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あめりか物語 cover

あめりか物語

Chapter 15: 一
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About This Book

A sequence of travel sketches recounts a Pacific voyage and subsequent stays in foreign towns and countryside, shifting between intimate shipboard scenes, chance conversations with fellow passengers, and walks through streets, parks, and institutional grounds. Evocative descriptions of weather, landscape, and everyday interiors alternate with reflective observations about longing, disappointment, and the uneasy prospects of those who leave home to seek opportunity abroad. Small domestic moments, social encounters, and melancholy memories are woven into an observant, elegiac account of movement, cultural dislocation, and the unsettled life of travelers.

 俊哉は近くの席に坐つて居る若い女の容貌の美醜よしあしから、帽子や上衣、頭髮や襟飾の結び方まで、仔細に眺め廻して居たが、長い講演の續き行く中には、それにも飽きてしまつて、今度は遣り場の無い眼を、熱心に聞き入つて居る菊枝の顏に移した。何時も見る通りの圓い〳〵顏である、が、然しあの小い眼をもう少し大くし、眉を濃くしたなら、高い鼻と締つた口許の愛らしさに、或人は美人の名を許すかも知れない………と一々に容貌の缺點と特徵とを分析して居た後、さらに一步を進めて萬一、自分は此の女から愛されて居るとしたら、自分は如何なる態度を取るべきものであらうと、此樣途法もない空想に耽り出した途端、演壇の上の長老は忽然聲を强めてハタと卓を叩いた響に、俊哉は喫驚して空想から覺める。と、自分は今外國に來て居るのだ。何處を見ても異つた人種ばかり、自分の所有物と云つては自分の着て居る物より外には何にもない。日本に居た時、下宿屋の二階から往來を通り過る娘を批評したのとは、境遇を異にして居る。測らずも此にかうして日本の女生徒と並んで腰掛けて居られるとは、何たる不思議の運命であらう。自分は一も二もなく運命の前に平伏して、その賜物を感謝しつゝ受けねばなるまい。俊哉は暫く眼を閉ぢ更に明い電燈の光に菊枝の顏を見たのである。

 二時間ばかりで演說は終つた。俊哉は來た時のやうに菊枝の手を取り、山田も共に打連れて、各その部屋に立戾つたが、寝床へ這入つてからも俊哉は何やら取り止めのない空想に耽つた。彼はいつか菊枝と面白いなかになつて了つたやうな心持になると、淋しい此の頃の生活が俄に活氣づき、日曜日の午後なぞ、二人で牧場の草の上に坐つて戲れる有樣が目にあり〳〵と見えて來る。そして急に明日が日曜日であるやうな氣も爲出す。獨で思はずはゝゝゝゝと笑つて寢床ベツドの上に寢返りを打ち、何か決心したやうに獨で頷付いた。

 俊哉は全く決心したのである。すると直に成功するかどうか知らと云ふ疑問が起つて來る。彼は此の疑問を更に二分して見て、全然成功は不可能であるか、或は單に容易でないと云ふに過ぎないか。俊哉は過去の經驗から第一の疑問は否定する事が出來たが、第二に移り成功は容易でないとすると、如何なる程度を意味するのであらう。意味が廣いだけに彼は大に此の返答には窮して了つた。で、まづ理論を離れ、自分の知つて居る實例の方面から解釋するに如くは無いと思立ち、日本に居た時分なにがしが西洋料理屋のお何を手に入れた道筋、それがしが女義太夫に失敗した逸話、誰それが思掛ない事から看護婦を得た奇譚。其の他かつて讀んだ戀愛小說中の事件なぞ數限りなく想起して見たが、その中に作者も題目も忘れ果てゝ居る一篇の短い飜譯小說の趣向が此の場合大いに參考すべきものであると氣付いた。

 何でも磁石力の理論から說き起して、或る男が久しい間或女を思込んで居たが、どうも迫つて見る機會がない。一夜圖らずも戀の成立つた夢を見たので、男は驚き目覺めたが、如何にしても思に堪へやらず、折好くも出合はせた女の姿を見るや、前後の思慮もなく、矢庭に駈寄つて物も云はずに、女の手を握り締めると、不思議や女は久しい以前から已にその男の情婦ものであつたやうに柔順すなほに男の心に從つたとやら。俊哉は篇中の主人公に對して非常に羨しく又妬しくも感じたが、さて此の主人公が得た女と云ふのは、一體何樣性質の女であつたのか知ら。菊枝とは人種が違つて居るとすれば深く參考の材料にはならないかも知れない………夜は何時かふけそめて寄宿舎中は寂々として物音なく、運動場の樹木に風の戰ぐ音と、遠い汽車の響が聞えるばかり。俊哉はいろ〳〵と考へて見た末手紙をやるにしても時期がまだ少し早過る。とすると先づ第一に取るべき手段は絕えず近寄つて相互たがひの間を親しくさせるより外はないと、極々平凡な結論に到着し、自分ながらもどかしく腹が立つて來て、夜具の毛布けつとを足でハタと蹴返した。

* * * *

 秋も早や行かうとする。俊哉が初めて此の地へ來た夏の盛の頃には、高い楓の並樹が靑々とした大きな廣い葉で、靜な學校の門前の往來をば左右から蔽ひ冠せて居たが、今は朝夕の冷かな霧に見る見る黃葉して、いさゝかの風にもばさり〳〵と重さうに散りかける。寄宿舎の高い窓から裏手の田舎を見渡すと、小丘をかの半腹へと斜に上りかける果樹園も道端なる農家の生垣も齊しく落葉して、取り殘された林檎の實のみが夕陽の光で宛で大きな珊瑚の玉のやうに輝いてゐる。牧場には野草がまだ靑々と生茂つてゐるが、その間を流れる小川のほとりの白楊みづやなぎはもう細い枝ばかり。

 俊哉は每週土曜日と日曜日には必ず菊枝を誘ひ出して、自然の美を愛し田園の風趣を味はうと云ふので、なりたけ人の見えない靜な野邊を選んで步くのであつたが、菊枝も今は慣れるに從つて親しくアメリカの男女間に行はれる交際を見ると、全く日本の習慣とは違つて、案外健全で神聖である事が分るので、俊哉に手を引かれる事をば最初ほどには恐れぬやうになつた。

 十一月の第二日曜の頃、俊哉は例の如く、牧場の端れへ菊枝を誘ひ出し、かすかな音して流れる小川のほとりの柔かな野草の上に腰を下した。

 此國ではインデアン、サンマーといふ通り、空は限りなく晴渡り、午後の日光は眩く輝渡つて居たけれど、野面のもせを渡る風は靜ながら、もう何となく冷い。裏手の小山から處々に風車の立つて居る村の方を顧ると、檞樹オークの林が一帶に紅葉して居て、其の間から見える農家の高い屋根には無數の渡鳥が群をなして、時々一團々々に空高く舞ひ上る。程なく來べき冬を豫知して南の暖い地方へ歸つて行くのであらう。

 菊枝は餘念もなく此の長閑な風景を眺めやる中、突然何處からともなく、からん〳〵と靜な鈴の音が聞え出してつい四五間先の茂つた草の間から、一頭の大きな牝牛がその頸につけた鈴を振り動しながら、のそ〳〵步み出した。

