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あめりか物語

Chapter 25: 七月十日の記
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About This Book

A sequence of travel sketches recounts a Pacific voyage and subsequent stays in foreign towns and countryside, shifting between intimate shipboard scenes, chance conversations with fellow passengers, and walks through streets, parks, and institutional grounds. Evocative descriptions of weather, landscape, and everyday interiors alternate with reflective observations about longing, disappointment, and the uneasy prospects of those who leave home to seek opportunity abroad. Small domestic moments, social encounters, and melancholy memories are woven into an observant, elegiac account of movement, cultural dislocation, and the unsettled life of travelers.

夏の海

七月十日の記

 自分の泊つて居るヱムの住居は炎暑の爲め折々人死のある東側イーストサイドの貧民町からは遠く七八哩も離れて、殆ど紐育の市中とは思へぬ位、五階の窓からは西の方一帶にハドソンの河上を見渡し、東の方にはコロンビヤ大學の深い木立を望む極く閑靜な山手でありながら、然し敷石や煉瓦に燒け付く暑はまだ人の目を覺さぬ中から室中を溫室むろのやうに爲て居る。汗は油となつて總身から湧起わきだして來るので、朝の食卓についても食慾は全く去り一皿のオートミールさへ啜り了る勇氣がない。

 日曜日なのでM子は自分を案内かた〴〵ニユーゼルシー州のアシベリパークとよぶ海水浴場に行つて見やうといふ。

 早速家を出で地下鐵道サブウヱーに乗り、市の北端から南端まで僅に三十分あまり。停車場の石段を上つて市中でも一番高い建物の群り立つて居る紐育中の紐育とも云ふべき下町の街を過ぎて南の波止場に赴いた。見ると橫付にされた汽船の甲板、切符の賣場、波止場の前の公園、共に一杯の人である。亞米利加人ですら初めて紐育を見るものは市中如何なる處へ行つても人並の溢れ漲つて居るのに一驚を喫すると云ふ位である。氣の弱い自分は、「到底乗り切れまい。」と落膽した調子で云つたが、永く此の修羅場に馴れて居る所謂敏捷スマートなM子は平氣なもので、自分の手を引きながら、ズン〳〵群衆の中へ割つて這入り、どうやら道を造つて、到頭汽船の甲板に上り、あり合ふ疊椅子を捜出して腰を下した。

 汽船は五分ほどしてともづなを解いた。波止場の上に往來して居る女の衣服が遠く花園の花の如く見える頃になると、ハドソン河口の偉大な光景が遺憾なく眼前に開展せられる。赫々たる夏の空高く聳ゆる紐育の高い建物を中心として、右の方にはハドソン河を隔てゝ煤烟雲と棚曳くニユーゼルシーの市街を眺め、左の方には世界の港灣から集來る幾多の汽船が自由に其の下を往來して居るブルツクリンの大橋、續いてブルツクリンの市街。而して此の恐るべく驚くべき平和の戰場をば唯の一目に見下して居るのは、片手にほこを差上げて港外遙かの海上に立つ自由の女神像である。

 自分は今まで此の樣な威儀犯すべからざる銅像を見た事は無い。覺えず知らず身を其の足下になげうつて拜伏したいやうな氣がするのである。この深い感動は全く銅像建設の第一義とも云ふべき其の位置の宜しきが故に外ならぬ。何れの美術にしても所謂アクセツソリーなるものを無視しては美術の效果を全からしむる事は出來ないが殊に銅像記念碑等について自分は此の感を深くする。人は木の葉に等しい船よりして、彼方に民主國の大都府を臨みつゝ大西洋上に此の巨像を仰いだなら、誰とて一種の感慨に打れざるを得まい。この銅像は新大陸の代表者、新思想の說明者であると同時に、金城鐵壁の要塞よりも更に强力な米國精神の保護者である。自分は此の銅像が佛蘭西より寄贈されたものである事を聞いて居るが、其の建設者なる一美術家の力を思へば、神にも等しいではないか。

 自分等を載せた汽船は一度は遠く海岸の景色も見分みえわかぬほど、廣い沖合に出たが、軈て再び靜かな陸地に沿うて進んだ。晴れ渡つた靑空に滿渡る明い夏の日光は水平線上に浮ぶ眞白な雲の峯、平な海水、枝も重氣に茂つて居る海岸の樹木を照して、雲の白さ、水の藍色、木葉の綠に、云はれぬ愉快な光澤を與へて居る。見渡すと沿岸は一帶に牧場にでもなつて居るらしい低地續きで、水面には處々に、高く茂つた蘆荻あしの洲が現れ、其の蔭をば眞白な輕舟ヤツトの帆が走つて行く。鷗の群が花の散るやうに飛ぶ。自分は此う云ふ水彩畫その儘の小山水を、偶然無名の里に見出した嬉しさ。世界に知れ渡つた名所古跡に遊ぶの比では無い。

 去年自分は落機山ロツキーさんを越え、またナイヤガラ瀑布を過ぎた折、この世界の奇勝も豫想した程には自分の心を動さなかつたが、それに反してミゾリ州の落葉の村、ミシガン州の果樹園の夕暮に忘れられぬ詩興を催されそゞろに感じた事がある———およそ造化の巧を集めたそれ等の名山靈水は久しい間世の人に驚かれ敬はれて居る事、若しミルトンが失樂園ダンテの神曲にも譬へ得べくば、彼の名も無き村落の夕暮の景色は正に無名詩人が失戀の詩とも云ふべき歟。トルストイはベトーヴエンの音樂よりも農奴ムージツクが夕の歌に動され、ジヨージ、エリオツトは古代の名畫よりも小さな和蘭畫を愛したと云へば、自分が常に博士や學者が考究の玩弄物になつて居るクラシツクの雄篇大作よりも、ツルゲネフ、モーパツサンの小篇に幾多の興を覺ゆる事、獨り淺學の故とのみ限られはせまい。

 汽船は二三箇所狹い海水浴場の波止場に立ち寄り、午後の一時過プレザントベーと云ふ同じ夏場に到着した。水際一帶の低地は公園になつて居て、小い音樂堂、料理屋、玉場などが樹の蔭に散在して居る。此處から電車に乗つて一時間あまり、目的のアシベリイ、パークに到るまでの沿道には盡く夏のホテル夏の貸別莊と、木立の涼しい牧場とが入替り立替り續いて居る。

 木庭の楓に網床ハンモツクを吊し身を長々と橫へて小說を讀んで居る若い姉妹、綠滴る緣側ベランダに安樂椅子を並べて往來を眺めながら樂し氣に語り合うて居る若い夫婦、牧場から野の花を摘んで鐵の垣根道を歸つて來る若い戀人同士、手を引合ひ唱歌を歌つて走廻つて居る小娘の幾群、花園を前にした門の戶口に其の友を訪れる美少年の幾組、到る處愉快な笑ひ聲と話聲、口笛とピアノの響。

