二輛ほど電車が來ても一向乗る樣子なくいつまでも立つてゐる。
瀨川は始めて山井の胸中を推察した。 どこかへ遊びに連れて行つて貰はうといふに違ひない。 困つたものだと思つたが、またこの場合知らぬ顏で山井一人を殘して行くのも何となく可哀かあいさうな氣もする。 情は人の爲ならず今夜一杯飮まして置いたら後日何かの爲にもならうと思直して瀨川は何ともつかず、「電車も遠いと乗りくたびれますね、どこかで休みませう。 」
云ひながら向側へと線路を橫切つて行くと山井はもう喜悅滿面、この鳥を逃しては大變と追掛けるやうに其の後に從ひながら、然し殊勝にも向から來る自働車をば、
「あぶないですよ。 」と注意した。 瀨川はすた〳〵ライオンの前を行過ぎながら鳥渡振向き、
「山井さん、どこかお馴染のお茶屋はありませんか。 」
「無い事もありませんが、僕の知つてゐる家はとても汚きたなくつていけません。 あなたの名譽に關します。 それよりか今夜はあなたの本陣を紹介して下さい。 秘密は誓つて守ります。 はゝゝゝは。 」
瀨川は一寸行先に迷つたらしく首を傾かしげて步みをおそくさせたが、そうかうする中に忽ち三原橋へ來てしまつたので、もう仕樣がないと思つたらしく、
「私の知つてる家もあんまり綺麗な方ぢやありませんよ。 然し遊びはあんまり豪勢な構ひよりか小じんまりした方が心持がいゝやうです。 」
瀨川は行きつけた待合宜春へ山井を連れて這入はいつた。 二階の表座敷へと案内する女中のお牧は手をついて挨拶するとすぐ後は懇意な調子で、「旦那、たつた今お電話が掛りましてすよ。 」
「どこから。 」
「わかつてるぢやありませんか。 さう申しませうね。 」とお牧はもう立掛ける。
「おいお牧さん。 駒代は駒代でいゝから、その外に誰か呼んでおくれ。 」
「どなたにしませう。 」と女中は再び坐り直して瀨川と山井の顏を見た。
「山井さん、誰がいゝでせう。 」
「藝者はまア駒代さんが來てからでいゝでせう。 それよりかお酒を願ひませう。 」
「藝者ツてものは妙なもんで、脈の合はない同志が一座すると却て座がしらけていけません。 」と山井はいよ〳〵腰を落付けやうと云ふ心が胡坐あぐらをかいて紫檀の卓へ兩肱をついた。
「見かけによらず女は誰しも片意地なもんですね。 」
「それが女心と云ふんでせう。 」と山井は菓子鉢の乾菓子ひぐわしを摘み、「瀨川さんこれア餘所で聞いた噂なんですが、近々にいよ〳〵御結婚なさるつて云ふ事ですが、ほんとうですか。 」
「駒代とですか。 」
「えゝ。 ちら〳〵さう云ふ噂を聞きます。 」
「さうですか、そんなに評判なんですか。 困こまりますね。 」
「何も困る事アないぢやありませんか。 結構ぢやありませんか。 」
「僕はまだ經驗がないんですが、結婚つて云ふものはあんまり面白いもんぢや無さゝうですね。 僕は何だかもう少し獨りで氣樂にして居たいやうな氣がするんですよ。 何もあの女がいやと云ふ譯ぢやない、それとは全く別の話で……。 」と瀨川は獨りで申譯らしく云ひ添へた。
結婚といふ事が何と云ふ譯もなく妙に窮屈に感じられ、又これまでの自由な華やかな生涯の終了をはりであるやうに思はれる事は、山井自身の經驗に於ても矢張同じ事なので、
「結婚しやうと思へばいつだつて出來る話なんですからな、何も急ぐにや當りません。 然しいづれ一度はこれも人生の經驗でせう。 」
女中のお牧が酒肴を運んで來た。
「駒代姐さん最もう三十分ばかりしますと伺ひますツて、お電話で御ざいます。 」
「向で三十分と云へばまづ一時間半だね。 それぢやお牧さん彼女あれの來るまで、誰か直に來られるのを呼びたいもんだね。 新橋の藝者はどれもこれも待たせるからなア。 」
「待たせた揚句に、來ればすぐ電話で後口でせう。 はゝゝは。 」と方々倒して步いたゞけ山井もなか〳〵の通人である。
「ほんとにねえ。 」とお牧は眞實らしく溜息をついたが急に思出して、「今日お弘めの妓こがあります。 つなぎに呼んで見ませうか。 ぽつちやりした色の白い、何となく具合のよさゝうな人よ。 ほゝゝゝほ。 何でも立派な御醫者樣の奧さんだつたんですつて。 」