 菊枝は日本の女性の常とて、喫驚して我を忘れ俊哉の方に寄添ふ。俊哉は早くもこの機に乗じて菊枝の手を取つたが、然しさあらぬ調子で、

「大丈夫ですよ。此の近所の農家の乳牛でせう。馴れて居ますから大丈夫ですよ。」

 牝牛は柔和な眼で二人の方を眺めたが、何か思出したと云ふ風で、再び頸にぶらさげた鈴をばからん〳〵と音させながら、元來た方へ立去つて軈て又ごろりとて了つた。

 菊枝は始めて安堵したらしく息をついたが、自分の手が堅くも男に握締められて居るのに氣が付き以前よりも更に驚いた。手をば振拂ふ勇氣もなく顏を眞赤にして俯向きつゝ息をはずます。

 俊哉も今は胸の騷ぎを押へ得ない。何と云はう。何と云つて百せき竿頭かんとうに一步を進めやう。

 彼は火のやうな女の耳に口を寄せ、日本語によらずして英語で囁いた。すると菊枝は聲をも立て得ず、極度の恐怖おそれ驚愕おどろきに襲はれたと見え、眞靑な顏になり總身をぶる〳〵顫はせたばかりか、兩眼から淚をはら〳〵。

 俊哉は流石途法に暮れた體。然し其の握つた手は猶も放さずに、「菊枝さん〳〵。如何したのです。」とわざ沈着おちつした聲音を作る。

 菊枝は其の場に俯伏して猶身を顫はして忍泣くのである。

 以前の牝牛が又步み始めたのであらう。寂とした牧場の草の間で鈴の音が聞え始めた。

* * * *

 最初の失敗には懲りず、俊哉は如何かしてもう一度菊枝を靜な野に誘ひ出したいと、一心にその機會を求めたが、以後菊枝は俊哉の姿さへ見れば直樣それとなく逃げて了ふ。

 次の日曜日は空しく過ぎその次の日曜日は待つかひもなく雨であつた。

 十一月の末一度空が曇つて雨になればもう郊外に出づべき秋は全く去り、一日〳〵とまさり行く寒氣さむさと共に枯木を搖する風は次第に强く、間もなく灰を撒く樣な雪が此の風にまじつて降つて來る。冬の天地は以後三ケ月間と云ふもの積るが上にも積る雪の中に埋盡されて了ふのである。

 俊哉の望も共に埋め去られて了つた。然し一度燃えた若い胸の火は每日氷點以下の寒氣———北方の大湖レーキ地方から押寄せて來る寒氣にも消え遣らず、彼は日課の如くに手紙を菊枝の許に書き送つた。

 遂に書くべき文句の盡きた時には書棚の上に載せてある詩集の中の一篇をその儘寫し取つて送つた事もある。然し何の返事も無い。俊哉は何通手紙を書いたか、自分ながらも覺えが無いやうになつた。餘りの事と遂に彼は自暴やけ半分、我が燃ゆる千度百度の接吻を御身が冷たき頰の上に………と云ふ文句だけを大く英文で書いてやつた事もある。返事は猶更ない。

 俊哉は遂に窮して元氣を失つた。馬鹿らしいと笑つた。そして忘れたやうに手紙を書く事をよして了つた。する中或朝ふツと空が靑々と晴れ渡り、日光が微笑み、南の風が吹いて、岩よりも堅く凍つて居た雪が解け始めた。

 冬が過ぎて春が來たのである。

 牧場には去年のまゝに野草が靑々と茂出す。小山を昇る果樹園には林檎や桃の花が咲き亂れ若芽の輝くオークヱルムの林には駒鳥が歌ひ始める。北國の冬と春との違ひほど著しいものは有るまい。

 若い男は若い女の手を引いて再び野の花を摘みに行くでは無いか。然し俊哉はもう菊枝の此の世にある事も忘れたかのやう。

 或日の夕暮、例の如く食後の散步から歸つて來た時、彼は机の上に置いてある一通の手紙を見て不審さうに其の封を切つた。

「やツ、菊枝さんの手紙だ。」

 彼は遠い〳〵昔の事でも思返す樣に腕組をして、さて其の手紙を讀むと、菊枝は去年から何通とも知れぬ男の手紙に對して返事をしなかつた詫言を繰返した後、重り重る男の手紙男の熱情を思返すと、彼女は最早や自分を制する事が出來なくなつた、愛の力は何物よりも强い。今は只御身の腕に我身を投げやうとの意味を長々と書いたのである。

 俊哉は時ならぬ頃に此の豫想外の返事を得たので、暫くは呆返つて、夢ではないかと思つた。二度三度女の手紙を讀み返した後早速返書を送つた。

 彼は翌日の午後去年の秋の末に二人腰を下した牧場の小川の畔に、再び菊枝の手を取つた。

 その翌日、又その翌日、俊哉は每日の午後には必菊枝と共に村の小道や小山の果樹園、又は學校から程遠からぬ墓地などを步いた。森の中で日が暮れ、栗鼠がきゝ﹅﹅と鳴く老樹の梢に星が輝き初めた時、俊哉は夕風が寒いからとて菊枝を己れの外套の中に抱きすくめた事もあるが、菊枝はもう拒む力がない。二人して野にさく菫の花を摘んだ時、男は其の一束を襟にさして遣るとて、顏を近寄せる拍子にその頰に接吻して見たが、女はそれさへもたゞ恥し氣に顏を赧めたばかり。俊哉は一ケ月ならずして、久しく夢みて居た通な幸福の人となつた。幸福———それは若い新婚者のみがひそかに神に謝し運命に謝する幸福である。

 二年の月日は過ぎ後一年で卒業すべき前の年の夏、俊哉は暑中休暇の間紐育ボストンあたりを旅行するとて學校を去つたが、それなり秋の開校期になつても歸つて來なかつた。

 只一通の手紙をば菊枝の許に———小生都合有之これあり東部の大學に轉校し此處にて學位を得明年は歸國するつもり今日まで數ならぬ小生に對して御厚情の段深く〳〵感謝する處に有之候———

* * * *

 一年又一年。

 俊哉は歸國して後、或會社の有望なる社員になつて居たが、或時新橋の停車場で偶然在米當初の學友山田太郞と云ふ神學者に出遇つた。

 山田は牧師となり菊枝を妻にして居ると云つた。菊枝は俊哉に見捨てられたと云ふよりは一時の慰み者にされた事を知つた當時は全く狂氣となり、冬の或夜———ミシガン州の怖しい雪嵐の夜に森の中に彷徨つて自殺しやうとしたのを、圖らず山田に助けられ事の始末を懺悔した。山田は惡魔のゑばとなつた菊枝の身の上をば深くも憐れに思ひ、どうにかして菊枝をば此の暗黒な絕望から救ひ出し、元の幸福な女性にしたいと誠を盡していたはつた。

 彼は學位を得てから菊枝と共に歸朝した後、二人の屬して居る或寺院チヤーチの長老に計り遂に十字架の前で神聖に結婚した。

「大山さん。私は今日では決してあなたの罪を咎めは致しません。菊枝さんは神の惠と私の力で昔の罪から救はれ、以前の通りの溫良な婦人となり、善良な妻となりました。ですからあなたも眞情まごゝろから神樣に對して感謝なすつて下さい。」

 俊哉はその後會社などで若い者供の間に、クリスト敎は好いとか惡いとか云ふ議論が出ると必ず恁う云ふ。「兎に角クリスト敎は決して世に害を爲すものでない事だけは明瞭だ———。」