 此の晴渡つた明い夏の日、爽快な海の風吹く水村は世の夢を見盡した老人の隱場では無く、靑春の男女が靑春の娯樂靑春の安逸靑春の癡夢ちむ醉ひ狂すべき溫柔郷である。

 自分は走行く電車の上から幾人と數へ盡されぬ程多くの美人多くの美男子を見た。自分は美人美男子を見る時程、現世に對する愛着の念と、我と我存在を嬉しく思ふ事はない。科學者ならぬ無邪氣の少女は野に咲く花を唯だ美しいとばかり毒艸どくさうなるや否やを知らぬと等しく道學者警察官ならぬ自分は、幸にして肉體の奧に隱された人の心の善惡よしあしを洞察する力を持たぬので美しい男美しい女の步む處、笑ふ處、樂しむ處は、凡て理想の天國であるが如く思はれる。ましてや、此の夏の海邊は冬の都の劇場舞蹈場の如く、衣服と寶石の花咲く溫室では無く、赤裸々たる雪の肌の薰る里であるをや。

 男は身輕なジヤケツトに麥藁帽子、女は眞白な日傘に帽子も冠らず渦卷く金髮や黑髮ブルネツトの光澤を誇り、短い袴の裾から、皺一ツ無い絹の靴足袋に愛らしい小形の靴を見せ、胸さへ透見えるやうな薄い上衣ウヱーストの袖は二の腕までも捲り上げ腰を振り肩で調子を取りながら、輝く日光の中を步む樣、恰も空飛ぶ鳥のやうである。

 自分は西洋婦人の肉體美を賞讃する一人である。その曲線美の著しい腰、表情に富んだ眼、彫像のやうな滑な肩、豐な腕、廣い胸から、踵の高い小な靴を穿いた足までを愛するばかりか、彼等の化粧法の巧妙なる流行の選擇の機敏なるに、無上の敬意を拂つて居る一人である。彼等は其の毛髮の色合、顏立、身體付によつて、各巧に衣服の色合や形を選び、十人並の容貌も、能くその以上に男の眼を引くやうにする。飜つて日本の兒女の態を見れば彼等は全く此の般の能力を缺いて居るやうに見えるでは無いか。尤も日本人と云へば非難と干涉の國民であるから此の社會に養成された繊弱かよわい女性は恐れ縮つて思ふやうに天賦の姿を飾り得ないのかも知れない。

 電車はアシベリイパークの海邊に臨む町の四辻に停つた。

 茫々たる大西洋を前に四五軒並んで居る高い木造りの旅館の緣側、辻の角の藥種屋ドラツグストアー、波の上に築き出した散步場、何れも男や女で一杯になつて居る。其の眞白な衣服と日傘は靑い空と海の色とに相映じて云はれぬ快感を與へるのである。

 自分はMヱムしと共に散步場の階段から海邊の砂地に下り、何處か水着を貸す家はあるまいかと其の邊を見廻したが、不思議や人は大勢波際を散步して居ながら游泳するものは一人も無い。衣服を脫ぐべき小屋は皆な戶と閉して居る。

「別に海が荒れて居る譯でもないのに、如何したのであらう。」

 Mは暫くの間不審さうに四邊の樣子を眺めて居たが、忽ち思付いて、

「日曜日だからだ。」といつた。

 米國では土地によると、宗敎上の關係から日曜日には凡ての遊戲を禁制する所がある。アシベリイパークもかゝる例の一ツであつたのだ。

 此の州の或町に行くと、日曜日には一切舟遊びを禁じながら馬車や自動車オートモビルを馳らす事を許して居る滑稽な矛盾を見た事もあるとM子はやがて自分に話した。

 二人は少時砂の上に腰を下し雲のみ浮ぶ無限の大洋に對して居たが、軈て再び散步場に出で、レモン水の一杯に渴いた咽喉を濕した後、先刻上陸したプレザントベー公園に戾り、歸りの汽船ふねの出帆するまで一睡を試る事にしてせ來る電車に飛び乗つた。

 公園の入口に下車すると直樣二人は水邊の木蔭に步み寄り柔い靑草の上に腰を下す。見渡す眼の前の景色は白い夏雲の影を映した平かな入江を隔てゝ、夏木立の低く茂る間から農家の屋根や風車。まるで平和な和蘭畫を見るとしか思はれぬ。

 自分は無暗と幸福の念に打たれ、半は身を草の上に橫へながら、更に眼を靜な水の上に注ぐと、湖水に等しい入江の唯中に一葉の眞白な小舟ボートが飄然として中空から舞下りたローヘングリンの白鳥かとも怪しまれた。然し乗手は若い女と男の二人ぎりらしく、男は其の强い腕に力を籠めて漕ぎ行くと見え、舟は見る〳〵中に一方に突出た蘆の洲の茂りの蔭に隱れて了つた。自分はハタと草の上に倒れ全く寢床の上に臥るやうに身を伏ると自分の眼の高さは丁度水の面と並行するやうになるので、滿々たる潮は忽ち身を浸すやうに思はれ、靑い楓の葉越に見える夏の空は平常よりも更に高く、更に廣く見えながら、懶く動く白雲は其に反して次第〳〵に我身を包むべく下りて來るやうに思はれた。軈て四邊は模糊として霧の中に隱れるが如く、折々水面を渡つて來る微風そよかぜの靜に面を撫て行くのを感ずるばかり。身體中は骨も肉も皆溶けて氣體となり殘るものは繊細な皮膚ばかりとなつて、遂に水と雲の間に自分は魚よりも鳥よりも輕くふはふは浮び出した………あゝ白日ひるの夢。

 ミシガン州の片田舎に居た頃、丁度五月の末であつた。メープルエルムオークなぞの大樹の若葉は鬱蒼として村落を包み、野草は萋々せい〳〵として牧場を蔽ひ、林檎、桃、櫻の花は小丘をかづる果樹園に、紫色のライラツク眞白な雪球花スノーボール、紅の薔薇は人家の小庭に咲き亂れる北國の春の半。南方から春夏を此地に集ひ來る駒鳥ロビン黑鳥ブラツクバードは庭と云はず墓場と云はず街と云はず村と云はず、樹のある處、花咲く處には、聲を限りに長閑な歌を歌ひ續ける。然し大陸の常として日和續きの日中は、日本ならば最う七月の暑かとも思はれる强い日の光に、自分は狹い居室の氣を晴す爲め、村はづれから起伏する小丘の間を、鐵道の線路に沿ひ、次第々々に人無き檞の森林に迷ひ入り、白い雛菊デージーや黃金色なすバタカツプスの咲き亂るゝ野草の中に身を投入れると、幾多の栗鼠は物音に驚いて、草の中を四方に逃げ散り、逸早く檞の梢から梢を渡つてキヽと鳴く。

 一卷の詩集は例の如く衣嚢の中に携へて居たものゝ、奇しき自然の前に對しては、如何なる美術も如何なる詩篇も、要するに怪異と誇張と時には全く虛僞としか見えぬので、其樣人工的のものには手を觸るゝ氣もせぬ。思ふが儘に身を延して、高い梢越の空を仰ぎ、濕つた土と草の香を嗅ぎつゝ、鳥の歌、栗鼠の叫びに耳を澄まして居ると、自分は全く世間を見捨てた或は世間から見捨てられたやうな氣になる。日本であると隨分遠い山里に行つても、土地は多く開拓され盡して居るので、何となく浮世の風の通つて居る氣がするけれども、さすがは新大陸の廣漠たる、町から二哩出るならば、何處へ行つても此う云ふ無人の境が現れ、此れに異郷の寂寞と云ふ主觀的の情趣を加味して見るので、樹木の茂り、水の流、空行く雲の有樣は、凡て自分には一種云ひ難い悲愁の美を感じさせる。空想は泉の如く湧起り自分は放浪の生活の冷い快味を思ふにつけ、一層の事アラビヤの女と駱駝と並べて砂漠を步み、天幕の下に眠つて見たらば如何であらう、かと思ふと、忽ち旅で病にかゝり日光の照さぬ裏町の宿屋に倒れるやうな運命に出逢つたら………と今度は覺えず慄然ぞつとして明日にも日本に歸り度いやうな、極端から極端の事に思を走せ、遂には氣疲れして其のまゝ混惑の夢に落ちて了ふのである。

