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あめりか物語 cover

あめりか物語

Chapter 33: 夜あるき
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About This Book

A sequence of travel sketches recounts a Pacific voyage and subsequent stays in foreign towns and countryside, shifting between intimate shipboard scenes, chance conversations with fellow passengers, and walks through streets, parks, and institutional grounds. Evocative descriptions of weather, landscape, and everyday interiors alternate with reflective observations about longing, disappointment, and the uneasy prospects of those who leave home to seek opportunity abroad. Small domestic moments, social encounters, and melancholy memories are woven into an observant, elegiac account of movement, cultural dislocation, and the unsettled life of travelers.

  I like the dimples you show when you smile,

  I like your manner and I like your style,

  ............I like your way!

と聲一杯に歌ふと其れにつゞいて番頭も調子を合した。

 ブランチは此の樣に稍焦れ込み、「私、もう醉つて苦しいわ。」と三十以上の婆の癖に鼻聲を作り、男の胸の上にピツタリ顏を押當てて大く息を付けば、金髮のイリスも此れにならひ、

「二階へ行つてゆつくり話しませう、ね、ね。」と男の指を握つて引張る。

 番頭この樣を見て、「いや其方の方ぢや、もう眞猫しんねこをきめて居るんだな、内儀さん、其れぢや最う一本でお開きとするか。」

 内儀得たりと洋琴から飛離れ、「マリー、早く。シヤンパンの御用だよ。」

 流石のブランチも今は絕望して運を天に任すと云ふ風で、「大變な御元氣ですね。」と力なく云へば番頭一人で悅に入り葉卷の烟を濃く吹いて、

「酒に女にお金がありやア何時でも此の通り………ジヨゼフイン、最う一遍先刻の歌を聞して吳んな。」

  I like your eyes, you are just my size,

  I'd like you to like me as much as you like,

  I like your way!

 折柄又もや戶口のベルが鳴る。丁度最後のシヤンパンを持ち出したマリー、慌忙あわてゝ御免下さいとお酌を内儀に任して廊下へ飛出した。

 どや〳〵お客が次の客間へと這入る氣勢。つゞいて其の場に居た大女のヘイゼル、佛蘭西から來たルイズが可笑しな發音の英語………やがて皺枯れた男の聲で、「シヤンパンなんぞ拔く金は無えや。」と怒鳴るのが聞えた。

 入れ替り立ち替り人の出入絕間なく、夜も旣に三時過ぎになつて一しきり客足が止つた。

 女供一同流石每夜を明し馴れた眼も稍疲れ、知らず〳〵醉ふシヤンパンや麥酒やハイボールの混飮ごたのみに頭も重くなつて、元氣のジヨゼフインも今は流行歌唄ふ勇氣もなく、ピアノに片肱ついて生欠伸をし、ブランチは隅の方で下つて來る靴足袋を折々引上る振をしては其の中に揉込んだ紙幣さつの胸算用をして居るらしい。

 イリス、ヘーゼル、ルイズ、フロラ、皆々長椅子へ並んで坐り繡眼鳥めじろが押合ふ樣に、互に肩と肩とを凭合せ、最う話の種噂の種も盡き果てた模樣。今は絕間なく喫す煙草にも飽きたらしく折々互に顏を見合せる。其の中には、「あゝ、お腹が空いた。」と云ふものもあるが、然し「それぢや何か買はうか。」と進んで發議するものは一人もない。

 突然、呼鈴が家中の疲れを呼覺した。

 元氣を付ける爲めか、マリーを待たずして、内儀自ら戶口に出ると高帽シルクハツトに毛裏付の外套白手袋に洋杖ケーンを持つた二人連、何處から見ても間違の無い交際場裡の紳士と云ふ扮裝いでたちに内儀は恭々しく先次の客間に案内し、「皆さんお客樣ですよ。」と呼ぶ。

 大女のヘイゼル最初に立上り次の間に進入る前に女供の癖として物になりさうな客か否かと境の幕から盗見したが忽ち怪訝な顏をして後を振り返り、「シツ」と一同を制した。

「一件かい。」と一同は直に了解した樣子で顏を見合せる中進出でたのはブランチ、同じく幕の間から見透して、

「うむ、さうだよ。」と最う拔足して一同の傍に立戾り、「探偵だよ。夜會服ドレツスなんぞ着やがつて………内儀さんは氣が付かないのかね。私やアちやんと顏に見覺えがある。」

 此の一言に流石は泥水を吸ふ女供、紐育の警察が月に一度は必ず酒類の脫稅販賣と夜業の現行犯を取押へる爲めに客に仕立てゝ探偵を入込す、このお灸には何れも一度や二度の經驗のないものはないので皆騷がず慌忙ず拔足差足、廊下ホールから地下室ベーズメントの食堂に逃れ出で或者は裏庭から隣の庭へと忍入り、或者はいざと云へば往來へ逃る用意で、地下室の戶口に佇立んだ。

 内儀は二度まで一同を呼んだが誰も出て來ぬので此の社會は萬事悟が早く、さうかと腹で頷付きシヤンパンをと男が命ずるのを利用して、自ら大罎を取つて波々と注いだ後、「旦那、いけませんよ。御冗談なすつちや………。」と云ひながら靴足袋の間から二十弗紙幣二枚ばかりも掴出して、其の儘男のポケツトに揉込み、「罪ですよ。」と笑ふ。

 此に於て探偵二人我意を得たと云ふ樣子で、「はゝゝゝは。此れも勤めぢや、其れぢや又近い中に………。」と立上つた。

「どうぞ、よろしく。」

 妙な挨拶。内儀は漸く送出して戶をばつたり。其の儘客間の長椅子に酒樽を轉した樣にどしりと重い身體を落し、「あゝ、畜生奴ツ。」と大聲に怒鳴つた。

 其れなり暫くの間家中は寂となつて物音を絕したが、軈てチリンチリンと頸に付けた鈴を鳴しながら飼犬のトム、幕の間から顏を出し心配さうに内儀の顏を打目戍る。續いて食堂から上つて來たブランチ、同じく客間を一寸差覗き、「内儀さん………。」と一聲。

 然し内儀は最う落膽して返事をする勇氣もないらしい。

「内儀さん、それでも今夜はよく柔順しく歸つたねえ。」

「さうともね、」と内儀は稍腹立しく、「二十弗紙幣三四枚も掴ましたんだもの………。」

「二十弗三四枚………。」と敏捷いブランチ、必ず掛價を云つて居ると見て、態とらしく、「お氣の毒でしたね。」

 この時どや〳〵と裏庭へ逃出した連中が、「おゝ寒い、凍死こゞえしん了はア………。」と云罵りながらもう怖物なしと見て、客間へ駈入る。ブランチは意地惡く又も話を大袈裟に、

「内儀さんは二十弗紙幣七八枚も掴したんだとさ。」

「まア………。」と皆々内儀の顏を見た。

 内儀は女供が同情と驚嘆の聲に一層いま〳〵しくなつたと見え、忽然椅子に凭れた半身をキツと起し、一同を見渡して、

「何も其樣に驚く事はないよ、五十年此方叩上て來た腕だアね。鳥渡一目見れア、此奴は五弗で默つて歸るか、十弗で目を潰るか………其の邊の見つもりはまだ〳〵お前さん逹は修行が肝腎さ。何しろ五十年と云ふ月日だよ。大統領ルーズベルトもマツキンレーもまだ鼻ツ垂しの時分からだ。」