 そして彼は常にくはへて居る葉卷シガーの烟を一吹するのである。

          (明治卅九年五月)

雪のやどり

 在留の日本人が寄集つて徒然つれ〴〵の雜談會が開かれると、いつも極つて各自勝手の米國觀———政治商業界から一般の風俗人情其の中にも女性の觀察談が先づ第一を占める。

 西洋の女——殊に米國アメリカの女は敎育があつて意志が强いから日本の女のやうに男に欺されたり墮落したりする事は稀である………とその夜の會合に座中の一人が結論を下した。

 すると、忽ち他の一人があつて、

「然しいくら米國だつて十人が十人皆さう確固しつかりして居るとも云へないやうだぜ。僕は殆ど信じられないやうな話を聞いて居るが………。」

 「どういふ話だ。」

 その男はまづビールに咽喉を潤して語つた。

 去年の十二月、まだクリスマスの前で、其の年に初めて雪が降つた晚だ。

 尤も、宵の中には空こそ曇つて居たが風もなく寒気も左程でない。僕は知己ちかづきの或家族フアミリーから芝居見物に誘はれて居たんで、會社から歸ると早々大急ぎで髯を剃り、顏を洗ひ、頭髮かみを分け直して、さて眞黑な燕尾服ドレツスにオペラハツト眞白な襟飾タイに眞白な手袋。いよ〳〵出掛けやうと云ふ前に、もう一度昂然と姿見鏡すがたみの前に立つて自分の姿に最後の一瞥を加へる———いやすつきり胸が透く樣だ。

 見物した芝居は例のミユージカル、コメデーさ。花形役者スターは獨逸から來た女だつて云ふが、容貌よりは好い咽喉を聞かしたね。

 芝居がはねると見物歸りの連中が入込む事にきまつて居る角の料理屋シヤンレーで一寸一杯。雜談に時を移して再び戶外へ出たのはもう一時過だ。見ると何時の間に降り出したものか往來は眞白。ひどい雪嵐だ。

 僕を招待してくれた家族の連中とは歸り道も違ふので、つい鼻先の地下鐵道の入口で別れ、高架鐵道へ乗るつもりで四十二丁目の角を曲つた。すると、いや眞正面に吹付けて來る吹雪の激しさに僕は帽子を引下げ俯向いたなり向見ずに步いて行くと、忽ち人に突き當つた。相手も同じく行先見ずに步いて來たものと見えて此方より先に、

「あら御免なさい。」

 投遣つた調子の仇ツぽい女の聲ぢやないか。喫驚して顏を上ると、

「あらKさんだよ。まア何處へいらしつたの。」

 僕の知つてる女だ。身分なんぞは云はずとも分つて居るだらう。夜半の一時過吹雪の中のブロードウヱーを步いて居る連中だもの………。

「お前さんこそ何處へ行つたんだね、此の大雪に。スヰート筋も大槪にしないと命に觸るよ。」

「ほゝゝゝほ。私のスヰートは此處に居るから一人で澤山………。」

とぴつたりと寄添つて、「眞實ほんとにKさん、しばらくぢやありませんか。だんまりで日本へお歸りなすつたかと思つてましたよ。」

「結句日本人ジヤツプの厄拂をしたと思つてた處が………お氣の毒さまだつたね。」

「何ですツて。もう一度仰有い。承知しませんよ。」

 女は掛けたベール越に睨む眞似をして、「さア、行きませう。眞實に寒くツて堪りやしない。コラまるで氷のやうでせう。」と其片頰をぴつたり僕の顏へ押付けた。

「何處へ行くんだ。寒さ拂ひに一杯かね。」

「酒屋は晚いから私の家………私の部屋へいらつしやい。眞實に久振だもの。」

 一人で承知して女は僕の腕を取りぽつちやりした身體の重みを凭せ掛ける。

 かう攻めかけられては仕方がない。僕は一緖にもと來たブロードウヱーへ出ると兩側の建物に風を避けて此處は大きに凌ぎよい。

 僕は女と腕を組みながら少時四角へ立止つた。不夜城とも云ふべき芝居町四十二丁目の雪の眞夜中。實に見せ度い位の景色だつた。

 ずつと見渡す上手は高いタイムス社アストルホテルを始め、下手はオペラハウスから遠くメーシーやサツクスなど云ふ勸工場のあるヘラルド廣小路スクヱヤーあたりまで、連る建物は雪の衣を着て雲の如く影の如く朦朧として暗い空に其の頂を埋め盡し、唯窓々の灯のみが高く低く螢か星のやうだ。燦爛たる色さま〴〵の電燈はまだ宵の儘に彼方此方の劇場しばゐの門々、酒屋、料理屋の戶口々々に輝いて居るが、それさへ少しく遠いのは激しい吹雪を浴びて春の夜の燈火とでも云ひたげな色彩いろあひ

 兩側の人道は雪で眞白な處へ色電燈の光で或處は靑く、或處は赤く、リボンのやうに染分けられて居る上を、歸り後れた歡樂の男女互に腕を組みつゝ右方左方へと、或ものは音もなく雪を分けて來る電車に乗り、或ものは其邊の自動車オートモビルや馬車を呼んで一組二組と、次第々々に人影の消え行くさま、僕は此の芝居町の夜深はもう雪に限ると思つたね。何となく疲勞したやうな夜深の燈火と、如何なるものにも一種犯し難い靜寂の感を催さしめる雪と云ふものとが、此處に深い調和をなすからだらう。

 僕は辻待の馭者どもが勸める儘に行先は左程に遠くもないが女を扶けて一輛の馬車カブに乗つた。

 日本でも雪の夜の相乗と來れば何となく妙趣おつなものだ。增して乗心地のよい護謨ごむ輪の馬車。兩方から手を握り身を凭れ合せ天地は只我ものと云はぬばかり散々巫山戯ふざけ散らしながら女の家に着いた。

 フラツト、ハウスだから、表の大戶を這入つてから三階目。女は手にさげたマツフの中から鍵を出して戶を開け先に立つて僕を突當りの客間に連れ込んだ。

 壁には色刷の裸體畫が二三枚。室の一方にはピアノ、一方には安物の土耳古織で圍んだコーヂー、コーナー。此處に二人は身體を埋めて飮んだり歌つたり、さて接吻したりくすぐり合つたり。したい限りの馬鹿を盡して遊ばうと思つたら遠慮がちな日本の女より先づ西洋の女さね。

 する中輕く客間の戶を叩いて此の家の内儀おかみの聲と覺しく、「ベツシー、ベツシー、鳥渡來ておくれな。」

「何か御用。」とさも煩さいと云ふやうに僕の女ベツシーは甲高に返事をした。

「鳥渡でいんだよ。又あの娘が駄々をこねるもんだからね。」

「煩いのね、私やもう醉つてるのよ。」

 恁うは云つたがベツシーは其の儘立つて出て行つた。

 隣りの室の方で何やらぶつ﹅﹅〳〵云ふ太い男の聲に交つて、ベツシーと聞慣れぬ若い女の聲。如何樣何か紛擾ごたついて居るらしい。

 暫くすると太い聲の男は止めるも聽かず歸つて行くらしく、内儀の聲も聞えて、遂に表の戶を開閉する音………それから家中は再び寂となつた。

「あゝ、もううるさくつて懲り〴〵だ。家の内儀さんも又何だつて那樣あんなものを背負込んだんだらう。」ぶつ〳〵云ひながら歸つて來たベツシー。直樣僕の傍へ坐つて、「すみませんでしたね、大事な人を置去りにして行つて……。」