 異郷の晝の夢。單調な我が生涯に嘗て經驗した事の無い盡せぬ情味を添へてくれたものは此の晝の夢である。今日も又端無く大西洋の潮流れ入るプレザントベーの邊に臥して、自分は夢の中に忽ち美妙の音樂を聞つけて目を覺した。公園の端の料理屋で樂隊オーケストラが何やら靜かなクラシツクの一曲を奏し出したのである。

 然し、自分は猶暫く睡後の意識の朦朧として居る處から眼前の入江から森、雲までを、もう十年も過ぎた會遊の地を望む如き心持で、何とは無しにしげ〳〵眺め入つたが、やがて後の方に近く跫音を聞き付けたので振向くとM君であつた。彼も今方目を覺して、歸りの汽船の時間を聞きに波止場まで行つて來たのだと云ふ。

 二人は木蔭を出で音樂を奏して居る公園の料理屋に入り冷した果物と生薑しやうがしゆに咽喉を潤した後、夕の五時過に船に乗つた。

 途中で日は落ちたので、大西洋上に燃る夕榮の美しさを見盡し、おもむろに紐育の港口に近づく頃には、逸早くかの自由の女神像の高く差上げた手先に、皎々かう〳〵たる燈明の輝き初めるのを認めた。續いて夕波高く漲る彼方に、山脈のやうに空を限る紐育の建物、ブルツクリンの大橋、無數の碇船舶、引つゞく波止場々々々燈火の一齋にきらめき渡るさま、日の中に眺めた景色よりも更に偉大に更に意味深く見える。

 汽船の波止場についた時は丁度八時、二人は晚餐をとゝのへる爲め、夜は殊に賑ふ十四丁目通りのる佛蘭西の料理屋カツフヱーに這入つた。

          (明治卅八年七月)

夜半の酒場

 紐育市役所の廣場を前にして、いつも人馬の雜沓するブルツクリン大橋の入口から高架鐵道の通つて居る第三大通サードアベニユーを四五丁ほども行くと、チヤタム、スクヱヤーと云つて、此處から左へ這入れば猶太ジユーまち、右手に曲れば支那街から、續いて伊太利亞街へと下りられる廣い汚い四辻に出る。

 一口にポアリーと稱して、各國の移住民や勞働者の群集するところ。同じ紐育の市内ではありながら新世界の大都會を代表すべき「西側ウエストサイド」からは自と一劃の別天地。彼方は成功者の安息地であるならば、この「東側イーストサイド」の別天地は未成功者もしくは失敗者の隱れ場所であらう。

 されば路行く人も地下鐵道の車中で互に衣服の美を爭ふ「西側」とはちがひ、女は帽子も戴かず、汚れた肩掛シオールを頭から被り、口一杯に物を頰張りながら步く。男は雨曝しの帽子にカラーもなく、破けた下襯衣から胸毛を見せ、ズボンのポケツトには燒酎ウイスキーの小壜を突込んで、處嫌はず黃い嚙煙草の唾を吐き捨てゝ行く。で、步道サイドヲークの面は此等の人々の痰唾でぬる﹅﹅〳〵して居る上に、得體の知れぬ怪し氣な紙屑やら、襤褸片やら、時としては破けた女の靴足袋が腐つた蛇の死骸見たやうにだらり﹅﹅﹅と橫はつて居る事さへある。車道は何處も石を敷いてあるが重い荷車ワゴンの車輪で散々に曳き崩され、乾く間のない荷馬の小便は其の凹み〳〵に溜つて蒼黑く濁り淀んで居る。

 街の兩側に物賣る店の種々あるが中に、西洋にも此樣ものがあるかと驚かれるのは電氣仕掛にて痛みなく文身ほりもの仕り候———と硝子戶に看板を掛けた文身師の店である。其處此處と殆ど門並目に付くのは如何はしい寶石屋と古衣屋とで、其の薄暗い帳場の陰から背の屈つた猶太人の爺が、キヨロ〳〵眼で世間を眺めて居るかと思へば、路傍の食物店に伊太利亞の婆が靑蠅のぶん〳〵云ふ中を慾德無さゝうに居眠りして居る。

 此樣工合に何處を眺めても、引續く家屋から人の衣服から、目に入るものは一齋に暗鬱な色彩いろばかり。空氣は露店で煮る肉の匂、人の汗、其の他云はれぬ汚物の臭氣を帶びて、重く濁つて、人の胸を壓迫する。で、一度此の界隈へ足を踏入れると、人生の榮華とか歡樂とか云ふ感念は全く消え失せ、胸は只だ重苦しい惡夢にでも襲れて居るやうな心地になるのである。

 或時———冬の夜の事である。自分は猶太町に在る猶太人の芝居を見物した歸りぶら〳〵此の邊を步いて見た。もう十二時過と見えて、古衣屋も寶石屋も、その他の店も皆燈を消して居て、街の角々にある酒場サルーンばかりが今こそと云はぬばかり、時を得顏に電燈を輝かして居た。

 自分は突と戶を押して這入ると、カウンターに身を倚せながら勞働者の一群が各コツプを片手に高聲で話合つて居たが、ふと自分の耳に付いたのは、奧深い彼方から幽に聞える破れピアノに女の騷ぐ聲々。で、其の儘、突當りの戶を押試みると身は流るゝ如く扉と共に眞暗な廊下へと滑り込んだ。

 女の笑ふ聲は更に五六步先なる戶の中と覺しいので、自分は臆せずに進んで此の二番目の戶口へ近寄ると跫音を聞き付けてか、此の度は内から戶を開けてくれたものがある。鍵穴から見張をして居た番人で、自分が這入ると再び戶をばつたり閉めた。

 外部から此樣こんな處に此樣廣いホールがあらうとは誰あつて思ひ付かう。室の周圍の壁に近寄せて、數多の食卓と椅子を据ゑ、其の片隅には古ぼけたピアノが一臺。胴着ちよつき一枚になつて汚れた襯衣から腕を見せた大男が折々片手で汗を拭きながら、此のピアノをひいて居ると、その側に坐つて居る瘦せた背蟲の男が靑白い橫顏を見せながらバイオリンを彈く。食卓の男女は、一組二組と立つて室中を迂曲うねり迂曲り舞步いて居るではないか。

 何れを見ても此れはと思ふ風采みなりのものは一人もない。太いズボンの水兵連中に交つて、中にはせい〴〵美裝めかしたつもりで、汚れぬ襟に襟飾を付けて居るものもあるが、子供の腕よりも太さうな其の指と、馬の蹄見たやうな厚底の靴とで、日中は道普請をしたり煉瓦を運んだりして居るてあひである事が直ぐ分る。