「五十年………。」と誰かゞ繰返すと、他の一人が、

「其の時分にはカーネギーも一文なしの土方でせうね。」と訊く。

「さうだらうよ。私も其の時分には指環一ツ無しで暮したもんだ。」

 一同返す語なく口を噤む。内儀は意氣昂然と身を反し、「全くの話さ。五十年前は指環一ツなし………。」と自ら過去の經歷を回想し、人生に打勝つた目下の成功に云ひ知れぬ得意を感じたらしく、しづ〳〵椅子から立上り女供を尻目に睨んで二階に上つて行つた。

 で、その裾の音が聞えなくなるかならぬ中に、最う堪へ兼て、長椅子の上に轉つて笑ひ出したのは無邪氣のジヨゼフイン。

「大統領ルーズベルトも未だ鼻垂しの時分から………。」とブランチが口眞似をすると、ヘイゼルが、

「五十年前は指環一ツなし………。」

「ほゝゝほゝゝゝほ。」と一同は吹出して笑つた。

 何處かの室で時計が鳴つた。車掌の女房フロラは聞澄して、「もう四時だ、今夜は緣起でもない。私やそろ〳〵歸らうよ。」と此れも外から稼ぎに來るジユリヤと云ふのを顧みた。

「さうだね。ぢやア行かう。」

 二人は三階へ上り夜の裝束を脫捨てゝ外出そとでの小ざつぱりした風に着換へ、帽子を冠りベールから襟卷の仕度を濟して内儀が室の戶を鳥渡叩き、

「四時過ましたから歸りますよ、又明晚、さよなら。」

 ばた〳〵駈下りて廊下の外から一同に、さよ——なら、と長く聲を曳いて往來へ出ると、出合頭に佛蘭西から一緖に手を引合つて稼ぎに來たルイズの情夫、自動車の運轉手をして居る奴が、

「今晚は。」と歐洲風の妙な手振で鳥打帽を取り、「ルイズは………。」と訊く。

「客間に居るよ。お樂みだね。」

 夜明の五時近くからが情夫どもの繰込む時刻である。色男は其の儘石段を上つて戶口のベルを押した。

「おゝ寒い。」と態とらしく身を顫してフロラとジユリヤは六番通の方へと行き掛ける。もう十二月の半とて市中を馳る電車の響は岸打つ波の如くに消えつ起りつ絕間なく聞えながら、何處やら深い寂しさの身に浸みわたり、角の芝居小屋の間からひろ〴〵と見えるブロードウヱーの大通は初夜よひの儘に明く照されながら、其の街燈の光は月よりも蒼く水よりも冷く見え、流石の大都も今が寂しい眞盛りである。

 二人は云合した樣に身を摺寄せ、四五間も行掛けると例のコーラスガール抔が泊込むホテルの前、二三輛客待をして居る辻馬車の影から、

「今夜は大分早いぢや無えか。」と大きなパイプを啣へた一人の男が立現れた。ジユリヤは四邊の火影に見透して、

「おや、掛け違つて、久振だねえ。」

 電車の車掌をして居るフロラの亭主である。每夜四時の交代に近所の停留場から制帽制服の儘何時でも此の邊で女房の歸りを待受けて居るのだ。フロラは輕く接吻して、「探偵いぬが這入つたんで緣起でもないから、四時きつかりに切上て了つたんだよ。」

「さうか。でも可成出來た方か。」と恥を知らぬ亭主。女房も平然としたもので、

「さうだね。大した事もなかつたが、それでも皆なそれ〴〵忙しかつたよ、ねえ。」とジユリヤの方を見返ると、

「うむ。」と頷付き、「一番上手なのは矢張ブランチだね、私にや、然しあゝは行かないよ。」

「フロラ、お前も少し見習ふが可いぢやないか。」

「何だつて。よけいなお世話だ。」

「深切に云つて遣るんぢやねえか。」

「いゝよ。」とフロラは手にした暖手套マツフで亭主の顏を打つ。

「はゝゝゝは。怒るない。」

 六番通へ出て表戶の火は消して居るが内は夜通明いて居る酒場の前まで來た。ジユリヤの亭主は此の酒場の給仕人である。車掌夫婦は、「それぢや、あばよ。」と行掛けるのをジユリヤは呼止めて、「其樣にいそがないだつて可いぢやないか、たまにはわたいの可愛い人の顏も見て遣るもんだよ。」

「ちげエねえ。」

 ジユリヤが先に立つて車掌夫婦共々 Familiy Entrance と書いた目立たぬ裏手の戶を押して内へ這入つた。

 冬の夜の明けるには猶間があらう。人通りの絕えた六番通の彼方から醉つて居るのか、或は寒氣をまぎらす爲めか、中音に歌つて來る男の聲………

  ......I wish that I were with you, dear, to-night;

  For I'm lonesome and unhappy here without you,

  you can tell, dear, by the letter that I write.

 突然、遠くから街を震動しつゝ襲來る高架鐵道の響。犬が何處かで吠出した。

          (明治四十年四月)

ちやいなたうんの記

 何うかすると、私は單に晴渡つた靑空の色を見た丈けでも自分ながら可笑しい程無量の幸福を感ずる事があるが、その反動としては何の理由何の原因もないのに、忽如こつじよとして闇の樣な絕望に打沈む事がある。

 たとへば薄寒い雨の夕暮なぞ、ふと壁越に聞える人の話聲、猫の鳴く聲なぞが耳につくと、もう齒を喰ひ縛つて泣き度いやうな心地になり、突如いきなりきりで心臟を突破つて自殺がして見たくなつたり、或は此の身をば何とも云へぬ恐しい惡德墮落の淵に投捨て見たいやうな、さま〴〵な暗黑極る空想に惱される。

 かうなると、最う何も彼も顚倒して了つて、今まで世間も自分も美しいと信じて居たものが全く無意義に見えるばかりか厭はしく憎くなり、醜と云ひ惡と云はるゝものが、花や詩よりも更に美しく且つ神祕らしく思はれて來る。凡ての罪業惡行が一切の美德よりも偉大に有力に見え、眞心から其れをば讃美したくなる。

 丁度世間の人が劇場や音樂會へでも行くやうに、私は夜が來ると云へば其の夜も星なく月なき眞の闇夜をこひねがひ、死人や、乞食や、行倒れや、何でもよい、さう云ふ醜いもの、悲しいもの、恐しいものゝあるらしく思はれる處をば、止みがたい熱情に驅られて夜を徹してゞも彷徨さまよひ步く。

 されば紐育中の貧民窟と云ふ貧民窟、汚辱をじよくの土地と云ふ土地は大槪步き廻つたが、この恐るべき欲望を滿すには人の最もみ恐れるチヤイナタウンの裏屋ほど適當な處はないらしい。然しチヤイナタウン——其の裏面の長屋テネメント。こゝはすなはち人間がもうあれ以上には墮落し得られぬ極點を見せた惡德汚辱疾病死の展覽場である………