「大分悶着もめてたらしいね。」

「えゝ。しやうがないんですよ。つい四五日前に來た娘だもんですからね。」

「お客をふるのかい。」

「ふるどころか、てんで受付けないんですよ。尤も自分が承知で此處へ來たんぢやない、つまり欺されて來たんですからね。」

「欺されて………男にかい。」

「田舎からね、女を連出して金にしやうツて云ふ、惡い者に引掛つたんですよ。」

「それぢや、情人いろをとこに欺されたツて云ふ譯でもないんだね。」

「さうです。能くある話ですよ。」

「さうかい。それぢやアメリカにも女衒ぜげんが居るんだね。」僕は耳新しい話に興を得て、「一體どうして連出して來るんだ。いくら女だからツて、さう無暗と欺されもしまいぢや無いか。」

「それア、いろ〳〵時と場合で、あゝ云ふ惡いてあひこツてすもの、手を變へ品を變へするんですがね………。」とベツシーは段々辯じ出した。先づ踵の高い靴の裏で洋燧マツチを摺り、卷煙草の煙をぷーツと吹いて、「家へ來た娘なんぞは……アンニーツて云ふんですよ………バツフアローから何十哩とか云ふ田舎に居て、其の土地の藥屋か何かに働いて居たんですとさ。ところが自分の家の近處に紐育のある保險會社の役員だつて云ふ觸込ふれこみで、暫く下宿して居た男が、どうだい私と一緖に紐育を見物に行つちやアツて、或日巧く勸め込んだんですとさ。田舎に居れア誰だつて一度は紐育を見たいと思ひまさアね。それでふツ﹅﹅と魔がさしたんですね、勸められるまゝに紐育へ來て、其れからは何處か好い奉公口でも捜して貰ふつもりの處が、もう罠に掛つた鼠です。停車場へ着くといきなり﹅﹅﹅﹅二三軒宿屋を彼方此方と引廻された擧句に、此處の家へ送込まれて、男は何處へ行つたか烟見たやうに消えて了つたでせう。さア親里へ歸るにも金がない。此の家にゴロ〳〵してる中には、つまり商賣でも爲なきやア成らないやうになるんでさアね。」

「さう行きやアお手のものだが、もしか心立の堅い女で、死んでも身を汚すまいとしたら、如何するね。」

「そんな堅い女が滅多矢鱈に在るもんですか。」

 ベツシーは所謂海に千年山に千年の輩だ。一言に僕の語を打消して了つた。

「初めは、誰だつて堅いもんでさ。私だつて昔は堅氣でしたよ。家は今でもちやアんとニユーゼルシーにあります。紐育へ來てから久しく三十三丁目の勸工場デパートメントストワーで賣子をして居たんですがね。一週間に僅少たつた五弗や六弗の給金ぢや、とても遣り切れやしませんわ。其ア唯食べて行くだけなら如何にか凌ぎも付きませうが、それぢやまるで死なずに生きて居ると云ふだけの話で、若い身空で茫然ぼんやりとこの紐育の賑かな騷が見て居られますか。人が流行の衣服を着れば自分も着たい、人が芝居へ行けば自分も行きたくなります。其樣贅澤がして見たいばかりに私は誘はれるなりに、一番最初が同じ店に働いて居る或男のものになり、其れから段々泥水に足を入れ始めたんです。其ア或時は私だつて人間ですから、あゝ此樣事をして居ちやア行末が心細い。一層の事田舎へ歸つて了はうかと、氣の付かない事もないんですがね、一遍紐育の風に吹かれたら最後、例へ往來へ行倒れになるまでも、此土地から離れられなくなるのが紐育です。若いものにやア泣くも笑ふも皆な紐育でさ。それですものアンニーだつて今に御覽なさい。よしんば堅氣の家に行つて居たからつて、其の儘ぢや居られません。此の紐育に居るからにや何時か一度は自分から若い中だ。同じ事なら面白い目をした方がツて、分別を變るやうになつて了ひます………。」

 果せる哉。僕は其後ベツシーを訪ねる度々初は一緖に酒をのむ、次には笑談を云ふ………段々に人摺れて來る少女アンニーの樣子には何時も驚かない事は無かつたね。

 今ぢや君、もう立派なものだよ。後手にスカートを小意氣に摑み上げ細い拂蘭西形の靴の踵で、ブロードウヱーの敷石をコツ〳〵やる樣子。どうだい。お思召があるんなら僕が一つ紹介しやう。

          (明治卅九年六月)

林間

 シカゴ、ニューヨークのやうな騷しい米國北部の都會を見物した旅人が一度南の方首府なるワシントンを訪ふと、全市は一面の公園かとばかり街々を蔽ふ深い楓の木立の美しさと、どこへ行つても黑人の多いのに一驚するであらう。

 自分も新大陸を彷徨ひ步いた或年の秋、この首府に到着して早くも二週日あまり。まづ大統領の官邸ホワイト、ハウス、議事堂、諸官省から、市内の見るべき處は大方見盡し、遂に搖なるポトマツクの河上マウント、ヴアーノンの山中に華盛頓ワシントンの墓をも弔ひ了つて、此頃はたけなはなる異郷の秋を郊外の其處此處に探つてゐる。その中でも殊に忘れられないのはマリーランド州の牧場の夕暮であつた。

 日沈んで半時間あまり燃る夕榮ゆふばえの色は次第に薄らいで、大空に漂ふ白い浮雲の緣にのみ幽な薔薇色の影を殘すと、草生茂る廣い野の面は靑い狹霧さぎりの海となり、遠い地平線の彼方は何れが空何れが地とも見分けられぬやうになる。其れに反して、遠い彼方此方の眞白な農家の壁や、四五人連で野を越して行く牛追らしい女の白い裾、又は處々に黃葉して居る木の梢、名も知れぬ草の花なぞさう云ふ白いものゝ色のみは光線の作用で、四邊あたりの薄暗く黃昏れて行くに從ひ却て浮出す如く鮮明あざやかになつて、暫く見詰めて居ると不思議にも次第次第に自分の方に向つて動き近いて來るやうに思はれる。

 それは單に見る眼のみならず、心の底までに一種云ひ難い快感を誘ひ出す。自分は遂に冠つて居る帽子を振動し四邊が全く夜になるまでも、一心に其れ等の浮き動く色彩を差招いた。

 次の日もこの夕暮の美しい夢に醉はうとて、同じく日の落ちる頃を計り、此度はポトマツクの水を隔てた———其處はもうヴアージニヤ州に屬して居る———向岸の森をと志し町端れの崖下に架つて居る一條の鐵橋を渡つた。

 渡ると橋袂には直樣蔽ひ冠さるやうな木の繁を後にして木造の小な電車の待合所がある。これは程遠からぬアリントンと云ふ廣大な共同墓地や練兵場や、兵營、將校の官宅などの有る所に赴く電車の出發點なので、今しも車を待合して居る人逹は大抵褐色の制服をつけた合衆國の兵卒で、中には大方士官の家にでも使はれて居るらしい黑人の下婢と、ワシントン市中へ買物に出た歸りらしい白人の年增の女も交つて居た。