 女はと見れば、年齢の多少も分り兼るものばかり。顏中白粉をこて﹅﹅〳〵塗立てた上に頰紅を濃くし、下睫したまぶちへ墨を入れて居るものもある。着古して皺だらけになつたスカートに、洗晒しの夏物を着て居ながらも、尙都の華奢くわしやを學ぶ心か舞臺にでも出さうな踵の高い細い靴を穿き、鬘を冠つたやうに入毛いれげをした髮の間や、頸、腕、指なぞには、無暗と硝子製のダイヤモンドを輝して居る。

 ピアノとバイオリンの奏樂進むにつれて、此等の女と抱き合ひながら、水兵や勞働者の入りつ、亂れつ床の塵と煙草の煙と酒の匂とで電燈の光も黃く朦朧となつて居る中を狂するやうに舞ひ踊るさま、自分は已に淺間しいと云ふ嫌惡の境を通越して、何とも云ひがたい一種の悲哀———嘗て故郷で暗い根岸の里あたりから遠い遊廓の絃歌を聞いた時のやうな、その悲哀を感ずるのであつた。

 舞蹈ダンスの曲は止んだ。男女は各元のテーブルに歸ると白いジヤケツトを着た給仕人が、注文を聞いて廻る。最う腰も立たぬ程に醉つて居ながら、猶ウイスキーを煽る水兵もあれば、女ながらも其の劣らず强いブンチをがぶ〳〵やりながら、時にはテーブルを叩いて大聲に云罵るのを聞けば、凡そ劣等な中にも劣等なる言語。スエヤーの數々。

 自分は片隅のテーブルに一人ビールを傾けつゝこの奇異なる四邊の光景から、軈て汚れた板張の壁に掛けてある額なぞを眺め廻した。

 たぶんフツトボールを營業にして居る女の一組と覺しく、逞しい筋肉を其のまゝ見せた肉襦袢の四五人が手を取り合つて立つて居る一枚の寫眞に續いては、鬼のやうな顏をした拳闘家ボクサーが兩手を前にいざと身構へして居る肖像畫があり、向側の壁には察する處此の近邊を繩張内にして居るものであらうか、制服を着けた消防夫の寫眞が二三枚並べて掛けてある。

 忽然、二人連の女が自分の占めて居るテーブルの空椅子に腰を掛けた。自分は好奇心のいざなふ儘に此の社會に限つて通用する合圖の目瞬きをして見せると、金にさへなると見れば人種の差別なぞは一向に頓着しない連中と見えて、早速椅子を自分の方へぴつたり引寄せたばかりか、其の片肱を自分の肩の上に頰杖をして、「卷煙草シガレツトは無くツて。」と云ふ。

 自分は一本の卷煙草を渡した後通過る給仕人ウエーターを呼ぶと、女はカクテールをを命じた。自分は更にビールの一盞を新しくさせて、さていろ〳〵と冗談話の中から此の人逹の身の上を聞出さうと絕えず注意したが、一向に要領を得ない………

「名前も何にもありやアしない。キッチー………黑髮のキッチーて云へば、それで通つて居るんだよ。」

「家は何處だい。」

「家は………紐育でもブルツクリンでも宿屋と云ふ宿屋は皆な私の家さ。」

「色男はあるのかね。」と聞くと、

「ほゝゝゝほ。」と笑ひ出して、「お金のある奴は皆な色男………。」

と云ひながら突然、自分の頰に接吻した後頭から肩を左右に搖りながら———will you love me in December, as you do in May ———と鼻歌を歌ひ出した。

 折から又もやピアノとバイオリン、連中は以前の如くに踊り出す。

 女は突と握つて居る私の手を引寄せ、「今夜………いゝんでせう。」

「何が………」と態と不審さうに聞返すと女は甚く不興な顏付になつて、

「分つてるぢや無いか………ホテルさ。」

 自分は微笑んだ儘答へなかつた。

「不可ないの。さう………。」と云つて女は一寸兩肩を搖上げて橫を向いたかと思ふと、忽ち舞蹈の音樂に合はせて再び鼻歌を續けたが、遠くのテーブルから目瞬せする水夫の連中を見付けて、其の儘すた〳〵立去つて又もウイスキーを煽つて居る。

 軈て自分も席を立ちかけた途端、彼方の戶口からホールへ這入つて來た二人連の音樂師がある。

「おゝ、ジヨージだ、イタリアン、ジヨーだ。」と給仕人の一人が乞食の音樂師を見て叫ぶと、其の邊のテーブルに居た地廻りらしい男が、

「暫く姿を見せなかつたぢや無えか。いゝ儲口でもあつたのか。」

「大した事も無えが、暫く田舎を步いて居た………。」とその儘ピアノの傍に進寄つて、空椅子に腰を掛け、頸から襷掛にしたバンジヨーと云ふ樂器を取下して壁に倚せ掛けると他の一人は小形のマンドリンをば膝の上に抱へたまゝで、

「どうだね、親方………。」と此度は此方からピアノ彈に挨拶をする。

「相變らずよ。」と胴着一枚に腕卷りのピアノ彈は皺枯れた聲で、「どうだ、まア一杯やりねえ。」

 給仕人がビールを近くのテーブルに持運ぶ。

「ありがてえ、頂かうよ。」と二人の伊太利亞人は早速飮干すと洋琴彈は如何にも親方然と、

「お禮にや及ばねえ、好鹽梅にお客樣も大勢だ………早速いつもの咽喉を聞かしねえ。」

 伊太利亞人は各バンジヨーとマンドリンとを取りあげ、ピアノの橫へ直立し、さて歌出すのは自分には意味の分らぬ南歐の俗歌である。

 然し歌の節は東洋風に極く緩かで、聲は錆のある顫ひを帶びた何處にか一種の輕い悲みを含んで居る。泥醉した水夫も女郞も職人も丁度廓で新内を聞くと云つたやうに、皆な恍惚として少時は場中水を打つたやう。

 彼方此方から五仙十仙と、祝儀の銀貨が床の上に投出されるので、自分もポケツトから廿五仙銀貨を奮發した。いや、自分は四邊の人目を牽く事さへ厭はなかつたなら五十仙、一弗位は惜みはしなかつたのだ。あの多く母音で終る伊太利亞語そのものが、自分の耳には云ひがたく快いのに、乞食の音樂師がゆがんだ帽子に天鵞絨の破衣、眞赤な更紗模樣のハンケチを頸に卷いた風體から、房々と額へ垂らした黑い縮れた頭髮、黑い睫毛、薄い口髯、それから南歐のあつい太陽に燒かれた其の顏色が絕えず思ひを南國に馳せて居る自分には何と云ふ譯もなく深い詩興を呼起させたからである。

 二人は歌ひ了つて床の上に投出された祝儀の銀貨を拾ひ集めながら、やがて自分のテーブル近くまで來たので、

「お前さん、伊太利亞は何處から來たんだね。」

 彼は人種の異つて居る自分の顏を見上げたが驚きもせず怪し氣な英語で、

「島から、シヽリー島からです。」

「何年ばかりに成る。」

「まだやツと九ケ月にしか成りませんや、初めは金儲をするつもりで來たんですがね、北の歐羅巴から來た奴等のやうに地の底や火の中で那樣手ひどい家業が出來るものか、怠惰者なまけものは何處へ行つても同じ事、恁して處々方々、歌つて步いて居るんでさ。でもまア神樣のお助けツて云ふんでせう、どうにか此うにか其の日のパンにやあり付きまさア。」