「それア奇妙だ。 どうして藝者なんぞになつたんだらう。 」
「人の話だから眞實ほんとだか虛言うそだか分りませんけれど藝者になつて見たくつて、無理に好んでなつたんですとさ。 」
「さうかい、それア見たいもんだ。 山井さん、さういふ女は矢張新しい女ツて云ふんですか。 」と瀨川は眞面目に質問する。
「さうでせうな。 私の處へ短歌の添刪を賴みに來る女には、隨分藝者になり兼ねないやうなのがあります。 」
「何しろあなた方の商賣は羨しい。 第一時間で身體を縛られるツて云ふことがないし、それに又遊びに行つても内所で好きな事ができるけれど、そこへ行くと私逹はすぐに顏で知られてしまふから……さう馬鹿な騷ぎ方も出來ないしつまりません。 」
「その代何處へ行つても吾々のやうに冷遇される氣遣はない……。 」
「何ぼ役者だつてさうは行きませんよ。 」
二人は唯面白さうに笑つた。 やがて靜に襖があいて敷居際に挨拶する島田が見えた。 お牧が話をした弘めの藝者といふのはこれであらう。 白襟に裾模樣の紋付を着た年は二十前後。 癖のない髮と濃い眉毛、黑目勝の大きな目には申分がないが、額は大分廣く頤の短い圓顏。 そして手の太い肉付のいゝ大柄の身體には出での衣裳がいかにも着にくさうで、島田の鬢の搔き具合、馬鹿に濃過ぎる白粉のつけやう、萬事が藝者らしくない處が二人の目には却て興味を引くのであつた。 然し割合に人馴れてゐて山井が早速さす杯をも惡びれずに受け、
「急いで來たもんだから呼吸が切れて仕樣がありません。 」と飮み干して英語で「難有サンキユウ」と杯を返す、其の調子には何處の國とも知れず著しい訛りのあるのが耳立つのであつた。
「何て云ふ名だえ。 」
「蘭花らんくわツて申します。 」
「蘭花——支那の女の名見たいぢやないか。 なぜもつとハイカラなのにしなかつたんだ。 」
「私わたしまつたくはすみれ﹅﹅﹅と付けたかつたのよ。 ですけれど他ほかにもうすみれさんて云ふ方があるですツて。 」
「今まで何處どこへ出てゐたんだ。 葭町か、柳橋か。 」
「いゝえ。 あなた。 」と蘭花はどういふ譯か急に語調てうしを强めて、地方訛の一層耳立つのも知らぬ顏で、「藝者は全く始めてゞすわ。 」
「それぢや女優か。 」
「いゝえ、然し私女優さんには成つて見たうござんすわ。 藝者でもし賣れなかつたら女優さんになりますわ。 」
瀨川は山井と顏を見合せて覺えず微笑ほゝゑみ、
「女優になつたら蘭花くわさんはどんな役がして見たいと思ふね。 」きくと女は更に憶する樣子もなく、
「わたしジユリエツトがして見たうござんすわ。 シエーキスピアの——あの窓の處でロメオと鳥の聲を聽きながら接吻キツスする處が御在いませう、何とも云へませんわ。 松井須磨子さんのサロメなんて私は厭いやですわ。 人樣に裸體はだかを見られに出るやうなものですもの。 肉襦袢は着てゐるんでせうけれどもねえ。 」
瀨川は少々煙に卷かれた體で默だまつてしまつたが、山井は漸く重ねる杯と共にもう嬉しくてたまらないらしく、
「蘭花さん、あなたは實に藝者には惜しい。 思切つて女優におなんなさい。 さうすれば僕も及ばずながら力になります。 僕だつて藝術家の一人です。 藝術の爲なら自他の區別はないです。 」
「あら、あなた藝術家でゐらしつたの。 何と仰有おつしやるの、お名前を聞かして頂戴よ。 」
「あら山井先生でゐらつしツたの。 それぢや先生の歌集はわたくし皆悉みんな買つて持つて居りますわ。 」
「さうですか。 」と山井はます〳〵悅に入つて、「ぢや、あなたも何か創作があるでせう。 え、蘭花さん。 聞かして下さい。 」
「いゝえ、とてもむづかしくつて出來ません。 ですけれど煩悶のある時は歌でも讀むのが一番慰藉ですわねえ。 」
瀨川はいよ〳〵呆れて唯煙草をぱく〳〵其の煙の中から山井と蘭花の顏を目戍みまもるばかりであつた。
十六 初日 上