 私はいつも地下鐵道に乗つて、ブルツクリン大橋ブリツヂへ出る手前の小い停車場に下る、と、この四邊あたりは問屋だの倉庫續きの土地の事で日中の騷ぎが濟んだ後は人一人通らず、辻々の街頭の光に照されて漸く闇を逃れて居る夜の空には、窓も屋根もない箱の樣な建物が高く立つて居るばかり。中部ブロードウヱーの賑かな夜ばかりを見た人の眼には、紐育中にも此樣こんな淋しい處があるかと驚かれるであらう。路傍には貨物を取出した空箱が山をなし、馬を引放した荷馬車が幾輛となく置捨てゝある。其の間を行盡すと其處がもう貧民窟の一部たる伊太利亞の移民街で、左手にベンチの並んで居る廣い空地を望み、右手は屋根の歪んだ小家續き、凸凹した敷石道を步み、だらだら坂を上れば、忽ちプンと厭な臭氣にほひのする處、乃ちチヤイナタウンの本通りに出たのである。

 街は彼方に高架鐵道の線路の見える表通りから這入つて、家續きに迂曲うきよくして二條に分れ、再び元の表通りへと出て居る誠に狹い一區劃ではあるが、初めて入つた人の眼には、凸凹した狹い敷石道の迂曲する工合が、行先き知れず、如何にも氣味惡く見えるに違ひない。家屋は皆な米國風の煉瓦造りであるが、立並ぶ料理屋、雜貨店、靑物店など、その戶口每に下げてある種々の金看板、提灯、燈籠、朱唐紙べにたうしの張札が、出入や高低たかびくの亂れた家並の汚なさと古さと共に、暗然たる調和をなし、全體の光景をば誠に能く憂鬱に支那化さして居る。

 夜になつて、橫町の端れから支那芝居のかしましい銅鑼鐘どらがねの響が聞え、料理屋の燈籠には一齋に灯がつくと、日中は遠く市中の各處に勞働して居た支那人も追々に寄集つて來て、各自てんでに長煙管を啣へながら、路傍で富籤や賭博の話に熱中して居る。其の樣子が西洋人には如何にも不思議に思はれると見えて、何事にも素早い山師が CHINA TOWN BY NIGHT——なぞと大袈裟なのぼりを立て、見物のオートモビルに好奇の男女を載せ、遠い上町から案内して來るもあり、又は立派な馬車でブロードウヱー邊の女郞を引連れ、珍し半分、支那料理屋で夜を更かさうと云ふ連中もある………

 然し要するに、此れはチヤイナタウンの表面に過ぎぬ。一度料理屋なり商店なり、其れ等の建物の間を潜つて裏へ拔けると、何れも石を敷いた狹い空地ヤードを取圍んで、四五階造りの建物が、其の窓々には汚い洗濯物を下げた儘、塀の如くに突立つて居る。

 私が夜晚く忍び行く所はこの建物———其の内部は蜂の巢のやうに分れて居る裏長屋である。

 此處へ這入込むには厭でも前なる狹い空地を通過ぎねばならぬ。空地の敷石の上には四方の窓から投捨てた紙屑や襤褸片ぼろきれが蛇のやうに足へ纏付からみつくのみか、片隅に板圍ひのしてある共同便所からは、流れ出す汚水が、時によると飛越し切れぬ程池をなして居る事さへあり、又、建物の壁際に沿うては、ブリキ製の塵桶ごみをけ幾個いくつも並べてあつて、其の中からは盛に物の腐敗する臭氣が、只さへ流通の路を絕れた四邊の空氣をば、殆ど堪へがたい程に重く濁らして居る。で、一度、こゝに足を踏入れさへすれば、もう向うの建物の中を見ぬ先から、………丁度線香の匂をかいで寺院内の森嚴しんげんに襲はれると同樣、淸濁の色別いろわけこそあれ、遠く日常の生活を離れた別樣の感に沈められるのである。

 で、折に觸れた一瞬間の光景が、往々にして、一生忘れまいと思ふほど、强い印象を與へる事がある。………確か晴れた冬の夜の事、私は例の如く帽子を眉深まぶかに外套の襟を立て、世を忍ぶ罪人のやうに忍入ると、建物と建物の間から見える狹い冬の空に、大きな片割月の浮いて居るのを認めた。光澤つやの無い赤い其の色は、泣腫なきはらした女の眼にもたとへやうか。弱々しい其の光は、汚れた建物の側面から滑つて遙か下なる空地の片隅に云はれぬ陰慘な影を投げた。扉や帷幕カーテンを引いた窓の中には火影の漏れながら人聲一ツ聞えぬ。すると、何處から出て來たとも知れぬ大きな黑猫が一匹、共同便所の板圍ひの上をのそ〳〵と、其の背を圓く高めながら、悲し氣な落月の方に顏を向けて一聲、二聲、三聲ほども鳴續けて、其れなり搔消すやうに姿を隱してしまつた。私はこの夜ほど深い迷信に苦しめられた事は無い………。

 又、或時は夏の夜、一日太陽に照された四方の壁は、容易に熱氣を冷さぬのみか、吹く風を遮つて、この空地の中は油の鍋も同樣である。流れ溢るゝ汚水からは生暖かい臭氣が眼にも見える烟のやうに、人の呼吸いきを閉すかと思はれたが、然し、建物の内なる狹い室の苦しさは其れ以上と見えて、悉く明放した四方の窓々からは何れも半ば裸體になつた女供が、逆さになる程身を外に突出して居る。明るい燈影が其の肩を越して漏れ出づるので、冬の夜とは全く違ひ、空地の上に落ちる夜の色は明く光澤がある。向合せの窓と窓からは、罵るのやら、話すのやら、人の耳を裂くやうな女の聲の響き渡るが中に、高い建物の屋根裏では、其樣物音には一向構はず、大方支那人が彈くのであらう、齒の浮く胡琴の響が、キイ、キイ………と單調な東洋的の旋律メロデイを休まずに繰返して居た。私は四邊の臭氣と熱度に弱り果て聞くともなしに佇立むと、あゝこの調和、この均齋、私はこれほど痛ましく人の身の零落破滅を歌つた音樂を聞いたことはないと思つた。

 空地を行盡すと扉のない戶口がある。這入れば直樣狹い階段で、折々啖唾たんつばの吐き捨てあるのを、恐る〳〵上つて行くと、一階每に狹い廊下の古びた壁には、薄暗い瓦斯の裸火が點いて居て、米國中他の場所では夢にも嗅げぬ煮込の豚汁や玉葱の臭氣にほひ、線香や阿片の香氣かをりが著しく鼻を打つ。

 見れば、ペンキ塗の戶口には、「李」だとか、「羅」だとか云ふ苗字やら、其の他緣起を祝ふ種々な漢字を筆太に書いた朱唐紙がベタベタ張付けてあり、中では猿の叫ぶやうな支那語が聞える。が、然らざる戶口には、蝶結びにしたリボンなぞを目標にして、べつたり白粉を塗立てた米國アメリカの女が、廊下に響く跫音を聞付けさへすれば、扉を半開に、聞覺えの支那語か日本語で、吾々を呼び止める。