 舞蹈の音樂が又奏し出される。男や女は再び夢の世の人の如くに煙草の烟の中を、彼方此方あちこちと舞ひ步く。

 すつかり祝儀を拾ひ集めた二人の伊太利亞人は片隅のテーブルに引退いて又二三杯のビール。自分は重い空氣の中に長く閉込められて居た苦しさに冷い深夜の風に吹かれやうと靜に席を立つた。

          (明治卅九年七月)

落葉

 アメリカの木の葉ほど秋に脆いものはあるまい。九月の午過の堪へがたい程暑く、人はまだ夏が去り切らぬのかとかこつて居る中、其の夜ふけ露の重さに、オークエルム菩提樹リンデンや殊に碧梧のやうな楓樹メープルの大きな葉は夏のまゝなる其の色さへ變へずして、風もないのにばさりばさりと重さうに懶氣ものうげに散り落ちる。

 自分は四邊がすつかり秋らしくなつて、朝夕の身にしむ風に枯れ黃ばんで雨の如く飛ぶ落葉を見るよりも、如何に深い物哀れに打たれるであらう。譯もなく早熟した天才の滅び行くのを見るやうな氣がする。

 自分は夕暮に一人、セントラル、パークの池のほとりのベンチに腰をかけた。日曜日の雜沓に引變へて平常の日の靜けさ。殊に丁度今頃は時間の正しい國の事とて何處の家でも晚餐をして居る時分であらう。馬車自動車は無論、散步の人の跫音も絕えて、最後の餌をあさり了つて栗鼠りすの鳴く聲が梢に高く聞えるばかり。灰色に曇つた空は夜にもならば雨か、夢見る如くどんよりと重く暮れはてゝ行く。湖のやうな廣い池の面が黑く鉛のやうに輝き、岸變一帶を蔽ふ繁りは次第々々に朧になつて、その間からは黃い瓦斯燈が瞬きしはじめた。

 絕えずあたりの高い楡の木の梢からは細い木の葉が三四枚五六枚づゝ一團になつて落ちて來る。耳を澄ますと木の葉が木の葉の間を滑り落ちて來るその響が聞きとれるやうに思はれる。木の葉同士が互に落滅を誘ひ囁き合ふのであらう。

 或ものは自分の帽子、肩、膝の上。あるものは風が誘ふのでもないのに、遠く水の上に舞ひ落ち流れと共に猶も遠くへ遠くへと行つて了ふ。

 ベンチの背に頰杖をついて自分は何やら耽る物思ひの中に、ふと詩人ヴヱルレーンが「秋の歌」と云ふのを思ひ出した。

  Les sanglots longs

    Des violons

      De l'automne

  Blessent mon cœur

    D'une langueur

    Monotone.

「秋の胡弓のむせび泣く物憂き響きわが胸を破る。鐘鳴れば、われ色靑ざめて、吐く息重く、過し昔を思出でゝ泣く。薄倖の風に運ばれて、こゝかしこ、われは彷徨さまよふ落葉かな。」と人の身を落葉に比ぶる例は新しからぬだけ、いつも身にしむ思ひである。殊に今旅の身の上を思出せば………あゝ自分は早や何處に何度異郷の地に埋るゝ落葉を眺めたであらう。

 上陸したその年の秋を太平洋の沿岸に、其の翌年はミゾリの野ミシガンの湖邊又ワシントンの街頭に、やがてこのニユーヨークの落葉も旣に二度目である。

 去年始めてこの都會の落葉を見た頃には、自分は如何に傲慢で得意で幸福であつたらう。自分は新大陸の各地方の異る社會異る自然をすつかり見盡して了つたつもりで、これからは世界第二の大都會の生活を觀察するのだと、無意味に自分を信用して、日曜日每に、この池のほとりに來ては散步の人の雜沓を打ち眺めた。

 やがて木の葉は落盡した。寒い風が枝を吹き折つた、雪が芝生を蔽ひ盡した———藝界社交の時節が到來した。

 自分はシエーキスピア、ラシーンからイブセン、ヅーデルマンに至る種々な舞臺を見て、世界古今のドラマを鵜呑みにした氣になつた。ワグナーの理想もヴエルヂの技術も盡く味つて其の意を得たと信じたばかりか、自分は早くも將來日本の社會に起るべき新樂劇の基礎を作る一人である。あらねばならぬ樣な心地がした。自分は管弦樂を聽いて、クラシツク音樂の繊細美麗な處から、近代ロマンチツクの自由なる熱情を味ひ、更に破天荒なるストラウスの音樂の不調和無形式を讃賞した。猶これのみには止まらず、折々は美術館の戶口を潜つてロダンの彫刻マネーの畫を論じた事もあつた。

 自分の机はプログラムやカタログの切拔の新聞紙の山をなしたが、それをば整理して行く間もなく季節は過ぎて、淋しい梢は若芽と咲く花に飾られ、重い外套の人は輕い春着の粧ひに變じた。自分も世間の人と同じやうに新しい衣服新しい半靴新しい中折帽を買つた。然しアメリカの流行は商業國だけあつて形が俗である。自分は飽くまで米國の實業主義には感化されないと云ふ事を見せたいばかりにいろ〳〵苦心した結果は「ラムルーズ」を書いた時分の若いドーデの肖像か、もしくは寧そバイロンをまねたいものだと每朝頭髮を縮し太い襟かざりをばわざ〳〵無造作らしく結ぶのである。

 人は定めし自分の愚を笑ふであらうが、自分獨りは決して愚とも狂とも思つては居らぬ。自分はかのイブセンが世を去つた當時、ボストンの或る新聞で見た事であるが………イブセンは眞白になつた頭髮をば一度も櫛を入れた事がないと云ふ樣に、わざ〳〵搔亂し、國王から贈られた勳章を胸にさげて鏡に向つて喜んだと云ふ意外の弱點があつたとやら。

 虛言うそまことか問ふ處ではない。よいも惡いも泰西詩人の事と云へば隨喜の淚に暮れるあまり、人眞似せずには居られない。自分はわざとこれも無造作らしく帽子を斜に冠り櫻の枝の杖を片手に詩集か何かを小脇にして、稍しばらく己れの佇む姿を鏡に映して見た後、漸く外に出て、春の午後人の出盛る公園に赴くのである。例の如く池のほとりを一廻り步み了れば、必ずシエーキスピーヤ初めスコツトやバーンズなぞの銅像の並んで居る廣い並木道に出で、ベンチに腰を下して、銅像と向合ひに悠然と煙草の煙を吹く。

 すると、何時ともなく暖い春の日光ひかげに照される身のうつとり夢心地になるや否や、自分も已にそれ等不朽の詩聖の列に加られたやうな氣になつて了ふ。自然と口の端の筋肉が緩んで來て深い笑靨ゑくぼがよる。遂には自分ながら妙に氣まりが惡くなつて、そツと身のまはりを見まはせば道の兩側に並ぶ大樹の若葉の美しさ。その梢から透き見える大空の靑さ、晴れやかさ。道の左右に海の如く廣がつて居る芝生の綠りの濃さ、爽快さわやかさ、何處から流れて來るとも知れぬ花の香の優しさ懷しさ。恐らく、自分の一生涯、この時ほど幸福な事はなかつたであらう。