 自分は兵卒や水兵の姿を見る時ほど、一種の重い感情に胸を壓される事はない。立派な體格若い身空の諸有る慾情をば、絕間なく軍紀軍律と云ふもので壓迫されて居る肉の苦悶が、何處とはなしに其の日にやけた顏や血走つた目の色に現はれて居る樣の外目よそめには恐しく又哀れに見られるからである。彼等は三人四人と電車の來る間を橋の欄干に身を倚せて、まだ醒めぬ酒の醉を醒して居るものもあれば、嚙煙草の唾を吐きすてながら、靴音高く橋の上を散步して居るものもあり、又は殘り惜し氣に水を隔てたワシントンの方を眺めて居るものもあつた。大方午後に訪ねた女の事でも思返して居るのであらう。

 自分は兵卒と同じく橋の欄干に身をよせかけて四邊を眺めた。丁度、入際の夕日は大空一面を焦げる樣に燒き立て、眞向に其の銳い光をワシントンの方へと射返して居るので、ポトマツクの河水に臨んだ公園の色付いた梢一帶は恰も濃艶な土耳古織の帳帷とばりのやう。其の上に五百五十五呎高く直立して居ると云ふかの驚くべき大理石のワシントン記念碑の側面は宛ら火の柱を見るに等しい。稍遠く離れた議事堂カピトル圓頂閣ゑんちやうかくも彼方此方に聳ゆる諸官省の白い建物も皆一樣の紅に染出され、市中の高いホテルの窓々は一ツ殘らず色電氣の樣にきら〳〵輝いて居る。

 晴々した大きなパノラマである。身は飄然として秋風の中に立ち、此れが西半球の大陸を統轄する第一の首都であるのかと意識しつゝ、夕陽の光に水を隔てゝ遙かに眺めやれば、何とはなく人類、人道、國家、政權、野心、名望、歷史、と云ふやうなさま〴〵な抽象的の感想が、夏の日の雲のやうに重り重つて胸中を往來し始める。と云ふものゝ自分は何一つ纏つて、人に話すやうな考はなかつた。唯漠として大きなものゝ影を追ふやうな風で、同時に一種の强い尊厳に首の根を押付けられるやうに感ずるばかりである。

 自分は暫くして後俯向いた顏を起し、再び四邊を見廻した時には、先程橋の上を步いて居た兵卒も女づれも、已に待合した電車に乗つて行つた後と見えて、次の電車を待つ新手の人が早や二三人も集つて居た。

 自分は電車道に沿うて一二町ほども步み、道の兩側から蔽ひかゝる林の中へと當もなく分け入つた。

 林は重にオークメープルとである。此の國の楓は至つて夜露に脆くまだ黃葉もせぬ先から散り初めるが常とて、羊腸たる小道は何處とも見分ぬまで大きな落葉に蔽はれて居たが、然し檞の林は今が丁度紅葉の盛り時。その深い繁りの中に射込む夕陽の光は木の葉の一枚一枚を照して、まるで金色の雨を降り注ぐやうである。けれども暮れて行く秋の日足は、移行く事の早い處から、見て居る中に彼方の明い梢が陰になつたかと思へば、此方の陰なる梢は忽ちにパツと明くなる。すると明い方では一度已に塒についたらしい小鳥が更に鳴出し、陰になつた梢の方では栗鼠が消魂けたゝましく叫んでゐる。

 自分は聞くともなく耳を澄して猶も當なく步いて行つたが、其の時直ぐ行手の木蔭から小鳥の聲でも栗鼠の声でもない———女の啜り泣く聲が起つた。

 驚いて立止る間もなく、自分は直樣落葉の中に二人の人影を見出し得た。褐色の制服を着けた兵卒と其の足許に祈禱でもするやうに廣げた兩手を胸の上に組んで居るのは、まだ極く年の若い、半分程白人の血を混へた黑人の娘である。

 兵卒と娘———と云へば事の次第を想像するのは甚だ容易であらう。

「後生だから………。」と娘の聲は兩手を組んだ胸の底から響く。

「まだ、そんな事を云つてるのか。」と兵卒は嚙煙草の唾を吐きながら、如何にも厭はし氣に橫を向いて了つたばかりか、早や其の場をも立ち去らうとする氣色である。

 女は倒れながら兵士の手に取り縋つて、「それぢや、もう、どうしても別れてくれツてお云ひなさるんですね。」

「何に………別れてくれ。別れてくれなぞと此の乃公おれは賴んで居るんぢや無いぜ。乃公は勝手に此れまでの關係は切つて了ふのだ。」

 兵士は如何にも憎々しく然も豪然と云ひ切つた。彼は立派な米人、彼の女は以前奴隷であつた黑人の女である。「別れてくれ………」と云つた女の語が少からず不快に聞かれたからであらう。

 女は返す語もなく取縋つた男の手の上に啜泣くばかり。兵士は暫く其の樣子を見て居たが、何か又思出した樣に、

「考へて見るがいゝや。えツ。マーサ。」と娘の名を呼び、「初ツから、さうぢや無いか。乃公の方からどうぞ可い仲になつて下さいツて賴んだんぢやない。此の春、おれがM大佐の家へ從卒に行つてる時だ………夜お前が裏庭へ出て居る處へ乃公が行合す………乃公ア其の時酒に醉つて居て………はゝゝゝ、まアそんな事はどうでもいいや。するとお前は其の翌晚に何時の何日に何處そこで會ひたいツて云出したんだらう。それアな、乃公だつて會へる中は會ひもしやうさ………。」と言葉を切つた。

 女はいよ〳〵泣く。

「今更、申譯らしく譯を話して聞したつて始らないが、まア早い話が物には始めがあれば屹度終りツてものがある。時候にだつて變り目があらア………」

 自分はもうこの殘酷な暴惡な活劇を盜聞きして居るには忍びないやうな氣がして來た。丁度最後の日光ひかげが眞赤な血の樣な色して、自分の足許へと射込んで來たので、自分は姿を見付けられはせぬかとも氣遣ひ、後をも見ずして急いで其の場を立去つた。

 無論、自分は戀と云ふ事よりも長く此の國に存在する黑白兩人種の問題をば今更らしく考へ出すのである。一體黑人と云ふものは何故白人種から輕侮又嫌惡されるのであらう。其の容貌が醜いから黑いからであらうか。單に五十年前は奴隷であつたと云ふのに過ぬのであらうか。人種なるものは一個の政治的團體を作らぬ限りは如何しても迫害を免がれないのであらうか。永久に國家や軍隊の存在が必要なのであらうか………。

 自分は林を拔け出て元の橋袂まで步いて來たが、夕陽は全く沈み果てゝ空を染めた紅の色も已に薄ぎ、水を隔てたワシントンの方では公園や木陰や高い建物の窓々に電燈の光が見える。自分は再び橋の欄干に凭れて蒼然として暮れ行く街の方を眺め渡した。

 橋の上には以前のやうに電車を待合す兵卒が幾人も散步して居る。高話笑聲口笛なぞの騷しい中に自分はふと見返れば、たつた今林の中で黑人の娘を泣かして居た彼の兵卒が、何時の間に來合したものか、直ぐ自分の傍で同じ制服の友逹と何か話しをして居るではないか。