 この女供は米國の社會一般が劣等な人種とよりは、寧ろ動物視して居る支那人をば唯一の目的にして———其の中には或る階級の日本人も含んで———此の裏長屋の中に集つて來たものである。人間社會は、如何なる處にも成敗上下の差別は免れぬ。一度、身を色慾の海に投捨てゝも、猶ほ其の海には淸きあり濁れるあり、或者は女王の榮華に人を羨ますかと思へば、或者は盡きた手段の果が、かくまでに見じめ﹅﹅﹅な姿を曝す。

 彼等は、何れも其身相當の夢を見盡して、今は唯だ「女」と云ふ肉塊一ツを、この奈落の底に投げ込み、最う悲しいも嬉しいも忘れて了つた、慾も德もなくなつて了つた。其の證據には戶口へ佇む男を呼び止めても、いきなりに最後の返事を迫め問ふばかりで、世間普通の浮女うかれめの樣に、媚を含む言葉使ひ、思せ振の樣子から、次第に人を深みに引入れやうとする、其の樣な面倒な技巧を用ひはせぬ、もしや男が否とも應とも云はずに、素見ひやかし半分、戲ひでもしたならば、其れこそ大變、彼等は忽ち病犬やまいぬの如くにたけり狂ひ、諸有る暴言雜語の火焰を吐く。

 實際、彼等は、譯もないのに唯だもう腹が立つて立つて堪へられぬのらしい。喧嘩をしたくも相手のない時には、幾杯となく傾ける强い火酒ウイスキーに、はらわたを燒きたゞらせ、床の上に身をもがいて、大聲に自分の身の上を云罵り、或は器物を破し、己れの髮毛を引毮つて居るなぞは珍しからぬ例である。然し、或者に至つては、早や此の狂亂の時期さへ經過して了つて、折さへあれば鴉片の筒を戀人の如く引抱へ、すや〳〵と虛無の平安を樂しんで居るものも少くはない。

 あゝ毒烟の天國——ある佛蘭西の詩人は PARADIS ARTIFICIELS (人工の樂土)と云つた——この夢現のさとに遊ぶまでには、人は世の常ならぬ絕望、苦痛、墮落の長途を經なければならぬ、が、一度、此處に至れば全く煩悶未練の俗緣を脫して了ふ事が出來るのであらう。見よ、彼等の眠りながらに覺たる眼の色を。私は恐る恐る打目戍る度每に、自分は僅ばかり殘つて居る良心に引止められて、何故一思にこゝまで身を落す事が出來ないのかと、勇氣と決心の乏しいのに云はれぬ憤怒を感ずるのである。

 裏長屋の中には、此れ等、惡の女王、罪の妃、腐敗の姬のその外に、明い日の照る處には生息し得ず、罪と惡の日蔽の下に、漸と其の安息地を見出して居るものは、猶二三に止まらぬ。

 女供を上得意にして、盜品や贋造物いかさまもののさま〴〵を賣りに來る猶太ジユーおやぢがある。肩にかけた小箱一ツを生命に、一生涯を旅から旅にと彷徨ふ白髮の行商人がある。萬引を渡世に、其の品物を捨賣にして步く黑人くろんぼの女がある。日本の遊廓あたりで、「使屋つかひやさん」と云ふ樣な、女郞の雜用をして居る親なし宿なしの惡少年がある。然し、其の中にも、殊更哀れと恐しさを見せるのは、明日は愚か今日の夕の生命さへ推量られぬ無宿の老婆の一群である。

 吾々はかの女郞の身の上をば、此れが人間の墮ち沈み得られる果の果かと即斷したが、其の又下には下があつた。あゝ最後の破滅、最後の平和に到着するまでに、人は幾度、如何に多く、惡運の手に弄ばれねば成らぬのであらう。

 彼等は其の捻曲つた身をばやつと裸體にせぬばかり、襤褸を引纏ひ、腐つた牡蠣かきのやうな眼には目脂めやにを流し、今はたゞ虱の爲めに保存してあると云はぬばかり、襤褸綿に等しい白髮を振亂して、裏長屋の廊下の隅、床下、共同便所の物蔭なぞに、雨露を凌いで居て、折々は賴まれもせぬのに、女郞の汚れ物を洗つたり、雜用をたしたりして、やつと其の日の食にありついて居るのである。然し彼等は此の方が、社會の慈善と云ふ束縛、養老院と云ふ牢獄に收められて了ふよりも、結句安樂で自由であると信じて居るのであらう、若しや此の穴倉へ巡査の靴音の響く恐れでもあると豫知すれば、不思議な程敏活に、其の姿を隱して了ふ、が、然らざる時は、往々にして、天下を橫行せんず勢を見せ、夜陰に乗じて彼方此方と、女郞の室々を巡つて物乞をする。これには流石の女供も敵し得ない。若し腹立ちまぎれに打つか蹴るかしたならば、直ぐと其の場で死んで了ふかと思はれるので、僅に戶の外へ突出せば終夜大聲を出して泣き叫んだり、又は惡たれて其の場に行倒れたまゝ鼾をかいたりする。或時、私は此樣厭がらせを云つて居るのを聞いた。

「いゝよ、さう因業いんごふな事を云ふんなら、もうお情は受けますまい。その代り、お前さんも、もう直きだ、みじめを見た曉に想知るだけの事だ………。お前さんはまだ若くつて、いくらでも商賣が出來るつもりだらうが、瞬く中だよ。ぢき乃公おら見たやうになつちまふ。鏡なんぞ見る心配はいらねえ、何時背負ひ込んだとも知らねえ毒が、何時か一度は吹出さずにや居ねえ。顏の皺なんかよりや、頭の毛が御用心。鼻が塞る、手が曲らア、顫へて來らア。足が引ツつれて腰が曲らア。物は試しだ、乃公の手を見なせえ………。」

 鏡に向つて夜の化粧をして居た女は、覺えずアツと叫んで兩手に顏を蔽ひ、其の儘寢床の上に突伏した。乞食老婆ばゝあは氣味惡く「ヒヽヽヽヽ」と笑つてよろ〳〵と女の室から廊下へ出て來たので、戶口から内の樣子を覗いて居た私も、急に物恐しくなつて、慌忙てゝ其の場を逃げ去つた事がある。

 思出すのはボードレールが Ruines! ma famille! ô cerveaux congénères! (殘骸! わが親族! わが腦漿!)と叫んでユーゴーに贈つた LES PETITES VIEILLES (小老婆)の一篇である。

 私はチヤイナタウンを愛する。チヤイナタウンは、「惡の花」の詩材の寶庫である。私は所謂人道慈善なるものが、遂には社會の一隅から此の別天地を一掃しはせぬかと云ふ事ばかり心配して居る。

夜あるき

 余は都會の夜を愛しそろ。燦爛たる燈火のちまたを愛し候。

 余が箱根の月大磯の波よりも、銀座の夕暮吉原の夜半を愛して避暑の時節にも獨り東京の家に止り居たる事は君の能く知らるゝ處に候。

 されば一度ニユーヨークに着して以來到る處燈火ならざるはなき此の新大陸の大都の夜が、如何に余を喜ばし候ふかは今更申上るまでもなき事と存じ候。あゝ紐育は實に驚くべき不夜城に御座候。日本にては到底想像すべからざる程明く眩き電燈の魔界に御座候。