 眼の前には絕間なく輕裝した若い女が馬車を馭したり、馬に乗つたりして行過ぎるが、何れも皆自分の方を眺めては微笑んで行くとしか思はれない。

 自分は若い中にも猶若く、美しい中にも猶美しい女の笑顏を眺めると、譯もなく幸福な戀を空想するのである………自分は麗しい英文で何か著作をする、それを讀んだ女が作者の面影を慕つて訪ねて來る。人生を語る、詩を語る、遂には互に祕密をかたる。何時か自分は結婚して了つて、ロングアイランドか、ニユーゼルシーの海邊あたり、ニユーヨークからは汽車で一二時間位で往來の出來る田舎に家庭を作る。小さいペンキ塗の村莊カツテーヂで、そのまはりには櫻や林檎の果樹園があり、裏手の森を拔ければひろ〴〵した牧場から、ずツと遙かに海が見える。自分は春や夏の午後、秋の日暮前、冬の眞晝なぞ、窓際の長椅子に身を橫へて、讀書につかれたまゝ、居眠まどろむともなく居眠む。と、隣の室からは極く緩かなリツストのソナタのやうなものが可い。妻の彈ずるピヤノの曲にはつと目覺むれば………自分はこゝに初めて夕暮の冷い風に面を吹かれてベンチの上なる現實の我れに立返るのであつた。

 かやうな夢に耽つた春の日も一夏を過ぎて………今は早や秋、飛散る木の葉を見ればさながら失へる戀の昔を思ふにひとしい。

 木葉もやがて落ち盡すであらう。寒い北風と共に劇界樂界の時節も再び廻つて來るであらう。街の辻々停車場の壁は到る處劇場の廣吿畫や音樂者の肖像に飾られるであらう。然し自分は去年のやうに大膽な無法な幸福な藝壇の觀察者として存在する事が出來るであらうか。また來る春には再びかゝる烟のやうな夢に醉ふ事が出來るであらうか。

 夢、醉、幻、これが吾等の生命である。吾々は絕えず、戀を思ひ、成功を夢みて居ながら、然し、それ等の實現される事を望んで居るのではない。唯だ實現されるらしく見えるあだなる影を追うて、その豫想と豫期とに醉つて居たいのである。

 ボードレールは云ふ。———醉ふ、これが唯一の問題である。人の肩をおさへて地に屈ませやうとする「時」と云ふ恐ろしい荷の重さを感じまいとすれば、人は躊躇する事なく醉つて居ねばならぬ。酒、詩、德、何でもよい。若し、宮殿の階段、谷間の草の上、或は淋しい室の中、時として、醉が覺めてわれに返る事があつたら、風、波、星、鳥、又時計、凡そ飛び、動き、廻り、歌ひ、語る諸有るものに向つて、今は如何なる時かと問ふがよい。風は、波は、星は、鳥は、時計は答へるであらう、醉ふべき時だ、酒でも、詩でも、美德でも、何でもよい、もし「時」と云ふものゝ痛しい奴隷になるまいとすれば、絕ゆる間なく醉うて居ねばならない………。

* * * *

 四邊は早や夜である。森は暗く空は暗く水は暗い。自分は猶もベンチを去らず木間に輝く電燈の火影に頻と飛び散る木の葉の影を眺めて居た。

          (明治卅九年十月)

夜の女

 ブロードウヱーの四十二丁目と云へば、高く塔の如くに聳ゆるタイムス新聞社の建物を中心にして、大小の劇場、ホテル、料理屋、倶樂部から、酒場サルーン、玉場、カフエーなんぞ、夜を徹して人の遊び步く處である。されば又人並の遊びには猶物足らぬ人間の更に耽つて遊びに行く處も尠くは無い。

 ニユーヨーク座と云つて何時も木戶口に肉襦袢などきた艶しい舞娘をどりツこの看板を幾枚も出し、相當の劇場が休業する炎暑の時節にも大入で打通す例になつて居る小芝居の角を曲ると俄に寂とした橫町に出る。

 卽ちブロードウヱーから高架鐵道の走つて居る第六大通シキスアベニユーへと拔ける裏町で、直ぐ目に付く建物は角のニユーヨーク座と裏合うらあはせに立つて居るハドソン座の樂屋口。其の筋向には見付の惡からぬライシユーム座の表口から少し離れては、夜深に女役者や舞娘がお客を連れ込む小綺麗なホテルが二三軒、硝子張の屋根がある其の門口には大きな鉢物の植木が置いてある。其の他上町で見るやうな近代風の高いアツパートメント、ハウスの三四軒立つて居る外は、兩側とも皆六七十年前の形式かたちの五階造の貸長屋ばかりで、其の窓々には殆ど門並に Ladies' Tailor (女物仕立所)又は印度渡來の Palmist (手相判斷)、音樂指南なぞ種々の小札が、下宿人を捜す明室あきまの廣吿と共に相交り、時には支那料理の赤い提灯も見える。

 此の橫町、日中は殆ど人通りが絕えて居るが、夕暮頃からは長いレースの裾から踵の高い靴を見せ、陸に上つた水禽みづとり見たやうにしなしな腰を振つて步く女の往來漸く繁く、夜半過になると端から端まで相乗の小馬車で一杯になつて了ふ。

 立ち續く此の貸長屋の中には面白い處があるんだと、倶樂部あたりの若いものは皆知つて居る。然し紐育の市中は警察が喧しいとの事で、戶口には人目を惹くやうなものは一ツも出して無い。唯何番地と戶口に掲げてある番號で云ひ傳へ聞き傳へて知るものは知つて居り、知らざるものと見れば大通りに居る辻馬車の馭者が、過分の祝儀を目的に無理にも案内してくれる。

 表付は古い貸長屋の事で見る影もないが、這入ると下座敷は天鵞絨の帷幕カーテンで境した三間打通しの廣い客間で、敷物も壁も黑みがゝつた海老色えびいろを用ひ、天井は稍薄色にして金色の唐草を描き、椅子も長椅子も同じ重い海老色の天鵞絨張、其處へ天井から大な金色の花電燈が下げてあるので、一見何となく嚴めしく、何やら田舎芝居で見る公爵ヂユーク某が宮庭パレースの場とも云ひた氣な樣子である。

 表の客間の壁一面には幾多の女が裸體にされた儘抱合ひ今にも猛獸のゑばになるのを待つて居る羅馬ローマ時代基督敎徒迫害の大畫が掛けてあり、次の間には裸體のニンフが四五人白鳥と戲れながら木蔭の流れに浴みして居る、此れも非常な大作で、人物は實物程の大さもあらう。室の隅々には眞物ほんものらしく植木鉢に植ゑ付けた造り物の椰子の葉が靑々として居る。

 此の家の内儀マダム、名をミツセス、スタントンと云ふ。何處の生れやら誰も知るものはない。何でも極く若い時分から女郞屋に下女奉公をして居る中、知らず〳〵此の道の呼吸を覺え、ハウスキーパーと云つて家内中の賄方となり、市俄古、費府フイラデルフイヤ、ボストンと女郞屋から女郞屋を稼ぎ步き、小金を蓄めた曉、紐育に出て來て獨力で現在の店を開き、今日でもう三十餘年商賣をして居るのださうだ。