「どうだい。いゝ女でも目付つたかい。」と訊き出すのは彼の兵卒で。すると友逹は、

「だめよ。今日なんざ馬鹿を見ちまつた。」

「どうした。賭博にまけたのか。」

「賭博ならまだしもよ。いつものC街へ押掛けて行つて、とう〳〵財布の底を叩いちまつた。」

「はゝゝゝ。金を出さなけれア女が出來ねえのか。餘り腕がなさ過ぎるぢや無えか。」と彼は鳥渡噛煙草を吐き捨てながら、「どうだい。さう女に困つて居るのなら、一人若いやつを取りもたうか。」

「うむ。耳よりの話だな。」

「然し一ツ條件がある。それさへ承知なら………。」

「何でもいゝや。一文いらずなら此樣結構な事は無え。」

「さうとも結構なものよ。」と彼は頷付いて、「條件と云ふなア外でもない。黑人の娘だぜ。容貌は惡くねえが………。」

「構ふものか、そんな事に尻込する己れぢや無え。」

「感心々々。それでこそ流石のジヤツクだ。其の娘ツて云ふなア外でもない。以前乃公が從卒に行つて居たM大佐の家に働いてるんだが、まだづぶ﹅﹅若い癖に男が好きでよ。此方が鳥渡甘い事を云つてやりやア直ぐ向うから熱くなる奴だ。」

「さうか、然し餘り夢中になられちやア後が煩いぜ。」

「そこは、此の乃公が承知して居る。其の娘ツて云ふのは男が好きなんだ。男と遊ぶのが好きなんだ。だから、お前がさんざなぐさんだ擧句に、厭になつたら、直ぐと誰でも可い。お前の代りになるやうな男を押付けて逃げて了へば其れまでの事よ。お代りさへありやアそれで娘の方は直きと其の氣になつて了つて、何もお前の尻ばかりをさう何時までも追廻しアしない。惚れたの何のと云ふよりは唯だ男が好きなんだ。此樣都合のいゝ奴は何處を探したつてありやしない。」

 折から電車が向うの木蔭から響を立てゝ現れた。

「車の中でゆつくり話さうぢやないか。」

「オーライ。」とばかり。二人の兵卒は口笛で——— I'm Yankee doodle sweet heart, I'm Yankee doodle joy ———と云ふ俗歌を吹き鳴しながら停車場の方へと馳けて行く。

 森や林や水は次第に暗くなつた。橋の下堤の木蔭に泊つて居る小舟や釣舟にも赤い灯がつき、ワシントン府の燈火は空の星と共に見る見る明く輝いて行く。自分は一人、橋を渡つて歸り行く道すがらも、何かまだ種々とまとまりの付かない、云現し難い非常に大きな問題を考へて居るらしかつた。

          (明治卅九年十一月)

惡友

 一時、加州カリホルニヤで日本の學童排斥問題が喧しくなつて來た時分、日米間には戰爭が起るだらうと、紐育を初めとして國内の新聞は種々な臆說を書立てた。その頃には自然、紐育在留の吾々同人間にも寄ると觸ると太平洋沿岸に關する談話が多くなつた。

 或夜、或處で、例の如く、人種論、黃禍くわうくわせつ、國際論、ルーズベルト人格論から正義人道問題などの眞最中、或人が不意と思出した樣に、

「彼方にや隨分、日本の醜業婦が居るさうですね。」と飛んでもない事を訊出した。處が、それは恰も燃立つ炎天の端に夕立雲の湧出した如く、忽ち四方に漲つて、堂々たる天下の議論を一變さして了つた。一座の中には以前よりも一層重大な問題が提出されたと云ふやうに椅子を前に引き進めたものさへあつた。

「女や三味線ばかりぢや無しに、日本流の風呂屋だの大弓場なんぞもあるさうですね。」

「汁粉屋でも鮨屋でも蕎麥屋でも殆ど無いものは無いでせう。日本の國内だつて、邊鄙な地方へ行つたら、到底あれだけの便利はきゝませんから。然し彼の邊に居る日本人は大抵九州や中國邊から出稼ぎに來たものばかりだから、料理だつて、女だつて、東京の者にや全然てんで手がつけられませんよ。」

「成程、さうかも知れん………。」

「私は桑港サンフランシスコからポートランド、シアトル、タコマ、其れから加奈陀カナダのバンクーバーと、一通り太平洋沿岸を步いた事があるですが、何處へ行つても似たり寄つたりで。さう………其の中で唯た一人ですよ。東京から來たつて云ふ鳥渡澁皮の剝けた女を見たのは………。シアトルの逹磨茶屋の酌婦をして居た女でしたが………。」

「何か、面白い冒險をやつたのですか。」

「いや、二三度飮みに行つたゞけの事さ。どうせ、あの邊に居る女の事だから、惡い蟲がついて居るに極つて居ますからね、身分のないものなら兎に角僕等はうつかり手が出せない。殊に其の女の亭主と云ふのは、書生上りで英語も出來るし、シアトル近邊ぢや有名な無賴漢ごろつきださうですもの………。あの沿岸にや、隨分ひどい奴が居るらしいです。女を誘拐したり、密輸入をしたりして喰つて居る………俗に嬪夫ぴんぷと云ふ奴です。」

 辯じ立てゝ若者はパイプの烟に口を休めたが、其れを機會に片隅の椅子から、

「君。今君が話した女は確か僕も見た事がありやしないかと思ふです。………君は其の亭主だつて云ふ無賴漢の名前を知つて居ませんか。」

 一同は皆驚いて質問した男の顏を見た。何故なれば彼は何時も女や酒の話には無頓着な眞面目な人として知られて居たからで。

「島崎君。君がさう云ふ方面の事を知つて居やうとは、實に意外だ。」と驚く聲が二三人の口から同時に聞かれた。

「いや、僕は相變らずの野暮なんだが、其の女の事だけは特別の事情があつて知つて居るのです。年は二十六七でせう。細面の、身長せいの高い………それぢや確に僕の見た女です。まア奇遇とでも云ふんでせうな、其の女の亭主ツて云ふ男は元は僕の兄………死んだ兄の親友だつた———」

 島崎と呼ばれた男は問はるゝ儘に話した。

 私が米國こつちへ來るとき初めて上陸したのはシアトルです。さうもう丁度三年前の事だ。

 能く晴れた十月の末、私は暮れ行く日と共に波止場へ着いたが、翌朝でなければ米國の移民官が出張しないと云ふので、其の夜は深け行くまでも甲板の欄干てすりから、初めて見る異郷の水と山とを眺め、さて次の日になつて無事に上陸はしたものゝ、さて東西が分らない。船中で懇意になつた二三人連、互に手を引合つて、茫然と行迷つて居た處を丁度客引に出て居る日本人の旅館やどやの番頭だとか云ふ五十ばかりの男に案内されて、電車に乗込み、日本人街へ曲る角の汚い木造りの旅館に送り込まれた。

 成程、あの地方で日本人が誤解されるのも無理ではない。宿屋の界隈は商店續の繁華な街が、丁度人の身の零落して行くやうに次第次第に寂れて行つて、もう市が盡きて了はうとする極點である。四邊の建物はいづれも運送屋だの共同のステブルなどばかりで、荷馬車と勞働者ばかりが馬糞だらけの往來を占領して居る。