 余は日沈みて夜來ると云へば殆ど無意識に家を出で候。街と云はず辻と云はず、劇場、料理屋、停車場、ホテル、舞蹈場、如何なる所にてもよし、かの燦爛たる燈火の光明世界を見ざる時は寂寥に堪へず、悲哀に堪へず、恰も生存より隔離されたるが如き絕望を感じ申候。燈火の色彩は遂に余が生活上の必要物と相成り申候。

 余は本能性に加へて又知識的にこの燈火の色彩を愛し候。血の如くに赤く黃金の如くに淸く、時には水晶の如くに蒼きその色その光澤の如何に美妙びめうなる感興を誘ひ候ふか。みどり深き美人の眼の潤ひも、滴るが如き寶石の光澤も、到底これには及び申さず候。

 余が夢多き靑春の眼には、燈火は地上に於ける人間が一切の慾望、幸福、快樂の象徵なるが如く映じ申候。同時にこれ人間が神の意志にもとり、自然の法則に反抗する力ある事を示すものと思はれ候。人間を夜の暗さより救ひ、死の眠りより覺すものはこの燈火に候。燈火は人の造りたる太陽ならずや、神を嘲りて知識に誇る罪の花に候はずや。

 さればこの光りを得、この光に照されたる世界は魔の世界に候。醜行の婦女もこの光によりて貞操の妻、德行の處女よりも美しく見え、盜賊の面も救世主の如く悲莊に、放蕩兒の姿も王侯の如くに氣高く相成り候。神の榮え靈魂の不滅を歌ひ得ざる墮落の詩人は、この光によりて初めて罪と暗黑の美を見出し候。ボードレールが一句、

  Voici le soir charmant, ami du criminel,

  Il vient comme un complice, à pas de loup; le ciel

  Se ferme lentement comme une grande alcôve,

  Et l'homme impatient se change en bête fauve.

「惡徒の友なるいとしき夜は狼の步み靜に共犯人かたうどの如く進み來りぬ。いと廣き寢屋ねやの如くに、空おもむろに閉さるれば心焦立つ人は忽ち野獸の如くにぞなる………」と。余は昨夜も例の如く街に灯の見ゆるや否や、直に家を出で、人多く集り音樂湧出るあたりに晚餐を食して後、とある劇場に入り候。劇を見る爲めには非ず、金色に彩りたる高き圓天井、廣き舞臺、四方の棧敷に輝き渡る燈火の光に醉はんが爲めなれば、余は舞姬多く出でゝかしましく流行歌など歌ふ趣味低きミユーヂカル、コメデーを選び申候。

 こゝに半夜を費し軈て閉場のワルツに送られて群集と共に外に出るや、冷き風颯然さつぜんとして面をつ………余は常に劇場を出でたる此の瞬間の情味を忘れ得ず候。見廻す街の光景は初夜の頃入場したる時の賑さには引變へて、靜り行く夜の影深く四邊あたりめたれば、身は忽然見も知らぬ街頭に迷出でたるが如く、朧氣なる不安と、それに伴ふ好奇の念に誘はれて、行手も定めず步み度き心地に相成り候。

 然り、夜ふけの街の趣味は、乃ちこの不安と懷疑と好奇の念より呼び起さるゝ神祕に有之候これありそろ。旣に灯を消し、戶を閉したる商店の物陰に人佇立めば、よし盜人の疑ひは起さずとも、何者の何事をなせるやとて窺ひ知らんとし、橫町の曲り角に制服いかめしき巡査の立つを見れば、譯もなく犯罪を連想致し候。帽子を眉深まぶかに、兩手を衣嚢かくしに突込みて步み行く男は、皆賭博に失敗して自殺を空想しつゝ行くものゝ如く見え、闇より出でゝ、闇の中に馳過はせすぐる馬車あれば、其の中には必ず不義の戀、道ならぬ交際まじはりの潜めるが如き心地して、胸は譯もなく波立ち、心頻に焦立つ折から、遙か彼方に、ホテルやサルーンの燈火、更けたる夜を心得顏に赤々と輝くを望み見れば、浮世の限りの樂みは此處にのみ宿ると云はぬばかり。入りつ出でつゆらめく男女の影は放蕩の花園に戲れ舞ふ蝶に似て、折々流れ來る其等の人の笑ふ聲語る聲は、云難き甘味を含む誘惑の音樂に候はずや。

 恐しき「定め」の時にて候。この時この瞬間、宛ら風の如き裾の音高く、化粧の香を夜氣に放ち、忽如として街頭の火影に立現るゝ女は、これ夜の魂、罪過と醜惡との化身に候。少女マルグリツトの家の戶口に惡魔メフイストが呼出す魔界の天使に御座候。彼女等は夜に彷徨ふ若き男の過去未來を通じて、その運命、その感想の凡てを洞察し盡せる神女に候。

 されば男は此處にその呼びとむる聲を聞きその寄添ふ姿を見る時は、過ぎし昔の前兆を今又目前に見る心地して、その宿命に滿足し、犧牲に甘んじて、冷き汚辱の手を握り申候。

 余は劇場を出でゝより更け渡りたるブロードウヱーを步み〳〵て、かのマヂソン廣小路に石柱の如く聳立そばだつ二十餘階の建物をば夢の樓閣と見て過ぎ、やがて行手にユニオン廣小路とも覺しき樹の繁り、その間を漏るゝ燈火を望み候。近けば木蔭の噴水より水の滴る響、靜き夜に恰も人の啜り泣くが如くなるを聞き付け、其のほとりのベンチに腰掛け、水の面に燈影の動き碎くるさまを見入りて、獨り湧出る空想に耽り候。

 余は何者か、余に近く步み寄る跫音、續いて何事か囁く聲を聞き候ふが、少時しばらくにして再び步み出せば、………あゝ何處にて捕へられしや。余はかの夜の惡女と相並びて、手を引るゝまゝに、見も知らぬ裏街を步み居り候。

 見廻せば、兩側に立續く長屋は塵にまみれし赤煉瓦の色黑くなりて、扉傾きし窓々には灯も見えず、低き石段を前にしたる戶口の中は、闇立ち迷ひて、其の緣下ベーズメントよりは惡臭を帶びたる濕氣流れ出でて人の鼻を撲つ。女は突然立止まりて、近くの街燈をたよりに、少時余が風采みなりを打眺め候ふが、忽ち紅したる唇より白き齒を見せて微笑み候。

 余は覺えず身を顫はし申候。而も取られし手を振拂ひて、逃去る決斷もなく、否、寧ろ進んで闇の中に陷りたき熱望に驅られ候。

 不思議なるは惡に對する趣味にて候。何故に禁じられたる果實は味うるはしく候ふや。禁制は甘味を添へ、破壊は香氣を增す。谷川の流れを見給へ。岩石なければ水は激せず、良心なく、道念なければ、人は罪の冒險、惡の樂しみを見出し得ず候。

 余は導かるゝ儘に闇の戶口に入り、闇の梯子段を上り行き候。梯子段には敷物なければ、恰も氷を踏碎くが如き物音、人氣なき家中に響き、何處より湧き出るとも知れぬ冷き濕氣、死人の髮の如くに、余が襟元を撫で申候。