新富座は定めの時間午後の一時に初日の蓋ふたをあけた。 一番目は繪本太閤記の馬盥に十段目、これは以前子供芝居の時分からいやに三河屋張の老役ふけやくに劇界の麒麟兒と名を取つた市山重藏が出し物、それに娘役の瀨川一糸が重次郞の初役で評判を取らせ、三幕目には筋の連絡なく忽然と琵琶湖の乗切をつけて、これは活動寫眞式の大道具で子供をだます樣に見物を喜ばす趣向。 扨中幕は二十四孝の狐火。 二番目は大阪役者袖崎吉松の紙治といふ並方である。 初日は土間桟敷とも五拾錢均一といふのに、幕間の長いのと狂言の出揃はないのは承知の上の大入序幕が切れる頃には本家茶屋と芝居の木戶口には早くも土間桟敷賣切申候の札が下げられた。
駒代は樂屋で着到の大太鼓が鳴る時分既に本家茶屋の一間に詰めかけて、茶屋の出方の中で顏の知れたもの三四人に祝儀をやり、又瀨川の男衆綱吉つなきちといふのを呼んでこれには過分の祝儀、まだ其の上に樂屋の頭取と口番には瀨川の部屋へ女房氣取で自由に出入がしたい爲めにまた相應の心付こゝろづけ。 そして今度瀨川が初役の重次郞をつとめるといふ事から新橋中の知合を運動して引幕一張を贈つたので其の爲め大道具へも渡りをよくした始末である。
駒代は朋輩の花助をさそつて東の鶉の三に陣取つて、今方馬盥が切れた後場内滿員となつた景氣を見ると、これは誰の力でもない、瀨川一糸一人の人氣の爲めだといふ氣がするのである。 そしてこの大たいした人氣の役者に思ひ思はれた女は誰あらう此處にかうしてゐる私だよと思ふともう居ても立つても居られない程嬉しくもあり、又晴れて夫婦になれるのは何時いつの事だらうと思へば忽ち果敢いやうな悲しいやうな心持になるのであつた。
「姐ねえさん、先程はどうも。 」とざわ〳〵人の往來ゆききしてゐる廊下をば鶉の戶口へ膝をついて、そつと皺だらけの顏を出したのは一糸の父先代菊如の時分から相中の古い弟子菊八である。
「先程太夫さんがお這入はいりになりました。 」
「さう。 濟みませんね。 」と駒代は云ひながら煙草入を帶に納め、「花ちやん、兄にいさんが來たつて云ふから今の中、一緖しよに樂屋へお出でな。 」
何處どこまでも取卷藝者に出來てゐる花助は默だまつて柔順すなほに後あとから席を立つた。 相中あひちゆうの老優菊八は人込の中を先に立つて、奈落へ通ふ向揚幕の方へと步いて行く。 その後につゞいた駒代と花助の姿をば摺違ひに認めて、
「や、駒代さん。 」と聲をかけたのは脊の低い眼鏡の洋服。
「おや、山井さん。 昨夜ゆふべあれからどうなすって。 」
「いや、どうも、大變な藝者に出でツくわしましたな。 」
「隨分見せつけましたね。 今日はたゞぢや濟みませんよ。 」と笑つた。 駒代は實の處山井を知つたのは昨夜始ての事であるが瀨川の兄にいさんの連れて來た人だと云ふ事からわざとらしい迄に親しく見せて愛嬌を振撒くのである。 駒代は誰彼の區別はない、瀨川の知己ちかづきだと見れば一生懸命氣受をよくし、それほど瀨川の爲めに心を碎いてゐるかといふ事を知らせて、次第に周圍一帶の同情を身に集め、行末はどうあつても夫婦にならなければ周圍はたが承知しないと云ふやうに仕掛けてゐるのである。 されば山井が文士だと聞くだけに駒代は身方にすれば一層賴母しい人のやうに考へて一晩や二晩の遊び位は承知の上で引受けてやらうと思つてゐる。 駒代は世間をよく知らぬ藝者の考へで、文士といふものは辯護士が法律を商賣にしてゐるやうに、これはこま〴〵と人情を書くのが商賣だから人情にからんだ事柄を賴めば間違はないと自分勝手にきめて居るのである。
山井は駒代と共に同じく奈落へ降りながら、「實は瀨川君に昨夜ゆふべの話をしやうと思つてゐたんです。 」
ところ〴〵瓦斯の火がぼんやり點ついてゐる地の下の奈落を過ぎて一同は樂屋へ出ると、こゝは取分とりわけ初日の大混雜。 駒代と花助は互に手を引合ひ、黑衣を着た男や尻端折の男達がいづれも忙いそがしさうに駈かけ上つたり駈かけ下りたりしてゐる梯子段をば廊下の左側、鴨居の上に瀨川一糸と木札を下げた部屋の障子をあけると、半分は板敷になつた出入口の三疊、片隅の居爐裏で湯を沸してゐた男衆の綱吉がいつも御祝儀の利目きゝめ、駒代の姿を見るより早く奧の間へ座蒲團を敷きに立つた。