 案内された旅館の窓から頸を出すと、遙に市中の建物の背面が見え、正面には近く淺草のパノラマ館を見る樣な瓦斯ガス溜所タンクが高く黑く大きく立つて居る。其の邊りから往來が俄に狹くなつて、汚い木造の小家のごた〳〵して居る間へ一筋の橫町が奧深く行先を沒して居る。何でも其の端れは海邊へでも出るらしく、人家の屋根を越しては、倉庫の鐵屋根と無數の帆柱が見え、又鐵道の敷地もあると見えて、機關車の鐘の音につれて凄じい黑烟が絕え間なく湧出で、屋根と云はず往來と云はず、時々の風向によつては、向も見えぬ位に棚曳き渡つて、あたり一帶を煤だらけにして居る。この橫町、この汚い木造の人家、これが乃ち日本人と志那人の巢窟、東洋人のコロニーで同時に又、職にありつかぬ西洋人の勞働者や、貧と迫害に苦んで居る黑人が雨露を凌ぐ處である。

 私は石炭の烟を見たゞけで、もう辟易して了つて、直にも何處か西洋人のホテルへ引移らうかと思ひ、實は手鞄まで提げて往來へ出たが、書生の身の旅費は充分ならず、好し充分持つて居るにしても、西洋のホテルとさへ云へば直樣東京の帝國ホテルなどを思起し高帽子シルクハツトでも冠らなければ這入れぬやうな氣がして譯もなく氣後れがする。どうせ長く止る土地でもない。加州から來る友人を待合して、一週間中には東部に出發する身だからと、踏出しはしたものゝ其の儘おめ〳〵と立戾つた。で、私は上陸した其の日から汚い宿屋の一室に引籠つて居るのが厭さに、船中の疲れを休める暇もなく、市中は云ふに及ばず、市外の北部に漲り渡る廣大なワシントン湖水レーキや、其の邊の森林まで朝から晚まで步き廻つたが、何處へ行つても子供が吾々日本人の顏を見ると「スケベイ」と云つて囃す。この言葉は日本の醜業婦の口を經て或る特別の意味を作り、廣く米國の下層社會に流布して居るのである。

 成程、夜になつて、旅宿の窓から見下す街の光景は何と云はうか。私は出發する前にもう暫は見る事の出来ぬ東洋のこれも社會觀察の一ツとして一夜遊廓を步いて見た事があつた。今眼にする夜の活動もそれと同樣のものではあるが、然し私の受けた感動は到底比較にはならない。思ふに初めて見た外國の事とて、善惡ともに目新しかつたからでもあらう。

 往來傍には日中其の邊をうろ〳〵して居た連中の外に、處々の波止場や普請場に働いて居た人足どもが其の日の仕事を了つて、何處からともなく寄集つて來るので、唯さへ物の臭氣にほひを絕さぬ四邊の空氣は更にアルコールと汗の臭氣を加へたかとも思はれる。重い靴の響罵る聲につれて土塗れの破れシヤツ、破れズボン、破れ帽の行列は、黑い影の如く、次第々々に明く灯の點いて居る日本人街の橫町へと動いて行く。と、其の橫町からは絕え間なく雜然たる人聲に交つて、酒屋や射的場の蓄音機に仕掛けてあるらしい曲馬の囃子や騷しい樂隊バンドの響が聞え、同時にチンテンチンテンと彼方此方で互によびふ樣に響く三味線の音、それに續いて女の歌ふ聲男の手を叩く音………

 まア、想像して御覽なさい。アメリカと云ふ周圍の光景に對し、汽船の笛、汽車の鐘、蓄音機の樂隊なぞ、「西洋」と云ふ響の喧しい中に、かの長く尾を曳いて吠えるやうな唸るやうな眠たげな九州地方の田舎唄に、ちぎれ〳〵な短い糸の音、これほど不調和な不愉快なそして單調ながらも極めて複雜な感を起させる悲しい音樂が他にあらうか。

 私は一夜———たしか東部へ出發する前の晚の事、此の三味線が耳について眠られぬ處から、到頭勞働者の列に交つて向の橫町へと步いた。入込んで見ると、いや、大弓場から、玉突場から、其の他の飮食店や路の傍まで日本人のうろ〳〵して居る事は非常なもので、然し何れも何處やら沈着いて、此處は乃公逹の繩張中だと云はぬばかり、入込む西洋人の勞働者をばさも外國人らしく見遣つて居る。と、兩側の木造家屋の窓々からは折々カーテンを片寄せて外の景氣を窺ふ女の顏が見え、中には黃い聲を出して誰かを呼ぶのもあつた。何れも鼻の低い、目の細い、顏の平い關西地方の女で、前髮を切下げた束髮に、西洋風のガウンを着て居るらしく見えたが、私は外から一瞥したゞけで、早や充分の………滿足と云はうか、不氣味と云はうか、兎に角それ以上に近いて見るには忍びない心持になつた。

 然し猶暫くは路傍に佇んで樣子を窺ふと、東西の勞働者は何れも煙草屋だの果物屋だの云ふ小い商店あきなひみせの間々に、暗く穴のやうに明いて居る戶口から出入をして居る。と、其の時胴衣ちよつきの胸には太い金鎖を輝かした立派な風采の紳士が一人、山高帽をば少し阿彌陀あみだに冠り醉つて居るらしい眞赤な顏をして、口には小楊枝を啣へながら勞働者に交つて出て來たので、私は四邊の樣子から、不思議の感に打たれて覺えず其の顏を見た。

 ふいと、何處かに見覺がある樣な氣がしたので、行過る其の後姿を見送つたが、すると、其の紳士は二三間先の煙草屋の店先に立止る。店の電燈が橫顏を照す………橫顏と云ふものは能く人相を現すものである。七年程前の記憶が突然呼返された。

 私は他分瞬間の感動に打たれた爲めであつたらう。日頃の臆病にも似ず駈寄つて後から男を呼止めた。

 紳士と云ふのは死んだ兄の親友で、其の頃には絕えず兄の許へ遊びに來た男である。

 名をば山座やまざ———と云つて兄とは同じ學校を卒業し同じ會社に雇はれて居た。然し私と兄とは二人の姉妹を間にして、長男と季子と云ふだけ年も十年以上違つて居るので、無論私はかの男と話をした事もないが、其の噂だけは兩親初め皆のものゝ口から何かにつけて云聞されて居た。

 その理由いはれと云ふのは丁度私が尋常中學を卒業しやうと云ふ頃、兄は旣に其の以前から放蕩の結果として、この山座と一緖に高利の金なぞを借り屡私の父に迷惑を掛けて居たが、それにも關らず今度は山座の他にも二三の同類があつて、會社の名義を種に詐欺取財をやつた。忽ち露見して一同捕縛されたが、私の兄は父が所有の屋敷と地面を賣拂つて、會社に辨償金を出したばかりに刑には觸れずに濟んだ。山座も幸に陸軍の將官をして居るとやら云ふ其の叔父の力で、此れも何にか罪を逃れたので、つまり庇護も何もない後の二人が最も悲慘な境遇に落ちたのである。然し其の頃の私には未だ充分に罪惡と云ふものを解釋する事が出來ないので、唯漠然だる恐怖を感じたに過ぎない。