 ぶく〳〵肥つて腰の周圍なぞはホテルの廣間に立つ大理石の柱ほども有らうかと思はれる。口の大い、目の小い、四角な顏で、髮の毛は眞白だが、何時も白粉をつけ、一の字形の眉毛にまゆずみを引いて居る事さへある。

 若い時から男は好きだが、其の爲めに金なぞ使つた事はない。道樂は寶石を買集める事が第一だと自ら吹聽して居る。成程五本の指殘らず指環を穿め、人と話をする時にはキチンと膝の上に其の手を置き、絕えず手巾で寶石をこする癖がある。指環の外に内儀が生命同樣の寶物として居るのは金剛石ダイヤモンドの耳飾で、其の價一對で二千弗したとか、然し日常耳朶に下げて居ると、餘りに人目を引き、何時ぞや舞蹈の歸り途三度も追剝に後を尾けられたのに、すつかり膽を冷し、其の後は二重の錠を下してトランクの底に藏つてある——この有名な物語は家中の女ども知らぬものは一人もない。

 往來に面した二階の一室が、内儀の居間と寢部屋を兼ねた處で、天井から日本製の日傘と赤い鬼灯ほゝづき提燈ぢやうちんとを下げ、戶口に近く矢張日本製と覺しい黑地に金鷄鳥を繡取つた二枚折の屛風が置いてあるので、それ等の花々しい東洋風の色彩が古びた蠟石の煖爐と大な黃銅ブラス製の寢臺とに對して、一種驚くべき不調和を示して居る。

 室の中央には何時も「ジヤアナル」に「紐育プレツス」と云ふ繪入の新聞を載せた小さいテーブル、其の上に立派な鸚鵡の籠が置いてある。中なる鸚鵡はこの家に住む事旣に十年、此の社會でのみ使用される下賤な言語をすつかり聞き覺え、朝から晚まで棲木とまりぎつゝいては黃色い聲で叫びつゞけて居ると、其の傍の安樂椅子の上にはトムと呼ぶ鼠ほどの小さな飼犬が耳を動し、人の來て抱いてくれるのを待つて居る。

 内儀は午後の一時過に漸く目を覺ますと、第一に此のトムを抱き上げて接吻し、鸚鵡の鳴き立てるのを叱りながら、黑奴ニグロの下女が持運ぶ朝餐あさめしを濟して、新聞を讀み、窓際に置いた植木の世話に半日を送つて、夕暮の六時になるのを待つて居る。此れからが漸く此の家の夜明けである。下女が合圖の銅鑼鐘を叩くや否や、内儀はしづしづトムを抱いて、地下室ベーズメントの食堂に下り、仔細らしく主人席に坐ると、其れからどや〳〵と二階、三階、四階の部屋々々に寢て居た女供が、靴足袋一つの裸體身の上に緩かなガウンを引纏はせ、何れも何時頃だらうと云ひさうな怪訝な眼をしながら下りて來ておの〳〵席につく。其の同勢五人。

 内儀の右側に坐る第一がイリスと云ひ第二がブランチ、第三番目がルイズ左側にはヘーゼルとジヨゼフイン。

 此の五人各それ相當の經歷と性格とを持つて居るのである。

 第一のイリスと云ふのはアイルランド人の血統で南部ケンタツキー州の生れとやら。年は二十三四。圓顏で、この人種特徵の頤は短く、瞳子の碧い目は小く、髮は光澤のある金色である。撫肩の何處か弱々しい姿をして居るが、腰から足の形の美しい事は自分ながらも大の自慢で、其の證據には二度程美術家のモデルになつた事があると云つて居る。家は地方で相當の財產家ものもち、十六七まではカソリツク敎の學校に居たとやら云ふ事で、折々飛んでも無い時に何を思出してか、口の中で讃美歌を歌つて居る事がある。一體に浮かぬ性質たちと見えて男を相手に酒を呑んでも別に騷ぎはせず、さうかと云つて病氣や何かの時でも大してふさいだ顏もした事がない。

 これに反して隣に坐つて居るブランチと云ふのは親も兄弟もなく、紐育の往來端で犬と一緖に育つた生付いてのお轉婆者。もう三十になると云ふが極めて小柄な處から、其の瘦せた血色の惡い顏に厚化粧をして、入毛澤山の前髮に赤いリボンでも付けると、夜目には十六七の娘に化けてまんまと男を欺す。大の酒喰ひで而も手癖が惡く、お客の枕金をくすねて「島」の監獄へ送られた事もあつたとやら。寄席へ出る藝人と辻馬車の馭者をして居る黑奴二人までを色男にして居ると云ふので、仲間のものからは白人種の感情から一層嫌惡されて居る。

 さて三番目のルイズと云ふのは頭髮も眼も黑い小肥こぶとり巴里パリーで、年はかなりに成ると云ふが、本場の化粧法が上手な所爲せゐか何時も若く見える。二年前、亞米利加は弗の國と聞いて情夫をとこと一緖に出稼ぎに來たので、金になると云へば、何樣事でも平氣で男の玩弄物おもちやになる。其代り自分の懷では酒一本買つた事がないとて、此れも仲間から可くは云はれて居らぬ。

 左側のヘイゼル。此れは英領カナダ生れの頑丈な大女で、鞠を入れた樣な其の胸から、逞しい二の腕や肩の樣子如何にも油ぎつて、傍近く寄ると肌の臭と身中の熱氣を感ずるかと思はれる。身體の割合に恐しく小い圓顏の口に締りもなく眼も銳からず、昔は牧場で牛の乳でも搾つて居た田舎者とも思はれて一同好人物おひとよしだと馬鹿にして居るが、いざウイスキーに醉ふとなると、其の逞しい腕に恐れて、一同冷嘲半分に機嫌を取るのが例である。

 最後のジヨゼフイン。これは姿も容色きりやうも家中での秀逸であらう。年もまだ二十を越したばかり。兩親は伊太利亞の獅子里島から移住して今でも東側の伊太利街で露店の八百屋をして居るとか。南歐美人の面影を偲ばせる下豐しもぶくれの頰は桃色して、眼は黑い寶石のやうな潤んだ光澤を持ち、眉毛は長く描いたやう。十四五の時からイーストサイドの寄席や麥酒ビーヤガーデンなぞに出て流行歌を歌つて評判を取り、其の後は一時コーラスガールになつてブロードウヱーの芝居に出た事もあつたが、つい身を持崩して病氣にかゝり、大事の咽喉を潰して了つた。尤も病院を出た後は元の聲には成り得たが、もう怠惰癖がついて、漸次色の巷に身を下して了つたのだ。けれどもまだ浮世の底を見透す樣な苦勞と云ふ苦勞も知らず、同時に死んで見たいと思ふ程な情夫まぶの味も覺えた事なく、唯だ〳〵綺麗な衣服を着て、若い男と巫山戲て居たい眞盛り、惡い事と云へば何でも面白い年頃なので、浮いた今の身は理想の境遇。寢て居る時と、物喰うて居る時の外は、夜晝の別なく、一時本職にした流行歌を歌ひつゞけ、さらずば可笑しくもない事をキヤツ〳〵と云つて笑ひ、家中狹しと步廻つて居る。