 二階三階、遂に五階目かとも覺しき處まで上り行き候ふ時、女はかち﹅﹅〳〵と鍵の音させて、戶を開き、余をその中に突き入れ候。

 濃き闇は此處をも立罩め候ふが、女の點ずる瓦斯の灯に、祕密の雲破れて、余の目の前には忽如として破れたる長椅子、古びし寢臺、曇りし姿見、水溜れる手洗鉢なぞ、種々の家具雜然たる一室の樣、魔術の如くに現れ候。室は屋根裏と覺しく、天井低くして壁は黑ずみたれど、彼方此方に脫捨てたる汚れし寢衣、股引、古足袋なぞに、思ひしよりは居心好き家と見え候。されど、そは諸君が寢藁打亂れたる犬小屋、若しくは糞にまみれし鳥の巢を覗見たる時感じ給ふ心地好さに御座候。

 眺め廻す中に、女は早や帽子を脫り、上衣を脫ぎ、白く短き下衣シユミーズ一ツになりて、余がかたへなる椅子に腰掛け、卷煙草を喫し始め候。

 余は深く腕を組みて、考古學者が砂漠に立つ埃及エヂプト怪像スフインクスを打仰ぐが如く、默然として其の姿を打目戍り候。

 見よ。彼女が靴足袋したる兩足をば膝の上までも現し、其の片足を片膝の上に組み載せ、下衣の胸ひろく、乳を見せたる半身を後に反し、あらはなる腕を上げて兩手に後頭部を支へ、顏を仰向けて煙を天井に吹く樣。これ神を恐れず、人を恐れず、諸有る世の美德を罵り盡せし、慘酷なる、た、勇敢なる、反抗と汚辱との石像に非ずして何ぞ。彼女が白粉と紅と入毛と擬造まがひの寶石とを以て、破壞の「時」と戰へる其の面は孤城落日の悲莊美を示さずや。其が重き瞼の下に、眠れりとも見えず、覺めたりとも見えぬ眼の色は、瘴煙しやうえん毒霧どくむを吐く大澤の水の面にも譬ふべきか。デカダンス派の父なるボードレールが、

  Quand vers toi mes désires partent en caravan,

  Tes yeux sont la citerne où boivent mes ennuis.

「わが慾情、隊商カラバンの如く汝が方に向ふ時、汝が眼は病める我が疲れし心を潤す用水の水なり。」と云ひ、又、

  Ces yeux, où rien ne se révèle

    De doux ni d'amer.

  Sant deux bijoux froids où se mêle

    L'or avec le fer.

「嬉し悲しの色さへ見せぬ汝が眼は、鐵と黃金を混合まじへたる冷き寶石の如し。」と云ひたるも、この種の女の眼にはあらざるか。

 余は已に小春の可憐、椿姬マルグリツトの幽愁のみには滿足致し得ず候。彼等は餘りに弱し。彼等は習慣と道德の雨に散りたる一片の花にして、刑罰と懲戒の暴風にしをれず、死と破滅の空に向ひて、惡の蔓を延し、罪の葉を廣ぐる毒草の氣槪を缺き居り候。

 あゝ惡の女王よ。余は其の冷き血、暗き酒倉の底に酒の滴るが如く鳴りひゞく胸の上に、わが惱める額を押當る時、戀人の愛にはあらで、姉妹の親み、慈母の庇護を感じ申候。

 放蕩と死とは連る鎖に候。何時も變りなき余が愚をお笑ひ下され度く候。余は昨夜一夜をこの娼婦と共に、「しかばねの屍に添ひて橫る」が如く眠り申候。

          (明治四十年四月)

六月の夜の夢

 放浪さすらひの此の身を今北亞米利加の地より歐羅巴の彼岸に運去らうとする佛蘭西の汽船ブルタンユ號は、定めの時間にハドソン河口の波止場を離れた。

 七月の空に怪しき雲の峯かとばかり聳立つ紐育の高い建物、虹よりも大きく天空に橫はるブルツクリンの大橋、水の眞中に直立する自由の女神像———此の年月見馴れ見馴れた一灣の光景は次第〳〵に空と波との間に隱れて行く………と、船はやがて綠深いスタトン、アイランドの岸に添ひサンデーフツクの瀨戶口から今や渺茫べうばうたる大西洋の海原に浮び出やうとして居る………

 亞米利加の山も水もいよ〳〵此の瞬間が一生の見納めではあるまいか。一度去つては又いつの日いづれの時、再遊の機會に接し得やう。

 自分は甲板の欄杆てすりに身を倚せかけ、名殘は盡きぬスタトン、アイランドの濱邊の森なり、村の屋根なりと、今一度見納めに見て置きたいものと焦り立つた。彼の島の濱邊に自分は船に上る昨日の夜半まで、まだ過ぎ去らぬ今年の夏の一ケ月あまりを暮して居たのである。然るを七月午前の烈しい炎暑は鉛色した水蒸氣に海をも空をも罩め盡し、森や人家と共にかの小高い丘陵をかをも雲か霞のやうに模糊もことさせてゐる。

 名殘、未練、執着——嗚呼こんな無慙な堪難い苦悶くるしみが又とあらうか。只さへ心弱いこの身のましてや一人旅、もしや今夜にも悲しい月の光の靜に船窓を照しでもしたなら、自分は狂亂して水に身を投ずるかも知れぬ………。泣きたい時には泣くより外にしやうはない。悲しい時にはその悲しみを語るがせめての心遣りであらう。自分は大西洋上、波に搖れながら筆を執る………。

* * * *

 思返すと日本を去つたのは四年前。亞米利加は今わが第二の故郷となつた。忘れられぬ事、懷しい事の數ある中にも、殊更忘れ兼ねるのは昨夜別れた少女をとめの事である、愛らしいロザリンが事である。

 此年の夏の初め果樹園に林檎の花の散盡した頃であつた。自分は此の四年間米國社會の見たい處調べたい處も、先づ大槪は見步いたので、此の秋の末頃には國許から歐洲渡航の旅費の屆くまで、紐育市中の暑さを避ける爲め灣口に橫はるスタトン、アイランドの濱邊に引移つたのであつた。

 スタトン、アイランドと云へば一夏を紐育に滯在して居た人は誰も知つて居やう。サウスビーチだのミツドランドビーチだのと其處彼處に海邊の見世物場涼み場遊泳場およぎばなどのある島で。然し自分が靜養すべく選んだ處は(同じ島の中ではありながら)土曜日曜位に市中から極く釣好きの連中が來るばかり、其の他のものは恐く其の地名さへも知らない位な極く邊鄙な不便な海邊の一小村であつた。

 屋形船のやうな楕圓形の平い大きな渡船で海を橫ぎり、彼方の岸に逹すると直ぐ汽車で三十分ばかりの距離みちのりである。日頃靑いものを見る事の出来ぬ紐育の市中から、突然この島に上ると四邊の空氣の香しさ、野の色の美しさに、人は只だ夢かとばかり驚くであらう。殊更に自分を驚喜せしめたのは、米國の田園と云つても例の大陸的の漠とした單調な景色にあぐみ果てゝ居た曉、この島の景色が全く其の反對で、如何にも小さく愛らしく、そして變化に富んで居る事であつた。汽車道を境にして片側には小い林や小流のある靑い野を越して一帶に靜な内海が見え、片側には綠の濃い雜木林を戴いた小山が高く低く起伏して居る樣子、何となく逗子鎌倉あたりの景色を思出させる樣な處がある、かと思へば又平地一帶を眼のとゞく限り、黃白くわうはくの野菊が咲き亂れて居る繪のやうな牧場や、よし、蘆、がま﹅﹅河骨かうほねなぞさま〴〵な水草の萋々せい〳〵と繁茂して居る氣味の惡い沼地なぞもある。