 兄は此の事件があつて後は、宛ら不吉の影か疫病神のやうに、家中のものゝ恐怖と嫌惡の中心になりながら、唯だぶら〳〵爲す事もなく二年ほどの月日を送つて居る中ふと肺病になり其の冬を越し得ずに死んで了つた。すると、私の父も母も急に兄をば惡いものだとは云はなくなり、何かの話が出るとあれは皆能く家へも遊びに來たあの山座と云ふ惡友があつた爲めだ………朱に交れば赤くなると云ふ諺が殆ど兩親の口癖になつて了つた位である。兩親のみならず私の一番の姉の如き(兄とは二ツの年違ひで、已にある法學士の妻になつて居たが、)家へ遊びに來る度々家族の寫眞帖などを繰つて見る時、兄と彼とが一緖に撮影うつした寫眞に接すると、

「まア何て云ふ気障な風だらう、まるで役者か落語はなしたやうだ。」と云つてはぢつとうち目戌まもり、遂にはかんざしの先で其の顏を叩いたりした事のあつたのを私は今だに覺えて居る。

 年は一年一年と過ぎて行つたが、丁度兄の死んだ頃の寒い二月が來ると、每年兩親の口には今更らしく山座の名が呼出され、つゞいて其の時節中は私に對して例の古い諺と古い敎訓が數繁く繰返された。然しこの恐るべき山座なるものは其後何處に何して居るのか、家中知るものは一人もなかつたのである。

「君があの千代松君の弟………さう云へば成程忘れはせん。君はあの時分はまだ、ほんの子供だつたぢやないか。うむ、考るともう七八年………もつと昔になるかも知れん。」

 勞働者の込み合ふ路傍、煙草店の店先で葉卷へ火を點けた山座は流石に驚いたらしく私の顏を目戌つたが、忽ち調子を代へて、

「どうして米國へ來たです。勉强ですか………然しこの近邊は君逹靑年の來る處ぢやないですよ。」

「明日にも友人の來次第東部イーストの方へ行くつもりです………。」靜に答へて、「貴君は今何をなすつていらつしやるのです。何か御商法ですか。」

「僕か………。」と彼は語を切つて少時私の顏をば見詰めたが、「君に聞したら喫驚するぢやらう。はゝゝゝは。人間と云ふものは變れば變るもんさ。」

「移民事業の方でも………」

 立派な八字髯を生して指環だの金鎖だのいやに金物をひからして居る樣子と其の言葉つきの何處か下卑げびて聞えるので、私は此の地方の事情から察してう問掛けた。すると彼は、はゝゝはと笑出し、「矢張、一種の移民事業さな、移民には必要なもんぢやから………。」

 少時默つて、葉卷の烟を吹いて居たが、「どうだ、日本飯でも御案内しやうか、東部の方へ行つたら當分はパンばかりぢやらうから………。」

 私は辭退せず、矢張此の橫町のある二階の窓に確か「さくらや」とか書いた行燈あんどうの出してある日本の料理屋へと導かれて行つた。最前樣子を伺つた女郞屋の入口も同樣な暗い入口から階子を上ると、一條の狹い廊下を中にして、左右にペンキ塗の戶が五ツ六ツもあらう。廊下には瓦斯の裸火が一ツ點いて居るだけで、薄暗いが、閉めた戶の中では、男や女や大勢の人聲、三味線の音喧しく、牛鍋の臭がぷん〳〵立迷つて居る。

 山座は我が家の如く四邊を見廻しながら私を一室に案内して呼鈴を押すと、べつたり白粉を塗つた宿場の飯盛りとでも云ひさうな女が洋服に上草履をつツかけて出て來たが、如何にも懇意な間柄だと云ふやうに別にお世辭一ツ云ふでもなく、

「何かあがるの………。」と云つて傍の壁に、退儀らしく背を凭掛けて居る。

「何でもいゝや、お雪にさう云つて、よさゝうなものを持つて來てくれ。」

 女は返事をせず唯頷付いたまゝ、ばた〳〵廊下を步いて行つた。

 突然何處かの室から陽氣な騷の三味線、茶碗を叩いて拍子を取る音が聞え出した。私は何の譯もなく嘗て房州あたりの夏の夜に船頭が船付の茶屋で騷いで居たのを見た其等の事を思ひ浮べる、と、急に遠く家を離れて外國へ來た寂しさが胸の中に湧出て、何やら悲しい氣がして來た。折から戶が開く。以前のとは違つた女が香物かうのものと銚子をもつて這入つて來たが、此れもお客あしらひはせず、直と山座の傍に坐りながら、

「昨夜はどうしたの、あんまりぢや無いか。冗談も大槪にするもんだよ。」

 呆れて私は其の顏を見た。二十七八、物云から細面の顏立から、淺草近邊の小料理屋か牛肉屋の女中に能く見る種類のものである。

 流石の山座も私の手前、少しは氣まづい樣子で、頻と葉卷の烟を吹立てながら、「來るさう〳〵、つまらん冗談ばかり云やがつて、早くお客樣にお酌をしないか。」

 女は酌をしたが其れを機會に、私の方に顏を向け、

「たまにやア愚癡ぐちも出まさアね、こんなアメリカ三界まで連れて來られて、ねえ、あなた、每晚浮氣ばかりして步かれるんですもの………ちツと、貴君、意見をしてやツて下さい。」

 いよ〳〵出て、愈奇と云はねば成らぬ。山座は料理の催促にと、女を去らしめたが、もう祕すべきでないと決心したらしく、私の問ふのも待たず、

「え、驚いたでせう。膽を潰して了やせんか、はゝゝは。」と先づ笑つて後、現在の境遇を打明けた。

 彼は私の兄の死んだ事をば新聞の廣吿で知つた頃、何かうまい事はないかと、食詰めた故郷を去つて、桑港へ渡り、一般の渡米者が經驗する種々の辛苦と失望を知り盡した結果、亞米利加三界は女で食ふが第一と悟つて、一先日本へ歸るや否や、今のお雪と云ふ牛肉屋の女中をば引連れて再び渡米し、根據地をシアトルと定めて、醜業婦密航の媒介と賭博をして暮して居るのだとの事。

「人間は一ツ惡い方へ踏出したら、中途で後戾りをしやうたツてもう駄目だ。自分ぢや幾程後悔して居たつて一度泥が着いたら世の中が承知しないからね、どこまでも惡い方で押通して見るより爲樣がない。君の兄貴千代松君なんざ、中途半端で眞人間に後戾りをしやうと思つたから、つまり心勞の結果だ、肺病なんぞになつて死んで了つたんだ。十人が十人先づそんなものさ。世の中を知らん學者なんぞは人間は打捨ツて置けば皆ずる〳〵墮落して了ふと思つてるやうだが、そんな心配は御無用だ、良くもならず惡くもならず、つまり中途までは落ちて行くかも知れないが、其れから先奈落の底へお尻を落ち着けて了はうと云ふにや、一度本の一册も讀んだものは非常な苦心で時々頭を出さうとする「良心」と云ふ奴を、すつかり平伏さして了はなくちや成らん。其れアなか〳〵口で云ふ位ぢや無い。乞食の家に生れた奴が乞食になる、此ア普通あたりまへの話だ、良家に生れたものが平々凡々たる良民になる。何の苦勞もいらない、が、いざ其れから一步進んで大人物になるか、又は一步さがつて世間の裏へ廻るか、何方とも容易なものぢやないぜ。其の苦心と修行は、影と日向の差こそあれ同じ事だ。つまり吾輩はナポレオンたらんか石川五右衛門たらんかだ。」