 この五人、每日いづれか一度、物爭ひをせぬ事はない。が、暴風の過ぎるやうに、一時間も經つと何も彼も忘れて了つて又友逹になり、一緖に口を合して更に又他のものゝ陰口に日を送つて居る。

 晚食はいつも極つたロースビーフか然らずばロースポークと馬鈴薯。クラムベリー、ソースにセレリー。其れが濟んでデザートに一片のパイかプツデングに紅茶の一杯。めい〳〵は部屋に戾つて長々とお化粧に取り掛つて夜の十時、内儀が家中の呼鈴を鳴らすと此れを合圖に一同は下の客間に下りて、來るべき客を待つ。流石商業國の女だけあつて此れから一夜を皆々營業時間ビジネスアワーと云つて居る。

 で、この刻限になると、家中五人の外に内儀と特約して每夜外から出張して來る女も四五人はあつて、つまり十人以上の人數が或者は白いウヱーストに襟飾した素人風、或者は夥しいレースの飾をつけた夜會服の裾長く、貴族の舞蹈會もよろしくと云ふ樣で、手に扇さへ持ち、各客間の彼方此方に陣取るのである。

 十一時が過ぎて、近所の劇場しばゐ閉場はねどき、往來は一しきり、人の跫音、車の響、馭者の呼聲喧しく、やがて十二時が鳴つてしんとすると、これから一時二時頃までが、料理屋、倶樂部、玉突場歸りの連中の繰込む時分。今方何處かの商店員らしい三人連の若者をば、手癖の惡いブランチと佛蘭西生れのルイズと、夜だけ外から稼ぎに來るフロラと云つて、電車の車掌の女房で、もう二人の子持、亭主と相談づくで金儲をして居る其の女とが各二階三階の部屋へ連込んだが、すると其の後直樣戶口の鈴が再びチリン〳〵と鳴つた。

 マリーと呼ぶ黑奴の下女が戶を開ける。半白の番頭らしい肥つた男と後には地方の商人らしい三人。金になる客と見て内儀自ら出迎へ表の客間へ通した。

 番頭らしい男はいゝ年をして此れも友逹の義理だと云はぬばかり、いやに沈着きながら椅子に坐る前、一座の女供を見渡したが、早くも藝人上りの若いジヨゼフインの姿を見るや、こいつ堀出物と忽ち耻を忘れ、自ら進寄つて同じ長椅子に坐り、「どうだ、一ツ三鞭酒と行かうか。」と膝の上に女の手を引寄せる。

 他の地方出の三人は客間へ這入るが否や、正面に掛けた基督敎徒迫害の大裸體畫———意外な處に意外な宗敎畫を見出して膽を潰したらしく、一同並んで椅子に付きながら、美術館でも見物する樣子で少時は畫面を見詰めたまゝ默つて居る。その席に居た女は勿論、次の客間からも二人三人境の帷幕カーテンを片寄せて進み出で、各三人を取卷いて其の邊の椅子に着くと、黑奴がシヤンパンの大罎二本とコツプを持出して注ぎ廻る。

 「さあ緣起に一杯………。」と白髮の番頭が第一に杯を上げ、一口飮んだコツプを其の儘ジヨゼフインの唇に押付けてグツと飮干させた。

 内儀はコツプを手にした儘佇立み三人の方を見て「何れかお氣に召しましたら。」と客の氣合を伺つたが三人とも少してれ﹅﹅氣味で唯ニヤニヤ笑つて居る………折から客間の外の廊下で「左樣なら、お近い中に。」と云ふ聲、接吻の響も聞えて二階のお客を送出した女。ブランチは鼻歌を歌ひ腰を振りルイズは後毛を氣にして撫でながら、フロラは態とらしく俯向いて客間へ這入つて來た。

 二人は其の儘離れた片隅の椅子に着いたが、ブランチはお客と見るや、他の朋輩には遠慮もなく、猶も鼻歌を歌ひながら一人の客の傍に進み寄り、突然だしぬけに其の膝の上に腰をかけ、

「御免なさい。」と目に情を含ませ指先に挿んだ卷煙草を一服して靜に男の顏に吹き付ける。

 此の樣子に男は今がた一杯シヤンパンを引掛けた後の漸く元氣づいた處なので、片手に女の啣へた卷煙草を取つて一服し、同時に片手では其の膝から滑り落ちぬやうにと女の腰をば引抱へた。

 此れを見て他の一人も今は躊躇せず、一番柔順しい女と見立てゝ金髮のイリスの方へ、まだ醉ひもせぬのに肩を寄せ掛ける。殘りの一人は誰れ彼れの選好みはせぬ貪欲ものと見え、右から左り左りから右と、一座の女の顏は見ずに、衣服の上からも推測される胸の形や夜會服の白い肩のあたりのみを打目戍つて、獨り賤しい空想に耽ける樣子。

 此に於て一座の形勢已に定つたと見て、第一に席を去つたのは加奈陀生れの大女ヘーゼル、其の他のもの此れにつゞいて一人二人と幕越しなる次の客間へと引き退つたが、椅子に坐るとヘーゼルはさも憎く〳〵しく舌打して、「呆れて了ふぢや無いか、あの手長のブランチたら………後から遣つて來やがつて馴染でもないお客の膝に馬乗になつてデレ付くなんて、私ア眞個ほんとうに呆れ返つ了つたよ。」と云へば、其の傍に居た女が、

「何しろ、黑人ニツガー情夫いろにして居る恥知らずだもの………。」と相槌を打つ。

 此樣な風で每夜お客の取り遣りから起る悶着が其の翌日迄も引續いて陰口の種となり、遂に噂された當人が聞込んで默つて居られず、口喧嘩に花を咲すが例である。

 然し今の處は幸にも隣の噂は醉つた男の太い笑聲に打消されて聞えぬ最中。ブランチは男の膝の上に馬乗りになり絹の靴足袋をした兩足をブラ〳〵させ、兩手に男の肩を捕へてボート漕ぐ樣に前身を動し、

「もう二階に行きませう。」と短兵急に早く埒を明けて了はうと迫つた。

「時は金」の格言を身の守護まもりとする金の都の女供、短い時間に多くを得やうとすればべん〳〵と一人の男の心任せに大事の時間を潰すは大の禁物である。處が又内儀に取つては酒代は全部其の所得になるので、呑む客と見れば一分なりと客間に引止めて酒を賣らねば成らぬ。此に於て往々内儀と女供の間には利益の衝突を免れず………昨夜もわたいの腕でシヤンパン五本も拔いて遣つた癖に唯た一週間宿賃が待てないんだとさ………抔云ふ不平は常に絕る時がない。

 内儀は今二度目のシヤンパンを注いで廻つた後、座をつなぐ爲めにと自ら洋琴を彈き初め、

「ジヨゼフイン。一ツ何かお歌ひな。」と先刻から長椅子の上で半白の番頭を相手にして居た伊太利種のジヨゼフインを顧ると、舞娘をどりツこ上りのジヨゼフインは年も若く慾も少く、相手構ず騷ぐ性質たちとて自分から手を叩き、

  I like your way and the things you say,