 飽ずにかう云ふ景色を見送りながら、小い木造の停車場四五箇所も通り過すと、やがて自分の下るべき村の停車場に到着する。板敷のプラツトフオームに降りると直ぐ、往來の兩側には、向合せに獨逸人の居酒屋が二軒、其の前には何時も濱邊の宿屋から案内の乗合馬車が出張して居る。で、この近所は人家も稍建て込んで居て、荒物屋、八百屋、肉屋、靴屋なぞ、村中の日用品を賣捌く小店も見え、赤子や子供の叫ぶ聲、女房逹の罵る聲も聞えるが、此處から一本道を右なり左へなりと、繁つた楓の並木の下を二三町も行くと、兩側ともに曾て斧を入れた事もないらしい雜木林や、野の花の美しく、靑草の茫々と生茂つた岡があつて、其の蔭にちらばらと汚れた板葺の屋根が見えるばかり。四邊一面絕え間もなく囀る小鳥の歌につれて、折々犬の吠る聲鷄の鳴く聲が遠く遠くの方へと反響する。

 自分が下宿した家と云ふのは更でも靜な此の本道から、凸凹した小山を超えて遂には遙か彼方の海邊へと通じて居る曲りくねつた小路のほとりに立つてゐる緣側附の二階家である。前方まへには高い雜草や灌木が風も通さぬ樣に繁つた藪をなし、後一帶はこんもりとしたオークの林で圍はれて居る。緣先には屋根を蔽ふ櫻の老木が二本、少し離れた芝生の上には此れも二株、大きな林檎の樹が低く枝を廣げて居る。

 主人は五十ばかりの頭髮の赤い小男で、この島の鐵道會社に彼れ此れ二十年近くも雇はれ、每朝汽車で本局の事務所へ通つて居る。亞米利加人としては割合に口數をきかぬ靜かな男であつたが、自分が或人の周旋で下宿する約束を濟し、初めて市中から引越して來た時には、まるで十年會はなかつた親類を迎へるやうな調子で、容貌きりやうの惡い齒の汚い其の妻と共に家内は殘らず裏の菜園から鳥小屋までも案内し、スポートと呼ぶ飼犬までを自分に紹介してくれるやら、此の島スタトン、アイランド全體の地理を說明するやら、さて最後には客間に飾つてある二十年ほども以前のウエブスター大辭書を取出して來て、英語で分らぬ事があつたら此の字引を使ふがよいと注意してくれた。

 自分は裏手の檞の森に面した二階の一室を借り、午前の中だけはこの年月シカゴや、ワシントン、セントルイスなど、米國の彼方此方を通過ぎた折々、取集めた儘にしてあつた種々さま〴〵の目錄やら書類やら其樣ものゝ整理をした後、午後は緣先の櫻の木蔭で海の方から小山越に吹いて來る涼風を浴びながら、讀書と午睡に移り行く日影のやがて散步すべき夕方になるのを待つのであつた。

 家族と共に晚餐を濟すと丁度七時半頃である。自分は杖を片手に何時も家の前の灌木と雜草の間を通ずる小徑を辿り、小高い岡を超えて海邊の方へと下りて行く。と、波打際一帶はけた牧場で紐育本州の海岸のやうに怒濤の激する岩や石なぞは一ツもない。そして沼か澤のやうによしの繁つて居る一條の長い浮洲うきすが濃い藍色の海原に突出て居る。この浮洲の輪廓はいかにも柔かく曲線のゆるやかな事は最初一目見た時自分は何と云ふ譯もなく歡樂の夢に疲れた裸美人の物懶ものうげに橫はつて居るやうだと思つた。

 浮洲の陰には日頃内海の隱な上にも潮の流の猶急ならぬを幸ひ、近村の釣船や小形のヤツトや自動船モトーボートなぞが幾艘となく繫がれてゐる。それ等の舟は何れも眞白に塗り立てゝあるので丁度公園の池に白鳥スワンの浮いて居るやう。日の落ちた黃昏の頃には夕照ゆふやけ紅色くれなゐと暮れ行く水の靑さとが、この浮洲一帶の綠の色と相對して形容の出來ない美しい色彩を示すのである。

 最早や島中の他の勝地妙景を探り步く望みも餘裕もなくなつた。自分は每日同じ處に佇んで同じ入江と浮洲ばかりを飽ずに打眺めるのであつたが、やがて四邊は次第に暗くなつて最後に殘る彼の眞白な小舟ボートの色さへ、黑ずむ水と共に見えなくなると、亞米利加の黃昏は消え去る事早く、何時の程にか靜で明い六月の夏の夜となる…。

 あゝ六月の夏の夜。何たる空想夢現の世界であらう。日增しの暑さに四邊はおびたゞしい蚊であるが、同時に野一面森一面、無數の螢が雨のやうに亂れ飛ぶ。夕潮が生茂る葦の根に啜泣く。水楊や楓の葉が夜風に私語さゝやく。蟋蟀こほろぎかはづの歌の絕えざる中に何とも知れぬ小鳥が鳴く。空氣は一夜の中に伸びたいだけ伸びやうとする野草の香に滿ちて居る。自分は放浪の身のよしや一度は詩人と云ふ詩人が夢に見る瑞西スヰスの夏伊太利亞の春の夜に逢ふ事があるとしても、然しこのスタトン、アイランドの夏の夜の樣ばかりは如何なる時とても忘れる事は出來まいと思つた。何故なれば自分は今眠れる海を前にし、憩へる林を後にし、高き野草の中に半身を埋め、無限の大空に無數の星を打仰ぎ、諸有る自然の私語を盜み聽き、殊には蒼然として物凄じい螢の火の雨を見遣つて居ると、此の身は何時ともなく冬の來るべき北亞米利加の大陸に居るやうな心地はせず、所謂デカダンス派の詩人の歌う夢のさと「東のオリアン」の空の下にでも彷徨ふやうな一種の强い神祕と恍惚とに打れるからである………。

 この島に引移つてから丁度一週間目の夜の事である。自分は例の如く黃昏の浮洲を眺め飽した後、家の方へ歸行くとも心付かず、足の導くがまゝに元と來た草徑を辿つて岡の麓まで來た。

 多分氣候の所爲であつたらう。螢の火は常よりも蒼く輝き、星の光もまた明に、野草のかをりも一際高く匂ひ渡るので、自分は日頃よりも一倍深く、あゝ此れこそ眞個ほんとうの愉快な夏の夜だ。地上には花の枯萎む冬も嵐も死も失望も何にもなく、身は魂と共に唯夏と云ふ感覺の快味に醉ふばかりだと感じた………同時に自分は兎か狐のやうに、四邊を蔽ふ雜草の中に寢られるだけ安樂に眠つてしまひたいやうな氣が起り、杖にすがつて今更の如く星降る空を遠く打仰ぐ………其の時突然前なる小山の上の一軒家からピアノの音につれて若い女の歌ふ聲が聞えた………。

 自分はハツとばかり耳を澄したが、するとピアノの調しらべは露の雫の落ちて消ゆるが如く消え失せ、歌も亦ほんの一節、つれ〴〵の餘に低唱したものと見えて、途絕えたなり、後は元の明く蕭然しめやかな夏の夜であつた。蟲の聲ばかり、蛙の聲ばかり。

 自分は群れ集る蚊をも忘れて久しい間草の上に佇んだ末は、遂に腰まで下してぢツと岡の上なる家の方を眺めて居た。

 歌はもういくら待つて居ても、二度聞える望はない。木蔭を洩れる窓の灯が不意と消えた、かと見れば、二聲ばかり犬の吠る聲、つづいて垣根の小門をばカタリと開る音がした。

 自分は初めて空想から覺め早足に岡を越えて、曲りくねつた草徑をわが家の方へと辿つて行つたが、すると突然四五間先に動いて行く眞白な物の影を見た、………小作な女の後姿である。夏の夜の空の明り星の輝き螢の火に自分はその女が蚊を追ふために折々日本製の團扇うちはを動かす細い手先と、眞白な衣服につれて白い布の半靴まで、薄暗いながらにはつきりと見分ける事が出來た。幽暗朦朧の中には却て微細なものゝ見分けられる事がある。

 女の姿は一度草徑の曲る處で、其の背丈よりも高い雜草の中に隱れたが、同時に何か口の中で歌ふ歌が聞えて、遂に其の行き盡した處は意外にも自分の泊つて居る家の前であつた。

 自分は驚いて四五間此方に立止る。其れとも知らぬ女は家の外から若い甲高な聲で、ホ、ホ———と冗談らしく呼び掛けると、何事にも禮式のない無造作な處が米國生活の特徴で、内からは女房が大聲で———Comeカム inイン———と叫んだ。然し女は室内なかへは入らずハニーサツクルの蔓草咲き匂ふ緣側の上口に腰を下した。

 この女こそ彼の歌の主、この女こそ自分が今忘れやうとしても忘れられぬロザリンである。

 然し初めて宿の妻から紹介された時には、自分は夢にも此樣ことにならうとは思つて居なかつた———いや單に懇意な友逹になり得やうとも思はなかつた位である。何故なれば自分は此の年月の經驗で、米國の婦人とは如何しても自分の趣味に適するやうな談話をする事が出來ない。彼女等は極端な藝術論や激しい人生問題の話相手とするには餘に快活で餘に思想が健全過るので自分は折々新しい場所で新しい婦人に紹介されても、其後は單に語學の練習と人情觀察の目的以外には、決して純粹の座談笑語の愉快は期待しない事にして居るのであつた。

 さればその夜、初對面のロザリンに對しても例によつて例の如く、若い婦人に對する若い男の禮儀として、嫌ひなオートモビルの話でも、又は敎會チヤーチの話でも、何でもして見るつもりで居た。處が劈頭第一に、自分はオペラが好きか何うかと云ふ意外な質問に會ひ、つゞいてプツチニの「マダム、バターフライ」の事、今年四五年目で再び米國の樂壇を狂氣せしめたマダム、メルバが事、其れから今年の春初めて亞米利加で演奏されたストラウスの「シンフホニヤ、ドメスチカ」の事など、意外な上にも意外な問題に宛ら百年の知己を得たやうな心地で、殆ど嬉し淚が溢れて來さうであつた。

 自分は白狀するが實際西洋の女が好きである。自分は西洋の女と、英語であれ、フランス語であれ、西洋の言語で、西洋の空の下、西洋の水のほとりに、希臘ギリシヤ以來の西洋の藝術を論ずる事が何よりも好きである。つまり自分が妙に米國の婦人を解釋して了つたのも最初あまりに豫期する事の多かつた結果に外ならぬのであらう。

 宿の妻は餘に話が高尚なのと又一ツには此の國の習慣として、若いもの同士の談話が興に入ると見れば、母親でも敎師でも成りたけ其の興味の妨げをせぬやうにと、座をはづすが常とて、何かの物音を幸ひに裏手の鷄小屋の方へと出て行つた。

 話はいつか日本の婦人の生活流行結婚の事などに移つて居たので、自分は極く無頓着に、ロザリン孃は米國婦人の例として矢張獨身論者ではあるまいかと質問して見た。

 すると彼の女は「一般」と云ふ平凡な例の中に數入れられたのを、非常に憤慨したらしい樣子で、一寸、ドラマチツクな手振をなし、「私は決して獨身主義ではない、けれども屹度獨身で了らなければならないと思つて居る。それも決して消極的の結果ではないから絕望した悲慘な憂鬱なフランスの寡婦やもめのやうなものにもならず、さうかと云つて米國の褊狹へんけふな冷酷な老孃オールドメイドにもなりはしない。私はアメリカの敎育は受けたが五歲の年まではイギリスに育つて、兩親とも昔から純粹のイギリス人です。イギリス人はたふれるまでも笑つて戰う。だからもしや一生獨身で暮すやうな事になつても、私は死ぬまで此の通り何時までも此の通りのお轉婆娘でせう。」

 云切つたその言葉には英語に特有の强い調子が含まれて居ると共に、成程動しがたい英人の決斷が宿つて居るらしく聞えたが、然し自分にはロザリンの弱々しい小作りの姿を見ると、其の語調の强烈なるだけ深く何とも知れぬ一味の悲哀を感ずるのであつた。夏とは云ひながら餘りに美しく靜な夜の所爲であつたかも知れぬ。

 自分は軈て彼女に問返されるまゝ、此度は自分の主義を述べる事になつた。然しそれは主義主張意見なぞ云ふよりは全で夢か囈言うはことのやうな空想であらう——自分の胸には夢より外に何物もない。

 自分は結婚を非常に厭み恐れると答へた。此れは凡ての現實に絕望して居るからである。現實は自分の大敵である。自分は戀を欲するが、其の戀の成就するよりは寧ろ失敗せん事を願つて居る。戀は成ると共に烟の如く消えて了ふものである。されば得がたい戀失へる戀によつて、自分は一生涯をばまことの戀の夢に明してしまひたい———此れが自分の望みである。ロザリン孃よ。レオナルド、ダ、ヴインチとジオコンダの物語を御存じかと自分は尋ねた。

 宿の妻が裏の井戸から冷い水をコツプに入れて再び座に戾つたので、自分もロザリンも云合したやうに話を他に轉じたが、間もなく機會を見てロザリンは時間を訊きながら椅子から立つた。夜は早や十一時を過ぎたと云ふ事である。

 然し宿の主人あるじは村人の催すポカと云ふ骨牌かるたの會にと、宵の口に出て行つたなり未だ歸つて來ない。家中に男は自分一人の事とて義務としても、彼の女を其の家まで送つて行くべき場合である。自分は宿の妻が點してくれた小な提灯ランターンを片手に輕くロザリンの腕をたすけて、かの海邊にと通ずる草徑を辿つて行く。